ワキ判定

e-0975

「嫌いじゃないくせにい。」

ええ。
むしろウエルカムですが。

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サブミッション・トーク

e-0970

姉(長女)と会話していると、
本題に踏み込むまでが一苦労。

彼女のサブミッション・トーク(関節技会話)は、
容赦なく話題の腰を折り、
自然、こちらも腰砕けを余儀なくされる。

サクラバ選手もビックリ(推定)の、
恐るべきIQレスラーである。

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マスクなふたり

e-0962

相方も風邪を引いた。

感染さないように十分注意はしていたのだけれど、
もしかしたら自分からかも知れない。

だとしたらごめんなさい。
 
 
 
そんなわけで、
メガネなふたりに持ってきて、
マスクな事情も加わり、
かくしてネガネマスクコンビが出来上がった。

傍目にはきっと異様に映るに違いない。
 
 
 
たまたま銀行ATMに用事があって立ち寄った際も、

「二人揃ってマスクで行くと、絶対怪しまれるよねえ…?」

と、なんだかよく分からない配慮で外してゆきましたよ。

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お土産のゆくえ

e-0965

「…んで、お土産の話はどうなったの…?」

「ああ、そうだねえ。…このポテチ、食べるか?」

そこまで詳らかな成り行きを聞かされて、

食 え る か 。

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彼女に何があったのか…。

e-0949

行きつけのセルフサービスガソリンスタンド。

そこに設置されている給油マシンの中のお姉さんが、
急に若返り、愛想が良くなった。

以前はいかにも機械的で、
素っ気なかったのだが…。

一体、彼女に何があったのだろうか…。

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機械人間…!?

e-0948

もしかしたら、
私は図らずも、
人類の英知と技術の最先端に触れてしまったのかも知れない。

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二枚腰のイヤガラセ

e-0945

あの時、もう一枚持ってくるときの、
期待に満ちていたであろう母の顔がありありと浮かぶ。
 
 
 
~追記~

すでにお気づきかとは思いますが、
「投げ銭」は外しました。

試しに付けてみて、
雰囲気などを見てみたところ、
やはり当サイトのコンテンツには合わないと判断したためです。

やってみてわかりましたが、
なるほど、難しいものですね~。

現時点では、
このスタイルが一番良いようです。

なお、投げ銭いただいた数百円に関しましては、
「評価の一つ」としてありがたく頂戴し、
今月分のブログ代にしたいと思います。

ありがとうございました。

そして、お騒がせしてごめんなさいでした。

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腕輪のアン

e-0944

いかにも女性然とした配色、デザインに、相方から

「もしアレだったら、送り返して直してもらおうか?」

とも言われたのだけれど、
しみじみ眺めてみると、
色使いがなんだか妙齢の一歩手前のような、
たたずまいが可憐で、目に可愛らしい。

はるばる出雲の国からやってきて、
到着してみればどうやら間違いだったという。

そんないきさつがなんだか、
パワーストーンのくせに運のないヤツだというアベコベさも楽しく、
頼りなく所在無い感じに同じニオイを覚え、

(ああ、なんだかコイツは面白そうだ。)
と思えてきて、そのままいただくことにした。
 
 
 
そんなお気に入りの腕輪。

名付けるとしたら「アン」。
つづりはもちろん、「Anne」である。

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近年稀に見る大流血。

e-0942

あんだけ広範囲にわたってポッカリ空いた穴も、
ほんの一日二日でスッカリ治った。

すごいぞ、口粘膜!

皆様も、郵便局の
「ご利用明細書」
の取り扱いには、
くれぐれもご注意下さい。
(普通はそんな注意いらない。)

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プリンタ礼賛

e-0939

印刷中、
ず~っとプリンタを褒め称える歌や踊りを捧げている。

プリンタも悪い気はしないだろうけれど、
さぞ仕事がしづらかろう。

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むしろゴメンと言いたい。

e-0937

だってなんだか、
だってだってなんだもん。

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敗北から得たもの

e-0931

不意に訪れた反射速度勝負は、
名も知らぬ丸顔の可愛い女性店員に軍配が上がった。

敗北の悔しさよりも、
一瞬うっかりと見せた、
彼女の勝ち誇った微笑にヤラレタことが大満足だった。

そう。
三十路ホヤホヤのオッチャンは、
ときめきこそが趣味なのだ。

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眉間矯正

e-0927

もちろん、実話。

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熟知の代替案

e-0924

「先輩」
と呼ぶのはイヤだが、

「DX(デラックス)」
なら良いという相方の代替案。

いつもながら私のストライクゾーンを的確に突く
さすがの発想である。

もちろん、
それ以来一度たりとも呼ばれていないことは言うまでもない。

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勝負に勝って…

e-0912

男には、
どれだけ多大な犠牲を払っても、
勝たねばならない勝負がある。

…あるのだが、
甥っ子との駆けっこがそれだったのかは
甚だ疑問である。

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強風というより横G

e-0901

先日、宮城県ではモノスゴイ強風が吹き荒れました。

部屋にいても、

「ピュウウオオオオオオ~!」
という甲高い風切り音が鳴り響き、

「ばばばぼぼばばばばば!!!!」
という暴風の濁流が外壁を打つ。

風に弾かれた雪のツブが窓に当たって
パキパキと芳ばしい音を立てる。

まるで部屋ごと滑空しているような錯覚さえ感じた。
 
 
 
そんな中、
「異常気象愛好家」
の私としては、いてもたってもいられなくなり、
実家のプリンターが壊れたことを口実に
近くの家電店まで初売り見物がてら、
暴風見物がてらでかけたのですが…。
 
 
 
車に乗っていても強風が積雪を舞い上げ、
時おり視界を寸断し、
道路に吹きだまったそれは車輪を絡めとって走行を困難にさせる。
その下には寒風によってカッツンカッツンになったアイスバーン。

ビュービューのツルツル。
怖い怖い。
おっかない。
 
 
 
車から降りてみれば暴風が横殴りに吹きつけ、
カチカチの足元をスキあらばすくいに手を伸ばしてくる。

もはや風というより重力の方向が横に変わったような異世界で、

怖い怖い。
おっかない。

なにより危ない。

でも、
不謹慎ながら楽しかったりしました。

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ひるがえる意思

e-0896

まだ、相方がいないころは、

「あんたはもう、いつまで一人でいるの!」
とか、

「結婚しなさい。そうするといろんなことが分かるから。」
などと言っていたくせに、

近頃はそういう話になると、

「結婚なんてやめときなさい。大変なだけだよ!」
とか、
「相方ちゃん可哀想だねえ。」
とか、
「私もお父さんと40年一緒にいるけど、もう大変だったよ~!」
などと否定的な意見ばかりぶつけてくる。

どうも発言を総合すると、
決して相方ちゃんが気に入らないわけではなく、
私のやる事なすことにチャチャを入れたいのと、
自分がボヤキたいだけなのだろうと思われる。

まったく困ったものである。

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不協和音

e-0871

屈強なマネキンと、
和やかな「どんぶく(綿入れ)」。

この相容れない二つが奏でる不協和音は、
見るものの精神に言いようの無い不安感と違和感、
ついでに妙な侘び寂びをにじませしめた。

明らかに、ウケ狙いとしか思えない。
 
 
 
※この記事は2005年度のストック残り記事です。
一月くらい前に描いてから、他の記事に押されてズルズルとここまで来てしまい、結局こんなカタチで出すことに…。

本日、大晦日。
平成十七年度最後の記事は、後ほどあげます。

とりあえず、掃除だけしてしまわないと…。
では後ほど~。

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ハシャぐ男

e-0894

腕時計というものを着けたのは高校の時以来。

いや~。
手首を見れば時間が分かるというのは、
実に便利なものですね。

再発見でした。

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ラジオに出ますよ。

e-0893

以前一度出演したFMいずみから、
またまたオファー(?)がありまして、
またまたスタジオにゆくことになりました~。

前回は私の職場のお話でしたが、
今回は『言戯』管理人トシとしての出演です。

仙台市のけっこう広域に入るようですので、
オヒマな方は12月27日(火)の午前10時30分ごろ、
FM79.7MHzを聞いてみてくださいまし~。

以上、告知でした~。

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選んだカードは…

e-0887

私の「命札」には、
逃げるという選択肢しかなかった。

大好きな相方がいるのだからそれは当然として、
なにが良かったって、

(いいなあ~…)

と思った女性と、
ほんの少しだけ強い縁があったことが嬉しかったのです。

たとえるなら、
陶器の展覧会を観にいって、
器の景色を眺めていたら、ふいに

「触ってみてもいいよ。」

といわれたような感覚。

「美」にちょっとだけ深く踏み込めたような。
そういうトキメキがあった。
 
 
 
そういったオトク感を胸に秘め、
もちろん足早に逃げ去りました。

だって、照れくさいし。

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キッカケのキューピッド

これは、あまりにベタすぎて、
ネタかと思われるほどの実話である。

e-0886

【起】
口角に微笑をたたえ、それから発生する目元の緩みが生み出す
穏やかな表情。

前髪をおろし、後ろはキッチリとアップにしてあるヘアースタイル。

ぐちゃぐちゃの足元で、汚れる危険性を承知しながら、
敢えてチョイスされた白いコート。

なにより、
ツメ磨きに忙しいオバちゃん相手にも、
(ちょっとごめんなさい…)
としながら気づかれず、
しかたなく静々とよける仕草から醸されるたおやかさ。

どれをとっても私の琴線を爪弾(つまび)かせしめるナイスな女性だった。
 
 
 
ちなみに、
好みの条件が相方とあまり合致していないのではないかという
ご意見が予想されるが、
好みのタイプと好きになる女性が必ずしも一致しないのは、
世に舞い降りたステキな矛盾というものであり、
誰しも多少、心当たりのあるところではないだろうか。

【承】
車床に転がったペンを、
私と隣にいた二人組みのオバチャンが同時に気づいた。

「あらあ!」

と声を上げたオバチャンを横耳に、
風を切ってペンに手を伸ばす私。

ペンは、可愛さのカケラもない実用的なもので、
私もその書き味を認める一品だったため、
高感度さらにアップ。

【転】
ナンパなどはしたことがないが、
見知らぬ人に声をかけるのはニガテではない。

しかし、
こんな出来すぎたイベントはさすがに初めてだったので、
緊張というか、眉間から鼻にツンと抜けるような、
薫りたつトキメキを禁じえなかった。

【結】
幸いにも、すぐに気づいてくれた彼女が、
驚きの顔から溶けるように微笑み、

「わあ。ありがとうございます~。」

と言ってくれた。

ちょっと鼻にかかったような、
決して高くはない声が心地よい。
 
 
 
キッカケのキューピッドは、
その矢をボールペンというカタチに変えて、
私と彼女を近づけた。

どうする!?
どうすんのよ!?
オレ!!!?
 
つづ~く~!

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スネ男

e-0883

相方には、

「可愛いヤツめ。…と言っておこう。」

と言われました。
 
 
 
そのうちフラれるね。

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会心の一撃

e-0882

知らぬうちに対タマゴ攻撃のスキルが上がって、
クリティカル率が上昇していた模様。

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血脈の優先順位

e-0873

「お姉はね!弟や妹ごときに負けるわけがないの!」

というのが信念である、一番上の姉。

たしかに、幼い頃からそういう教育を刷り込まれている
我々弟妹連中は、人数や体格に関係なく、

「姉には勝てない…。」

という心理的施錠が成されている。
 
 
特に私など、
3人も姉がいて、
ごく身近に、頭の上がらない女性が母を含めて4人もいることになる。

相方は、厳密に言うと年下なのだが(2ヶ月ほどだが)、
彼女は長女なのだ。

「長女」と聞くだけで反射的に隷従してしまう悲しい習性の持ち主としては、この期に及んでも頭の上がらない女性が一人増えたということであり、非常にギャフン。

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甲斐甲斐しさのるつぼ

e-0872

手芸店には非常に好ましい雰囲気がある。

特にこの時期。
プレゼント用に編むための毛糸などを物色していると思しき
女性を鑑賞するのは、私の大いなる楽しみでもある。

それは、甲斐甲斐しさの発露という美を堪能できる場であり、
その様はまるで一幅の絵画のように眼福を感じ、
美しい調べを沁み込ませるように心地よい。

たとえ、誰かに贈るためのものでなくても、
材料屋さんである以上、作るために探しているわけであり、
お金を出せばなんでも手に入る世の中で、
わざわざ自分で作ろうというその姿勢が、
なんだか豊かな人間性を想像させ、
またそういった人々の集まる雰囲気を感じるのもウレシイ。

視線は鑑賞に忙しいが、
行動は常に相方の傍半径1メートル以内なのは、
もちろん相方のそれが、一番好ましいからに他ならない。

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ボーイ・ミーツ・スーツ【その4】

e-0870

いよいよ視覚的、経済的に最も合致した一着を選択し、
スソ上げを依頼する。

以前にも書いたのですが、この「スソ上げ」というのはなんとも気恥ずかしさが付きまとう。

作業に必要な体勢とはいえ、
どう転んでも相手にひざまずかれているようで、
非常に居心地が悪い。

しかも、紳士服の場合はそうなのかもしれないけれど、
この店員さんは私の右足に両腕を巻きつけるようにして計るものだから、なんだかまるですがりつかれているような格好になってしまった。

申し訳ないやら、
居たたまれないやら、
くすぐったいやら、
そんな想像をしている自分が可笑しいやらで、
笑いをかみ殺すのに非常な苦労を強いられた。

足元に、しかも男性にすがりつかれるなんて、
(すがり付いてるわけではないんだけど。)
こういう機会を除いてはまずありえないだろう。

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ボーイ・ミーツ・スーツ【その3】

e-0869

なにやら店員さんの話では、
最近のスーツにおける流行りのカタチは、
全体に細身であらゆる部位の丈が短いものなのだそうだ。

勧められるまま実際に着てみたところ、
確かにワキの締まり方はスッキリしていてカッコイイ。

…がしかし、
ソデやスソが妙に短いのがどうにも気になる。

パッツンパッツンのツンツルテン感が拭えない。
(飽くまでも個人的感想ですが。)

この足りない生地を、「流行り」という言葉で無理やり覆っているような感じさえする。
そもそも流行りというものは、
多くが消費を促進させるために、
誰かが作為的に立てた波風ではないのだろうか…

などとポツポツ思っていたところに、兄の一言。

「コレ、流行が終わったら着れねえだろ。」

ああ、なるほど。
それなんだ。

我が意を得たり。
にいちゃん、さすが。

しかしいつも不思議なのは、
兄はこうやって一見傍若無人な放言を連発するのに、
なぜか年下に慕われ、年長者に可愛がられる。

不思議な人徳の持ち主である。

店員さんは戸惑っていたが。

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ボーイ・ミーツ・スーツ【その2】

e-0868

特にスーツなど、
世間に浸透しきっていて、
その知識は一般常識としてとらえられているものなどに、
後から参入しようというのは意外に困難が付きまとう。

それは、

「なにが分からないのかが分からない。」
という取っ掛かりの壁である。

「今さら聞けない」
類の事項とも言える。
 
 
 
知識というものは力であり、武器である。

「知らない、知らなかった」
で済まされるのはよくて未成年までであり、
大人の「知らなかった」は、すなわち本人の過失に他ならない。

だから、スーツなどの大人の持ち物には、
懇切丁寧な説明など添えられていないのがほとんどなのだ。

服屋さんなどにおいて、
店員あしらいが何よりもニガテという理由はそこにある。
服飾に関する関心が薄く、
知識に乏しい自分では、
知識、技術に特化したプロに太刀打ちできないことが容易に予想できる。

丸腰マルハダカで甲冑に大小を下げた武士につかみかかるようなものだ。
いいようにナマス斬りの憂き目に遭うだろう。
 
 
 
というわけで、
兄という名の用心棒に同行をお願いしたわけだが、

「何が分からないのか分からない。」

という相手にはさすがの用心棒もアキレ顔を禁じえなかったらしい。

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ボーイ・ミーツ・スーツ

e-0867

今まで必要とすることがなかったので持っていなかったのだが、
やはりこの期に及んで必要になってきたということもあり、
ついにスーツを購入する決意を固めた。

29歳にして、
遅まきながらのスーツデビューである。
 
 
 
やや冷たい空気が、
忙しい人々を乗せたテールランプをにじませる遅めの夕方。

近頃オープンしたという某紳士服チェーン店に踏み込んだ。

スーツはおろか衣服全般、
「着れればなんでもいい。」
という私だけでは購入は絶望的との判断から、
買い物上手な兄に同行を依頼して、ツートップでの入店である。
 
 
 
店内は、オープンしたてという割には購買客も少なく、
スーツ姿の店員さんたちがカツカツと回遊していた。

我々の入店を認めると、
店内に明らかな緊張が走った。
いたるところから発生する

「いらっしゃいませえ!」

の声。

店員さんの意識がこちらを凝視しているのがありありと窺える。
かえって、視線をまったく合わせられないのが不気味だった。

もちろん、向こうも商売だというのは重々承知しているのだけれど、
こういう雰囲気は本当にニガテ極まりない。

有機的な値踏みの目が全身にまとわりつくようで、
セールストークをねじ込むタイミングを虎視眈々と狙われているのがピリピリと感じられるからだ。

買い物とは、アウェイである。
相手の陣地に乗り込み、
万全の準備を携えた人間を相手にしなければならない。

最終的な判断権はこちらにあるとはいえ、
明らかな不利が、生理的な警告信号を発生させる。
 
買い物をする時というのは、精神に鳴り響く
そういった「警告信号」を、懸命に無視しなければならない。

それが、「買い物嫌い」の最たるものとして染み付いているのだ。

(あああ…もう、帰りたい…。)

内心すでに折れかかっている。
しかし、スーツは買わねばならない。
…もう帰りたい。
でも買わなきゃならない…。

そんな葛藤を抱えながら、兄の後ろをヒョコヒョコとついて回っていた。
 
 
 
その時である。

兄が、とんでもないことを言い出した。

「あ、ちょっとオレ便所行ってくるわ。おめえ、その辺見とけ。」

さっさとトイレに消える兄。

(ええええええ!?)

取り残される私。
 
「ミテロ」と言われましても、
全然何がどうなのかサッパリわからない。

仕方がないので、「見てろ」という指示を鵜呑みにすることにして、
多分買いはしないであろうジャケットをうつむくように眺めていた。

周囲には、用心棒が離れたことを察知した肉食獣(店員さん)が、
早くも3人。
さりげなく取り囲むようににじり寄っている。

(ふおおおお…!)

緊張の赤と、恐怖の青が入り混じった顔色。
ヒタイからは紫の汗。

あきらかに、弱肉強食で言えば向こうが「強食」。
当方「弱肉」。

本来植物に生まれるハズだったのに、
間違えて人間などに生まれてしまった自分など、
彼らの目には美味しすぎる獲物に映るのだろう。

(話しかけないでください…!)

のオーラを発し続けながら、
徐々に店の隅に退却する私。

次第に囲みを狭めてくる店員さん。

この時ほど、トイレの案内表示のカップルが恨めしく映ったことはなかった。

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兄の言葉

e-0865

本人にはそんなつもりなど無く、
何気なくこぼした言葉にこそ、
より強く心を打ち響かせる力が宿る。

自分が褒められた時よりもはるかに嬉しかったこの言葉は、
無数に交わした兄との会話の中でも、
おそらく生涯記憶に残るそれになるだろう。

素敵だぞ!
あんちゃん!

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逢えない時間が愛育てるのか?

e-0858

まあ、こんなことは我々だけではなく、
世間的にも割と普通だと思われるのですが、

相方の終業時刻が遅いのと、
(人件費は叩かれまくっとりますなあ…。)
私の方も昼間の仕事のほかに、
イラストの仕事がイイ感じにポツポツ入ってくるようになって、
(おかげさまで、ありがとうございます。)
お互い忙しい。

そこに持ってきて、
我々の場合、休日も合わないと来ているので、
逢えるのは大体夜10時以降ということになる。

普段、なかなか逢えず、
逢っても夜遅くてお互い疲れていると、
知らず気が立っていて、
些細なことでケンカになったりするわけですね。

まあ幸いなことに、相方が大人なのと、
私が忘れっぽいのでオオゴトにはなりませんが、
その頻度はカクジツに狭まってきているわけで。
 
 
 
人の関係って、液体ですね。
時に流れながら、熱くなったり、冷めてしまったりを繰り返して。

目まぐるしい温度変化の中で、徐々に、でも確かに沸騰してゆく。
それはやがて煮詰まって、蒸留される。

蒸留されたあとは、
分離してしまうものもあるだろうし、
新たな関係に精製されることもあるわけで。

私と相方の関係も、
沸騰の時を迎えている。

『蒸留の時』
がすぐそこに。

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大・散・財!

e-0854

普段、ガソリン代と食費以外にはほとんどお金を使わないこの私。

しかしごくごく稀に、
突如、「大散財スイッチ」が入ることがある。

先日、某スーパーにて、それは入った。
紅茶のハッパを買って、
ついでにチョコレートでも買おうかという時のことだった。

少し空腹だったということもあるのだろう。
見るものすべてが美味しそうに見えてきて、
次々と手を伸ばし、
買い物カゴに欲しいまま放り込まれるお菓子たち。

鼻息荒く、
瞳孔は全開。
顔はやや紅潮。

「どうしても必要」
以外のものにお金を使うという、背徳的快感。

お菓子の乱舞。
まさに、百菓繚乱。

そんな祭りは、レジに赴いたところで終息をみたのだが、
別段計算したわけでもないのに、
合計金額が4ケタに届かなかったのは、
やはり貧乏性のなせる業といえる。

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人工巨乳

e-0856

相方が怒る気持ちも分からないでもない。

がしかし、こちらの言い分も述べさせていただくならば、暖かい喫茶店の中で「マフラーの使用」を勧められれば、本来の「断・蓄熱」以外の使い方を模索しなければならないことは明白であり、思案の結果、第一に思いついた「人工巨乳」という発想へのマフラー投入は妥当であり、この件に関して頂戴した叱責、冷笑、ため息に関して、当方としましては甚だ心外という他なく、つきましては司法の場において、法に照らしての司法判断を仰ぎ、乾坤一擲、一歩たりとも退かぬ覚悟でもって闘争することをごめんなさいでした。

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耳付き頭巾。

e-0853

「編んでけっから。」

「似合い過ぎるって。絶対ソレ着たら可愛いもん。俺。」

「んだねえ。私、軽く嫉妬するね。『私より似合う…!』って。」

「だと思うよ。」

「んで?耳は何がいい?やっぱ犬?」

「いや、ネコちゃんで。」

「ネコちゃんなんだ(笑)」

「やっぱネコちゃんだろー。」

というような話を延々と書店で繰り広げる我々は、
ある意味バカップル。

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なんちゃって古田敦也参上!

e-0852

天然パーマ。
ハの字のいわゆる「とほほマユゲ」に、
たれた目じり。

そして、メガネ。

高校時代、
バイト先の先輩から言われたのが最初だったと思うのだが、

「トシさんて、ヤクルトスワローズの古田捕手に似てるよね~。」

とよく言われる。
 
 
 
こないだ、
たまたま気が向いたので、頭髪にドライヤーなど当てて、
キッチリ髪型をセットして出かけた。

そして、ソレを見た相方の第一声。

ルームミラーで確認してみたところ、
確かに似ている。

古田敦也選手に似ていると言われるのは、
非常に光栄です。

私も、ブログ記事での2,000本安打を目指して精進します。

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程好いシヤワセ

e-0846

お金はたくさんあったほうが便利だけれど、
みんなが必要としているものだから、
たくさん集めるのは難しいものですね。

持っていないからこそ感じられるシヤワセというものは、
実はとんでもなく贅沢なのかも知れない。
 
 
 
…って、こういうことを貧乏人が書いても、
負け惜しみにしか聞こえないから説得力がねえんだよな。

でもまあ、
それもまた面白いと思う。

むふ。

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圧縮娯楽

e-0841

映画もゲームも楽しいけれど、
拘束時間が長いのが難点ですね。

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母性の発露…?

e-0839

ごめんなさい。

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カリスマのバリカン

e-0834

以前は無料だった姉のバリカン理容師も、
来たるべき大増税時代の影響か、一気に

0円→3,000円という価格の高騰を果たしていた。

1分1,000円。

時給換算で60,000円/時間。

どんだけカリスマ理容師だよっていう話し。
 
 
 
まだまだ自分にはカリスマは早い。
ということを悟ったので、
普通の床屋さんに行こうと思いました。

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バックのセクハラ

e-0832

「クルマをバックさせている時、運転者がステキに見える。」

というのはよく聞く話しですね。

なんでも、さりげなく背後に回された手に頼もしさを感じ、
真剣な横顔、眼差しにやられるのだとか。

確かに、クルマのバックというのは、
マニュアル車のセカンドからサードに切り替える時と並んで、

「運転者の見せ場」

と言える。
 
 
 
相方と出かける際。
ほぼ100%、クルマなものだから、当然駐車場では
その「ステキな動作」を披露することになる。

しかし、相方は見とれたり、惚れ直したりするどころか、
正面を向いたまま動きの取れない私に対して、

腹を揉む、
胸を揉む、
耳の穴に指を突っ込む、
脇をつつく、
乳首をクリックする…

などのセクハラ行為を仕掛けてくるのだ。
まさにやりたい放題。

「何故、貴女はそんなことをするのですか?」

とたずねたところ、

「スキだらけだから。」

という答えをいただいた。
キミはアレか。
格闘家か。

バックしている間というのは非常に危険な時間だから、
本当にやめてね。
とお願いしたことは言うまでもない。

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申し訳ないのがほとんど。

e-0830

別にモテるとかそういうのではなく、
陶芸というものは一般の人にとっては異世界のものであるから、
それを経験した記念と、それに従事する人間に対してのもの珍しさで
よく写真を撮られる。

相手が妙齢の女性なんかだと、
純情なちっちゃいオッチャンは申し訳ないやらウレシハズカシやらで
きっとニヤケた顔で写っているに違いない。

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冴えない人として

e-0829

日常の、「冴えない失敗」に彩られた我が人生。
精神的に参っている時ほど、ボディブローのように効いてきて、
いっそう落ち込みを禁じえない。
 
 
 
だけれど友よ。

願わくば、「冴えない出来事」そのものを、

愛おしみ、楽しめる人間でいよう。
 
 
 
幸せこそすなわち、
被虐嗜好。

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夫婦(仮)

e-0827

私たちくらいの年代だと、
「夫婦」という呼び名がもっともしっくりくるのでしょうね。

ちなみにこの店員さん。
相方を「奥様」と呼び、私のことを「旦那様」と呼んでいました。

こちらもわざわざ訂正しなかったのですが、
いざ、そういう風に呼ばれると、
照れくさいやらウレシイやら、
一番は焦るやらで、とても忙しいことになります。
 
 
 
余談ですが、
周りの人間の話を聞くと、我々二人はあまりにも似たもの同士で、
キョウダイに見えるのだそうです。

その「キョウダイ」は、
「兄妹」というより「姉弟」なのかもしれないのですがね…。

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火事リーチ

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『地震、カミナリ、火事、オヤジ』。

皆様も、火の元にはくれぐれもご注意くださいまし。

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3分間トレーニング

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「足るを知れ」

って言葉が好き。

なにもかも、
足りてると思えば足りてることなのだけれど。

足りてなかったと分かるのは、
大体にして取り返しのつかなくなったあとなんだもんね。

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腰注意!~ようちゅうい~

e-0819

かがんでナワトビというのは、腰にとてつもない負担がかかる。
よいこのみんなはマネしないでね!

