先日。
相方とクルマに乗っていた時のこと。
山あいのトンネルの中で、その異変は突如として訪れた。
ブロロロロロロ・・・ブロ、ブロロロロ・・・
エンジンの回転数が上がらない。
ブロロロ・・・ブロロロ・・・
回転数にあわせて、オートマチックに下降してゆくシフト。
相方は、
「ナニ?どうしたの?なにがあった?」
と不安げに問いかけてくる。
「あー、うんー。大体想像はつくんだけれどね。」
つとめて呑気に答えつつ、安全にクルマが停められるところを探す私。
トンネルを抜けたところはダムになっていて、そこに小さな公園があった。
トイレもあり、駐車場もある。
息も絶え絶えのオデッセイ君を緩いアクセルワークで励ましながら、駐車場の入り口を目指す。
エンジンは、その入り口付近で止まった。
あとは惰性で行くのみ。
しかし、オートマチックはエンジンが切れると、ハンドルもブレーキも利かなくなる。
次第に重くなってゆくハンドルを懸命に切り、なんとか駐車場に車輪を合わせる。
しかしブレーキが利かない。
ゆるゆると近づいてくる植え込み。
極めて利きの悪いブレーキを踏みしめ、効果があるのか無いのかサイドブレーキを引く。
ほぼ失速したのを確認し、パーキングレンジに入れて、とりあえず無事にクルマは止まった。
「さて、困った。」
苦笑いを浮かべながらつぶやく私。
「だから、何が起こったの!?」
イラだつ相方。
とたんに平静に戻る相方。
理由が分かれば、かえって肝が据わるらしい。
私の車の残油計は少し変わっていて、普通のクルマのように「警告ランプ」というものが付いていない。
残りのガソリン量を示す針がある程度のところまで下落すると、カチンと振り切れてしまう仕組みになっている。
しかし、このクルマはその表示の調整がまずいらしく、20リッターほど給油しても、一向に針が浮上しない。
それどころか振り切れたままなのである。
つまり、残油計はまったくアテにならず、走行距離から残りのガソリン量を推測して乗らなければならないということになる。
先日の給油量から、
(あと20kmは走るだろうから、そろそろスタンドに行こう。)
と立てた私の目測が見事に誤り、その油断が招いた事態であった。
(さて、どうしたものか。)
思案する。
ここからガソリンスタンドまでは、大体12kmくらいあるだろう。
歩いてゆくには闇夜の山中はあまりに物騒である。
(やむをえん)
幸いなことに、そこは私の自宅からそう遠くない場所だった。
兄にお願いして、ガソリンを持ってきてもらうことにする。
相方に携帯を借りる。
液晶の表示は、当然のように「圏外」になっている。
しかも、バッテリーの表示ももうすぐ無くなる事を知らせていた。
携帯が生きているうちにと、急いで公衆電話をさがしつつ、電波の届くところを探す我々。
またもや幸いなことに、そこから50メートルほど歩いたところで電波の届くポイントを見つけた。
この時、不運と幸運がめまぐるしく交錯していることが可笑しく、不謹慎ながらひどく楽しかった。
「バッカだなあ~オメエは!すぐ行くから待ってろ!」
という気のいい兄の声に一安心して、クルマに戻る。
それを見届けたかのように、相方の携帯電話は電池が切れた。
「ありゃあ、バッテリー無くなっちゃったねえ。」
すると相方はバッグの中から小さな包みを出してきた。
「こんなこともあろうかと、常に携帯発電機を持っとるのよ~。」
「おおお~!?スゲエ!!」
「懐中電灯にもなるし、携帯電話に充電もできるよ。」
得意げにワシワシと発電する始める相方。
何故そんなものを常備しているのかが謎ではあるが、感動を隠しきれない私。
そして、またバッグの中をゴソゴソと探る相方。
「こんなこともあろうかと、携帯食も持っとるのよ~。すこしチョコが融けてるけど食べる?」
「いや、食料って、遭難したわけじゃないんだから。」
さすがにツッコミを禁じえない。
「あ、そっか。じゃあいいな。」
(しかし、いつもお菓子を持ち歩いているなんて、おばあちゃんみたいだ・・・)
内心、感心する私を尻目に三度バッグの中を探っている。
次は何が出てくるものかと、横目に眺める私。
「こんなこともあろうかと、携帯ラジオも持っとるのよ~。」
「それ、FMも聞けるの?」
「聞けるよ~。でも、今ちょっと調子が悪くて、スイッチが入らないんだけどね。」
(じゃあ、なんで持っているのだろうか・・・)
と素朴な疑問を持ちながらも、私は試しに質問してみた。
「そのバッグの中に、『携帯ガソリン』は入ってない?3リッターくらい。」
「・・・さすがにそれは無いね。重たいし。」
次々に非常時に役立つものが出てくる相方の四次元バッグ。
いつも中身をパンパンにして持ち歩くそれの中身の一端が垣間見られたことだけでも、ガス欠になった甲斐があったものだと妙な感心を抱いたことは言うまでもない。