相方の誕生日は、世間で言うところの「ホワイトデー」と、たった一日違い。
この時期になると、
「昔から、バレンタインデーのお返しと誕生日プレゼントをまとめてもらうという事がほとんどだった。」
と、よくボヤいている。
14年前の3月15日。
朝6時。
私は緩み始めた冷気の中に、白い息を弾ませていた。
住宅地の中はところどころのから、朝の支度をする人々の生活音が漏れ聞こえてくる。
手には一本のカセットテープが握られている。
前日にCDからダビングダビングして製作した「マイ・ベストテープ」。
ちょうどひと月前、わざわざウチまでチョコレートを持って来てくれた女の子へのお返しと、誕生日プレゼントを兼ねて贈ろうとしていたのである。
なるほど、当時からその娘はこういう扱いを受ける運命にあったらしい。
そのテープの中に入っていた歌は10曲ほどあったはずなのだけれど、はっきりと覚えているのは1曲だけだ。
故・尾崎豊さんの、「誕生」という歌である。
正直、他の歌はどうでもよくて、その一曲だけを聴いてもらいたかったと言っていい。
それほどまでに、この歌は当時の私が言いたいことをすべて含んでいた(ような気がする)。
その歌をぼそぼそと口ずさみながら、その娘の当時の自宅前に到着した。
セロハンテープでしっかりと封を施された封筒を、ポストの挿入口にかける。
その時である。
今の今までまったく感じていなかった緊張が、足の先から急激にせりあがってきた。
途端に激しくなる鼓動。
紅潮する顔。
震える手。
ポストに落としたら、一目散に逃げる手はずだった。
しかし、手が、動かない。
頭の中には、「誕生」の歌が流れている。
投函した瞬間から、後戻りが出来なくなるような気がしていた。
あの時は、それが何なのかすら分からず、それがたまらなく怖かった。
紅潮していた顔は、蒼白になっている。
5分ほど固まっていただろうか。
近くの家の人が玄関を開けた音が聞こえ、小動物のように「ビクリ」とひとつ痙攣。
私は思わず封筒を持ったままで逃げ去った。
駆け足で帰路に着きながら、自分の臆病さ加減に、これ以上無いほど落胆する。
わざわざ作戦実行に早朝を選んだのは、学校で手渡す度胸などハナから持ち合わせていないからである。
ついにそのテープがその娘の手に渡ることは無かった。
14年後。
その話しを打ち明ける私。
相方は非常に怒って、
と、14年前の私を責めた。
「あの時はかなりショックだったのよ!何も無かったから!絶対、嫌われてるんだと思ってたわ!」
私は苦笑いを浮かべ、14年前の自分に代わって、ひたすら謝るのだった。
人生は、瞬間ごとの選択で出来ている。
今思うと、あの時、あのポストの前の選択は、私の人生に大きな変化をもたらした。
もし、あの時投函していたら・・・。
自分はどんな人生を歩んでいたのだろうか?
3月15日を迎えるたびに、私はそんな事を考えている。