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本当のおみやげ

e-0815

そう。
なにを差し置いても、君の無事なお帰りが一番のお土産さ!

●リゾーと●ッコロのピンバッヂ(定価400円)も
もちろん嬉しいんだけどね!

作務衣につけちゃうゾ★
●リゾー&●ッコロ!!!

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雲のマシンで

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雲のマシンも、
相方にしてみればソファのようなものに過ぎないらしい…。

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ももいろ反射

e-0810

『ももいろ反射』
というものをご存知だろうか。

あまり一般に浸透していない語句だと思われるので、
手元にある文献を紐解いて説明しよう。

ももいろはんしゃ【ももいろ反射】

日常生活において不意に訪れる
性的興奮を生ずる事象への生体反射。

 <吉田ヘルスイ著「ももいろ生体反射」より抜粋>


 
 
 
「ももいろ反射」
というものは、一人での行動中ならば「日常に瞬くような幸運」
として甘受するべきものである。


がしかし、
時と場合、すなわち相方(恋人)などが同伴中に発生した場合、
非常に扱いに困るものとなる。

もはや、
理不尽にわが身に降りかかった災難…といっても過言ではない。
 
 
 
なにしろ、意思や理性の届かない領域、
「反射」の出来事であるから、
目を奪われるのは回避のしようがないとしても、
同伴者にそれを気取られないという配慮が必要になる。

「キミのことはもちろん大好きだ。しかし、見たいものは見たい。」

おそらく共有は出来ないであろう「美」への、
度し難き人間の業、雰囲気を壊さない範囲での鑑賞。

つまり、

「同伴者の目を盗みながら目を奪われる」

という、視線のスライド展開が繰り広げられるわけであり、
それはすなわち、盗み盗まれる

「ももいろダブルスチール」

と呼ばれる現象を引き起こすことになるからだ。
 
 
この、「ももいろダブルスチール」は、非常に難度が高く、
相当の技量、修練を積まぬ限り、そのほとんどが失敗となり、
要らぬ諍いの火種となってしまう。

「寿チョイエロ研究所」でも、
件の「ももいろダブルスチール」に関して日々さまざまな研究、技法、
工夫を練っているものの、いまだ決定打に至らないのが現状である。
 
 
 
ちなみに、

「ピンク電話」

と聞いて、
旧式のダイヤル式公衆電話機ではなく、
なにか艶かしい雰囲気を感じ取ってしまうのも、
「ももいろ反応」のひとつである。

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傷跡

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もともとヒゲが薄いのに、
剃り始めるとついムキになってしまうから、
連敗を喫することになるわけですね。

場所が場所だけに、殴られたアザにも見える。
第一発見者の兄(元ツッパリ)は、開口一番

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と、20年ほど前の血をたぎらせていた。

たしかに殴られたような痕にも見えるけれど、
腹話術の人形のようにも見える。

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三すくみの渦中へ

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店内に一抹模様に配置された店員さん。
その数実に8名。

購買客、私一人。

一抹模様に配置された陣容、そのワケは、
コンビニ本部から派遣される指導員かなにかの視察らしかった。

8人の店員さんひしめく中買い物するというのも異様だったけれど、

店員さんたちは本部の人を意識し続け、
本部の人は私(購買客)に注意をはらい、
私は会計してもらうために店員さんに意識を向けているという、

おかしな「三すくみ」の渦中に放り込まれたのが面白く、
一人で「くっく・・・」と笑いをかみ殺していた。

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二人の世界

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にっこり笑う店員さんの目には、
ハッキリと

「このお、バカップルがあ…!」
の文字が。
 
 
 
三十路目前のバカップルに乾杯。

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真に受け、真に受けられ。

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常日頃、周りから

「あんた、相方ちゃんに捨てられないようにしなさいよ!」

と言われ続けている私。

「そんなこと、あるもんかい。」

と、まったく気にも留めていなかったのだけれど、
先日、何気なく言い放った冗談を真に受けたあの娘の反応は、

驚きと、
憐憫と、
それに意外なほどの納得の含有量が見て取れた。
 
 
 
「あんた、相方ちゃんに捨てられないようにしなさいよ!」

今まではまったくの冗談だと思っていたこの言葉を、
少しは真に受けたほうがいいのかもしれないと思った次第。

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あざとさのためらい

e-0784

のそのそ歩くネコと、ヨチヨチ歩く男の子。
ヒジョ~~~~に微笑ましい光景だったのですが、
そのあまりに「出来すぎ」な取り合わせに、
ネタにすることが大いにはばかられる。

しかし、そんな瑣末なためらいも、
自己申告明記で問題解決!
 
下記注意事項をしっかり読んでね★
 
 
 
 

!!!このネタには、出来すぎなシーンや、!!!
!!!!あざとい表現が含まれております。!!!!

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定禅寺ストリートジャズフェスティバルに行ったのよ(その2)

e-0778

定禅寺ストリートジャズフェスティバルで、

Empty Black Box

というブラスロックバンドのライブを聴いたのですよ。

メインボーカル(カッコイイハープもやってました)に、ベース、キーボード、ドラム、トロンボーン二人、サックス一人(ホントは二人だったようですが、その日は一人でした。)という編成のバンド。

フィナーレのメイン会場は他にあったのですが、
そこはあまりに人が多すぎて近づく気も起きなかった。
でも、このまま帰るのもなあ~・・

とブラブラしているうちに、
メイン会場より少し小さめのステージでのライブを発見。
比較的お客さんの少ないほうを冷やかしにきた・・
というのが正直なところだったのです。

しかしですね、
何気なく立ち寄ったところ、そのあまりに楽しげな演奏や軽妙なトーク、
ブラスのお姉さんたちをはじめとしたカッコよさに惹きつけられ、
思わず釘付けになってしまったのです。
 
 
 
腹のそこに響く旋律も好みで、歌詞も好きなタイプ。
特筆すべきはトロンボーン、サックスのフリフリパフォーマンスで、
立ち尽くしながら鳥肌に耐えておりました。

気がつけば、体が自然に縦ノリして、
全身にぐっしょりと汗!

今、売り出し中と思しき

「100年たっても」

という曲のサビになだれ込むところなんか、
聴衆の発する「気」のようなものが足元から陽炎の膜となって、
夜の空に大解放されるような感触を覚えました。

あんなスゴイ光景は初めて見た。

音楽って、スゲエ!!
と、涙目になって大感動してましたよ。
私は。
ええ。
 
 
 
ただひとつ残念だったのは、
そのバンドのCDが欲しくて買いに行ったら、
財布の中に1,000円しかなくて買えなかったことだった。

電車代と駐車場代でピッタシだし…。

まあ、探して後日買いますが。

素晴らしいバンドでした。
是非来年も来て欲しいと思います。

ジャズフェス、面白かったわあ~…。

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定禅寺ストリートジャズフェスティバルに行ったのよ。(その1)

宮城県は仙台市では、毎年この時期に

『定禅寺ストリートジャズフェスティバル』

というお祭りが開かれる。
 
 
 
『定禅寺ストリートジャズフェスティバル』とは、
定禅寺通りという大きな通りを中心に、
プロアマ問わずたくさんのジャズバンドが演奏をし、
仙台の街を音楽で染め上げてしまうというヒジョ~~~に
創造性豊かな催しなのです。
 
 
 
9月11日。
『定禅寺ストリートジャズフェスティバル』最終日。

日曜日ということもあり、仕事は抜け出せないにしろ少し早めに切り上げて、私は日曜の最終日のフィナーレを見に行くべくイソイソウキウキと地下鉄に飛び込んだ。

今年ももちろん相方と見るわけだが、
友人知人が演奏する側で参加している彼女は、昼間から先乗りしている。

連絡を取り合って、現地集合という手筈だ。
 
 
 
地下鉄に乗っている間に、空はすっかり暗くなり、上り階段の向こうにそびえ立つ141ビルは足元からライトアップされ、にじみ聴こえてくるジャジーな音楽とあいまってひどく幻想的に見えた。

広場に出た。
昼間からの湿気が、祭りの熱気に支えられてか地表に残っていて、とにかく蒸し暑い。
去年は寒かったから、今年もそう踏んで厚着してきたことを早くも後悔した。

そして、
そこかしこで演奏しているバンドを取り囲む聴衆、聴衆、聴衆!
リズムに乗る表現はそれぞれ大小あるが、
音にあわせて揺れるそれは、音楽の風を見ているようで楽しい。

もちろん、私のもとにもあちこちから大音量の音符が飛んできて、腸のあたりを刺激する。

会場に入るほどそれはいよいよ渦巻いて、
自分の鼓動なのか音波の波動なのか判然としなくなってきた。

それもまた心地よい。
 
 
 
ところで、相方が見つからない。
私は携帯電話を持っていないので、
公衆電話から連絡したのだけれど、
待ち合わせの場所を根っこから間違っていて、
さんざん歩き回ることとなった。

もちろん、
演奏に聞き惚れて立ち止まったりしたのこともあったのだが、
ようやく合流したのは実に1時間後の出来事だった。

相方に逢う。
一緒にいたのは、バリトンサックス奏者のアヤコさんと、
キーボードを操るクボさんだ。

アヤコさんは黒のスーツがバシっと決まった、
カッコイイ極まりない妙齢の女性である。
(既婚だが。)

そしてなんと、「言戯」の読者さんでもあった。
ほぼ毎日見てくださっているという。
(つーことはコレも見てますね?ドモドモ。)

「是非、会ってみたい!」

ということで、待ってくれていたのだ。
(1時間も待たせちゃって本当にごめんなさい。)

クボさんは相方の友達のもうすぐダンナさんになる人。
話は何度も聞いていたが、実際に会うのは初めてだった。

気さくで明るくて楽しいステキメンである。
 

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撤収でバタバタする中、4人で立ち話をした。
いつもそうなのだけれど、表現する手段を持つ人とというのは楽しい。

それは、音楽でも絵でも変わりない。

きっと、表現とは、認めることだと知っているからなのではないかと思う。
 

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話しているうちに、いつものように相方のワキ突き突っ込みを見て、
アヤコさんが感動していた。

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考えてみると、「言戯」読者の人で相方と並んで会ったのはこれが始めてかもしれない。
それがとても新鮮で面白かった。

まあ、ついうっかりノロケて、

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こうなったのには参ったけれど。
 
 
 
私が1時間遅れてしまったせいで、クボさんやアヤコさんの演奏が聴けなかったのが非常に残念だった。
なので、今度機会があったら、ライブに潜入しようかと考えている。
(ご迷惑でなければ…)

とにもかくにも、こうして今年のジャズフェスティバルは幕を開けたのだった。

つづく。

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北風と太陽

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ラーメン屋さんに「おひとりさま」出来る女性というのは、
なんとも言えず頼もしいものだと思う。

先日立ち寄ったラーメン屋さんで、
そんな女性を見かけたのですけれども、
いざ食べ始めた彼女は、すくい上げた麺に向かって、
「これでもか」と息を吹きかけていたのですね。

そう。
彼女は猫舌だったのです。

豪快な「女性おひとりさまinラーメン屋さん」なのに、猫舌。
したたかさとたおやかさの夢のコラボレーション。

しかも、出来立てアツアツのラーメンを引っ張りだして冷却にいそしむその姿は、アツイラーメンをアツイまま食べたいという抑え難い欲求と、猫舌という肉体的ハンデの相反する要素が醸した葛藤がにじみ出ていて、見るものを感涙させずにはおかなかった。
(たぶん、見ていたのは私だけだが。)

もちろん、
「冷やしつけ麺系」
に逃げなかったのは、彼女の意地だ。

そこにまた感動を禁じえない。

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ラジオに出たのよ。

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先日、ひょんなことからラジオに出演することとなった。

地元のラジオ局の企画で、街中の話題のスポットを紹介するコーナーで私の職場が紹介されることとなり、その取材がてら陶芸教室に訪れたスタッフの方が、講師を担当した私の流麗かつ軽妙なトークに感激したらしく(ウソ)、

「是非、トシさんに出ていただきたい!」

というオファー(白羽の矢)をいただいた(突き立てられた)のだった。
 
 
 
その日は、南の方から徐々に近づいてくる台風の影響か、雨がシトシトと落ちていて、空気はすっかり秋の匂い。
少し肌寒かった。

事前に伝えられていた時刻よりかなり早めに到着してしまった私は、滅多に来ない地下鉄の駅ビルのなかを散策して回った。

しかし、どこの店も開店前で、閑散かつ静寂に押し包まれている。
トイレで搾り出したあとは何もすることがなくなり、しかたなく20分ほど早めにスタジオに入ったのである。

戸を開けて、

「おはようございま~す。」

と、とりあえず挨拶の布石を置く。
奥のほうには5~6人のスタッフと思しき人たちが、様子見の中に微量の怪訝をにじませた視線をこちらに向けている。

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「あ、あの~・・今日、ゲストに呼ばれた者なんですけど・・・。」

おずおずと用件を伝える。
スーツ姿のサワヤカげなお兄さんがツカツカと歩み寄ってきて、

「ああ!10時からの番組に出演される方…ですよね?」
と聞いてきた。

「え?・・・ええ。そうです。(たぶん)」

「Oさんはもうすぐ来ると思いますんで、こちらでお待ちください。」

と、サワヤカお兄さんは私に冷たいお茶をあてがって、奥の事務室に消えていった。

Oさんというのは、私に白羽の矢を立てた張本人である。
まだ来ていないらしい。

まあ、指定の時刻より少し早めに来たのがマズかったのだろう。
いかにも所在無く、お茶をすすったりそこに置いてあったさまざまなパンフレットを眺める私。

10分ほど経っただろうか。

Oさんが現れた。

私の姿を認めたOさんは、

「おはようございます~!」
にっこりと挨拶しながら、目の前にペットボトルの紅茶を置いた。

紅茶党である私への気遣いである。

それから、ぼちぼちと収録の打ち合わせが始まったのだった。
 

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その日、お世話になったラジオ局は、駅ビルの中にオープンスタジオを構えている。
そこでは妙齢の女性パーソナリティーが、コックピットのような機会郡に囲まれながら、しゃべったり、CDをかけたり、電話の応対をしたり、パソコンをいじったりしている。

くるくると忙しそうながら、手際が小気味よく、観ていて楽しかった。

スタジオを出てきたパーソナリティーのお姉さんに紹介される。
名刺交換。

シュピっと慣れた手つきで名刺を差し出すお姉さんに対して、慌てて名刺を取り出し、もたもたとした上に名刺ケースを取り落とす私。

机の下に滑り込んだケースを拾う自分がカッコワルイ。

いつもそうなのだけれど、どうも名刺交換というヤツは苦手だ。
気恥ずかしい。

29にもなって言うことではないんだけれども。
 

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インタビューは、Oさんと私、それにパーソナリティーのMさんで展開された。

オープンスタジオのなかは防音室独特の圧迫感があり、何故か分からないけれど、歯医者のような匂いがした。

ヘッドホンとマイクがあてがわれ、流れ作業的にインタビューは始まった。

幸い、私は人前でしゃべったりすることに、それほど緊張することはない性分なので、別段とちることもなく淡々と宣伝した。

むしろ、始まる前に妙に可笑しくなってきて、しゃべりだす直前までうつむいて笑いをかみ殺していたくらいだった。

いつもながら、客観的に聞く自分の声は、頭蓋を通して聞くいつものそれとは違い、少し高くてどうも気に入らない。

やはり、男はハスキーボイスに憧れるものなのだ。

そんなことをぼんやりと考えているうちに、生放送は淡々と終了する。
イマイチウケを取れなかったのがいまだもって残念だった。
 
 
 
ちょっとした都合で、インタビューのあともスタジオの中にとどまることになり、パーソナリティーのお姉さんと話す機会に恵まれた。

その中で、お姉さんはこんなことを言った。

「トシさんの声はイイですね!普通、男の人の声って、低音が『揺らぐ』んですよ。でも、イヤホンから聞くトシさんの声はそれが無くて、『あ、ナレーターとしていけるかも。』と思いましたよ!」
 
 
 
この一言はすごく嬉しかった。
というのも、私の声は通りが悪くて、飲食店などで店員さんを呼ぶのに苦労することがよくあるのだ。
長年そんなことに悩んできたこともあり、そんな自分の声があまり好きではなかったのだけれど、それを褒められたのは意外で、それだけにとても嬉しかった。

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そのやりとりのあと、

「よし、ナレーターを目指そう」
と思ったのと、

「普段からマイクとスピーカーを持ち歩こう。」
と思ったことは言うまでもない。
 
 
 
打ち合わせや世間話に2時間ちょい、インタビューは10分少々というラジオ出演だったけれど、とても貴重で楽しい経験をさせていただいた。

ラジオ局の皆様、大変お世話になりました。

ありがとうございました~。

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連チャン大当たり!

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3連チャン目で気がつきました。

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悪趣味な展開

先日、風呂上りの母が、廊下で倒れていました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こんな感じに。
 

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母よ。
ビックリするから、廊下でバランスボールをするのはやめてください。

…悪趣味な展開でごめんなさい。

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燃焼方法

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私の趣味は散歩。
先日はウチの周りを歩いてきたのですが、なにしろ山中のため、周回コースをたどるだけで軽く10kmほどになります。

途中の給水ポイントで買い求めたジュース。
フタが異様に固かったのか、
私の開けかたがマズかったのか、
それとも体力がなかったのか…

ついに開栓せしめた時の達成感と手のヒリヒリは、
少し酸味が強めのスポーツドリンクが流し去ってゆきました。

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女の意地

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決して飲みたかったわけではない。
ただ、悔しかったから…。

底知れない、女の意地を垣間見た

~2005★夏~

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夜の稲光に大興奮

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ただでさえ、カミナリというものは胸が躍るものですが、
夜のカミナリというものはまた格別といえる。

闇夜に不吉な亀裂を描く雷光。
一瞬、すべてをモノクロに染め果たす光の威力。
その直後に鼓膜を打ち付ける大轟音。

ただ事ならぬ天候に、
気分は高揚し、

「非日常への期待感」

というか、そういったものがむくむくともたげてくる。
 
 
 
発作的に花瓶を誰かの頭に炸裂させたり、
(炸裂させないけどね。)

発作的に衝撃の告白をしてみたり、
(しないけどね。)

発作的に悲壮な決意のひとつも固めたりしたくなる。
(固めないけどね。)
 
 
 
ありとあらゆる
「なんちゃって」
で遊ぶに、またとない夜と言える。

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覚えてる?

