ブーちゃんの由来

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ネコというものは、よほど何かを間違えない限り、
可愛い風体をしているものだと思っていたのですが、
中には例外もいるのだと初めて知った。

まるで、
世のすべてにボヤいているようなニャン相。

しかも、今の時期は冬毛なので、
ブクブクのボサボサのブスブス。

よって私は、彼のことをブサイクのブーちゃんと呼んでいる。

名前についての好悪は、
彼の表情からは読み取れない。

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死福の時…?

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当たらずも遠からず…ではないのか…?

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鳥獣戯画

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先日の鈴の話。

某読者さんのコメントで芽生えた相方への疑念。

ネコか…?
ネコなのか…?

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記憶は時に研磨され、思い出となる。

先日のこと。
日テレ系「ドラマ・コンプレックス」という番組を観ていた。

その日は、犬との繋がりを描いたドラマをオムニバス方式で集めたという趣旨のものだった。

その中の一本に、

「ねえ、まりも」

という題名のドラマがあった。

 
始まる前のアナウンスで、
「涙ナシには観られない!」
などと言っちゃっている。

殊更そういうからには、きっと真正面から泣かしにくるのだろう。
そっちがそのつもりならこっちだってオメオメと泣いてたまるかという強硬な態度にも出ざるを得なくなる。

かつて、

「極東。鉄の涙腺」

と呼ばれたこの乾き目の真髄を如何なく発揮すべしと、
身体をややハスに構え、
飽くまでも横目で、
意識の余り分だけをかろうじて向けてやらなくもないぞよ的態度をもって画面を眺め始めた。
 
 
 
内容は、
なんのことはない、

少女がまだ幼い頃、もらわれてきた子犬。
同じ時の中で共に成長してゆくのだが、
いつしか子犬は少女を追い抜くように成長し、老いてゆく。

そんな、犬を飼っていれば当然のように流れる出来事を、、

少女は不思議そうに問いかけ、
子犬はもどかしく応える。

それらを囲むように、
切ない音楽と、台詞の無い情景が淡々と彩ってゆく・・・。
 
 
 

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ふぐおあぁぁぁぁぁ~~~~!!!
あ~~うあうあう!!!
だげでゅで(泣けるぜ)~…!

ぼう…、だべだっでどんだ、
ぜづだづぎゆっで!!!
(もう、だめだってそんな、切な過ぎるって。)

昔飼ってた犬たちのこと思い出しちゃったよ!

うほおおおお~~~ん!!!!
 
 
 
かくして、テレビの前にはあっけなく陥落した鉄の涙腺と、
涙と鼻水をたっぷり含んだティッシュが、
屍山血河を築いたのだった。
 
 
 
 
 
ウチがまだ街に住んでいた頃、
犬を飼っていました。

それも5匹。

犬ぞりのような散歩、
糞尿の世話、
犬同士のケンカの仲裁、
犬の声による周辺住民の反感…

本当に大変で、負担だらけだった。

「なんでこんなことしなきゃならんのだ。」

と思ったことも数知れず。

十数年、たっぷりと関わりきって、
最後の一匹を見送った時には、
悲しさや寂しさよりも、

「やっと終わった…。」

という、達成感と、安堵感のほうがはるかに大きかった。
そんな「記憶」。

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しかし、この

「ねえ、まりも」

というドラマを観ていて、
大変なだけだったその「記憶」は、
研磨され、精製されたかのように、
光り輝く「思い出」として蘇った。
 
 
思い返せば、
大変なこともそりゃあたくさんあったけど、
あいつらがいたからこそ感じたこと、
楽しかったこともたくさんあった。

なによりも、
十数年かけて命の一部始終と関わりきったという経験は、
非常に貴重なものだったのだ。

ドラマの終盤でも、

「こんなに悲しい思いをするのなら、もう犬なんて飼いたくない。」

という少女の言葉が、
子犬のおぼつかない想いと合わさって、

「でも、私はまた、犬を飼いたい。」

となった。
 
 
 
私も、
あんなに大変な思いをするなら、もう犬なんて飼いたくない…。
と思っていたが、

このドラマを観て思いました。

でも、私はまた、犬を飼いたい。
 
 
 
・・・5匹はカンベンだけどな。

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思い過ごし…?

