テリヤキ空中分解

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某Mバーガーのテリヤキバーガーは、とんでもなく美味い。

少し焦げ目の入ったふかふかのバンズの間には、
甘辛のタレ、ホロホロと口の中で崩れ溶ける肉、
そしてなんといっても分厚い断層を形成するシャキシャキの野菜。

ガブリと噛み付くと、

モフ!
シャシャシャシャシャシャク!
モク!
もふん!

という歯ざわりが楽しい。

楽しいのだが。

本来横長であるはずのハンバーガー概念を超越した縦長の体躯は、
キレイに食べることの至難を生み、
一度バランスを崩したそれは二度と現状に復帰することなく、
手の中でボロボロと崩れ去る様と、
指に付着するソースと、
焦りから発生するクチ回りのベタベタが、

「あああ…オレってヤツはどうしようもねえダメ人間。」

という思いをi否応なく味わわされる。
 
テリヤキバーガーはそんな自己否定の危険性さえはらむ、
罪なハンバーガーである。
 
 
 
ちなみに、ワタクシが一番好きなのはフィッシュバーガー。
美味しすぎて涙が出るほど、
狂おしいほど愛してる。

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テキトー料理の結末

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ゴハンとケチャップと卵が舌の上で奏でるハーモニーは、
ゴハンと、ケチャップと、卵が、
たまねぎやベーコンやピーマンといった介在者を失って、
共通の話題を見つけられないまま横目にけん制し合っているような、
やけによそよそしい空気を醸していた。


作りたての湯気が立ち上りながら、
これほど寒々しい料理を食べたのは久しぶりだった。

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マナーと技術

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スパゲティが好きでよく食べるのですが、
どうも初手のフォーク刺突深度が大きすぎるようで、
あきらかに自分の口腔許容量を超えたスパゲティ・ボールが
形成されてしまう。
 
 
 
マナーというか、見た目の美しさ。
いわゆる芸術点としてはかなり減点の多い食べ方であり、
けっして褒められたものではない。

がしかし、
一口ではとても対処できないほどの量を一気に巻き込み、
しかもギッチリと編みこまれ、多少の振動や慣性にも動じないスパゲティ・ボールを作り上げるということは、技術点としてかなりの高得点をマークするはずだ。

まるでロウで形成されたオブジェのようにフォークの先に捕りついたそれは、強固に過ぎて皿に戻すこともかなわず、かといって口腔内に放り込めもせず、進退窮まって玉砕覚悟の咀嚼を試み、見事、スパゲティ・ボールは空中分解を果たし、その残骸は次の犠牲者の頭上に降り注ぐ。

スパゲティとはすなわち、
行くも地獄、戻るも地獄の択一的料理であり、
自暴自棄を具現化する食べ物なのではないか。

そういった料理に対する冒涜や陵辱を重ねているうちに、
だんだんと目は虚ろになり、鼻息は荒くなり、
スパゲティは相変わらず空中分解を続け、
モーナンダカ人生というものは、
堕ちることこそに快楽があるんじゃないかと、
誠実とか、実直なんてのは所詮、
偽善者の取り繕いでしかないんじゃないかと。

そんな心持ちになってくるわけなんです。
 

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つまりアレですね。

スパゲティで技術点を追求すると、
荒んだ気持ちになることもあるのでご注意ください。

ということです。

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サシミドロップス

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消化器系に抜群の脆弱性を誇る私であるが、
特に、魚貝類ナマモノ系に対しての防御力の低さと来たら、
まるでフィクションのキャラクターレベルといえる。

先日、さる食事会で出された刺身を、
翌日の覚悟とともに嚥下していったところ、
案の定、目覚まし時計代わりに腸のあたりが苦言を呈してきた。
 
 
 
出せば出すほど体は軽くなるはずなのに、
トイレに向かう足がだんだんと重くなってくるのは何故なのだろう。

人体には、医学という理屈ではいまだ解明できない謎がある。

便座にうずくまりながら、
身近な神秘に思いを馳せた、朝6時30分。

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好物の後先

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大好物をどのタイミングで食べるかというのは人それぞれ。
相方は、最後に食べる主義らしい。

それも、(マナーに反しない限り)ちょっと別のところに置いて、
その姿を愛でながら食べるのがお気に入りのようだ。

そういう風に「視覚的オカズ」を自己演出するのも
ひとつの手ではある。

「特別な何か」、
自分にとってのオンリーワンを待ち焦がれる
「白馬の王子様的待望食事法」といえるのではないだろうか。
 
 
 
ちなみに私はと言えば、
最初に食べちゃいます。

何故なら、後半になるとおなかがいっぱいになってしまって、

「ううう…腹が苦しい…でも、好物だし食べないと…」

ということになり、
せっかくの好物の相対的価値が著しく下落してしまうから
なのですね。

ですので、
食べ始め、空腹の時に、
すきっ腹と好物の相乗効果を十全に発揮させ、
まばゆいばかりの一瞬の美を心ゆくまで堪能して、
その残光を胸に焼き付けながら
残りの食事を消化してゆきます。

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桃、ふたたび。

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先日、知人からいただいた桃を、無類の桃好きである相方におすそ分けした。

「桃は、食べるより嗅ぐほうが好きかもしれない。」

と豪語する相方は、桃に鼻をうずめ、吸い尽くさんばかりの勢いで香りを楽しんでいた。

それは、いつものクールなキャラクターをとろかすほどに。

恐るべし、桃。

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手しぼりの真相

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相方のウチから「あまなつジュース」をいただいた。
果汁100%のにくいヤツです。