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ごくごく稀にしか立ち寄らない店にて。

たしか、以前立ち寄ったのは半年ほど前だったと思うのだけれど、店員さんは私の顔を覚えていてくれていたことに驚いた。

別に、以前に特別なやり取りがあったわけではない。
領収証を書いてもらったときに名乗ったものを覚えていたのだろう。

たったそれだけのことで記憶し続けているなんて、
接客業として、すばらしい姿勢の持ち主だなあ…。
と感心しきりだった。
 
 

私は、人の顔を覚えるのが大の苦手。
初対面はもちろん、二度、三度会っている人でも
「誰?」
はしょっちゅうで、
ようやく覚えた人でも、髪型や服の系統が変わると
「誰?」
になることもしばしば。
 

「人の顔が覚えられないのは、覚える気がないからだ。」
とよく言われる。

悔しいけれど、確かにそのとおりだと思う。
 
 
 
もちろん、記憶力や適正は人それぞれ多少の差はある。
でも、それが病気あるいは外傷などによる記憶傷害でもない限り、

「覚えられない」

というのは、覚える気が不足しているのだ。
心のどこかで、「不必要な情報」として削除してしまっている。

好ましい人や、逆に嫌な感じの人。

好悪に関わらず、気持ちが動いた人間というのは、忘れないもんね。
だから、記憶力の容量がどうのというのは、どうもちがうらしい。
 
かといって、気持ちというものは誰に対しても動くものじゃないし、
会う人会う人みんなに気持ちを向けていたら、生活するのが大変だ。
 
 
 
人の顔を覚えられる人というのは、「覚えるべき人」と、
「覚えなくていい人」の区別がハッキリしていて、
「覚えるべき人」に対して気持ちを動かすのが上手なのではないだろうか。

境界がぼやけていないから、頭の中に確固としたファイルが作られ、
気持ちが動かない他人に対して、
自分から気持ちを動かす技術を持っているのだと思う。

それは責任感と、生きる姿勢、日ごろからの訓練によって培われたものなのだろう。
 
 
 
人に対して気持ちが動かないならば自分なりの動かし方を探せばいいのだけれど、無意識に見当違いの方向へ気持ちが向いてしまう私のような人間は、どうやって人覚えの悪さを克服したらいいのだろうか。
 
 
 
あのお姉さんも、
まさか自分の人覚えの良さが原因で、
見ず知らずの人間に(脳内で)好意を持たれていると思われ、
(脳内で)拒絶されたとは、想像だにしないだろう。

(脳内のことだけど)ごめんなさい。

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世代を超えるドラゴンボール魂

e-0742

石、紙、ハサミの三すくみで構成されたゲームに、『かめはめ波』という名の飛び道具を持ち出すというのはいかがなものか。

「子供だから」という理由で済まされる問題ではない。
 
 
 
それにしても「ドラゴンボール」はスゴイ。
我々ドラゴンボール世代とは四半世紀も離れているような姪っ子が、どういった経緯で『かめはめ波』の存在を知ったのかは謎であるが、名作フィクションは時とともに色褪せることなく受け継がれてゆくという証明とも言える。
 
 
 
兄は

「俺は今度『元気玉』で対抗する!」

と息巻いていたが、それはすでにジャンケンと言えなくなっている気がしてならない。

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熱視線

e-0733

どうも、

『マダガスカル』

という単語が、彼の心の琴線に激しく触れたようで、
信号が青に変わって歩き出すまで、私は熱視線にさらされ続けたのだった。

彼は、『マダガスカル』を観たのだろうか。
それとも、これから観るのだろうか。
 
 
 
興味と関心の赴くまま、はばかりなく視線を向けられるのは、
子供の時分くらいなのかもしれない。

まっすぐな視線は、照れくさくて、少しうろたえてしまう。

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七夕祭り、報告まで。

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七夕祭りきらめく仙台の街を、相方と二人で歩いてきましたよ。

仙台駅前のアーケード街のなかに色とりどりの吹流しが据付けられ、まるで無数の光の柱が立ち上っているようであり、その下を行き交う人の流れ、商いの声、屋台の芳香、子供たちが持つ祭りのピカピカ、浴衣、もしくはやたら薄着のお姉さんなど、上を見ても下をみても目に楽しいものばかり。

そぞろ歩いているだけでうきうきとして、人に揉まれることがうれしく、喧騒にもシジマにも夏の匂いが楽しキモチイイ時間だったというわけなのです。
 
 
 
七夕祭り。
中でも一番良いところは、人出の多さにはぐれるまいと、自然に手をつないで歩けるところですね。

まぶしい風景に、手に持つぬくもり。

けっこう、そんだけで至福を感じられると思うのですが。
いかがでしょう。

そんなわけで昨日の一枚。

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トシ&サチ・イン・タナバタ。

また来年も行きたいもんですな。

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マーガリン格差

e-0729

別に、マーガリンの量が少なかったわけではないのだ。

それどころか、母はあまりマーガリンを付けるほうではない。

ただ、面白いからやっているだけなのだ。

それだけのために、わざわざマーガリンをいつもより多く付けているのだ。
面白がるためだけに。

まあ、面白いから、いいことにしよう。

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激しさを増す突っ込み

e-0725

もしかすると、突っ込みの激しさは親しさに比例するのかも知れない。

だとすれば、カバンにたっぷりと遠心力を乗せて叩きつける相方の突っ込みも、ある意味我々の築き上げた愛の証ということになる。
 
 
 
突っ込みの激しさは親しさにも比例するのかもしれないが、
私が相方の「怒りどころ」を的確につかんで、刺激しているということでもある。

男子は、いつまでたっても好きな女子にちょっかいを出したいものなのだ。

そう。
オイラは永遠の少年。

フォーエバーボーイ。

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アゴの誘惑

e-0722

膝枕から見えるアゴというものは、吸い付きたくなる魔力がありますね。

若干、体勢に無理があるのが難ではあるけれど、それを押してでも吸い付きたくなる何かがそこにあると思う。

まあ、大抵そのあとリアル舌打ちされますがね。

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確認か?威嚇か?

e-0721

姉のノックは激しい。
「小突く」というより、「殴打」なのですよ。

なんでそんなに強く叩くのだろうか。
考えてみるに、もしかすると

考え事をしていると、周りを完全に遮断してしまう私のクセに原因があるのかもしれない。

ちょっとやそっとじゃ気付かれないから、ついつい動作や音が大きくなってゆくのかも…。

だとしても、あれは大変心臓に悪いので、やめて欲しいと願ってやまない今日この頃。

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戦慄の旋律

オカリナは、陶器などを原材料に作られた楽器で、その音色は朴訥としていて穏やか。
聴く者を不思議に安堵させる癒しの音色を響かせる。

しかしそんなオカリナの旋律も、我が家では「恐怖の音色」として家族の間に記憶されている。

それは、一つのオカリナがもたらした、ある出来事に起因する。
 
 
 
 
 
数年前のある日のことだった。

何を思ったのか、突然母が楽器店からオカリナと、オカリナの教本を購入してきた。

「私、今日からオカリナを練習すっから。」

得意満面の母。
楽器を練習するというのはいいことだし、特に反対する理由も見当たらなかったため、家族は母の新たな挑戦を祝福したのだった。
 
 
 
数年前のある日の数日後のこと。

オカリナを咥えて練習に没頭する母の前、家族が集まり懇願していた。

「母ちゃん。頼むからもうオカリナは止めてくれ!」

「ポーーー?(なんで?)」

「その音が…!」

「ポーーーー。(癒されっぺさ。)」

「気になるんだよ…!」

オカリナ購入から数日間。
母は驚くべき集中力で、オカリナを練習し続けた。

しかし、集中力や努力の量と、上達の速度が必ずしも一致するわけではない。
母のオカリナは、一向にレベルアップしなかったのである。

そもそも、プロを目指すわけでないかぎり、上達など二の次。
たどたどしくも楽しめれば目的は達成出来ているのだし、周囲もとやかくは言わないのだが。
 
 
 
・・・問題は、母の練習方法にあった。

旋律を記した楽譜の、最初の2~3粒を吹き始める。
吹き始めたはいいが、当然、4~5粒目くらいで指が迷ったり、音の進行がおぼつかなくなり、止まってしまうのである。

練習しはじめではそれは仕方のないことだ。
もちろん、それを責めるつもりはない。

しかし、母の練習法の難点は、その止まってしまった地点から、必ず最初にもどって練習を再開するところにあった。

つまり、延々、その曲の始めの一小節を繰り返しているのだ。

「ポロ・・・♪」

「ポロロ・・・♪」

「ポロ・・・♪」

「ポロ・・・♪」

たどたどしくも、旋律が進行するなら音楽として受け入れられる。
そのことを言っても、

「ヒトの練習方法にとやかく言うな!」

と一蹴された。

母は、全体のデッサンを決めてからではなく、キャンパスの端っこから完成させてゆく手法以外認めないらしい。

本人はそれでいいのかもしれない。
何故なら、吹いている本人は続きの旋律もイメージしているのだから。

しかし周囲の人間はどうだろう。
同じ部分の音色がひたすら等間隔で流れ続けるというのは、非常に気になり、耳に障る。
しかも、オカリナの音は染み入るように響くため、どこにいても聴こえてくるのだ。

まるで、古代中国の、額に水滴をポタン・・・ポタン・・・とたらし続け、発狂させる拷問のようでもあった。
 
 
 
そんな日々が積もり積もって、ついに家族から「オカリナ禁止要請」の声が出始めたのである。

しかし、「やめて」といわれて素直にやめる母ではない。
いや、むしろ余計に燃えてくる。

いよいよ意気は高揚し、まるで

「私の芸術が本当に理解されるのは、私が死んでからなのよね…。」

と言わんばかりに、孤高の芸術家の悲哀にも似たマイペースの音色を周囲に染み込ませ続けた。

それは、それから数日後、突如としてオカリナが失踪するまで続いたのである。

この、「オカリナの失踪」については、当時「何者かが隠したのでは?」というウワサ(主に母から)も飛び交ったが、結局、誰も関知せずという結論に達し、実はやや飽きも来ていた母の気持ちも手伝って、事件は闇に葬られ、ようやく事態の収束をみたのだった。

世界は平和を取り戻したのである。
 
 
 
それから数年後の先日のこと。

工房で釉薬掛けをしていた私の耳に、懐かしいような、胃の腑がざわめくような音波が届いた。

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力(オカリナ)は再び魔王(母)の元へ戻ったのだ。

うっとりとオカリナを吹く母を見ながら、かくなるうえはオカリナを、火山の溶岩に投げ捨てるしかないと内心決意したことは言うまでもない。

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愛の呪文

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この愛を持ってすれば、ホイミの一発くらい出るかと思ったのだが…。
それは甘かったようだ。

もしかすると、MPが足りていなかったのかもしれない。

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そこで拭くんじゃない。

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むろん、実話だよ…。

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左利きの連帯感

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左利きの人を見ると、親近感が湧く。

それはきっと、私が左利きだからだろう。
 
 
 
陶芸教室などで、連絡先を書いてもらう際。
何気なく走らせたペンが左手に握られていたのを目撃すると、

「あ!左利きなんですね。私もなんですよ~!」

と、声をかけてしまう。

ふと発見した共通点が嬉しい。
それが妙齢の女性だと、余計に嬉しい。
 
 
何故、左利きを目撃するとそんなにも嬉しいのだろう。

それはきっと「希少種」としての連帯感だと思われる。
世間のほとんどが右利きという中、少数派の左利きという思いがけないツナガリが嬉しい。

生まれつき、自然に備わった左利きという特徴。
こればかりは選択できるものではないだけに、先天性の「因縁」めいたものを感じてしまう。

明らかに、まったくの赤の他人よりも、すでに一歩踏み込んだ関係にあるような気さえしてしまうのだ。

つまり、あなたとわたしは赤の他人だが、左利きという共通項がある以上、好む好まざるに関わらず、他人ではないのですよ。

という事を勝手に決め付けてしまうわけなのだ。
 
 
 
まあ、こういうご時勢でこういうことを書くと、ちょっとアレな人かと誤解を招く恐れがあるので、飽くまでも表現上における一つのたとえだと思って欲しい。

しかし、妙齢の綺麗な左利きの女性に関しては、少なからず他人ではない気がする。

…気がするだけなら、いいだろう…?



余談ですが、近頃、世間に左利きの人間が増えた気がする。
気のせいかも知れんけど。

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ロシアから来たサプライズ

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先日。

仲間うちを集めて、庭先に出たホタルを見ながらお酒を飲もうという、風雅な宴会が催され、私も相方を誘って参加した。

パラパラと集まってくる顔見知りのメンバー。
その中にひときわ異彩を放つ人物が混じっていた。

すこし銀色かかった金髪、白地にピンクがかった肌。
彫りの深い目元に碧眼、ツンとアクセントのついた鼻が、小さい顔に整然と並んでいる。

全体に、それぞれの部位がハッキリと自己主張する存在。
はっとするような長身美人の彼女は、ロシア人のオルガさん。
初対面である。

聞けば、知り合いの歯医者の先生の息子のお嫁さんになる人だという。

彼女は三ヶ国語を操る言語能力を有している。
内訳はロシア語、英語、そして日本語。
日本語は、難しい表現はさすがにまだ無理にしろ、かなり流暢と言える。

日本語を勉強し始めて、数年でそこまでなったというのだから、才能ある努力家ということだろう。
 
先日の、中国語、イタリア語、英語を操る同じくトリリンガルのジェシカさんもそうだが、近頃の私の日常は、図らずもやや国際色豊かに彩られているようである。
 
 
 
ロシアの人と交流したのは初めてのことであったが、オルガさんはとても楽しい人だった。

まず、酒がとんでもなく強い。
ビールをカッパカッパ開けて、ケロリとしている。
母国では、65度のウォッカをストレートで飲むというのだから、

「ビールなんてソフトドリンクデス。」

という言も致し方ないところだろう。
ビール350ミリ缶一本でクラクラになる私では、到底太刀打ちできない。
 
 
そして、陽気である。
私の勝手な印象というか、先入観なのだが、ロシアの人というのは、どこか暗いイメージがあった。
分厚い毛皮のコートに首をうずめ、シェプカ(ロシア帽子のことをこういうらしい)を目深にかぶって、ムスリとウォッカをなめている…。

まあ、日本人が七三で出っ歯でスーツでカメラをぶら下げていて、登場シーンには必ず銅鑼が鳴るというイメージと似たようなものなのだけれど、とにかくそういうものだとどこか思っていた。

しかし、オルガさんはとにかく陽気。
ニコニコ笑いながらビール(ソフトドリンク)を飲み、日本語で駄洒落まで言う。
いわゆる、ジャパニーズオヤジギャグである。

「アイムソーリー、ヒげソーリー、カミソーリー!」

彼女の口から発せられたその一言は、「外国人の意外な駄洒落」という化学反応を引き起こし、オヤジギャグに降り注ぐ大爆笑という奇跡を起こした。

私も29年間生きてきて、上記の駄洒落で手を叩いて笑ったのは初めてのことだったが、今思うと、誰に習ったわけでもなく駄洒落を思いついたということは、それだけその言語を深く理解しているという事にほかならないわけで、その上ユーモアのセンスも必要とされる、かなり高度な技だったのだ。

陽気でトリリンガル、そして、異国に嫁ごうというバイタリティ。
そんな同い年(軽く衝撃の事実)に、ひたすら頭が下がる思いがする。
 
 
 
ロシアから、生活週間も民族性も違う日本という国に嫁ぐというのは、並大抵のことではない。

「大変ではないですか?」

という質問に、

「大変ではナイ。なぜナラ、日本には好きな人がいるカラ。」

と応えたオルガさん。
それは、まぎれもなく「愛」というものである。

オルガさんの前途に幸あれ!

そう思ったことは言うまでもない。

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昼間の亀と、俺の説得力

世間的には平日の、私の休日。

家から程近い(と言っても、車で30分かかる距離だが。)割と大き目のショッピングモールに立ち寄った。
主な用事はトイレを借りることであり、まあ、そのついでにあまり普段立ち寄らない場所をそぞろ歩いてみようかという気まぐれから発生した行動だった。

そのショッピングモールはやたら広くて大きい。

もともとは生鮮食料品や生活雑貨などのお店が軒を連ねる普通のモンスターモールであったのだが、クルマでしか立ち寄れない交通事情のせいか、周囲の田園色の色濃さか、はたまた折からの不景気の影響か、次々にそう言った店は姿を消し、今では温泉、ボウリング、パチンコ屋、100円ショップなどがすっかり幅を利かせ、果たしてショッピングモールなのか複合レジャー施設なのか非常に微妙な過渡期の渦中にありますといった感じで、確たる方向性を悟らせない、ある意味の異彩を放っている。

お客さんの方もその迷走に対する戸惑いは隠せぬようで、店員さんとお客さんの人口比率は五分五分というマンツーマンビジネスに、あちらこちらテナントが抜け落ちているビジュアルも手伝って、早い話が寂れている。
(最初からそう言えよ。)
 
 
 
そんな中。

私はそのモールの中にある、中古ゲームソフト、コミックを扱っているお店の前を通りかかった。
そして、そのお店の前に設置されているクレーンゲームに視線を吸い込まれた。

何故ならば、

そのクレーンゲームの景品が、あまりに異様だったからだ。

「亀」。

ぬいぐるみでもフィギュアでも、缶バッジでもストラップでもない。
正真正銘、生きとし生ける亀である。

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景品としては、ユニークというよりどちらかというと悪趣味なシロモノ。
ていうか、動物愛護団体が白目むくような暴挙と言える気がする。

おまけに、となりの同じくクレーンゲームの筐体の中には、ロブスターが触覚を揺らめかせているではないか。
この店は、とことんまで「景品は生き物」という方向性を貫きたいらしい。

一貫性を欠いたこのモール全体の姿勢に対するささやかなアンチテーゼなのか、はたまた

「どうせ誰もやらんだろう。」

と多寡をくくった店主が水槽代わりに飼育しているものなのかは判然としなかったが、とにかくモールの中心で動物愛護を叫んでも、それは田園に虚しく吸い込まれてゆくだけなのだろうと悟らざるを得なかった。

しかし、水槽の中の亀は可愛い。
気の毒だとは思うのだが、不謹慎にも可愛い。

片隅に折り重なっているのは何故だろう?

陸地が少ないことへの対処なのか。
是正を求める抗議なのか。
それとも脱出を試みているのだろうか。

亀はひっくり返ると皆、必死に原状回復を目指すものだと思っていたが、中にはひっくり返ったまま諦めている者もいる。

驚いたことに、ひっくり返った仲間を、他の亀が頭で小突いて戻してやっていた。
過酷な環境にいると、仲間同士の連帯感が強まるのは亀も人間も変わらないらしい。

そしてさっきから気になっているのだが、水面にプカリと浮いたまま微動だにしない亀。
果たして生きているのか死んでいるのか。

首も手足も出すでなくひっこめるでなく、ただただ脱力して水面に浮いている。
瞳孔、脈拍までは確認できないので目視による確認だけが頼りなのだが、結局見ている間、その亀が動くことは無かった。

そうやって、10分ほどしみじみと眺めていてふと気付いた。
どうも先ほどから背中に奇異なモノを見るような、それでいて少しの憐憫を含んだような視線を感じる。

やはり、平日の昼の日中から大の男がクレーンゲームの、しかも亀にかぶりつきで観察している画というのは、ある種のしょっぱさと、痛みを伴うものらしい。

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相方の不在は、29歳の男という存在の説得力を著しく損なうものなのだと痛感したことは言うまでもない。

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突撃~!

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ある日。
相方と逢っていたときの事。

「パッパパッパッパパラララッパパー!」

静かにラジオの音が流れる車内に、突然進軍ラッパの勇ましいサウンドが鳴り響いた。

戦いの火蓋は切って落とされたのである。

「軍曹おおおお!!突撃でアリマスカー!!」
絶叫する私。

「あ、ゴメンね。私の携帯のメール着信音だよ。」
冷静に返す相方。

「軍曹おおお!!本部からの通信でアリマスカー!!」

「いや?天気予報だねえ。」

「軍曹おおお!!天気による作戦の変更でアリマスカー!!」

「だから、悪かったって。マナーモードにしとくから。」

「軍曹おおお!!」

「ああもう!分かったから・・!」

相方のメール着信音は、進軍ラッパである。
その理由は

「なんとなく、勢いが欲しかった。」

からだと言う。

一体、なんの勢いが欲しかったのかは女子にありがちな小さく頑なな謎ではあるが、時たま発生する進軍ラッパは、何らかの戦端が開かれたことを私に知らしめ、問答無用で脳内にアドレナリンを分泌させるのである。
 
 
 
今日もどこかで進軍ラッパ。

安寧の日々は今いづこ。

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伝わった!

つい先日のこと。

私の開講している陶芸教室に、二人の女性が訪れた。

一人は中国系アメリカ人のJさん。
彼女はホームステイで日本へ来たそうだ。

そして、もう一人がそのステイ先のAさん。
日本人である。

外国人に陶芸を教えるのは初めての私は、意思疎通のやり様を求めて日本人のAさんに尋ねた。

「あのう。彼女(Jさん)は、日本語しゃべれるんですか?」

「ああ~、彼女は英語と中国語とスペイン語しかしゃべれないのよー。」

「…ああ、それだけ話せれば十分ですね。」

とりあえず、日本語による接触は諦めた方がよいことはハッキリした。

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日常会話程度の英語が出来るAさんがついているので教える分には問題ないだろうとは思ったのだが、なにしろこれだけマトモに外国の方と交流するのは初めてのことである。

私の日常では、滅多にあることではない。
つまり、チャンスである。

なんとか直に意思の疎通を図りたい。
出来うることなら、陶芸を通して日米間の交流を温めたい。

そんな欲求が、むくむくと胸のうちに膨らんでくるのを感じてしまったのだった。
 
 
 
しかし、物事を伝えるというのはそんなに甘いものではなかった。

英語なら、それなりに単語は知っているし、それを繋げていればなんとかなるだろうと多寡をくくっていたのだが、日本語の中で使われる英語と、本場の英語では発音がまったく違うらしい。

あまり通じないのだ。

仕方がないので、Aさんに訳してもらいながら、それを真似て言葉による接触を試みる私。

相変わらず英語はあまり通じなかったが、奥の手として繰り出した「絵」は、実に有効だった。

「OK、OK!」

の言葉が増えた。

それと、「身振り手振り」。
意外なところでは「擬音」も効果を発揮する。
 
「絵」や、「身振り」や「擬音」での交流なんて、とても現代とは思えないような原始的な伝達手段ではあるのだが、それだけに「伝わった」時の驚きや嬉しさは、格別であり、新鮮であった。

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普段の自分は、周囲にいる人たちに対して言葉が通じるのが当然で、すれ違いや行き違いこそあれ意思の伝達に苦労を感じることはあまり無い。

それだけに、言葉という便利極まりないものに対する慣れが、知らず知らずそれの使いようをぞんざいにして、「伝える」という事の重心を浮かせていたのかも知れないと思わされた。

心がだぶついて、言葉の重心が浮くと、言葉の通じる相手にだって伝わらなくなるもんね。


 
だからこそ!
 
「伝わる」ということは、こんなにも嬉しいんだ!

という再発見があった。

これは、割かし大変な発見だと思ったのです。

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無事、コーヒーカップを作り終え、退室する間際。

Jさんの

「アリガトウゴザイマシタ。バイ。」
という挨拶と、

私の
「サンキューベリーマッチ!」
という挨拶は、ある意味あべこべではあったが、大変貴重な体験をさせていただいたことに本心から感謝したことは言うまでもなかった。

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ひとりバックドロップ

つい昨日のこと。

店が休みということもあり、私は自室にこもって、依頼されたイラストの納期に間に合わせるべく、タブレットに向かい、ペンを打ち込み続けていた。

作業が一段落して、集中が緩んだこともあり、小休止をする。

部屋の窓から見える山の緑は、目の疲れを癒すのに最適である。
足元のポットを引き寄せ、紅茶を淹れる。

体中の筋肉がむずがゆい。
思えば、先ほどから数時間、縮こまりっきりだ。

鈍っているのだろう。

(むっ!)

椅子に座ったまま、背筋を伸ばし、腕を掲げて伸びをした。

その時だった。
 
 
 
背後、それも足元から、

「みしみし・・」

という音がしたかと思うと、突然・・・

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という炸裂音。
体の重心が無理やり後方に引っ張られるような感覚があった。

(あ!脚が折れた…!?)

そう。
数本放射状に伸びている椅子の脚の一本が、連日の酷使に耐えかね、ついに壊れてしまったのだ。

(こ、このままではまともにバックドロップを食らってしまう…!)

必死に重心を前に引き起こし、なんとか回避を試みる私。

しかし、
椅子に付属しているキャスターは、無情にもコロコロと前方に転がってゆく。
それはまるで、日ごろの圧政に耐えかねた椅子の脚たちが、ついに憤懣を爆発させ、うち一本が身を捨てて体勢を崩し、残る2本が止めを刺す。

そうとも取れる見事な連携だった。
 
 
 

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かくして、私の体は部屋の片隅に見事な弧を描き、背中から床に叩きつけられた。

椅子は再起不能。
座れないことはないが、常に重心を注意しないとお尻を掬い取られる危険性が付きまとう。
下に雑誌などを挟んでもみたが、無駄な抵抗であった。

作業などもってのほか。
 
(・・なんで、こう忙しい時に壊れるかな・・!)

と、タイミングの神様を呪いながら、最寄のホームセンターまで椅子を買いに走ったことは言うまでもない。

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終わりなき戦い

昨日のこと。

薄曇りの空がかかる仙台の街を、雑踏の濁流に押し包まれながらブラブラと歩いていた。
後ろから押し付けるような足音と、前から迫り来る対向歩行者に轢かれぬよう、懸命に歩いていたのである。

その時だった。
 
主に縦方向にのみ気を取られていた私に、横合いからスイッと近寄る影があった。

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思わず受け取ってから気づいた。
それは、ティッシュ配りのお姉さんだった。

本来、街頭でティッシュやチラシを受け取るのがニガテな私。
相手も仕事でやっている以上、受け取ってあげるのが一番いいとは分かっていても、どうもよくない。

いつもなら、『ティッシュ要らないの構え』を頑として崩さず、ご遠慮願っていたのだけれど、その日はどこかしら隙が見て取れたのか、たまたま広告対象年代にことごとく当たっていたのか、次々にティッシュやチラシを突きつけられることとなったのである。

しかも、相当の手練を揃えてきたらしく、拒否のタイミングを逃して被弾することも多々あった。
交わすほうも上達するが、配る方も同じように上達するということなのだろう。

これには参った。
 
次々に襲い来るティッシュやチラシ。
まるで追い掛け回されているかのような錯覚さえおぼえる。

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しかし、人間というものは、追い詰められるとその環境にある程度は順応し、自分なりの対処法を確立してゆくものである。

私はひらめいた。

ティッシュ配りをかわすには、オバチャンが有効であるということに。

すなわち、配る人と自分との対角線上にオバチャンを配置することにより、ばら撒かれるティッシュを吸着。
配り手が、次のティッシュを装填している間に、無事通過するという技を身につけたのだった。

『オバチャンバリアー』である。

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今回は、この技で窮地を脱したが、今度は相手も新たな技を考案してくるだろう。

何故ならば、配り手と私の戦いは始まったばかりであり、終わりの来る日など無いのだから。

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日常の上澄み

最近の私のお気に入り。
それは、

よく立ち寄る書店に新しく入ったバイトの女の子である。
 
 
 
別段、目立って器量良しというわけでも(いや、普通に可愛いのだけれど)、話しかけて仲良くなったわけでもない。
ただ、

『今しか味わえぬ、旬。』

を持ち合わせているのだ。
 
 
 
それは、お目当ての本を持ってレジを行ったときに起こる。

カウンターに本を置く。
少し奥で作業をしていたその娘がいそいそと駆け寄ってきて、まずこう言う。

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・・グッジョブ。

ピッピッピ・・

「お会計、1,060円になります。」(ちら)

・・グッジョブ・・!