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腹が減ってたら分からなかったけどな。
(茶トラって美味いのかなあ…。)

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姉のネタ

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少し前まで流れていた某シャンプーCMの、

「インナビューディ」

に激しく反応していた私には、
姉のネタがギガヒットした。

肺から空気が全部抜けるほど笑ったよ。

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ネコの系譜

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先日、飼い猫の「ハナ(キジトラ♀)」が死んでしまった。
 
 

「ハナ」が生まれたのは、私がまだ中学生の頃。
当時の飼い猫「くう(黒猫♀)」と、近所の野良猫「キンタ(キジトラ♂)」の間に生まれた。

「くう」は黒光りする毛並みに黄金の双眸。
すらりとしなやかな肢体を持つ、近所でも評判の美人猫だった。
しかし、「ハナ」を生んで1年後に、クルマに轢かれてしまい、
その生涯を閉じる。

享年3歳。

「キンタ」は、堂々たる体躯にらんらんと鋭い眼光の持ち主。
非常に賢い偉丈夫で、近所の野良猫たちの大将をつとめていた。

没年不明。

その間に生まれた「ハナ」は、同じくウチの飼い猫だった「ラッキー(白と茶のブチ♂)」との間に二男三女の子供をもうけた。

「ラッキー」は「オデブ」と言われても仕方がないほどの巨漢で、
育児にも積極的に参加するような、非常に心優しい猫だった。
しかし晩年、「ネコエイズ」に罹患。
次第に体力が衰え、死亡。享年13歳。
 
 
 
そして、「ハナ」と「ラッキー」の子供たちは…

ぼたん(三毛猫♀)…生まれて一年と経たず、行方不明。

すみれ(三毛猫♀)…「さくら」とともに、ある日突然行方不明になる。生死不明。

さくら(三毛猫♀)…「すみれ」とともに行方不明になるが、約3ヵ月後にボロボロになって帰ってくる。
それからは平穏に暮らすが、早くに避妊手術を施したため、子孫は遺せず。
晩年、父ネコのネコエイズに感染。
数年の闘病生活の果てに死亡。享年12歳。

銀平(キジトラ♂)…ワンパクで非常に器量よしのネコ。
あまりに可愛すぎて、近所のウチに飼い取られてしまった模様。生死不明。

光平(キジトラ、腹側白の三毛猫♂)…父ネコそっくりの巨漢ネコ。
非常におっとりした性格。
早くに去勢手術を施したため、子孫は遺せず。
晩年、父ネコからのネコエイズを罹患。
数年の闘病生活ののち死亡。享年13歳。
 
 
 
「ハナ」自身の一生も、十分に「波乱に富んだ」と言っていいものだった。
出産後まもなく、近所のウチの庭に仕掛けてあったトラバサミに右前足を挟まれる。
瀕死の重傷を負うも、なんとか一命を取り留めて数ヶ月の入院生活ののちに生還。

ただし、右前足は治癒不可能なほど損傷激しく、切断処置となった。

その後の生涯は、短くなってしまった足に色々な不便もあったようだが、
足が一本ない以外は非常に健康で、
それどころか五体満足なネコよりも機敏であり、
スズメや虫などを狩っていた。

性格も自尊心が非常に高く、いつも凛としていた。

晩年は、同居していた夫ネコ、子供ネコなどが次々死んでゆくのを見届けながらもしっかりと生きる。

そして、今年。
平成17年8月31日。
2日間の危篤状態ののち、
掃き出し窓からの風が心地よい部屋の片隅で、
眠るようにその生涯を閉じた。

享年15歳。
 
 
 
「ハナ」は、我が家がまだ仙台の街中にあった頃からの飼い猫で、
その「一族」最後の生き残りでした。

私の生涯の半分。
いつも視界の端にいた存在ですから、いなくなってしまったというのはとても寂しいことです。

だから、
「ハナ」の死にあたって、
こういうネコの一族がいたと、
系譜という名の記憶を遺しておこうと思った。

長い間、ありがとう。
の意味をこめて。

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不眠の理由

いつもなら、

「寝る」と決意して布団にくるまれば10秒を待たずして寝入ってしまう私でも、月に一度か二度くらい、眠れない夜というものがある。

そういう時というのは大体、なにか不安なことがあったり、悲しいことや悔しいことがあったり、内臓の体調不良などがあったりで、どれもこれも気が滅入ることばかりなのです。
 
 
 
