ゴージャス作業着
春の到来を拒み続けた根雪もすっかり地面へ吸い込まれ、温んだ花粉交じりの黄色い風が吹いている。
私と母は、庭の片隅で新しい看板を作るべく、板にペンキを塗っていた。
「こんにちは。」
近づいてくる足音と、その声にほぼ同時に気づいて、我々は顔を上げた。
声で誰なのかはすぐ分かる。
「いらっしゃい。」
母は相好を崩して返す。
「スミコさん、こんちは。」
私も笑顔で答えた。
スミコさんは、クラシックバレエの先生である。
年齢は不詳。
ある年齢から、歳をとるのを止めたそうだ。
いつも、気合の入った化粧と、ゴージャス極まりない服装に身を包み、クラシックバレエが染みこんだ佇まいもあいまって、女性たる緊張感を纏っている。
その日のスミコさんは、いつものヒザ上二桁センチのミニスカートではなく、珍しくパンツスタイルで決めていた。
母はそのことに気づき、さっそくスミコさんに探りを入れる。
「スミコさん、今日はズボンなんだ。珍しいじゃない。」
スミコさんはいつものように、目いっぱいアゴを引いて少し上目遣いにこう答えた。
「今日のコレね、ツナギなのよ。」
その言葉に驚きを禁じえない私と母。
二人同時に違う質問をぶつけた。
母「それ、ツナギだったの!?」
私「なんでスミコさんがツナギなんか着てるんですか!?」
派手な服しか持っていないハズのスミコさんが、ツナギを着るというのも意外だが、その「ツナギ」は真っ白で、いたるところに花々の刺繍が咲き誇っている。
ツナギというにはあまりにゴージャスで、我々は本人に言われるまでそれがツナギだと気づかなかった。
スミコさんは、ゆったりと2回うなづき、こう答えた。
「今日はね、別荘の畑で農作業をしてたの。」
似合わない。
が、ハイヒールで山菜採りに山に分け入るような人なので、そこはかろうじて飲み込む私。
「そのためにね、ツナギを買ってきたんだけど、真っ白でとても殺風景だったのよ。」
そりゃそうだ。
ツナギは作業着。
派手である意味が無い。
「だからね、自分でワンポイントに刺繍を入れようと思ったのだけど、刺繍しているうちにノッてきちゃって。」
「ああ~。」
早くも激しく納得する私と母。
「気がついたら、こうなってたのよねえ・・・。」
農作業用のツナギすらもゴージャスに着こなすスミコさんに、
「本物のゴージャス」
というものを見せ付けられた事は言うまでもない。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
スミコさん…画も気合が入って、レギュラー化の予感が。
投稿: ゆう | 2005/04/16 23:52
スミコさん。(と、ごーぢゃす作業着)
是否、見たくなったのは、ボクだけではないはず!
っていうか、刺繍もごーぢゃすにこなす
スミコさんを尊敬!
投稿: ました | 2005/04/18 10:14
>ゆうさん
スミコさんにまつわる逸話はまだまだありますので、機会があったらまた描きたいと思います。
>ましたさん
スミコさんの絵は、我ながら似ました。
実際に見てみると、驚きますよ。
私も異人種を見るような気持ちです。
投稿: 管理人@寿 | 2005/04/20 13:07