「ありがとうございましたあ。」(ちら)

・・グッジョブ・・・!!!
 
 
 
すなわち、「目線」である。

挨拶を発する時に、おずおずと向けられる上目遣いが大好物なのだ。

接客業はニガテなんだけど、うつむいたままというのは失礼だから、がんばろう。
という精一杯の色がある。

その他にも、少しの恐れとか、恥ずかしさとかの色も混ざっていて、とてもキレイなのだ。

つまり、
分量の定まらない時期に、少しだけ余剰に出た誠意の色。
 
日常の上澄み。
 
 
 
これから、仕事に慣れてくるにつれて確実に薄まってしまうであろうそれを、是非大事にしたい。

そう思うオッチャンなのであった。

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いつもの逆転

前回までのあらすじ:

寿は『いつもの』が通じる店が出来て、有頂天だった。


 
 
 
とにもかくにも『アッサムの人』と認知された私。
その後も、「いつものように」アッサムティーを楽しんでいると、

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というように声をかけてもらえるようにまでなった。

嬉しはずかし常連ライフ。
その店の、「客」というピースの中でも、少しだけ大きい位置を占めているような優越感。

そんな日々はきらめくように、めくるめく過ぎていった。
 
 
 
しかし、人というものは欲していたものを手に入れても、それに満足できるのは束の間でしかない。
また、次の、さらに高みにあるものを欲することとなるのである。

人の欲は限りなく、果てしない。
そういう度し難い業を背負うのが、人の人たる由縁なのだ。
 
 
 
それは、いつものカフェレストランでいつものようにお茶をするべく、メニューを見ていたときのことだった。

「アッサム、ホットで。」
(つまり、いつものね。)

ウェイトレスのお姉さんに注文を預けた。
対面の相方は、まだメニューを見て検討している。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「エ~ト・・この、リンゴとベジタブルのジュースをください。」

(!?)

いつものコーヒーではなく、どういうわけか今まで飲んだことのない、かなり変り種のジュースを指名してきたのである。

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驚きのあまり、思わずそのようなことを口走ってしまう店員さん。
そして、あまり発注する人がいないせいなのか、そのメニューの詳細な説明を始めたのである。

「これはですね!小松菜とブロッコリーが入ってまして、それにリンゴとレモンを加えてあるジュースなんですよお。『飲みやすい青汁』って感じですね!」

ニコニコとうなづきながら説明を聞く相方の横で、私は敗北感に打ちひしがれていた。

(意外性・・・!)

いつものコーヒーにゆくと見せかけて、意外性に富んだメニューを発注する呼吸・・・!
結果、相方は知ってか知らずか強く相手に印象を残すことに成功していたのだ・・・!

『いつもの』を獲得し、ようやく肩を並べたかに見えたのも束の間。
相方は、またもや私を軽々と抜き去っていったのである。

我が相方ながら、恐ろしい女だと戦慄したことは言うまでもない。

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認められた日。

ついに、というべきか。

通い続けた実績が実を結んだ・・・と思われる。

行きつけのカフェレストランで、「アッサムティーの人」という認識が成立したのである。
これは、自分にとって偉業と言ってもさしつかえのない事件であった。
 
 
 
ある日のこと。
いつもの店に相方とお茶を飲みに出かけた。

一連の流れでメニューを開き、今日の発注を検討する。
とはいえ、私は頑なにアッサムティーなのだが。
 
 
その時である。
オーダーを取りに来たいつものウェイトレスさんが、このようなことを持ちかけてきた。

「あのー。今日はですね。『ケーキセット』があるんですよお。コーヒーとか紅茶にケーキがついて、お安くなってます。」

「へえ~。どうする?サチ。」

「ああ~、じゃあ、私、それで。」

「んで、こっちもそれで。」

即決する我々。
店員さんはメモを取りつつ、

「じゃ、いつものようにコーヒーと紅茶でいいですね?」

と聞いてくるではないか。

『いつもの・・』

『いつもの・・』

『いつもの・・』

鼓膜にこだまする甘美な響きに、しばし打ち震える。
私が、『紅茶の人』と認識されたのを知った瞬間であった。

しかし、まだ予断は許さなかった。

『紅茶』まではいいとして、つぎは的確に『アッサム』を持ってきてもらわなければならない。
その店には、『アッサム』の他にも『ダージリン』、『アールグレイ』、『セイロン』があるのだ。
もし、間違えて『アッサム』以外の銘柄が来た場合、先ほどまでの歓喜の半分がぬか喜びと化してしまう。

もちろん、店員さんにしてみれば、私だけがお客でないことは分かっている。
分かっているのだけれども・・・!

私は不安を胸に抱き、緊張しつつもアッサムであるべき紅茶が運ばれてくるのを待った。
 
 
 
数分後。

銀色のお盆に、ポットと茶漉し、カップが運ばれてきた。
緊迫にワナつきながら、一口すする私。

味を確かめる。

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      かくして、見事、私の「いつもの計画」は成功の栄をつかんだ。 有の頂天、我が世の春を謳歌する私。       ・・・がしかし。

それから程なくして、世の中、上には上がいると思い知らされることとなるのだが・・・それはまた別のお話。

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奥歯か、前歯か。

ある朝のこと。

突然、兄から妙な質問を受けた。

「トシ、おめえや~、歯磨くとき、前歯から磨く?奥歯から磨く?」

質問の趣旨は分からないが、言われるがまま自分の歯磨き時の磨く順序を思い浮かべた。

普段、私は必ずと言っていいほど奥歯から歯を磨く。
なぜならば、歯磨きに飽きる前に入念に届きにくい奥歯を磨きたいからである。
歯磨きもさすがに29年もやっていると、飽きる。

「・・・奥歯からだねえ。」

「奥歯!ほほ~。母ちゃんは?」

たまたまそこにいた母にも同じ質問をする兄。

「私は前歯だねえ。」

「あっははは。そうなんだあ。ふーん・・」

「・・・」

満足げに黙り込む兄。

質問の意味が分からずに黙然と兄の顔を見る私と母。

(んで・・・?)

という沈黙が降りる。
相変わらず黙りこくる兄。 
 
 
 

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わけのわからない「タメ」にイラつきを抑えきれず、声を揃えて詰問する。
お前は「みの氏」か。
その「タメ」はいらん。

「あ~、ははは。いやね?こないだテレビでやってたんだけど、歯磨きの時、奥歯から磨く人は『カッコに構わない人』で、前歯から磨く人は『ナルシスト』なんだって。」

「・・・ふ~ん。」

「っつーか、そんなこと普段の生活から分かってるべやねえ。」
白けた顔の母。

「トシなんて、最近ようやく少し色気づいてきたけど、その前なんて浮浪児みたいなカッコしてたじゃない。」

「まあ、僕なんかは『男は見た目じゃない』と思っていたからね。」

「でも最近、服買うようになったよな。」

「・・・うん。世間に対する説得力の必要性を感じてねえ・・・。」

「そういう母ちゃんなんてさあ、たまに洗面所で歯磨いてるの見かけると、踊りだすんだよ。ニッカー!っておもっきし前歯磨きながら。」

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実話である。

母は歯磨き中にたまたま目が合うと、前歯を殊更強調しながら踊りだす。

「『ナルシスト』に決まってるじゃんねえ。」

「んだよ。『美は一日にして成らず』だよ。」

妙なところで意見が一致する母と私。

「・・・もういいわ。お前ら消えろ。消えてしまえ。」

要するに、ウチのように剥き身の自分で生きている一家には、心理テストなどという回りくどい探りは一切不要だということなのだ。

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暖かく死ね・・・!?

日常というものは、一見平凡でアタリマエの連続のようでいて、その実非常に脆いものである。

ちょっとしたボタンのかけ違いからとんでもない事態を招いてしまうことも決して珍しいことではないのだ。
 
 
 
先日のこと。

相方から来たメールの返事を書いていた。
やや長引いた仕事が終わった旨の内容で、おなかが空いたことも手伝ってとても寒い。
との事だった。

私はさっそく返信メールを書いた。

さまざまな事柄を伝えた文末に、ねぎらいの言葉で締める。

「暖かくして寝てね。」

こう打つつもりでキーを叩く。

カチャカチャカチャ・・・カチャ・・・?

止まる指。
パソコンの画面を見つめる私の目には、驚愕の色が浮かんでいた。

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「暖かく死ね」。

なんということであろうか。

キーの叩き間違えからとはいえ、私の手から生み出された相方への死の宣告。
私は動揺し、あってはならないその文字を急いで削除したのだった。
 

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届かなかったメッセージ

出先から連絡を取る時。

携帯電話を持っていない私は、主に公衆電話を使って相方の携帯電話へアクセスする。
折りよく相方が出られれば問題は無いのだけれど、そうでない時もよくあって、数回のコールのあと留守番電話サービスに送られ、虚しく硬貨を飲み込まれるということも多い。

当方の損害は硬貨くらいなものであるが、相方は大変だ。

着信履歴に残る「公衆電話」の文字は、かなりの確率で私からの電話であり、気づかなかったり、出られない状態の時に着信してしまうと、「かけなおす」ということが出来ないのだ。
 
 
 
先日のこと。

出先から、相方に電話をかけた。
2回ほどかけてみたのだが、2回とも留守番電話に接続となったため、

(ああ、今日は遅くまで仕事なのかもなあ・・)

と、家路についたのだった。

数時間後、相方からウチへ電話がかかってきた。

「トシさん、さっき電話したよねえ?2回。」

「うん。したねえ。でも、留守番電話になってたから、仕事中かなと思って。」

「あたし、そん時バスに乗ってたのよ。」

「え?そうだったの?」

「うん。さすがにバスの中で出るわけにはいかないから、急いで次の停留所で降りたのね。もう一回かかってくるかも・・と思って。」

「あららら!」
受話器の横で、少し顔が蒼ざめる私。

「30分待ったんだけど、電話来なかったねえ。」

「ああ~・・ゴメン。」

「『寒い・・!』とか言いながら。」

「うう・・ゴメン。」

「今度からさあ。公衆電話から連絡くれるときは、お願いだから留守番電話にメッセージを残して。」

「・・・ハイ。」

「まったく・・ブツブツ」

・・というやり取りがあった。
 
 
 
それから数日後。

再び相方に連絡を取ろうと、公衆電話の受話器を取り上げた。

ピポパピピペポパピポ。
プルルルルル・・・プルルルルル・・・

6回のコールのあとに回線がつながる。

「ガシャ、プー!」
カシャコトン。

硬貨が飲み込まれる音。

「ただいま、電話に出られません。『ピー』という発信音のあとに・・・」

というアナウンスが流れた。
それを聞きながら、

(ようし、今日はちゃんとメッセージを入れよう。)

『30分くらいあとにも一回電話するね。』
セリフも決まった。

私は、録音開始の『ピー』を待った。
軽く下唇をなめずる。

「メッセージを入れてください。・・・ピーー。」

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投入した硬貨、10円では、10秒ほどしか通話が出来ないことを忘れていた。
その10秒は、留守番電話サービスのアナウンスに虚しく消化され、メッセージを入れる余地は無かったのである。

そのあまりに計ったようなタイミングに感心し、可笑しみさえ感じてしまう私。

気を取り直して、念のため15分待って思い切って100円を投入したところ、幸か不幸か相方との連絡がついてしまったのだった。

その後、逢った相方に苦言を呈されたことは言うまでもない。

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はぐれキツネ慎重系

先日、クルマを走らせていたところ、道路の横合いから突然キツネが一匹飛び出してきた。

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幸いかなりの距離があったのでぶつかるようなことは無かったのだが、そのキツネはかなりの慎重派だったらしく、まず車道に飛び出してから足を止め、こちらのクルマの速度が落ちるのを確かめてから何かを納得したように反対側の森に消えていったのだった。

その姿勢は評価したいのだが、せめて車道に飛び出す前に確認をした方がいいのではないだろうか。

と感じたことは言うまでもない。

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理不尽な暴力。

先日のこと。

相方からお茶に誘われて、仕事帰りの彼女を駅まで迎えに行った。
少し仕事が長引いてしまい、待ち合わせの時間が少し遅れたせいもあり、すっかり日の暮れかかったロータリーにはタクシーとバスが氾濫の様相を呈している。

その中をかきわけながら、なんとか相方をつかまえた。

「さ、寒い・・・!」

このところの寒空に追い討ちをかけるかのごとく、雨がパラパラと落ちている。
車のヒーターを少し強めに設定しているのだが、芯まで冷えた相方の体はなかなか温まらないようだった。

「あ、そういえばさあ。」

寒さに対する文句をひとしきり言い終えた相方が、思い出したように切り出した。

「こっちからお茶に誘っておいてなんなんだけど・・・」

「うん?」

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間髪いれず、思いつく限りの失笑と嘲笑を歯と歯グキの間からひり出す私。
こういう場合には、思い切りバカにしてやった方が良いと信じている。

「・・・・・・・・。」

黙然と目を伏せつつ、ゆっくりと足元にバッグを置く相方。
幹線道路への合流は、大渋滞で容易に進まない。

私は、来るべき事態に対応すべく。冷静かつすばやくギアをニュートラルに戻し、サイドブレーキを引いた。

風を切って相方が殺到する。

成すすべなく歯牙にかかる私。
「受け入れる」という表現の方が正しいかもしれない。

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雨の降りしきる中、車内で繰り広げられる陵辱の宴。

私は理不尽に蹂躙されるがまま、フロントガラスに映る赤信号に照らされた赤い雨粒たちが、ワイパーに掬い取られてゆく様をぼんやり見ていた。

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「銀行でおろすのをすっかり忘れてたのよ・・・!」

と、理不尽極まりない逆ギレを敢行する相方。
上気した顔に、息を荒げながら

「だ、だから、お茶代くらい出したげるから・・・。」

抗議めいた提案を示す私。

「いいの?今度返すから。ごめんね。」

(しかし、過失は向こうにあるのに、何故、言われなき暴力を受けたのだろう・・)

と、己の非をすっかり棚上げしつつ、車は青信号に気づいて動き始めたのであった。

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寒いですね。

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寒い。

5月も中旬だというのに、何故、こんなにも寒いのだろう。
あろうことか、吐息さえ白い。

時期的な期待の気温を裏切られた気分から、余計に寒く感じてしまう。
たまりかね、昨日から再びストーブのお世話になっている。
 
 
 
少し季節から外れたストーブというのは、しみじみいい。

着火時のすこし漏れる石油くささも、

「なんだか、頼もしいぞ。」

という気分になってしまう。

やがて室内が全体にホコホコし始めて、そのニオイが妙に冬の懐かしさを呼び起こして、染み入るようなシアワセを感じられるのだ。
 
 
 
さて、季節はずれの寒さと言えば相方である。

彼女は時期外れの寒さを許せないらしい。

「寒い・・!宮城県寒い・・!」

とつぶやき、そのやり場の無い怒りの矛先は主に私のわき腹方面に向かう。

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これはこれで嫌いではないのだが、正直、わき腹は私の代表的ウィークポインツの一つなので、出来れば遠慮していただきたいと声には出さず内心思っている。

わき腹に甚大な被害が及ぶ前に、世間に適正な気温が訪れることを願ってやまない。

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気まずい優しさ

先日のこと。

パンの発酵待ちの間に、甥っ子のサッカーの相手をしていた。
父方のじいちゃんに買ってもらったと思しき銀色のサッカーボール。

「オレの、全力の蹴りを受けてみろー!」

と、いちいちセリフつきで蹴りだすトウキックは、本人の意思とは関係なく私を左右に揺さぶった。

「お前なあ~、トウキックだと、どこ行くか分かんねえべ?こうやって足の内っ側で蹴んのや!」

と、インサイドキックの見本を見せていた。
 
 
 
その時だった。

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インサイドで、鋭くボールを蹴りだそうとした私の軸足が、地面の砂利にとられた。
懸命に体勢を立て直そうとするが、無常にも両の足はカカトしか接地せず、重心は完全に後方。
もはや、成すすべなし。
引力は、私のおしりを地球に貼り付けたのだった。

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「あいた~!」

思わずついた手のひらに、砂利の押し当たる感覚。
少ししびれるようなその痛みは、永らく忘れていたものだった。

そんな奇妙な懐かしさとともに湧き上がる痛みと恥ずかしさをごまかすべく、笑いながら顔をあげると・・・

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そこには懸命に見て見ぬフリを決め込んでいる甥っ子の姿があった。

(決して笑うまい)

という、悲痛ともいえる決意がにじみ出ている。

9歳の子供に、おもいっきし気を使われる29歳の私。
それは、とても気まずいものだった。
 
 
 
甥っ子よ。
お前の優しさは、とっても得がたいものだと思う。
でもな。
時として、笑ってやった方が救われるということもあるんだよ・・・。

と、心の中で諭したことは言うまでもない。

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医は仁術

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母から、風邪という名のバトンをしっかりと受け取った。

朝、目が覚めたときには、ツバを飲み込むのも難儀するほどノドが腫れあがり、鼻呼吸が利かないほど大量の鼻汁がジルジルタラタラと流れ出し、目の上はぼってりとむくみ、頭はボーッとしていた。

今回の風邪は、胃腸方面にも深刻な打撃を与えるらしく、胃もグルグルと妙な音を立てている。

しかし、寝込むわけにはいかない。
経験上、寝込むと余計に状況は悪化する。

なので、口呼吸をヒーヒーいわせながら普通に仕事をこなしていた。
 
 
 
その日は折り良く。
我が家のかかりつけのお医者先生が往診に来てくださる日だった。

日が傾きかけた頃、私は先生の前に座っていた。

「先生、どうも風邪を引いたみたいです。」

「ああ~、そうですか。じゃあ、一本打っておきますか?」

造作なく診療カバンから注射器を取り出す先生。
私は鼻汁を撒き散らす勢いで、激しく首を横に振った。
注射はとにかくニガテなのだ。

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「いやいやいや、先生。そういう物騒なものでなく、もう少し穏便な薬はありませんか?」

「ありますよ。」

こともなげに言う先生。

(・・・あんのかよ!)

ツッコミがどことなくツッケンドンなのは、風邪で本調子でないからに違いない。

「とりあえず、ちょっと診てみましょう。」

そう言って、先生は聴診器を構えつつにじり寄ってきた。
あわてて作務衣のヒモを解き、おなかを出そうとする私。

「あ、いいからいいから。」

一切かまわず、Tシャツの上から聴診器を当てる先生。

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聴診器って、素肌の上から当てるものだとばかり思っていたので、誠に失礼ながらすこし訝りを禁じえない。
だまって数箇所に点々と聴診器を当てる先生。

そのうちに、いつも首から下げている指輪にカツンと当たってしまった。

「あ、すみません。外します。」

「いいからいいから。」

そう言って、先生はそのまま聴診器を外してしまったのである。

(・・・今ので分かったのだろうか???)

明らかに、最後の一回は金属に当たって聞き取れていないはずなのだが。

「総合漢方薬と、抗生物質を出しておきますね。」

どうやら、「風邪」と診断されたらしい。

Tシャツの上からならまだしも、金属越しにでも診察できてしまう先生に、ブラックジャックによろしくしたくなるほどの香ばしい名医臭を嗅ぎ取ったことは言うまでもない。

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マネーロンダリング

出来れば、こういうことは無いようにして欲しいものだ。

ということが、先日起こってしまった。
 
 
 
それは、ガソリンスタンドで給油をした時のこと。
少し遠出をしなければならなかったその日は、いつもより多めにガソリンを入れなければならなかった。

ガソリンは高い。
特に今の時期はとんでもなく高い。

満タンにすると、けっこうどエライ金額になる。
そこで懐具合と相談して、30リッターを定量発注した。

給油が済んで、会計をするべく店員のお兄さんが領収書を持って駆け寄ってくる。
その足音を、札入れと小銭入れをひざの上に並べて待ち受けていた。

そこで、あり得べからざる事態が起こった。

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どうりで給油が済んでから会計まで妙に時間がかかっていると思った。

私は困り果ててしまった。
いっそ、

「ガソリン入れすぎてしまったので、その分も払ってください。」

と言われたなら、遠慮なく突っぱねることも出来るのだけれど、向こうは最初から

「私が払いますので・・。」

という。

困った。
それは、ものの道理から言えば当たり前のことなのも分かっている。
しかし、その差額、約1,000円。

このお兄さんにしてみれば、約1時間分の稼ぎだろう。
見ず知らずの他人の1時間を、間接的にとはいえ、はっきりと奪うカタチになるような気がする。

それをタンクに飲み込んで走るというのは、なんとも気分が悪い。
だからと言って、「払う」と言ってもおそらく受け取らないだろう。
ガソリンスタンドとしては、量を間違えたり、油種を間違えると言うのはかなり深刻なミスだからだ。
黙然と考え込む私。

そうこうしている間に、お兄さんは30リッター分を計算しておつりを持ってきてしまった。
ひどく申し訳ない気持ちでそれを受け取る。

手のひらの上で、ひんやりと重い硬貨がチャラリと音を立てている。

(ああ、気分が悪い。)

どうも、ポケットにしまいたくない。
自分のお金と混ぜたくない。

(どうしたものか・・)

と悩んでいると、しばらく走ったところにコンビニがあった。

(そうだ。)

その店に飛び込む。
商品棚からジュースをさらい、レジを打つ店員の目を盗んでそこにあったなんかの募金箱にそのお金を流し込んだ。

別に、いい人ぶりたいわけではない。
ただ、自分はかなりハッキリした「バチあたり体質」なのだ。

ああいったお金で喜んでいると、心のどこかに後ろ暗さというシミが張り付き、必ず何倍にもなったバチを食らうことになる。
それが怖い。

ともかくこれで、自分の中では「満タン分の代金を正規に支払った」という事になった。
マネーロンダリングが成功した。

しかし、そこでまたハッと気がついた。
元を正せば、降って湧いたような想定外の出費である。
それもけっこう痛い。

貧乏人の言う「清貧」なんて、負け惜しみのようなものであり、
自己満足以外の何ものでもない。

才覚もロクに出来ない人間が、お金にきれいだの、汚いだの評価を付けるなんて滑稽に過ぎる事だ。
さまざまな事を考え込み、いっそう落ち込む私。
 

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しかし、その日の長距離運転が無事に終わったのはきっと、バチが当たらなかったからだと思いたい。

そして、あのお兄さんも私が代わりに募金しといたから、善行はめぐりめぐってそのうち何かいいことがあるに違いない。

でも、どちらにしても気苦労するので、ガソリンの量は間違えないでいただきたい。
と、思ったことは言うまでもない。

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黄金の波動

昨夜のこと。

相方の所属するブラスバンドの定期演奏会へ足を運んだ。

今までこういったコンサートというものに興味はあって、「是非一度、聴きに行きたいものだ」という願望はあったのだが、「格調」と「敷居」というものは大抵比例して高くなるものだ。
どうにも照れくさく、敬遠していたのである。
 
しかし、欲すれば縁というものは繋がりやすくなるようで、図らずもこのたび「団員の関係者」という立場を得、金管バンドコンサートとの邂逅がかなったのである。
 
 
 