昨夜のこと。

深夜まで作業をしていて、ようやく一段落ついたのを確認し、電気を消して床に入った。
目を閉じて、脳の映像に黒いシャッターが降りるのを待つ。

しかし、10分ほど経過しても、一向に眠気が来ない。

それどころか、ますます冴え冴えとしてくる。

ああ、イヤだ。
こうなると、室内の暗さも手伝って、大体ロクでもないことが頭をよぎりはじめる。

イヤだイヤだ。

なにか、考えを他に逸らそうと試みる。

眠りたい。
眠りたいんだから、そうだ。

ヒツジだ。

ヒツジを数えよう。

眠れなくて、本当にヒツジを数えたことなんて、生涯一度もなかった。
いい機会だ。

ヒツジを数えれば、本当に眠くなるのか。
もし眠くなるなら、何頭くらいなのか検証しよう。

そう思いついた私は、想像の中でヒツジを数え始めた。

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アイタタタ…。
…ヒツジに突き飛ばされた。

な~んて、
こんなくだらない想像をしているから、余計に眠れなくなった事は言うまでもない。

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待機犬(たいきけん)

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スーパーマーケットなどの駐車場の片隅に、リードを結わえられている犬は、大体が怯えきっている。

ある者は吼えまわり、
ある者は腰を落としてうなだれている。

悠然たる態度の犬はいまだかつて見たことがない。
 
 
 
彼らは散歩の、あるいは買い物のついでに連れ出され、人の多く集まる商店の片隅にくくられたのだ。

(あれ?どうかしたんですか?)

戸惑う犬を尻目に、飼い主は商店の中へ消えてゆく。

(ええええ~?ちょちょちょちょっと待ってくださいよ置いてかないでくださいよマジで周り知らない人ばっかじゃないですかあああ行かないでえ~。)

つい先ほどまでの散歩によるシヤワセ絶頂気分は消えうせ、不安と恐怖の恐慌の中に放り出される。

そう。
彼らは「待機犬(たいきけん)」となったのだ。
 
 
 
「待機犬」というのは、傍目には非常に気の毒ではあるのだが、不謹慎にも微笑ましいものである。

出来うる限り物陰に潜み、腰を砕いて上目遣いに周囲を窺っている姿がいい。
普段のつぶらな瞳ではなかなかお目にかかれない白目がよく見えるのもポイントだ。

人が近づくたびに一瞬期待の眼差しを向け、見知った顔でないことを確認するとハッキリと落胆するのも可愛い。
尻尾に感情のドラマがある。

普段、飼い主を伴ってすれ違う近隣の飼い犬たち。
ナワバリを主張して吼えるのが業務の一つではあるのだが、待機犬同士となった今、隣りあっていても吠えつかない。

一時休戦。
同志、連帯…そういうのではなく、お互いそれどころではないのだ。

リードや首輪ナシを通じて、人間と繋がっていないと住みづらい世の中なのだと、彼らはよく知っている。
 
 
 
やがて、買い物客と買い物カゴと一緒に、飼い主が吐き出されてくる。

それを見た待機犬は、一瞬身をすくめて「わん!」と吼える。
口元からベロと一緒に笑みがはみ出している。
ちぎれそうなほど激しく振り乱すしっぽ。

(ああああもう!ヒドイじゃないですかビックリしたじゃないですかどこいってたんですかすごく怖かったですよもうやめてくださいよほんとにもう!)

足元に飛びつき、喜びというより安堵を体いっぱいで表現する。

その様はこちらまで救われるようだ。

待機犬は、必ず飼い主が帰ってくるから見ていて楽しい。
ハッピーエンドが約束されている。
 
逆に、待機犬を見かけてしまったら、その結末を確かめるまで離れられなくなるということもあるのだが…。

それはそれでいいような気がする。

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行く手を阻む影。

日付の変わりつつある山道を、ハイビームにしたライトの明かりを頼りにクルマを走らせていた。

道は下りながら、逆バンクを経て登り坂に移りゆく。
まとわりつく眠気をアクビで散らし、アクセルを踏み込んだその時だった。

道の横から、突如として飛び出してきた影。
すぐさま反応し、ブレーキを踏み込んでスピードを落とす。

「あっぶねえな!」

非難の独り言をこぼす。

その影は、進行方向を急激に変え、クルマのやや右前方で併走するカタチとなった。
しかも、その動きはフラフラと蛇行していて、速度は遅い。

危険を感じた私は、その影を抜き去るべく、慎重にアクセルを踏み込んだ。
するとどうだろう。

その影は抜かせまいと、こちらに幅寄せし、行く手を阻むような動きを見せるのである。

(どういうつもりなのだろう・・。)

私はすっかり困ってしまった。

真夜中に、
ポコポコと縦にオシリを振りながら、なかば狂乱状態でひた走るタヌキ。

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それをゆるゆると追走する私。

空にはしょうゆラーメンに浮かぶゆで卵のようなお月さまがぷかりと浮かんでいた。

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