ビンに貼付されたラベルには、キャッチコピーが記載してあって

「まっすぐな道」

「ゆっくりしぼって苦みアクなし」

などと、真面目で朴訥とした雰囲気を強調している。
そしてなによりも気になったのが、商品名。

『あまなつ手しぼり』。

一体、どのように手でしぼっているのか。
瞬間的に現れた私の想像は、上図のとおりだったが、
真相は製造元の伊藤農園にしかわからない。

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サバを読むという意思

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はじめは冗談かと思った相方の『お子様セット』への慕情。

しかし、発注のためにはサバを読むことさえ辞さない構えに、ゆるぎない決意と不屈の意思を感じたのだった。

一体、『お子様セット』の何が相方をそこまで駆り立てたのか。

付属のパックムチョか。
それとも290円というリーズナブルきわまりなさか。
 
 
 
「小学生限定」

という店側の掟に敢え無く阻まれてしまったものの、いつの日か、相方が『お子様セット』に合間見える機会が訪れることを願ってやまない。

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石窯焼き田舎パン

美味しい「石窯田舎パン」を作るべく、パンの研究をしている。

今日作ったのがコレ。

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当然、失敗作。
けれども、4つほどの改善すべき点を発見できた。

また明日も焼いて、おそらく失敗して、また改善点を見つけて・・・
と続けていって、そのうちに

「美味しい!」

と言っていただける自分なりのパンにたどり着くはずなのです。

ゆっくり、でも止まらずに。
ぼちぼち行こう。
自分なら、やれる。

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危険なるチーズフォンデュ

生まれて初めて、「チーズフォンデュ」を食べた。

前々から興味はあったのだけれど、胃弱の身にはチーズをふんだんに使用した料理というものは果たしていかがなものかと毎回発注を臆してしまっていた。

しかし、昨日はついに発注した。

いつかは越えなければならない壁を、今日越えようと決心した。

相方と連れ立っていつものお店に入り、運ばれてきた水を少しなめて口のすべりを良くする。
発注を円滑に進めるための準備を怠りはなかった。

店員のお姉さんは、いつものようにメニューを運んできて、「季節限定」のページを開いて去ってゆく。
もうすっかり春なので、チーズフォンデュは終わってしまっているかも知れないいうかすかな危惧は、見開きのページに描かれたナベの中で溶けるチーズのイラストがさらって行った。

相方と、チーズフォンデュの他に何を頼むか検討し、程なく「地鶏の香草焼き」に決定。

振り返りざまに店員のお姉さんに向けて正確に

「注文お願いします光線」

を発射。
お姉さんは駆け寄ってきて、「注文とりますのか構え」を作った。

何故か少し照れながら、鼻息荒く

「チーズフォンデュ!普通の!」

と、ぎこちない発言を浴びせかける。

お姉さんはすこし困りながら、

「チーズフォンデュのプレーンですね?」

と繰り返し聞く。

「プレーン=普通の」である。

ウム。
同じことだ。

力強くうなづきながら、

「ハイ。普通の!」

と、少しだけ我を通した。
 
 
 
かくしてチーズフォンデュとの邂逅の舞台は整った。
もう後には引けない。

この興奮を相方に伝えようと言葉を探していたら、

「ちょっとゴメンね。」

と言い残して携帯電話を持って席を外した。
いくつか用意した言葉をため息と一緒に放り捨て、さっさと考え事の世界に入り込む私。
 
 
 
ほどなく、ナプキンやお手拭とともに、食事の道具が運ばれてきた。
スプーンにナイフにフォークに・・・銛(もり)??

二股にわかれ、とがった先端に返しのついた物騒な道具を発見する。

(これは、チーズフォンデュ用の「銛」か!)

まるで、歯の治療の時に、いつもと違う道具を発見した時のような緊張と不安が湧き起こった。
食事の道具で、「返し」のついたものというのはあまり見たことが無い。

私の中に、「チーズフォンデュは物騒な料理」というイメージが強烈に刻み込まれた。
 

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しばらく戻ってこなかった相方がヒョコヒョコ戻ってきて、すぐにチーズフォンデュセットがテーブルの上に展開された。

磁器製の小さなナベの中にはクタクタと沸騰するチーズ。
大きなナベには、細かく刻まれたフランスパン、フカフカにふかされたジャガイモ、赤ピーマン、ゆがいたブロッコリー、それらに護られるような格好で、真ん中の別皿に鶏肉が鎮座ましましている。

店員のお姉さんの指示通り、頃合いを見計らいチーズをかき混ぜ、こなし、さっそく物騒な銛を獲物(パン)に突き立て、煮えたぎるチーズに浸して食べた。

チーズフォンデュはいちいち残忍な方法をとることになる料理だけれど、とっても美味しかった。

アッサリした味わいのチーズにはハーブがふんだんに混入されており、口に中に入れるとまずハーブの香りが鼻関係を確保し、つづいてチーズの味わいが舌関係を占拠する。

そして、最後に核を成す具が、歯関係をカバーするのだ。

見事なまでの連携。
あっという間に、私の味覚関係はチーズフォンデュ部隊によって鎮圧された。

チーズフォンデュは、「物騒な美味しさ」と言える。
 
 
 
チーズフォンデュは物騒だけれど、物騒だけに「ウマ楽しい」。
大皿に盛られた色とりどりの具を、次々に突き刺し、思うさま浸し、ほしいまま食べる。

子供の頃の、無垢な残忍さを引っ張り出される。
その興奮状態は、大人になって身に付けた「計画性」を崩壊させ、やがて空になったチーズのナベと、具の残った大皿が取り残されたことに気づく。

そこで初めて、人は「ハシャギ過ぎた。」という事実に愕然とする。
 
 
 
チーズフォンデュは、危険極まりない料理と言える。

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