開演時間を告げるブザーがこごもった音で鳴る。

会場の照明はステージの上に集められた。
場内は静まり返り、かすかにパンフレットのこすれる音だけがそよいでいる。
指揮者を取り囲んだ演奏者たちの手には照明の光を反射する楽器がキラキラと輝いて、指揮者の指示でいっせいに構えたそれらから漏れる、かすかな金属音。

息を飲むような緊張が充満した、次の瞬間。

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その場所から、金色の丸い衝撃波が放たれ、到達し、全身を打って、おそらく魂と思われるものを静かに背もたれに押し付けた。

やや手荒いが、心地よい洗礼。
頭頂部から進入したそれは、つま先で鳥肌をともなって折り返し、再び頭頂部へ抜けていった。

吹き手と聞き手の間に横たわっていたどん帳は、演奏者による開き直りにも似たファンファーレで幕開けられたのである。
 
 
 
金管楽器のきらびやかで軽やかな音は「金色」。
打楽器の重低音は底光りする「黒色」。

イギリスの合奏スタイルなのに、どこか雅な印象があるのはその色から来る気がする。

そして、音に温度がある。
演奏者の呼吸があり、有機的なぬくもりのある音。
音楽に疎い私には、技術的にどうだとかは分からない。

ただ、よく練磨された息吹が黄金色の粒になり、中心に立つ指揮者のもとに殺到する。

指揮者は両のスネをしっかりと踏みしめながら、大小さまざまな音の粒に揉まれつつ、それらを集めて、くっつけたり、切ったり、よけたり、配ったり、はめたり、結んだり、ふさいだり、開け放したりしながら大きな丸い波動のカタマリを作って、それをこちらに向かってドクンドクンと送り込んでくるように見えた。

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そう。
今まで、指揮者というのは楽団の「脳みそ」という印象があったのだけれど、もしかすると、

「心臓なのかもしれない。」

と感じ、思った。

演奏者が生んで、指揮者が育んだ大きなカタマリが、聴く人間をも飲み込んで、会場を一つの生き物にするのだ。

こういうものには、されるがまま飲み込まれた方がいい。
音の液体に浸かり、その奔流にたゆたう気持ちよさというものを初めて体験した。

これは衝撃と言ってよい。
 

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そうして快感に打ち震えている間に、約2時間半のプログラムはすべて終わった。

アンコールの1曲目はややしんみりした「ホタルの光」的なもので、
2曲目は一転、明るく陽気なものだった。

「笑顔でさようなら!」

という、大団円的雰囲気を感じ取り、いっそう高まる感動ヒトシオを胸にしまった。

手の感覚がなくなるほど、惜しみない拍手を送り続けた。
 
 
 
ぽつぽつと客席の照明が戻り、今までの幻想的な雰囲気は余韻を楽しむ間もなく取り払われる。
全身を包んだ疲労感は、揺り動かされ続けた芯の部分が、軽く炎症を起こしているのだろう。

それほどに、素晴らしい演奏会だった。

是非また行きたいものである。

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けむる桜に

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仙台の桜は今が満開の時。

昨日は、相方と花見に歩いた。

とっぷりと暮れた仙台の街は、車の走る音がけたたましくビルに乱反射して、その向こうにはクレーンの大きなシルエットが先端にのっぺりとした紅光をつまんでいる。

夜の桜は、月明かり、照明や出店の明かりでぼんやりと煙るように浮かび上がり、人や空気や喧騒が互いに滲みあい、溶け合っているようだった。

吐息と一緒にこぼれる

「綺麗だねえ・・」

という凡庸な感想は、それだけで満たされていたからだと思う。

ひどくシアワセで、少し焦りを感じた月夜の花見だった。

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ワカメさん状態。

つい先日のこと。

信号待ちのクルマの運転席で、傾きかけた太陽に目を細めていた。

その交差点はとある高校のすぐそばにあった。
休日だというのに、ポツリポツリと横断歩道を渡る高校生は、おそらく部活動か何かだろう。

その様子をぼんやり眺めていると、ある異変に気づいた。

それは、私の車のすぐ横を歩いていた女子高校生である。
何気ない日常の景色の中で明らかに浮いている。

何故だろうとよくよく観察してみると、その理由はすぐさま判明した。
 

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スカート丈の調整を、明らかに失敗している。

前面はまあ、許容範囲ギリギリの丈だと思われるのだが、後背部が微妙な調整を失している。

つまり、アレだ。
端的に申し述べると。
短すぎて、普通に歩いているだけでショーツの一部が露出しているのである。

私は思わず

「あらららら・・・」

という呟きを禁じえなかった。

これと同じような光景を、「サザエさん」方面でよく見かける。

露出上等小学生ならまだ可愛げもあるが、高校生ともなるとさすがに生々しい。

「見えちゃった」ではなく、「見えてしまっている」という状況は、どちらかというとオッチャンのズボンのチャックが全開でしたという印象に近く、かえって気まずい。

(教えてあげた方がいいだろうか・・・)

考えがとっさに頭によぎったが、前方の信号が青に変わったため、私は老婆心(老爺心?)を抱え込んだまま、高校生は「ワカメさん状態」のまま、物別れとなった。

あのあと、出来れば同性の友達あたりが、それとなく指摘してあげてたら良いな・・。
と願ってやまない。

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あんぱんプレイ。

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先日、相方といつもの喫茶店に行った時のこと。

その店は、入り口付近にオリジナルのパンが並べて売られており、それらを店内で食べることも出来るようになっている。

パンはどれもこれも丁寧に作られていてとても美味しそうで、入店直後のパンの姿と香りの洗礼は、非常に食欲をそそる趣向となっている。
 
 
 
端正な作りの顔をした男性店員に案内され、テーブルにつくと、相方がこう話しかけてきた。

「さっきのアンパン見た?」

「え?あ、見てなかった。そんなのあったんだ?」

「うん。『さくら抹茶あんぱん』だって。可愛いなあ~。」

相方が「可愛い」という言葉を用いることは実に珍しい。
よほど自分の中の、「可愛い」という琴線に触れたらしい。

そこで私はまたいつものように、相方の少し困る顔が見たくなって、こういう質問をぶつけてみたのである。

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「アンパンは食べられるしな。」

そうつぶやきながら水を口に運ぶ相方。

私はアンパンに対する敗北感とともに湧き上がる不思議な興奮と高揚に視界を甘くしながら、

「こういうプレイもアリかも知れん。」

と、思い始めていた。

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ゴージャス作業着

春の到来を拒み続けた根雪もすっかり地面へ吸い込まれ、温んだ花粉交じりの黄色い風が吹いている。

私と母は、庭の片隅で新しい看板を作るべく、板にペンキを塗っていた。
 
 
 
「こんにちは。」

近づいてくる足音と、その声にほぼ同時に気づいて、我々は顔を上げた。
声で誰なのかはすぐ分かる。

「いらっしゃい。」

母は相好を崩して返す。

「スミコさん、こんちは。」

私も笑顔で答えた。

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スミコさんは、クラシックバレエの先生である。
年齢は不詳。
ある年齢から、歳をとるのを止めたそうだ。

いつも、気合の入った化粧と、ゴージャス極まりない服装に身を包み、クラシックバレエが染みこんだ佇まいもあいまって、女性たる緊張感を纏っている。
 
 
 
その日のスミコさんは、いつものヒザ上二桁センチのミニスカートではなく、珍しくパンツスタイルで決めていた。

母はそのことに気づき、さっそくスミコさんに探りを入れる。

「スミコさん、今日はズボンなんだ。珍しいじゃない。」

スミコさんはいつものように、目いっぱいアゴを引いて少し上目遣いにこう答えた。

「今日のコレね、ツナギなのよ。」

その言葉に驚きを禁じえない私と母。
二人同時に違う質問をぶつけた。

母「それ、ツナギだったの!?」

私「なんでスミコさんがツナギなんか着てるんですか!?」

派手な服しか持っていないハズのスミコさんが、ツナギを着るというのも意外だが、その「ツナギ」は真っ白で、いたるところに花々の刺繍が咲き誇っている。

ツナギというにはあまりにゴージャスで、我々は本人に言われるまでそれがツナギだと気づかなかった。

スミコさんは、ゆったりと2回うなづき、こう答えた。

「今日はね、別荘の畑で農作業をしてたの。」

似合わない。
が、ハイヒールで山菜採りに山に分け入るような人なので、そこはかろうじて飲み込む私。

「そのためにね、ツナギを買ってきたんだけど、真っ白でとても殺風景だったのよ。」

そりゃそうだ。
ツナギは作業着。
派手である意味が無い。

「だからね、自分でワンポイントに刺繍を入れようと思ったのだけど、刺繍しているうちにノッてきちゃって。」

「ああ~。」

早くも激しく納得する私と母。

「気がついたら、こうなってたのよねえ・・・。」

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農作業用のツナギすらもゴージャスに着こなすスミコさんに、

「本物のゴージャス」

というものを見せ付けられた事は言うまでもない。

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絆の美。

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先日、街を歩いていた時のこと。

人ごみの向こうから、いかにも人のよさそうな地味顔に、飾り気の無い服装を着込んだ男性と、格好は地味なのだけれど顔の作りやたたずまいがハッとするほど可愛い女性が連れ立って歩いているのを見た。

肩を寄せ合い、手をつないで歩いている様から察するに、二人はおそらくカップルなのだろう。
互いへの信頼がにじみ出ているかのようだ。

きっとあの娘は、あの地味~な男性の中に、自分だけが分かる何かを見つけて選び、それを疑いなく愛しているのだろう。

他人事ではあるのだけれど、雑踏の中、不意に見つけた一瞬の「絆の美」は、まるで美術品のように、見る者を豊かな気持ちにさせる。

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惜しゲー。

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一日の、やるべきことはすべてやり終えた。

湯船に浸したクタクタの体は、疲れと垢から開放されてほっくりほぐれてる。

さあ、あとは布団にもぐりこめばたちどころ、就寝世界へまっしぐら。

布団をめくり、足をしまいこみ、枕の位置を微調整して電気を消す。

「・・・」

スイッチへ伸ばした手が中空で止まる。

何故か、電気を消す気になれない。
このまま電気を消してめがねを外せば、10秒と経たずに私は寝てしまうだろう。

しかし、惜しい。
今日のこの一日が、このまま終わってしまうのがなんとも言えず悔しい。

今日の自分が、明日の自分にやすやすとバトンを渡すことをヨシとしない。

そんな心情を汲み取った時。
私は、今日の自分を納得させるべく布団からもぞもぞと這い出す。

疲れて眠たい。
でも、寝るのは惜しい。
そんな夜は、テレビゲームをするのが望ましい。

つまり、

「惜しゲー」
である。

「惜しゲー」をオシゲもなくプレイするのだ。

・・・

ゴメン、今のナシ。
 
 
 
プレステの中には、数ヶ月前から入りっぱなしの

「ウイニングイレブン8」。
ソフトはこれしか持っていないので、選別に悩まなくていいのが便利だ。
しかも、このゲームはサッカーのゲームなので、1試合1試合で区切りがつき、いつでもやめられる。

「惜しゲー」にはうってつけと言える。
しかも、操作が難しく、判断を間違うと次々にチャンスを逸してしまうのだ。

眠気でモウロウとしながらプレイしていると、当然

(あ、パスをカットされちった。)

(あ、持ちすぎてスペースが無くなっちゃった。)

(あ、シュート浮かしちゃった。)

などと、失敗ばかりのゲームになってしまう。
そうしているうちに、

(やっぱ、今日の俺はもうだめだな。)

という気分になり、少し落胆しながらも、ひどく納得して寝床に就けるのだ。

「惜しゲー」は、今日の自分の限界を知らしめるのに、最適と言える。
 
 
 
しかし、たまに「惜しゲー」のつもりで始めたら、妙に好調でやめるにやめられず、気がつけば何試合もこなし、翌日に見事、寝不足とあいなる場合もある。

その日の自分は、自分の想像を超えてタフだったのだと気づく。

そして次の日の自分が、主にその被害を受ける。

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火傷の理由

先日のこと。

昼食にチャーハンでも作ろうかと、肉、たまねぎ、マイタケなどを適当にザルに入れ、中華ナベが熱するのを待って油を敷き、具材を投入した。

その時。
一気にこぼれ落ちた具材は、中華ナベの中の油を跳ね上げ、その油は中空を舞い、あろうことか私の右手首にパシャリとかかってしまった。

「うあっちいいいいいい!!!!!」

手首を襲う激痛に顔をゆがめながらも、とりあえず火を止めて、流しに直行。
水で丹念に患部を冷やし、アロエの皮を剥いて当て、包帯でグルグルに巻いたのだった。
 
 
 
その翌日。

知り合いのオバちゃんと世間話をしている時に、手首の包帯の話になった。

「あら?どうしたの!その包帯!」

尋ねるオバちゃん。

「え?ああ、これ、火傷しちゃって。」

と、包み隠さず(隠す必要も無いのだが)理由を述べた。

「あらあ!何?ピザ焼いてる時に?」

「いえいえ、お昼ご飯作ってる時に、油が跳ねて。」

正直に申告する私。
するとオバちゃんは、

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と、何故かとても残念そうにその話題を打ち切ったのだった。
 
 
 
その日の夜。

相方と夕飯を食べたときの事である。
私は、話題の一つとして、昼間に負った火傷を見せた。

「サチ、聞いてくれよ~。今日さ、手首火傷しちゃって。」

腕をまくって痛々しい包帯を見せびらかす私。

「あらら。なに?仕事中に石窯で?」

昼間と同じ展開に、既視感にも似た不安がよぎるのを禁じえなかった。

「・・・いや、お昼ご飯を作ってて、油が跳ねちゃって。」

やや恐る恐る切り出す私。
すると相方は、

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明らかにあからさまで明白な落胆の表情としぐさを存分に見せつけ、そこからさらにこう付け加えたのである。

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何かのドラマをなぞらえている事は間違いない提案に、戦慄を覚える私。

一体、それで誰に対して何をアッピールせよというのか。
クラモト先生もビックリだ。
 
 

以上のことから、私のように火と関わりの深い仕事をしている人間にとって、仕事以外での火傷というのは世間からあまり歓迎されないらしい事がよく分かった。

私は、これから同じ理由で火傷を負おうとも、

「石窯で火傷しました。」

とウソをつき、世間に、人心に迎合しようと心に誓った事は言うまでもない。

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相方と友と不穏な空気。

昨日の日曜日は、やや風は冷たかったものの好天に恵まれ、すっかり春の陽気が満ちていた。

その温かさに誘われてか、ウチの店にもお客さんが大挙して押し寄せ、昼間は久々にランチやピザでてんてこ舞いとなった。
 
 
 
そんな忙しさも一段落した3時過ぎのこと。

私のいた工房に、姉が飛び込んできて

「トシさん!相方ちゃん来てるよ!」

と伝え、去っていった。

そんな話は聞いていなかったので、驚く私。
相方は、高校時代の女友達二人を連れてウチに遊びに来てくれたのだった。

急いで手を洗い、相方たちのいるところへ向かう。
相方ご一行は、寄ってたかってウチの飼い猫にジャレついていた。

私が部屋に入ったことに相方はすぐに気づいてくれたが、友人二人は相方に促されるまで気づかなかった。

可愛さと存在感の序列で猫に遅れをとったことに、内心軽くくず折れる私。
 
 
 
相方の友、UさんとTさんは、以前にもお会いしたことのある顔見知りである。
たしか、Uさんと会うのは3度目であり、Tさんは2度目だが、ブログを開設しているので、ちょくちょく覗きに行って、近況など知っていた。

とりあえず、コーヒーなどを運びつつ、挨拶と軽い世間話をねじ込むチャンスをうかがう。

女性が二人以上集まって話しているところに、男が割って入るのは非常に困難な事業である。
独特の緊張を強いられる。

しかも、3人は旧交を温めているのだ。

そこにズカズカ入っていくのはあまりにも無粋というものだろう。
私はそれとなく遠巻きに様子を窺いながら、チャンスが来るのを待った。
 
 
 
しばらくした頃。
ふと思い出話が一段落した瞬間を見出した。

(ここだ!)

と、すばやく滑り込む私。

手にしているピザは、会話の輪に入るキッカケと、ささやかなお祝いの品である。

「エート、コレ。良かったら食べてください。」

と、相方の横からにじり寄る。

「わー!ありがとうございます~!」

そろって喜んでくれる相方&友二人。
これだけ喜んでくれると、作った甲斐があるというものだ。

(よし!)

内心、機をつかんだと確信し、言葉をつなげる。

「Uさん、就職おめでとうございます。」
Uさんは、今年美術関係の仕事が決まり、関東方面へ行ってしまうらしい。
ということを、以前相方から聞いていた。

「わー、ありがとうございます~。」

「あ!あとTさんも、最近イイことがあったようで。」

ニヤニヤしながら切り出す。

「そうそう。」
相槌を打つ二人。
赤面し、うつむくTさん。

Tさんは、つい最近恋人が出来たらしい。
そのラブラブな様子は、ブログで読んで知っていたので、思わず冷やかしたくなるのが人情というものだろう。

私は重ねて聞いてみた。

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「ん?どーなんですか?誰にも言いませんから。」
調子に乗って、完全に下世話なオッチャンと化している私。

Tさんは、ひたすら言葉を濁していた。

その時である。
背後から、不吉な一言がボソリと聞こえてきた。

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「・・・・・・。」

何故かは分からないが、冷や汗を禁じえない私。
場には湿度の低い沈黙が舞い降りている。

「・・・ははは。」

友二人の乾いた笑い。

「・・・ははは。じゃあ、ごゆっくりどうぞ。」

私は引きつった笑いを残し、そそくさとその場を後にしたのであった。
 
 
 
季節は春。

日は眩しく、風は温んできているけれど、空気には微量の不穏が含まれている。

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甘蹴り!?

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先日、雑用を片付けるべく街を歩いていたときのこと。

人ごみを歩く私の前から、一組の男女が歩いてきた。
その二人は、雰囲気から察するに恋人だと思われるのだが、非常に仲むつまじい様子が見て取れた。

なにしろ、並んで歩きながらお互いのお尻や足元をひたすら蹴りあっているのである。
つまり、ミドルキックとローキックの応酬である。

私の視界に入った時にはすでに蹴りあいは始まっており、すれ違って人ごみに消えるまで、ずっと蹴りあっていた。

おそらくあのあと、どこかのレストランに立ち寄っても蹴りあい、メニューを決めながら蹴りあい、お冷を飲みながらも蹴りあい、食事しながら蹴りあい、会計中も蹴りあっていたに違いない。

蹴りあうことが、互いのキック力を確かめ続けることが、彼らの愛情表現であり、お互いの想いの丈を知る方法なのだ。

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動物の愛情表現には、「噛む」というものがある。

いわゆる「甘噛み」というものである。

母乳をもらっていたときの名残なのか、
口という大事な器官の中に相手を入れるという形での信頼の表れなのかは定かではないが、

相手に自分の脚を預け、不安定な体勢をさらすということでの愛情表現。

つまり、

「甘蹴り」

というものを目の当たりにしたのである。

(愛情というものには実にさまざまな形があるものなのだナ。)

と深く考えさせられたことは言うまでもない。

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駄菓子の後悔。

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少し前のことになる。
相方と連れだって、行きつけのショッピングモールの中を歩き回っていると、和風小物を扱うお店の片隅に、

「駄菓子コーナー」

が新設されているのを発見してしまった。

私の世代よりも、少し前くらいの駄菓子屋を再現してみましたといった感じの商品陳列棚には、駄菓子がところ狭しと敷き詰められ、あるものは寝ることも許されず立たされ、もっとも酷いところでは側壁に吊るされている者すらいた。

その一角は、主に懐かしさを主眼に商っている事があまりに明白で、しかも、そのターゲットとなる年代に、我々はしっかり入っている。 
 
湧き上がる興味と、甘酸っぱいような懐古の念。
しかし果たしてやすやすと胸襟を緩めてよいものだろうか。

店側からの「まんまと」に乗せられたくはない・・・。
ただただ警戒し、逡巡する私。
むっつりと黙り込み、思案に暮れていると、横にいたはずの相方はいつの間にかツカツカと歩み寄り、淡々と駄菓子たちとの旧交を温めていた。

「・・・・・。」

(ウム。これでは仕方がない。)

相方をダシにして、後ろ手に組んだまま遠巻きから少しずつにじり寄ってゆく私。

「ホーホー、ドレドレ。」的な尊大的態度で相方の横に貼りつく。

飽くまでも、
「連れの付き合い」的「ショーガネーナ」的な色合いを崩さないことで、「まんまと感」に対抗する手段を得た。

しかし、棚の前に立って数秒。
「どんどん焼き」の懐かしい袋を目の当たりにした瞬間に、矜持は失われ、「ホードレ」的尊大は失われ、胸襟は全開となった。

気がつけば、私は「キャッキャ」的童心を取り戻し、備え付けの小さなカゴに次々とその昔食べ慣らした駄菓子を放り込み、相方にそのお菓子にまつわる逸話を解説し、聞き流されていた。
 

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ひとしきり目ぼしい駄菓子をカゴに収めた我々は、それを持ってレジへ向かった。
カウンターの向こうでは、妙齢のお姉さん店員が待ち受けている。

いざ会計の段になって気づいたのだが。
この歳になって、駄菓子のみを買うという行為は、思いのほか恥ずかしいものである。

まず、明らかに子供用と思しき小さなカゴに駄菓子を満載したものを提出するという

「おままごと」的行為が恥ずかしい。

(しまった、はしゃぎ過ぎたか!)

という事実に愕然とする。
これを「羞恥の事実」という。

思わず、おずおずと店員さんの顔色および表情を窺ってしまう。
少しでも苦笑の雰囲気が感じられた場合、椅子を蹴って退出せねばならない。
(座ってないんだけどね。)

そういう穏やかならざる決意を固めざるを得ない雰囲気があった。
 
 
 
お姉さんは、無表情に黙々と一つ一つの駄菓子を丁寧に取り上げ、その金額をレジへ打ち込んでゆく。
その金額が、恥ずかしさに拍車をかけている。

20円・・・

30円・・・

10円・・・

子供の頃は、50円なら50円の範囲内で収まったことに誇らしささえ感じたものであったが、
大人になってから10円単位の買い物をするというのは、想像を絶するほどの精神的苦痛を強いられるものだったのだ。

(大人として、箱買いすべきであったのか・・・?)

という悔悟の念が湧き上がってくる。

相方の購入したアメが、たった一つで「100円」という数字をたたき出した時など、久々に見る3桁に胸をなでおろしたほどである。

この時ほど、デフレの世間が恨めしく、インフレが待ち遠しかったことは無い。
 
 
 
商品の数の割りに、一向に増えていかない累計金額に焦りを感じつつ、

「ピッ」

と鳴るたびに降り積もる後悔。
私はただただうつむいて、説教のような会計が終わるのを待った。

そして、ようやくすべてのお菓子が袋に詰められ、レジの合計金額表示窓に

「475円」

の数字が浮かび上がったのである。
 
 
 
心なしか、レジのお姉さんも疲れているように見えた。
確かに、これほど張り合いなく、砂を噛むように味気ないレジ打ちもそうないであろう。

こちらも、近年これほど購入して申し訳ないと思った事はなかった。
私はいそいそと小銭入れから500円玉をつまみ出して手渡し、心の中で

(ごめんね。)

と謝罪する私をよそに、相方は空気ポンプを握ると、「ピョコン」と跳ねるカエルのオモチャの購入是非を5分ほど悩み、断念していた。

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やせ我慢の胸元。

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先日、所用があって、繁華街を歩いていたときの事である。
 
 
3月も初旬だというのに、空は灰色の雲にうっすらと覆われ、そこからやや大きめの雪粒がふりかけられていた。
街ゆく人々もそれぞれに、少しでも体温を逃すまいと分厚い防寒具に身を包んでいる。

それらは冬の空気に溶けて、グレーの塊のようにも見えた。
 
 
 
その時である。

揉まれるように雑踏を歩く私のゆく先から、一組のカップルと思しき2人組みがやってくるのが見えた。

年のころなら20代前半だろうか。
女性の方は、タンクトップの上にジャケット、下は当然のようにミニスカート。

冬場の素肌は「お得」に見えるとはいえ、今日のような天気、気温の場合、痛々しささえ感じてしまう。

それだけならば、「がんばってる女性」というだけの感想だったのだが、
特筆すべきは男性の方であった。

この寒空に、おそらくシャツ一枚にズボンのみ。

しかも、シャツの前面のボタンを必要以上にはずし、決して厚いとは言えない胸板を殊更強調している。
 
 
 
服飾的には実に気合の入ったモノだと思うのだが、なにしろ季節感が著しくズレているような違和感が拭えない。
春を通り越して、初夏を先取りしてしまっているのである。

(一体、あの二人にはどういう事情があるのだろうか・・・。)

と不安にさえなった。

「アンタがそう来るなら、アタシだって。」

「ナニー?俺だって負けねえぞ。」

とばかりに、意地のぶつかり合いから発生した「非防寒合戦」の果ての出来事なのか。

「お前だけに胸元は露出させねえぜ。」

という、男の優しさなのだろうか。
 
 
 
よく見ると、男性の唇は少し青い。
露出した胸板も、赤くなっている。
その中央に揺れている銀色のアクセサリーは、きっと肌に触れるたびに冷たかろう。

しかし、胸を張って、アゴを突き出しねり歩くその様は、

「オレ様ってカッコイイ。」

という自信に満ち溢れていた。
むしろ、

「こんなサミーのに、なんでお前らコートとか着てんの?」

という問いかけすら感じられる。

一瞬、コートにニット帽子、首をマフラーでガッチリガードし、
手先まで手袋をはめ込み、「格好より、防寒」というテーマを掲げる自分が間違っているのか?
という自問にまで至ってしまった。
 
 
 
白い息を吐きながらも、

「寒さより、見た目。」

を体現する彼らに、

「モテるってことは、やせ我慢だぜ。」

というメッセージを見た気がした。
少なくとも、私はそう受け止めた。

しっかと受け止めたのち、

「じゃあ、モテなくていいや。」

とあらためて思ったことは言うまでもない。

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相方の「いつもの。」

昨日のこと。

私と相方は、いつものカフェレストランへ、いつものように立ち寄った。

席に着き、メニューを取り出す。

相方はパラパラとメニューを眺めて、

「私はコーヒーにしようかな。」

とつぶやき、視線をメニューからこちらに戻した。

「寿さん、今日こそ『いつもの』って言うのかい?」

いつものように、ほんの少しの微笑をたたえた仏像顔で尋ねてくる。

「うん。言いたいんだけどねえ・・・。」

と思いつめた表情で応える。

その時私は、このウェブログのコメントでいただいたアドバイスを反芻し、チャンスがあれば

「私、いつもナニ頼んでましたっけ?」

というオトボケ作戦を実行しようと考えていた。
今日こそ、なんとしても一皮剥けたい。
そういう切迫感があった。

しかし、ひとつ問題があった。
その日のウェイトレスさんは、いつもの人ではなかったのである。
これだけ通っていれば、顔見知りではあるのだが、実際にその店員さんを通して発注したことは少なかった。
当然、あまり注文以外で話したこともない。

(どうしよう・・・)

先ほどまでの不退転の決意に、大きな亀裂が生じた。
有退転の決意というか、可退転の決意くらいにまで撤退を余儀なくされている。

もし、

「いつもの。」

と言って、理解されず、私の「いつもの」について店内の人員全員に聞いて回り、果ては店員全員を招集しての緊急ミーティングが開かれ、結局「いつもの不明」のまま従業員全員が己の不明を恥じ、私のテーブルを囲んで、一同滂沱の謝罪などされても非常に困る。

どうもこの店にはそういう事態が起こっても不思議ではない雰囲気がある。
 
 
 
そんな私の心配をよそに、メニュー決定の雰囲気を察した店員さんが駆け寄ってきた。

「ご注文お決まりですか?」

とうながす。
相方は、

「あ、じゃあ、コーヒーのホットで。」

と伝え、メニューに目を落としたまま、私の出方を窺っている。
口元が少し緩んでいるように見えるのは気のせいか。

「え~・・と。」

中腰でメモを取る体勢を固める店員さん。
テーブルに肘をついて、指先でクチビルを揉む私。

重苦しい数秒が流れる。
 
 
  
 
 
 
 

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「はい!アッサム、ホットですね。」

サラサラとメモを取り、厨房へ戻る店員さん。

(やっぱりね。)

という表情を一瞬浮かべる相方。
己の不甲斐なさに、テーブルに突っ伏してさめざめと泣く私。

結局、その日も
「『いつもの』チェリーボーイ」を卒業することが出来なかったのである。

「泣かないで。」

慰めてくれる相方が、

「あ、そういえばねえ。」

と、何かを思い出したように切り出した。
顔だけ上げて話しを聞く。

「ウチの近くに、『●●●』ってコーヒー専門店あるでしょ?」

「ああ、あったねえ。」

「あそこに、最近休みの日に一人で行ってるんだけど・・・」

「ふむ?」

「こないだ行ったら、席に着くなり、『いつものでいいですか?』って聞かれたよ。」

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「あれは嬉しいね。」

ニコニコと微笑みながら、コップを口に運ぶ相方。
悔しさとうらやましさから顔面蒼白になり、頭を抱える私。
思わず、相方を責める。

「なに、それって自慢してるわけ?」

「いやあ、自慢ってわけじゃないけど・・・」

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         再び、突っ伏して嗚咽を漏らす私。 相方は、

「泣かないで。」

と再び慰め、こう言った。

「でも、その時は『今日はいつものと違うやつで』って言ったんだよ。」

私は、もう立ち直れなかったのは言うまでもない。

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いつもの!

今、私は極秘裏に、ある遠大かつ壮大な計画を進めている。
 
作戦の舞台は、相方と逢う時に、ほぼ毎回立ち寄るカフェレストランである。
 
 
 
このカフェレストランは、私の大のお気に入りスポットである。
その最たる理由は、「紅茶が美味しい。」これに尽きる。

ダージリン、アールグレイ、セイロン、どれをとっても美味しいのだが、自分の味覚には、どうやらアッサムティーが合っているらしく、来店時にはほぼ9割以上、

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と注文している。
 
 
 
さて、冒頭に申し述べた「計画」であるが、それは別名「エブリ・アッサム作戦(以下E・A・O)」と呼ばれている。

そのカフェレストランに足しげく通い、ほぼ毎回アッサムティーを注文する。
来店した時に、

「あ、アッサムの人、来たよ。クスクス」

と言われれば、この計画は半分成ったも同然である。
 
 
 
あとは、時期を見計らい、

「いつもの。ホット。」

と注文。

ウェイトレスのお姉さんがニコリと微笑み、

「かしこまりました。」

とメニューをさらって厨房へ戻る。
5分後、お盆の上にカチャカチャと、

「いつもの」
カップ&ソーサー、ティーポット、、茶漉しを乗せてやってくる。
ポットの中身は当然、

「いつもの」
アッサムティーだ。
 
 
 
・・・スマート!
あまりにスマート!

スマーテスト!!!(スマートの最上級と思われる。)

「いつもの。」
で通じる店を持つという事は、男児の永遠の夢と言ってよい。
 
その店を、毎週せっせと通ってはせっせとアッサムティーを注文し、ウェイトレスのお姉さんの心証をよくすべく笑顔をふりまき、開拓に勤しんでいる。

これが、今、私が極秘裏に推し進めている

「E・A・O」

のあらましである。

計画は、開始から約半年が経っている。

すっかりその店でも常連となり、店員さんとは知り合いとまでは行かなくとも「顔見知り」くらいにまでは関係が発展している。

私が約9割強の確率でアッサムティーを注文するということも、おそらく従業員のほとんどに浸透していているのではないか。

「いつもの。」

が通用するのではないか。
許されるのではないか。

私は息を潜めてその時を、その機を窺っていたのである。
 
 
 
先日のこと。

私は、相方と連れ立って、いつものように件(くだん)のカフェレストランに足を運んだ。
店内は、いつものように混み合い、席の3分の2が埋まっている。

「あ、いらっしゃいませ~!」

入り口で出方を待つ我々に駆け寄ってくるウェイトレスのお姉さんは、いつもの人だ。

茶色く、よくウェーブのかかった髪を両サイドで結び、丸顔をさらにクシャリと丸くして、満面で笑うステキな女性である。

話しをする時に、少しだけ肩をすぼめて、アゴを相手に近づける仕草が可愛い。

(うんうん。エエなあ~・・。)

私は一人、納得のうなづきを弾ませながら、席に座った。

ほどなく、メニューと水が運ばれてくる。

私はメニューなど見るまでもなく、アッサムティー。
相方も注文が決まったようだ。

メニューを閉じて頬杖をつきながらいつものように

「振り向いて光線」

を発射。

それは正しくウェイトレスのお姉さんに受け入れられた。

「ご注文お決まりですか?」

クシャリと微笑むお姉さん。

「あ、はい。それじゃあ・・」

注文をする相方。
私は、ひそかに決意を固めていた。

(今日こそ、「いつもの。」と言ってみよう。)

このお姉さんならば、きっと分かってくれるに違いない。
「いつもの」はアッサムなんだと、気づいてくれるに違いないのだ。

手には汗がにじみ、鼓動が早まる。

緊張が涸らしたノドに、コップの冷水を撒き、その時を待った。

相方の注文が終わる。
お姉さんはこちらを向いた。

(こちらは何にされますか?)

と、目で語っている。

私は意を決して口を開いた。
告白するのだ。

「いつもの。」

と!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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怖気づいたわけではない。

怖気づいたわけではないのだ。

ただ、その、アレだ。
もし、気づかれなかった時に困るのは私ではなくてウェイトレスさんであるし、もしも何かの勘違いで、

「いつもの」

で、一度も注文したことの無いチーズフォンデュなど持って来られても途方に暮れてしまうので、「E・A・O」は今回は時期尚早につき次回以降に持ち越しという英断をくだしたのだ。
 
 
 
 
例えばスタンプカード。

いくつスタンプを溜めると、割引などというサービスは要らないので、

「同じものを注文するごとにスタンプをひとつ押し、30個溜まったら『いつもの』で発注可能」
とかいうハッキリした基準を決めて欲しいと切に思う今日この頃である。

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クシャミ反応

兄弟というものは、実に似かよった遺伝子を持ち合わせているものだ。
ということを痛感することがある。

例えばジャンケンをした時、

そして、例えば今回の事のような時に・・である。
 
 
 
うららかな春の日。
 
私と兄は、自宅の庭でせっせと雪かきをしていた。

空気には土のニオイがまざり、流れる水は雪を融かして運んでゆく。
頬をなでる風の温みが、過ぎ去る冬を告げているようだった。
 
 
雪というより氷の断層と言った方が適当な塊を、ツルハシで削り、スコップで放り投げる。
砂利を張り付かせた氷塊は、地面に叩きつけられ、シャララという音とともに砕ける。

春の入り口の雪かきは、撤退してゆく冬への掃討作戦のようでもあり、少し残酷な楽しさがある。
 
 
 
「あっちい~・・。」

そろそろキツくなり始めた背中を伸ばす。

「今日は好い天気だなあ~。」

兄もスコップを持ったまま腰を伸ばした。
 
 
偶然、二人同時に空を見上げたその時である。

「いえっきし!!・・え~い・・」

「いえっきし!!・・の野郎~・・!」

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揃ってクシャミが出た。
それも、示し合わせたかのように2連発だった。

何故か少し気まずい雰囲気が垂れ込める。

クシャミの後というものは、どういうわけかちょっとだけバツが悪い気がする。

それは、猫がクシャミをした後にふと目が合うと、ほぼ100%の確率で照れ隠しの毛づくろいをするという統計からも、

「クシャミ直後の気まずさ」

が学術的に証明されているのである。
 

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それはさておき。

我が家のの兄弟は、姿かたちはことごとく母似である。
似顔絵を描くのが楽なくらい似ている。

ジャンケンがなかなか決着しないということから、思考にも似通ったところがあるようだ。

では、父に似ているところは無いのだろうか?

というと、そんなことは無い。
しっかりと父の遺伝子も受け継いでいる証明がある。

それが、今の「クシャミ」なのである。
 
 
 
 
ウチの兄弟は、もちろん私も含め、

「太陽を直視して眩しさを感知すると、クシャミが出る。」

という奇癖がある。
全員ある。
揃ってある。

しかし、家族内では母だけがそれを持っていないのだ。

つまり、

「太陽直視時の、クシャミ反応」

に関しては、父の遺伝が正しく伝わったという事を証明しているのである。
 
 
 
遺伝情報の絶対量で圧倒的不利な立場にある父ではあるが、

「クシャミ反応」

において一矢報いたということは、喜ぶべきことではないかと思う。

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彼女の変貌

相方の携帯電話の中の人(女性)が、機種変更に伴って急激に色気を増した。

以前は、

「タダイマ 電話 ニ 出ラレマセン 留守番電話センター ニ 接続シマス」

という、非常に味気ないアナウンスだったのに、
こないだ出た携帯の中の人(女性)は、

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という、非常に流暢で才色に富んだ(と思われる)声色に変貌を遂げていた。
あまりに突然の事でうろたえてしまい、

ピーー

という発信音の後にメッセージを入れるのを忘れましたとも。

ええ。

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振り向いて光線

飲食店では、常に緊迫を強いられる場面がある。

それは、メニューを決めて、店員さんを捕まえるまでの時である。
 
 
 
食事をするべくお店に入り、人数を告げると、店員さんが席に案内してくれる。
そして、間髪を入れず、大抵同じ店員さんがお冷とメニューを持ってきてくれるのだ。
ハッキリと宣言されたわけではないのだけれど、これまでの流れからなんとなく、

(ああ、この人が、我々の『担当』の人なのだな・・)

という安堵感を覚える。
そして、

(ああ、我々は歓迎されているのだな・・)

と、優越感さえ覚える。

しかし、その信頼感、優越感は束の間のものでしかなかったのだ。

「では、お決まりになりましたらお呼びください。」

と言い残し、今まで『担当』だと信じていた店員さんは突き放し、去ってゆく。

我々は、その段になってようやく、メニューとお冷とともに取り残され、孤立無援の戦いに放り出されたことに気付くのである。
 
 
 
メニューを眺めている時というのは、不安である。
『担当者(こっちが勝手に決めたんだけどね)』との別離が、安堵感の喪失を伴って、余計に不安を増長させる。

そのうちに、自分は厳密に言うと、まだ「お客」として認められていないのだ。
ということに気づいてしまうのである。

なるほど、それならばこの仕打ちも納得がいく。

店内は、基本的に「アウェー(敵地)」である。
お客は、注文を出す事で

「食べ物をもらい、それらを食べるためのスペースを借り受ける。その対価として、しかるべき金銭を支払う。」

という旨の和平条約を締結するのである。

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つまり、発注を出して初めて店と客は対等な立場になるのであり、それまでは、店側に提示された選択肢(メニュー)の中から今後の身の振り方を決めるまでの、わずかな「猶予期間」をもらっているという格好なのである。

これはどうにも具合が悪い。

少なくとも、対等ではない。

迅速かつ可及的速やかに取り急ぎ早急な今後の方針の決定を迫られているのである。
 
 
 
 
 
2~3の立案と廃案を繰り返し、主に胃腸と懐の具合を鑑みつつ徐々に選択肢を狭めていって、程なくメニューが決まる。

連れの方針も決定したようだ。

ここからが、本当の勝負の時といえる。

店内を忙しく駆け回る店員さんを、出来うる限り自然に、可能な限りスマートに捕まえなくてはならない。

もちろん、店員さんにしてみれば、我々だけがお客ではないから、他のテーブルとの兼ね合いも判断材料に入れなければならない。

しかし、そればかりを気にかけていてはいつまで経っても発注などできないのだ。

 
 
まず、メニューを閉じる。
さりげなく

「メニューはもう必要ない=決まったよー。」

的な消極的アッピールを試みる。
が、これで気づかれることは稀である。

それは仕方がない。
 
 
 
それでは・・と声をかけることにするのだが、これにはそれなりのリスクが伴う。
あまり大きい声では、周囲のテーブルに迷惑だし、もし、小さくて聞き取れなかった場合、図らずも

「無視された」

という苦境を招いてしまう。
店員さんに声をかけて気づかれなかった時の悲しさ、恥ずかしさ、居たたまれなさは、筆舌に尽くしがたいものがある。

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出来ることならば、店員さんがこちらに気づいてから、

「あ、お願いします。」

と声をかけたい。
それがもっともローリスクな選択肢であろう。

では、如何にして気づいてもらうか。

それはひとつしかない。

「眼力」

である。
 
 
 
眼から、

「振り向いて光線」

を出すしかないのだ。

「振り向いて光線」の射出姿勢は、基本的に「座撃ち」が望ましい。
立ち撃ちはマナーとして避け、臥撃ちは禁ずる。

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テーブルに両肘をつき、両手でしっかりアゴを固定すること。

「振り向いて光線」は、目標との間に遮蔽人物が無いことを確かめてから発射しなければならない。
もし、光線が誤って遮蔽人物に着弾した場合、

■ 変な目で見られる。
■ 喧嘩販売員と間違えられる。
■ 恋が芽生える。

などのアクシデントに見舞われる可能性がある。
発射の好機が見当たらない場合は、先に配られたお冷で間を持たすことが望ましい。

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首尾よく光線が命中し、店員さんがにこやかに歩み寄ってきた時、ようやく戦いが終わり、楽しい食事が始まるのだ。
 
 
 
いただきます。

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粗相なふたり

昨日のこと。

相方と私は、夕飯を共にしていた。
二人の間には鉄板。
その上にはお好み焼きの生地が貼りつき、シュウシュウ、プチプチと静かに焼ける音を立てている。

それが焼けるのを待つ間、皿を分けたり、コテを分けたり、コップに水を注いだりと、着々と準備を進めていた。

その時である。
相方の持っていた水差しが、なみなみと水の入った自分のコップに当たり、倒れてしまったのである。

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「あっ!」

慌てる相方。

「あららら!」

慌てる私。

コップから脱出した水は、またたく間にテーブルを伝い、次々飛び降り、相方のズボンや座布団へ着地。
そして染み込んでいった。

その騒ぎを、隣のテーブルのスーツ姿の男女が冷めた目で見ている。

「あああ~!しまったあ~・・!」

急いでお手拭を取り出し、テーブルやズボンを拭き、空いている座布団と取り替える相方。

その様子を見て、

「だ、大丈夫か?」

と言いつつ、くっくっくと笑ってしまう。

「悪かったわね!どうせ私は28にもなって、粗相をする女よ!」

真っ赤になって笑いながら逆ギレする相方。
忙しく拭いて笑って怒りながら、

「コレ、(ブログに)描かないでよ!!!!」

と念を押された。
分かった分かった・・っとうなづく私。

そろそろ、お好み焼きが食べごろである。
 
 

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そんな事があっても、食事は美味しく、楽しい。

先ほどまで大きな円を描いていたお好み焼きも、今では鉄板の上にまばらな破片となって累々と散らばっているのみとなっていた。
相方は、

「あ~、美味しかったけど、ズボンが冷たくて気持ち悪いな~!」

と、ボヤいている。
冷たさが、先ほどの失敗を思い出させて悔しいのだろう。

残りわずかのお好み焼きをほお張りながら、

「むっふっふ、まあ、気にすんなって。誰にでもある。」

普段の、

「落ち込み側、なぐさめ側」

がにわかに逆転し、内心ちょっとうれしい私。

少し得意げに、最後の一切れを皿に移そうとした、
その時だった。

左手の小指がコップに引っかかり、「あ!」と言う間もなく倒れる。

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中になみなみと入っていた水(氷入り)は、テーブルを駆け抜け私のセーターをズボンを欲しいまま蹂躙した。

再び、相方の

「あ!」

という小さな叫び声。
あまりのことに、一瞬呆然とその様子を眺める私。

水はあらかた流れ出した後で、今さらどうしようもない。
それよりも、まったく同じ粗相をしたことへの可笑しみが湧き上がり、したたる水もそのままに、突っ伏し、笑い転げてしまった。

相方も頭を抱えて笑っている。

明らかに、あきれの色を隠せない隣のテーブルのスーツ♂♀。

今度は私が赤面しながら、咳き込み、笑いつつお手拭を駆使し、セーター、ズボン、座布団をくまなく濡れそぼらせしめた水を拭く番になってしまったのである。

「コレ、(ブログに)描いていい!!」

と言いながら、相方は大笑いしていた。
 
 
 
 
 
お好み焼き店を出ると、とっぷりと日が暮れていた。
雲ひとつ無い夜空には、星がまたたいている。

「夜風が冷たいねえ~・・特に、ズボンあたりが。」

「そうだねえ~。」

んっふっふっふ・・。

と笑い合いながら、ズボンの右に水のシミのある相方と、
ズボンの左に水のシミを作った私は、そそくさとクルマに乗り込むのであった。

「早く、暖房つけよう。」

「そうしよう。」

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恐るべき遺伝子

夕餉の食卓では、異変が起こっていた。

配膳する段になって、ご飯をよそうのに用いるべきシャモジが無いという事実が判明したのである。

シャモジ不在。

そのあり得べからざる状況は、和やかだった食卓の雰囲気を暗転させるに十分だった。
何故ならば、シャモジのある厨房は別棟にあり、取りに行くためにはわざわざ靴を履かなければならない。

しかも、その日は3月だというのに、大粒の雪がボタボタと降りしきっている。
当然寒い。

要するに、誰も行きたくないのだ。
 
 
 
その場に居合わせた母、姉、そして私は、黙然と視線を交し合う。

(誰かが、行ってくれないだろうか・・)

という意思で一致している。

なんとなく、雰囲気として、私が行かなければならないような雲行きになってきている。
母と姉の視線が、

(あんた、行きなさいよ。)

という色合いを帯び始めている。

しかし、なんとなく、その雰囲気を察して動くのが悔しい。

「屈した感」

が悔しい。
そこで私は、ひとつの妙案を思いついた。

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ジャンケンである。

ジャンケンを持ちかければ、とりあえず

「俺100%」

の現状を、

「俺33.3%(小数点以下省略)」

にまで改善できるのだ。
非常に消極的な対抗策ではあるが、他に方法があるなら教えて欲しい。

とにかく、

「ジャンケン案」

は、私の思惑通り可決され、

「一番負けた人が取りに行く」

というルール設定が成された。

3人は、一様に背筋を伸ばし、ある者はコブシを揉み、ある者は手のひらを伸ばし、ある者は指をパラパラと動かす。

一見意味が無いように思えるこのジャンケン前の準備運動は、日常に降って沸いたささやかな「戦闘」という非日常へ突入するための、覚悟を固める儀式なのである。

「じゃあ、いくよ。せ~の・・」

「ジャンケン・・」

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「アイコで・・」

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「アイコで・・」

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「アイコで・・」

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「アイコで・・」

「アイコで・・」

「アイコで・・」

・・・

「ちょっと待って!!」

7回目のアイコでさすがにいったん水入りとなった。

「なんで、こうも合ってしまったりバラバラだったりするんだろう・・?」

「顔だけでなくて、思考も似ているからじゃないか・・?」

そう。
いつもそうなのだが、我が家は家庭内でジャンケンをすると、とにかくアイコばかりでいつまでたっても決着がつかないのだ。

それがたとえ、2人の勝負であっても延々とアイコが続く。

しかし、一度ジャンケンと決めたからにはジャンケンで決着をつけなければならない。

ここに来ての
”私が取りに行く”的発言は、場を白けさせることを皆が知っているのだ。

「も一回行くよ!せ~の!」

「ジャンケン・・」

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「アイコで(笑)」
思わず笑いが漏れる一同。

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「アイコで!」
じれったくなる一同。

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「アァイコで!」
自分が負けてもいいから、早く決着がついて欲しい一同。
しかし、誰一人勝負を降りようとはしない。

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「アイコで!」

「アイコで!」

「アイコで!」

・・・・
 
 
 
一体、何度アイコを繰り返したのか。
ようやく母が負けたところで決着がついた。

3人の間には、勝負云々よりも、それが終わったことへの安堵感と満足感が満ちていた。

我々は、あらためて遺伝子の恐ろしさを思い知らされたのであった。

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勝負の行方

「トシさん!MDラジカセで聞きたいことがあるんだけど!」

雪かきをしていた私は、その言葉を受けて暗澹とした気持ちになった。

「・・ああ、どしたの?」
ややしぶしぶと答える。

「あのさー。今、MDに入ってる曲を潰して、新しくCDを落としたいんだけど、どうしても上書きできないんだよ。どうしたらいいの?」

(分かんないよ!!)

心の中、そう叫ぶ私。
もちろん、言葉には出さない。

しかし、分からないものは分からない。
もともと私の持ち物でもないし、使った事だってほとんど無いのだから。
 
 
 
姉が、こうしてMDラジカセの操作方法を聞くのにはワケがある。

まず、そのMDラジカセには説明書が無い。
持ち主が紛失してしまったのだ。

そこで、たまたま3年ほど前に一度だけCDからMDにダビングした経験のあった私が、姉にダビングの方法を教えたことがキッカケとなり、どうも姉の中で

「MDラジカセに精通した人」

という位置づけになってしまったらしいのである。
 
  
 
しかし、本当に私は録音までしか知らない。
やんわり断ろうと、

「アレじゃない?MDのデータを一回削除するといいんじゃないかなあ?」
(その方法は自分でみつけてね。)

と言外に表した。
しかし、どうも姉はその言葉に突破口を見出したらしく

「それってどうやるの?」

と聞いてくる。

(あ、イカン!)

内心焦りながら、さりげなくこの話題を葬り去ろうとして

「さあ~・・やったことが無いから分からな・・」

「後でちょっと見てくれる?」

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結局捕獲されたのだった・・。
 
 
  
 
 
1時間後。

私は姉のウチにあるMDラジカセの前に座っていた。
傍らには、姉が仁王立ちしている。

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とにかく、こうなってしまったものは仕方がない。
やるだけはやってみようと、先ほど自分が立てた仮説

「MDをいったん消して、録音しなおす。」

という方法を模索することにした。
 
 
 
最近の電化製品は、多機能なくせにボタンが少ない。

大抵のボタンは、いくつかの役割を掛け持ちしている。
花形であるはずの「再生ボタン」でさえ、「一時停止」と兼業を余儀なくされている。

専業では生き残れないという不景気の波は、どうやら家電ボタン業界にまで押し寄せているようだ。

効率化は雇用を削り、結果的に多くの混乱を招くものだという事を、電化製品のボタンは静かに、だが雄弁に物語っているような気がしてならない。

そして、その混乱に私はしっかりと翻弄されていた。

パターンとして、こういったものはMDならMDのメニューというものがあり、そこにデータの削除という選択肢が存在するはずなのだが、そのメニューボタンらしきものが見つからないのである。

30分ほどボタンのついた箱を小突き回して、ついには途方に暮れてしまった。
その様子を見ていた姉が、

「やっぱ、分からない?じゃあ、いいや。ありがとね。」

と言う。
声に淡い失望の色があった。

それが、ここでの諦めは敗北を意味する。
と私に悟らせた。

そして気づいた。
もはや、ことはMD云々ではとどまらず、「ラジカセと私」、いや、「機械と人」との真剣勝負となっていたのだ。

肝心なところを英語で表記するこの忌々しい非国民的機械を、打ち負かしてやることが私の矜持となるのだ。
そう決意を固めた瞬間だった。

「・・EDIT・・?」

今まで、鉄壁を誇っていたラジカセの防御に、わずかだが確かなスキを見た気がした。
すぐさま、そこを突く私。

すると、液晶画面にはメニューらしきものが出現した。

「あ!」

おずおずと、メニューをめくってゆくと、液晶画面には

「オール イレース」

の文字が浮かんでいるではないか。

「おおおおおおおおおおお!!!???」

思わず雄たけびを上げる私。
立ち上がり、両手を挙げてガッツポーズを作った。

私は、MDラジカセに勝ったのだ。
説明書ナシで勝ったのだった。
 

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機械の操作を頼まれて、見事その期待に答えられた時の得意さは、男子の本懐ではないだろうか。

「お礼」と、姉からもらったポテトチップスを小脇に抱え、軽い足取りで夜道を歩く私を、夜空の月が煌々と照らしていた。

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只今、絶不調につき・・。

「のほほん系極楽トンボ」

と呼ばれ続けて29年のこの私だが、このところ、生涯初めてと言っていいくらいの絶不調に見舞われている。
考えは鬱々として、やることなすこと上手くいかず、身が入らない。

何かがおかしいの自分でも分かるのだけれど、なにがおかしいのか分からないという状況が、いよいよ落ち込みを激しくしている。
 
 
 
昨日のこと。

私は街に用事があってクルマを出した。
金曜日の夕暮れは、日が長くなったとはいえ薄暗くて寒く、所用を片付けているうちに、いつの間にか満月がプカリと浮かんできている。

仕事帰りと学校帰りを満載した帰り道の地下鉄で、

(あ、そうだ。)

突然思いついて相方に連絡する。
時間帯がちょうど良かった。
相方も今、帰り道だという。

いつも地下鉄からバスに乗り継いで帰宅する相方と待ち合わせをして、相方のウチまでクルマで送ることにした。
 
 
 
駅の有料駐車場から車を出して、夕飯を一緒に食べて相方の自宅近くまで来た時だった。
いつもの走り慣れた坂道。

こないだの事もあるので、自分でも十分注意しているつもりだった。

しかし、一瞬。
気を抜いたのだろう。

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左前タイヤに衝撃が走った。

「え?え?何??今の!?」

驚く相方。
即座に原因を理解し、呆然とする私。
この衝撃を知っている。

「・・・嘘だろ・・また、縁石にタイヤぶつけちゃったよ・・・。」

ほどなくして徐々に激しくなる車内の振動。

「あああ・・・またパンクだあ~・・・。」

なんという事であろうか。
こないだの深夜の男闘呼祭りからほんの1週間で、再び同じタイヤをやっつけてしまったのである。
しかも、今度は相方を乗せている時にである。

自分としては、最悪のタイミング。
あってはならないこと。
さまざまなショックがのしかかってきた。

とりあえず、割に交通量の多いこの場でのタイヤ交換は危険なので、路地に入る。

適当な場所を見つけて車を止めた。

「これが噂の『男闘呼祭り』かあ。初めてだから見てよ。」

一緒にクルマを降りる相方。

「あ~あ・・パンクだよ・・。」

ぺしゃんこになったタイヤを触って、
笑うしかない私。

失意はあまりに大きい。
もともと、免許を取ってから10年。
無事故無違反で、かなり慎重な運転を自負していた。

しかし、ここに来て連続での自損事故。
自分に対する不信、不安、不甲斐なさ、そして不注意にため息ばかりつく私。

皮肉なことに、こないだ修理に出した時に穿いていった夏タイヤが後部に積みっぱなしになっていて、スペアタイヤを出さずに済んだ。

苦笑いを浮かべながら黙々とタイヤ交換を始める私。
相方は、携帯電話のライトで手元を照らしながら、

「おー、『生・男闘呼祭り』だ。」

「手際がいいねえ。」

「ブログのネタが出来て良かったじゃない。」

などと、努めて明るく振舞い、励ましてくれる。
この女性はいつも、いざと言う時に果てしなく優しい。

タイヤ交換をしているところを通りかかった自転車の男子高校生数人が、こちらをみて笑って去っていく。
それを見た相方は立ち上がり、

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と、叱りつけた。
思わず笑ってしまう私。
この女性は、ここぞと言う時にやけに勇ましい。

「まあ、でも、タイヤのパンクだけで済んで良かったよ。きっと、悪いモノを全部このタイヤが持ってってくれたんだね。」
と言われ、どん底の私はつい、

「・・そうかなあ・・?」
と答えてしまう。

「なんでそこで疑うかなあ!そう思っときなよ!!」

私もしっかり叱られた。
そのあとに、

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などと言ってくるものだから、胸や目頭が灼けるように熱くなる。
 
 
 
10分ほどでタイヤ交換は終了した。
タイヤ交換スキルの向上が、作業時間の短縮化に如実に現れていることに、複雑な心持ちになる。

相方は別れぎわ、

「ほんとおおおおおおおおに、気をつけて帰るんだよ!」

と、念に念を重ねて帰っていった。
私は、しっかりと言い含められた子供のように、小刻みにうなづき、

「ほんとおおおおおおおおに」気をつけて帰ったのだった。
 
 
 
今、私は人生絶不調の真っ只中。
考えは鬱々として、やることなすことことごとく上手くいかず、身が入らない。

しかし、素晴らしい相方と、心配し、支えてくれる周囲の人々のおかげでなんとか小さな災厄で済んでいるのだと思う。

「ほんとおおおおおおおおに」

ありがとうございます。

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無知は罪。

「知らなかった」では、済まされないのが大人の世界。

己の無知が招いた不利益は、「責任」として粛々と受け入れなければならないのだ。
 
 
 
つい先日のこと。

私は、仕事が休みで特に予定も無かったので、久しぶりに街中を散策することにした。

山から降りて有料駐車場にクルマを停め、地下鉄に揺られること約10分。
私のウォーキングシューズは、クルマの排気ガスと人々の雑踏が渦巻く仙台のアスファルトを踏みしめていた。

何のアテも無く歩くというのもアレなので、とりあえず目標を決めることにする。

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(そうだ。相方の新しい職場を見に行こう。)

すぐさまそう思いついた。

(これから、クルマで迎えに来ることもあるかも知れないし、場所は知っておいた方がいいよな。)

我ながら名案だと思った。

以前、相方から大まかな場所は話しに聞いていた。
ここからだと少し離れてはいるが、散歩するには丁度良い距離である。

私は意気揚々と歩き出した。
 
 
 
しばらく歩いて、相方の職場近辺にたどり着く。
しかし、詳しい場所までは聞いていなかったので、そこからがさっぱり分からなかった。

(どうしたものか・・)

と少し思案する。
周囲を眺めると、数人単位のグループで飲食店に入ってゆく人ばかりである。
おそらく今はお昼時なのだろう。

(お昼休み時間なら、電話しても問題ないかもしれない・・)

そう思いつき、時間を調べるために近くのコンビニに入った。
私は時計を持つ習慣が無い。

コンビニの時計は、12時10分を指している。

(お、丁度良い。)

「時計代」として飴を買い、店の近くにあった電話ボックスに滑り込んだ。

場所を教えてもらうのだから、10円ではすぐに切れてしまうだろう。
そう考え、私は100円玉を公衆電話に投入した。

公衆電話に100円を投入するというのは、非常に勇気のいることである。
もし、話しが思いのほか早く終わった場合、なんとも言えず損した気分になるからだ。

しかし、今回に限って、その心配は無い。
場所を詳しく教えてもらうのだ。
100円でも短いくらいかも知れない。

つまり、必要に迫られて100円を投入するのだ。
裏づけがあるのだ。

そう、自分を納得させた。

「トルルルルルルルル・・・」

受話器からは、コール音が聞こえてくる。

(突然「近くに来た」と言って、迷惑がられないだろうか・・)

ぼんやりとそんなことを考えていると、

「ブツッ」

という接続音が鳴った。

私はニッコリしながら、

「あ、サチ?あのさー・・」

と切り出す。
すると、受話器の向こうから・・

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というアナウンスが流れ、それとほぼ同時に

ガシャ!プーー!

私の100円が飲み込まれてゆく音がした。

「・・・・・・・。」

あまりに予想外の展開に、一瞬呆然とする私。

(落ち着け・・。)

自分に言い聞かせ、現状の把握に努める。

(今、繋がっているのは留守番電話サービスだろ・・?)

(つまり、こちらから一方通行のメッセージになるだろ・・?)

(「場所が聞きたい」と入れたところで、あっちからは連絡のしようがないよなあ・・)

(「どこかで待ってる」と言っても、向こうの都合が分からない以上、それは出来ないし・・)

「・・・・・・・・・・。」

考えを巡らせるほど、打つ手ナシ。
将棋でいうところの、「詰み」である。

無言で静かに受話器を置き、うなだれる私。

うかつであった。
公衆電話から、留守番電話サービスに繋がっても、課金の対象になることを知らなかった。

結局、なんの意味も無く飲み込まれた100円。
 
幼い頃、公衆電話に100円を入れると、通話分以外はおつりとして戻ってくると信じて、虎の子の100円を失った忌まわしい記憶がよみがえってきた。
 
 
 
「知らなかった」では、済まされないのが大人の世界。

まさに、

「無知は”詰み”」

であると思い知らされたことは言うまでもない。

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いけ好かない!

自動改札ほど、居丈高な機械もそうないのではないか。

そもそも、改札の迅速化、円滑化を目的に作られたものなのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが、自動改札は常に

「とにかく速く!」

と、万人に等しく要求している。
 
普段、あまり切符とゆかりの少ない生活をしている私のような人間にとって、あの傲慢極まりない自動改札と関わりを持つことは、常に不安や緊張を強いられることなのである。

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      自動改札は、とにかくせっかち極まりない。 佇まいが、まずせっかちである。

まっすぐ歩かないと通り抜けられない機構は、加速を奨励し、減速を許さない雰囲気がある。

準備運動がわりに小さな深呼吸をひとつ。
勇気ひとつを友にして、自動改札に近づく。

すると、突然

「ピンポ~ン♪」

という音と同時に

「バコン!」

という不穏な音がする。
見ると、左斜め前方でオバチャンが自動改札機に通過を拒否されていた。
小さなダルマのようなオバチャンは、不貞腐れながら少し後退し、券を入れなおす。
その後ろでは早くも渋滞が発生し、ある者は迷惑顔で歩みを止め、ある者はさっさと見限って隣の改札へ流れてゆく。

自動改札での失敗は、日常の

「小さな、あってはならない事」

のひとつに数えられる。

 
ゲートに遮断され、人の流れを滞らせる行為は、一瞬にしてその人の全人格を否定し、

「要領が悪く、不器用な人間」

というレッテルを深々と刻み込んでしまうのだ。
 
 
 
オバチャンは不貞腐れることで自分に非が無いことを主張しているが、自動改札には言い訳も開き直りも通用しない。
ただ機械的に(そりゃ、機械だからね。)、出口付近に小さなゲートを出し、行く手をふさぐ。

改札通過時に、何らかの不手際で自動改札の逆鱗に触れた時。
突如として出現するあの小さなゲートには、

「通すまじ。」

という問答無用の威圧感がある。

「ピンポ~ン♪」

という物腰柔らかな音が、意味不明の大音量も手伝って、陰湿な頑固さを演出しているような気がしてならない。

その気になれば蹴り開けることだって飛び越えることだって難しいことではないはずなのに、どういうわけか人はあの小さなげートには逆らえないのである。

それはおそらく、自動改札の根拠の知れない高慢さから来る「威光暗示」のようなものだと思われる。
 
 
 
そんな事をぼんやり考えている私もまた人の流れに押し流され、容赦なく自動改札に押し込まれてゆく。
前に並ぶ人々は、澱みなく切符や定期を滑り込ませる。

減速する人はいない。
かなりレベルの高い時間帯なのか、皆、颯爽と通り抜けてゆく。

否が応にも高まる緊張。
 
一つ前の妙齢の女性も、なんなく通り抜けた。
香水の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

ついに私の番。

まず、腰を引き、前のめりの姿勢に移行する。
これは、切符が認識される前に、下半身がセンサーに引っかかるのを防ぐためである。

自動改札のセンサーがどの辺から感知するのか判然としない事への防衛策だ。

切符は私の手から自動改札機にひったくられ、1メートルほど先からぶっきらぼうに出てきた。
切符の扱いも偉そうなくせに、手元の電光掲示板には

「アリガトウゴザイマシタ」

という字が浮かび上がっている。
その白々しさが憎々しい。

手元に出てきた切符を、今度はこちらがひったくる。
ここで注意しないと、取り損ねて慌てて戻ることになってしまう。

そうすると、後から来た人と目が合って、とても恥ずかしい思いをすることになる。

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自動改札は、どのような失敗をしても

「トロくさく」

見えてしまうので、注意が必要だ。
「迅速」が当たり前で、「停滞」は犯罪なのだ。
 
 
 
焦燥と疑念と理不尽への憤りを抱えながらも、
なんとか無事に自動改札を通過できた。

一方的に突きつけられた威圧でも、無事に達成すると心地よい安堵感に包まれてしまう。

「颯爽とした自分」

を発見してしまう。

私は確かに、自動改札に勝ったのだ。
 
 
 
少し振り返って自動改札に勝ち誇った視線を送ってみたが、自動改札は一顧だにせず黙々と人から券をもぎ取っている。

今、感じたはずの勝利が、しおしおとしぼんでゆくのを感じた。
 
 
 
自動改札は、居丈高である。

非常に悔しいことではあるが、我々一般市民に出来ることは、ヤツ(自動改札)のご機嫌を損ねないように、迅速に通り抜けるように全身全霊を傾けることだけなのである。

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変わらない悩み

相方と一緒に、食事やお茶をしながら会話を楽しんでいる時。

話の内容がだんだんと盛り上がってくると、たまに私の中の「スイッチ」が入ってしまう事がある。

その「スイッチ」がONになると、自分の中の世界が「ぐわー!」と広がり、脳内と現実とを行き来しながら展開する私のひとり舞台が始まるのである。


相方は、付き合い始めた頃はとても戸惑ったそうだが、最近ではもう慣れたもので、「ON状態」を確認するや、

「ああ、また来たな。」

とばかりにお茶をすすりながらその様子をぼんやり見ている。


ひたすら膨張を続ける自分内部の話を相方に投げかけ続けている私。
興が乗ってくるにしたがって、だんだんと大きくなる身振り。

そのうちに・・

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必然的に起こる、粗相の大惨事。
「はっ!」と、我に返る私。

相方は、
「ほら、やった!」
と言った感じでテーブルを拭きはじめる。

「・・ごめんなさい。」

シュンとする私。

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誤ってお茶をひっくり返すなんて事は誰にでもあることだが、その直接の原因が、小学校の頃からちっとも変わらない自分自身に対して、とても不安を覚えることがある。

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私のじゃありませんから!

先日。

相方が5年ほど前に購入した腕時計の電池が切れたというので、私の買い物のついでに家電屋さんへ行き、電池交換を依頼した時のこと。

その家電屋さんは二階へ向かうエスカレーターの真正面に時計売り場がある。

我々はエスカレータでゆっくりと昇り、そのまままっすぐ時計売り場カウンターへ向かった。

カウンターにはオッチャン店員が客待ち顔でたたずんでいて、近づいてきた我々に、目いっぱいの愛想をもって接してくれた。

相方は、バッグから針の止まった時計を取り出して、

「あ、すみません。この時計、こちらで電池交換していただけますか?」

と差し出す。

その時計は、女性が着けるにはかなり大きくてゴツイもので、どちらかというと、「男性モノ」といった感じがしっくり来る見てくれだった。

後から聞いた話では、

「ぱっと見のデザインと、見やすさで選んだらコレになった。」

という。
 
 
 
とにかく、店員のオッチャンはそのゴツイ時計を手に取り、裏面などを見て、メーカーなどを尋ねていた。
その様子を、相方のすぐ横で聞き流しながら、シューウィンドーの中に並ぶ高そうな時計を眺めている私。

腕時計をする習慣が無いので、時計にはとんと縁が無いが、見るのは好きだ。

ふと気が付くと、相方と話していたはずのオッチャン店員さんが、いつの間にか私に向かって話している。

自分は直接関係ないのだが、

「我関せず」

という態度も取れず、何故か慌てて話を聞く小心者の私。

よくよく話を聞くと、どうやら相方の時計メーカーの電池交換は諸事情から困難なことだと言う。
 
(ふ~ん・・そうなんだあ。残念だなあ・・。)
と、ぼんやり話を聞いている私。

相方のことだし、連れとしても残念である。 
 
 
その様子が伝わったのか、いよいよ主に私に向かってその「諸事情」を説明するオッチャン。

内心、

(いや、俺に説明されても・・その時計とは、こっちも今日が初対面ですから。)

と思いつつ、とりあえず相槌を返す。

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    相槌を返しつつ考えていたのだが。

(もしかして・・。)

(この時計、実は俺のだと思ってないか?)

まあ、客観的に見れば、どちらかと言うと私の持ち物と言った方がしっくり来る風貌の時計ではある。

だとすると・・

(もしかして、俺、「自分の時計の電池交換依頼を彼女《もしくはカミさん》にお願いしてる男」だと思われてないか???)

という想像がむくむくと頭をもたげてきたのである。

(いやいや、いくらなんでもそこまで情けなくはないぞ。)
勝手に気を悪くする私。

オッチャンは、相変わらず私に向かって諸事情を力説している。
 
 
 
 
結局、相方の腕時計は

「メーカーに送って、電池交換してもらった方が良い。」

という結論に達した。
時計を返してもらって、我々は時計コーナーを後にしたのだった。

相方は、

「送んなきゃならんのかあ・・。面倒だなあ・・。」

とボヤいている。
私もすぐ横で、

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と釈然としない気持ちを抱えていたのであった。

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リアルお約束体質。

「道端に落ちているバナナの皮を踏んづけて転倒。」

するような、非常にベタでお約束な行動を、

「まったく狙わず」「リアルに」

やってのけてしまうのが、何を隠そう、この私なのだ。
 
 
 
昨日のこと。
ちょっとした不注意からクルマのタイヤを修理不能なほどやっつけてしまった私は、新しいタイヤを取り寄せてもらい、ついでに装着してもらうべく、いつもお世話になっている知り合いの中古車屋さんまでトコトコと走った。
 
 
 
30分ほど走り、無事に中古車屋さんに到着。

その中古車屋さんには整備工場もある。
私はいつものように、事務所へ歩みを進めながら顔は工場の方に向け、工員の皆さんと軽い挨拶をしていた。

その時である。
 
 

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      看板の鉄柱に、見事にヒット。 図らずも、鉄柱に熱い抱擁をかませてしまった。

「あいでー!」

思わず声を上げる私。

その様子を呆然と眺めている工員の皆さん。
人の声が途絶えた工場には、スピーカーから流れるFMラジオの音だけがこだましている。

「・・・・」

なんとなく。
沈黙とともに、鉄柱から離れられない私。

おそらく。

(今のはウケ狙いなのか?それともナチュラルなのか・・・?)

判断に困っている工員の皆さん。

 
鉄柱をさすりながら、

(ウケ狙いだとしてもアレだし、リアルにぶつかったなんてのも恥ずかしいし・・。)

途方にくれる私は、

(何事も無かったことにしよう。)

という判断をくだし、工場の方向を見ないように事務所へ向かったのだった。

♪羞恥~ひとつ~を~友にして~・・・。

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どん底気分で出張男闘呼祭り!

このところ、さまざまな方面でさまざまなことが重なり、根っこが「東北楽天主義(東北はいらない)」の私も、すっかり意気消沈。

脳内で「とほほ・・の詩」ばかり紡ぎあげていた。

 
 
昨夜のこと。

心のオアシス、相方との逢瀬を終え、とぼとぼと家路をなぞる帰り道。
山越えの坂道を路面の氷に注意しながら時速40kmのオデッセイ君は駆け上っていた。

向こうから、下りの車が駆け下りてくる。
山中の狭い1本道。

私は、目いっぱい左に寄せて、その車をパスしようとした。
その時である。
 
 
 

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左の前輪付近から、発砲のような音がして、その直後、

バタバタバタバタバタバタ!!

という音とともに車内に細かい振動が伝わり始めた。

(・・・パンクだ・・・。)

目いっぱい左に寄せたつもりが、ほんの少し寄せすぎて、路肩の縁石に引っ掛けてしまったのだった。
すぐに止めようと思ったが、回りは山の中、しかも急な坂、路面は凍っている。

もう少し走ったところに、やや平坦なところがあったはずだと、足をくじいたオデッセイ君を慰め、励ましながらバタバタ走った。
 
 

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山道を抜けた緩やかな坂道。
明るい街灯を見つけ、そこに車を停止させる。

左の前タイヤは側面が抉り取られ、大穴が空いて完全に空気が抜けている。

「はあ~りゃりゃ・・・・。」

ため息。

しばらく、蹲踞(そんきょ)の姿勢でタイヤを見つめていた。

冬の空には星がまたたき、刺し込み始めた空気が少し痛い。
周囲はシンと静まりかえり、オデッセイ君のハザードの音だけが

「カッチ、カッチ、(痛えよう)」

とつぶやいているようだった。
 
 
ため息をひとつついて、後部ハッチを開け、スペアタイヤとジャッキ一式を取り出した。

夜更けの出張男闘呼祭りは、しめやかに開幕したのである。
 

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ボルトを緩めて、ジャッキアップして、

(悪い時ってのは、本当に悪いことが重なるなあ・・)

手だけは黙々と作業をこなし、頭は違うことを考えている。
まるで他人事のようだ。

(サチを乗せている時でなくて良かった・・ラッキーだ。)

ボルトを外して、タイヤを外し・・・

(そういやあ、雪は降ってないなあ・・ラッキーだ。)

スペアタイヤをはめ込む。

(お、このスペアタイヤ、未使用だ。ラッキーだ。)

何故か前向きな思考ばかりが浮かんでくる。
人間、マイナスの考えばかりしていると、そのうちに飽きて、プラス思考を欲するようになるのかも知れない。
 
 
ギッギッギ!

L字スパナを足で押し込み、ボルトがしっかり止まっているのを確認する。
 
左の前タイヤに、細いスペアタイヤがはめ込まれた。
ほかの3本はぶっといスタッドレス。
この一本だけ、妙に弱弱しく見えて面白い。

まるで、作業が終わるのを待っていたかのように、空からチラチラと雪がこぼれ始めた。

(・・・・ラッキーだ。)

私は、へごへごになったタイヤと、ジャッキ一式を車に放り込んで、家路についた。
 
 
 
明日は、晴れるといいなあ~
・・と思いながら。

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多分、ラッキーの無駄遣い。

今日は一応休みの日だというのに、ほぼ一日中パソコン仕事で終わってしまった。

ほとんどどこにも行かなかったわけだから、良いことも悪いことも無く、仕事ははかどったけれど、なんだか損したような、釈然としない一日だったのだが・・・。

先ほど、何気なく小銭入れの中を覗いてみたら・・

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なんと、小銭の合計が「777円」でした!!

これが、今日一日の中で、おそらく一番のラッキーであり、これで、今日の帳尻が合ったのか・・・と思うと、

余計に釈然としない。

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コウガンカレー

山はひどい雪だけれど、街にはさんさんと太陽が光を落としている。
ところどころに積もった雪のまぶしさをいなしながら、知り合いのマスターが営む喫茶店まで、コーヒー豆を買いに行った。
 
その日、喫茶店はお休みだったのだけれど、たまたまマスターが店の掃除に来ているところで、電源の落ちた自動ドアに顔をねじ込んで

「マスター!おはようございます。豆、いいスか?」

と告げる。
マスターはカウンターの奥からヒョコヒョコ出てきて、

「ああ~、はいはい。いいよ。」

と、コーヒー豆の支度をしてくれた。
 
 
マスターは趣味が多彩な人で、バイクや車の話をしているうちに、風邪の話になった。

「ここ何日かねえ、鼻水がひどくて。風邪だろうとは思うんですけど、花粉症じゃないといいなと思ってねえ。」
マスターは笑ってそう言った。

「ああ~。今の時期だと、風邪か花粉症かインフルエンザですからね。その3択だったら、風邪だといいですね。」

答える私。

うはははははは。
と笑い合う。


するとマスターは、何かを思い出したように店の奥から半球型のタッパーを取り出してきた。
中には、茶色いペースト状のものが入っている。

「カレー、あげたことあったっけ?」

マスターが聞く。

「カレー・・ですか?いえ、無いスね。」

マスターは、カウンターにゴトリとタッパーを置くと、腕組みをして話を続ける。

「私ね、実は趣味でカレーを作っているんですよ。」

「え!てえと、あの、香辛料とか混ぜ合わせて作る?」

「そそそ。それでねえ、ここ2~3日の風邪を治すために、『風邪に効くカレー』を作ったんですよ。」

「へえ~!『風邪に効くカレー』ですか。辛そうですね。」

「う~ん・・・辛くはないと思うんだけどねえ。」

なぜか、店の天井に視線を漂わせるマスター。

「『と思う』?食べてないんですか?」

「いや、食べましたよ。実際、風邪も治りましたからねえ。」

「おお、そりゃあスゴイですね。」

「ただ・・」

「ただ?」

マスターは、お店で使っている白いビニール袋にタッパーを包みながら言った。

「風邪で、鼻がつまっていたもんだから、味が分からなくてねえ。」

「ああ!なるほど。確かに鼻が効かないと分かりませんわな!」

うははははははは!

再び笑い合う二人。
 
 

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と、コーヒー豆とともに渡してくれたのである。
自分で味の分からないカレーを、人に食べてもらうなんて、なんて度胸のいい人だろうかと、妙なところで感心する私。

その雰囲気を察したのか、マスターはこう付け加える。

「いや、まあ、分量なんかはいつもどおりに入れたはずなんで、たぶん大丈夫ですよ。それとね・・」

「それと?」

「抗ガン作用のある野菜ベスト5って知ってます?」

いきなりガンに話が飛ぶ。
さすがにこちらも戸惑いを禁じえない。

「ええ?ガンって、あの腫瘍のガンですか?」

「そうそう。こないだNHKでやっていたんですけどねえ。1位がにんにく、2位がなんと、キャベツなんですよ。意外でしょう?私もね、まさかキャベツが入っているとは・・」

「???」

話の意図がつかめない私をよそに、マスターは抗ガン作用のある野菜ベスト5を列挙し、最後に力強くこう言い放った。

「それも、全部入ってます!!」

「な、なるほど。ということは、風邪とガンに効くという事ですね。つまり、『抗ガンカレー』ですね!」

「そうそう。『抗ガンカレー』!紅顔の美中年が作っているから、『紅顔カレー!』」

どこかで聞いたようなことを口走るマスター。
どうも、このオジサンからは同じニオイを感じる。

私は思わず、

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と言おうとしてやめた。
たぶん、マスターも言おうとしてやめたと思う。
 
 
 
カレーは、ウチに帰って早速昼ごはんに食べてみたのですが、感想は

「甘くてニガいカレー」

でした。
なかなかにユニークな味で、体には良さそうでした。

「妙薬口に苦・・・なんとやら」と言うし。

マスター、大変ごちそうさまでした。

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兄は変わったか?

つい先日のこと。

私は兄の車に姉と同乗して、買い物をするべく国道沿いの酒屋に車を乗りつけた。

酒屋での買い物は一人で十分だと、姉は店内へ消えてゆく。
私と兄は二人で、駐車場に停めた車の中、姉の帰りを待っていた。
 
 
明るいグレーの空からは、抱えきれない雪の粒が2つ3つこぼれ落ちていて、雪かきがなされた駐車場には、あちこち雪の山が出来ている。

そのふもとには、雪解け間もないアスファルトの黒と、乾燥した白とがブチ模様を作っていた。
 
 
 
その時である。

我々の乗る車の前に、頭から突っ込んで駐車していた車がバックで発車し始めたのを、私はぼんやりと眺めていた。

スルスルと、こちらに向かって後退してくる車。

(ここらで止めて、切り返すんだろうな・・)

という私の予想をよそに、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。

(あれ・・?おいおい、それ以上は危ないだろう??)

お構いなしに接近。
ついには、後ろのバンパーがボンネットで見えなくなった。

「おいおいおい!」

たまらず声を出す私。
携帯電話をいじっていた兄が、その異変に気づいて前を向いた、

次の瞬間。
 
 
 

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車内に軽い衝撃が走った。
接触事故である。

「うおあ!何ぶつけてんのや!?コイツ!!」

怒る兄。
車内は、先ほどまでの気だるさが嘘のように非日常の雰囲気に包まれ、兄の手は早くも事故処理をすべくドアに手がかかっている。

(事故かあ~・・面倒だなあ。)
内心ボヤく私。

しかし、その時。
あろうことか、ぶつけた車はまるで何事も無かったかのように切り返して発進。
駐車場を出ようとしたのである。
 
 
俗に言う

「当て逃げ」

が眼前で展開されたのだ。

車内が、兄を中心に非日常から非常事態へと転回する。

「待てゴルァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

プーーーーーー!!!

兄の眼は立ち去ろうとする車をガッチリ捕らえ、右手はクラクションを押し込んでいる。
少し低めのクラクションの音が、微妙に緊張感に欠けて可笑しい。

左手は的確にギアをドライブレンジにぶち込み、サイドブレーキを外して追走体勢を作り上げた。
きたるべき急発進に向けて、私も首を固め、シートに体をうずめる。

当て逃げ車は、その様子を見て逃走を諦めたらしい。
すぐに取って返し、すぐ横に静かに停止した。

赤ら顔のオッチャンが降りてくる。
その様子を見て、逃走は無いと判断し、兄は車を飛び出した。
私もぶつけられたところの様子を見るために一緒に降りた。

兄は降りるなり

「アンタ、ガッツリぶつけといて、何、知らん顔で行こうとしてんの!」

と詰め寄る。
オッチャンは平身低頭、ひたすらに

「すみません!すみません!」

と繰り返している。
そして、

「気づかなかったんです・・」

と、お決まりの言い訳をした。
車に乗っている人間ならお分かりだろうが、車が何かにぶつかった時。
気づかないということはありえない。

どんな小さな接触でも、車内には結構な衝撃が走るものなのだ。

(しかし、やっぱし人間、こういう事言うんだなあ・・)
と、妙なところで感心する私。

「気づかねえわけねえべ!!!ダメだ~!逃げたら!みっともねえことすんな!ホレ、車のナンバーと、住所と電話番号書いて!あと、免許証出して!」

さすがに、20年近く車に乗っていると、事故処理も手馴れたものである。

手馴れすぎていて、

「ゴネられるかも知れない・・。」

という危惧を抱いたのか、オッチャンは

「警察を呼びましょうか?」

と言ってきたほどだった。

もちろん、ゴネるつもりなどまったく無いのだが。
 
 
 
とりあえず、兄は相手の連絡先をテキパキと押さえた。
私が意外だなと感じたのは、兄が思ったよりも怒り狂わなかったことだった。
一昔前の兄ならば、いろんな意味でエライことになっただろう。

(兄も、丸くなったんだ・・)

と、妙にしみじみしながら破損箇所を検分する。
幸い、こちらの車には傷も何も無く、むしろ相手の車のほうが塗装がはげていた。

結局、こちらには被害ナシということで、事故にはしないことで話がついた。
 
 
 
帰り道。
私は思わず兄にたずねた。

「兄さんよ、今回、あんまし怒らなかったねえ。丸くなったんか?」

すると兄はアハハハと笑ってこう言った。

「いやあ、地元だからさあ。どんなカタチでウチのお客さんと繋がるか分かんねえべ?怒るより先に、そっちの計算が立っちゃったんだな。」

「・・・」

兄は丸くなったのではなく、計算高くなったのだった。

(なるほど・・)

と、深く納得したことは言うまでもない。

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グッジョブ・ポンポコ

先日、相方とお好み焼きを囲んで

「鉄板コミュニケーション」

を深めていた時のことである。
 
 
その店で働く店員さんは、店内でかけ声をかける際、語尾に

「ポンポコポ~ン」

と付けるのが暗黙の決まりとなっているようで、初めて入店した時には、相方と存分に困惑したものであった。
 
 
 
しかし、その日の

「ぽんぽこぽ~ん」

は一味違っていた。
 
 
 
それは、
店員さんのほとんどが女性だったということである。

いつもなら、男性店員の

「ポンポコポ~ン・・。」

という、恥じらいからか、努めてかもし出される抑揚の無さが演出するぎこちなさに、聞いているこちらもなんだか居たたまれない気持ちになってしまうのであるが、その日は女性が全員、元気良く、そして愛想よく、

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と声をかけ合っていたのである。
 
 
 
正直。

これは可愛いと思わざるを得ませんでした。
グッジョブを禁じえませんでした。
許されるなら、録音して着信ボイスにしたいほどでした。
(携帯電話持ってませんが。)
 
 
 
まさに

グッジョブ・ポンポコ。

開き直った

「ポンポコポ~ン」

は非常にグッジョブであると言える。
(ただし、妙齢の女性に限る。)

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血だらけランチ

私と相方の行きつけであるカフェレストランは、何を食べても大変美味しいお店である。

しかし、一つだけ困った事があるのだ。
それは、

パンが非常に固い

という事である。
相方とこのレストランでランチを楽しむ時には、必ずと言っていいほど

「美味しいね。でも、固いよね・・。」

という泣き言が入ってしまうのである。
 
 
 
冬の澄んだ空気を、首をかしげた太陽がさんさんと照らす昼下がり。
私と相方はランチを食べていた。

その日のランチメニューは、サラダとパン2切れ、ヒジキのサンドイッチ、それに野菜スープである。

まず、付け出しにフランスパンが運ばれてきた。
小さなガラスのお皿には、半分溶けたバターがのっている。

私はパンを一つ取り、バターをのせてかぶりつく。

その時である。

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乾燥していたのだろうか。
必要以上に口を開けたのが裏目に出たのだろうか。

クチビルの端がピリッという音とともに裂け、血が滲んできたのである。

「トシさん、血でてるよ。リップクリーム貸したろか?」
気を使う相方。

しかし、すでに切れてしまっているものはどうしようもない。
白いリップクリームを紅く染めるだけである。

「あー、いーよ、いーよ。」

とやんわり断り、咀嚼の続行を決断した。

この店のパンは非常に美味しい。
なんでも、発酵時間を調整などをせずに製造しているため、本来のパンの風味が楽しめるのだそうだ。

なるほど、そう聞くと余計に、噛めば噛むほどに味が出る。
噛めば噛むほどに味が出るのはいいのだが・・

やはり皮が固い・・!

中はふんわりモチモチなのだけれど、皮が固い上に鋭利なのだ。
口の中でザクザクと噛み砕いている間に、固い表皮は容赦なく私の口腔内を傷つけてゆく。
歯グキは削り取られ、内膜はすりむき、味わい深いパンと一緒にしょっぱい鉄の味が口の中いっぱいに広がる。

しかし、パンは美味い。
体は傷付いてゆく。
パンは美味い。

そのうちに、あろう事かパンを食べ、口の中が切れてゆく事に快感を覚えるようになってくる。

「ああ・・私はこんなにも傷つけられているのに、このパンから離れられない。それほどまでにこのパンを愛しているのね。」

という気分になってくる。
傷モノにされながらも、真摯に愛する(噛む)自分の姿に恍惚を感じてしまうのである。
野菜スープが傷口に染みても、愛に障害はつきものよね・・という気分になってしまうのである。

それどころか、傷口を優しく包むアイスクリームには、

「あなたは優しいけれど、物足りないの・・」

と言う気分になってしまう。

こうして、口腔内を血で満たしながら、白昼の背徳の宴はますます深まってゆくのであった・・。
 
 
 
余談ですが、口の横から滲んだ血を親指でぬぐい、ファイティングポーズなどとってみたのだが、相方にはあんましウケませんでした。

ホアチャ~~~!!!

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ラブレターケース

以前、ホームセンターで買い物をしていた時のこと。

文房具売り場の入り口に、

「ラブレターケース」

という大きな箱が陳列されているのを発見した。
 
 

その箱は、5つの引き出しのついたもので、ラブレターが数十枚どころか数百枚は入るであろう代物であった。

私は、

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と戦慄すら感じた。

何故なら、そんな箱が何の違和感も無く売られているという事は、世間では私の想像を遥かに凌駕するほど、幾多のラブレターが飛び交っているという事だからだ。
 
 
それはつまり、ラブレター氾濫時代の幕開けであり、
恋文の花吹雪であり、
愛の歌の大バーゲンということに他ならないからである。
 
なんということだろうか。

知らぬ間に、日本は恋の国と化していたのだ。
情熱の活火山が大噴火だったのだ。
恋慕のマグマがグーツグツだったのだ。
 
 
 
私は、このケースを満たすほどのラブレター所持量がない事に敗北の念すら感じながら、その場を離れたのであった。

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石油ストーブの楽しみ。

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ふと、部屋の中が寒いことに気付き、愛用の石油ストーブを見ると、いつのまにか消えている。
灯油の残量を示すメーターは赤い。

(ああ、灯油が切れたのか)

灯油缶を抜き出し、ポリタンクに入っている灯油を補給するわけです。
灯油缶を置いてあるところというのは、火の気の無いところですから当然寒いわけで、そんな空気の中、ポリタンクを持って灯油缶の残量計を凝視する時の静けさというものがとっても良いと思う。

これから、この液体に火が灯って部屋を温めるんだなと思うと、なんだかとても意義のある事をしているような、すぐ先の快適な未来に向かって準備している気分になるからだ。

そう思えば、この寒さも嬉しい。
 
 

ただ、灯油缶のフタとだけはイマイチ仲良くなれない。
何故ならば、かなりの確率でナナメに入ってしまい、溝が噛んで動かなくなってしまうからだ。

ああなってしまうと逆に回してもズラしてもビクともしないから、

(だ~!もう!)

と、ついカッカして、力ずくでこじ開けようとして急に外れて、中に入っていた灯油が飛び出てきて手についてしまう。
そうなると、ますますカッカするのだけれど、この怒りをぶつける場所も見当たらない。

見当たらないので、心の中で呪詛を繰り出すわけです。
(性質の悪い奴だ。
オレは、お前なんかより、最近の新しいストーブについている「汚れま栓」とか、ああいうのが良い。
買い換えてもいいんだけれど、まあ、お前の本体とは長い付き合いだから、今回は大目に見てやるが、お前だけは嫌いだ。)

呪詛というより、負け惜しみであるのだが。

まあそれは、私が特別灯油のフタベタなだけかも知れないが、とにかく、灯油缶のフタとだけはおそらく一生仲良く出来ないでしょう。

おそらく向こうも、私と仲良くしたいとは思っていないはずだ。
 
 
 
ストーブが、中の油を燃やし尽くして消えてしまうと、次に点火する時にはあの中の綿みたいな部分に十分油を染み込ませないといけない。

急いで点けると綿みたいなやつが燃えて、不完全燃焼になり、部屋中が臭くなる。

だから、灯油缶を突っ込んでしばらく待つわけなんですが、あの時間がまたいい。
石油ストーブが、

「ああ、待ってました。」

とばかりに

「ゴクン、ゴクン。」

と一気飲みを始めるからだ。
 
渇いていたモノに、潤いを与えるというのは嬉しい。
夏の盛りに、干からびかけた植物に水をあげるような、
ボロボロになってやせ細る迷いネコに、牛乳を与えているような気分に似ている。

「ゴクン、ゴクン。」

と、ノドを鳴らす石油ストーブの前で、その音を聞いている時間が良いと思う。

やがて、

「ゴクン・・・ゴ・・ックン・・・」

だんだんとノドの音がゆっくりになっていって、止まる。

思わず、

「なんだ、もういいのか?」

とひとりごちてしまう。

なんだか、

「いいことをした。」

という気分になってしまう。
つい今しがたまであった灯油缶のフタへの憤懣も、事は油だというのに、水に流そうという気になってしまうのだ。
 
 
 
石油ストーブには、冬の風雅が満ち満ちている気がする。

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新たな境地

陶芸の粘土を取りに、馴染みの陶芸機材屋さんに行った時のこと。

その陶芸機材屋さんは、山の地形をそのままに作られたような団地にあり、急な斜面に段々と家々をへばりつかせ、隙間に道路を敷き詰めたようなところにある。

タイヤが、凍結した日陰の雪をパリパリと踏み砕く音を響かせながら、車は後背部からゆっくり駐車場に収まった。

「やあ、おっかなかった・・。」

と、ひとりごちながら、部分的に凍結するアスファルトに注意深く足を置く。
夕方の薄暗い灰色の空からは、紙片のような雪がチラチラ舞い落ちている。

「こんにちはあ。」

と事務所から出てきたのは、この陶芸機材屋さんの社長の奥さんである。
庭いじりと陶芸とピアノが大好きで、いつも鼻歌を歌いながらジョウロで草花に水をやっている、とても穏やかで大らかなオバサンだ。

社長は今日、陶芸材料の配達に行って不在らしかった。
 
 
 
目的の材料を揃えてもらい、それらを車に積んで事務所で会計を済ませたあと、お茶を飲みながら世間話をしていた。

オバサンは、いつものようにゆったりした口調で話しかけて来る。

「こないだねえ、あそこの本屋さんまで楽譜を買いに行ったのよお。あの、ホラ、なんて言ったかしら。あ~・・思い出せない・・。」

「ああ、エート、あそこですね。あのー、・・・なんでしたっけ?」
という風に、これまたいつものように返す私。

いつもこんな風である。
話はしているのだが、それは遅々として進まない。
何故ならば、私とオバサンは、お互いに非常に忘れっぽいからなのである

二人して固有名詞でことごとく引っかかり、それを思い出しているうちにどんどん時間だけが過ぎていってしまう。

そして、話は決まって

「ド忘れ自慢」へと発展してゆくのだ。

オバサンは、記憶の探索を諦めて「ドわすれ話」に移った。

「こないだねえ。ついに自分の名前を忘れちゃって。」
と、苦笑交じりにオバサンが切り出した。

「えええ!?名前忘れたんですか!?」
さすがに驚きを隠せない私。

「そうなのよお。書類に名前を書く時にねえ。『アレ?私の名前、なんだったっけ?』って、とっさに思い出せなかったのよお。一緒にいた妹にも心配されちゃうし。うふふふふふふ。」

笑い事ではないような気がするが・・。

「いやあ、自分の名前忘れるってのはスゴイッスねえ。オレも相当忘れっぽいですけれど、さすがに名前は忘れた事ないです。」
不謹慎ながら、感心してしまった。

「そうなのよお。困っちゃったわ。それでしばらく考えてねえ。『ア、そうだ!私は●●●だ!』って思い出した時にはホッとしたわあ。うふふふふ。」
オバサンは苦笑交じりにお茶をすする。

そして、やや深刻な表情になって、視線をテーブルの灰皿に落としたまま、

「ホント、なんかの病気なんじゃないかと思って、我ながら心配になっちゃうわあ。」
と、ため息をついた。

私はすすっていたお茶を皿に戻し、必要以上に真顔で答えた。

「いやあ、でもアレじゃないスか?それって考えようによっちゃ・・・」

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「『新しい境地』!?」

思いがけない言葉に、目をまんまるくするオバサン。

「そうですよ。きっと、常人では及びもつかない『境地』に足を踏み入れたんですね。先を越されました。羨ましいです。」
苦々しい顔を作る。

オバサンは、今聞いた言葉が、頭ではなくお腹にストンと落ちたような挙動を見せ、顔を真っ赤にしてのけぞり、大口を開けて笑い転げた。

「あっははははははははははははははは!!!そうねえ!『新しい境地』ね!」

ソファをギシギシ言わせながら、額に血管を浮き立たせて笑う。
目には涙が滲んでいる。

私もつられて笑い転げながら、言葉をつなげる。
「あっはははは!そうそう。『記憶力が落ちたんじゃなくて、情報削除機能が向上した。』と思えばいいじゃないですか!」

これは、以前、ここにも書いた事だ。
きっと、そう思ったほうが楽しい。

「あっはははははは!!そうねえ。そう考えればいいんだ。あっははははは!!」
オバサンは息を整えながら涙を拭き、

「そうだそうだ。今度、妹に心配されたらそう言うわ。『私は忘れっぽくなったんじゃなくて、新境地に達したのよ』って。あっははは!」

「なんか、余計に心配されそうですけどね。」

ええ?
と、また頭ではなく、お腹にストンと落ちたのを確認してから、オバサンと私は二人して大笑いしたのであった。

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当たりクジのゆくえ

新年の清々とした空気が、船形連峰の稜線をくっきりと映し出した朝のこと。
知り合いのマッサージ師であるスギヤマさんが、新年の挨拶に訪れた。

その時、ウチにいた私と母は揃ってスギヤマさんを迎え入れ、囲炉裏を囲みながら、

「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願い致します。」
の挨拶を交し合った。
 
 
 
熱いお茶の入った湯飲みを両手で包んだまま、二つ三つの世間話もそこそこに、スギヤマさんはニコニコしながら、懐から数枚の紙の束を差し出してきた。

よくよく見てみると、その紙の束は年末ジャンボ宝くじの抽選券で、それと一緒に新聞の当選番号発表欄の切り抜きが添えられていた。

「・・・宝くじですねえ。」