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掲載情報です~。

当ブログ「言戯」が、
ソフトバンクパブリッシング発刊の

「暮らしとパソコン4月号」

に掲載されます。

「暮らしとパソコン」は、50歳以上の方にパソコンやIT製品の魅力と使い方を紹介している月刊誌だそうです。

是非、ご購読くださいませ~。

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勝負の行方

「トシさん!MDラジカセで聞きたいことがあるんだけど!」

雪かきをしていた私は、その言葉を受けて暗澹とした気持ちになった。

「・・ああ、どしたの?」
ややしぶしぶと答える。

「あのさー。今、MDに入ってる曲を潰して、新しくCDを落としたいんだけど、どうしても上書きできないんだよ。どうしたらいいの?」

(分かんないよ!!)

心の中、そう叫ぶ私。
もちろん、言葉には出さない。

しかし、分からないものは分からない。
もともと私の持ち物でもないし、使った事だってほとんど無いのだから。
 
 
 
姉が、こうしてMDラジカセの操作方法を聞くのにはワケがある。

まず、そのMDラジカセには説明書が無い。
持ち主が紛失してしまったのだ。

そこで、たまたま3年ほど前に一度だけCDからMDにダビングした経験のあった私が、姉にダビングの方法を教えたことがキッカケとなり、どうも姉の中で

「MDラジカセに精通した人」

という位置づけになってしまったらしいのである。
 
  
 
しかし、本当に私は録音までしか知らない。
やんわり断ろうと、

「アレじゃない?MDのデータを一回削除するといいんじゃないかなあ?」
(その方法は自分でみつけてね。)

と言外に表した。
しかし、どうも姉はその言葉に突破口を見出したらしく

「それってどうやるの?」

と聞いてくる。

(あ、イカン!)

内心焦りながら、さりげなくこの話題を葬り去ろうとして

「さあ~・・やったことが無いから分からな・・」

「後でちょっと見てくれる?」

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結局捕獲されたのだった・・。
 
 
  
 
 
1時間後。

私は姉のウチにあるMDラジカセの前に座っていた。
傍らには、姉が仁王立ちしている。

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とにかく、こうなってしまったものは仕方がない。
やるだけはやってみようと、先ほど自分が立てた仮説

「MDをいったん消して、録音しなおす。」

という方法を模索することにした。
 
 
 
最近の電化製品は、多機能なくせにボタンが少ない。

大抵のボタンは、いくつかの役割を掛け持ちしている。
花形であるはずの「再生ボタン」でさえ、「一時停止」と兼業を余儀なくされている。

専業では生き残れないという不景気の波は、どうやら家電ボタン業界にまで押し寄せているようだ。

効率化は雇用を削り、結果的に多くの混乱を招くものだという事を、電化製品のボタンは静かに、だが雄弁に物語っているような気がしてならない。

そして、その混乱に私はしっかりと翻弄されていた。

パターンとして、こういったものはMDならMDのメニューというものがあり、そこにデータの削除という選択肢が存在するはずなのだが、そのメニューボタンらしきものが見つからないのである。

30分ほどボタンのついた箱を小突き回して、ついには途方に暮れてしまった。
その様子を見ていた姉が、

「やっぱ、分からない?じゃあ、いいや。ありがとね。」

と言う。
声に淡い失望の色があった。

それが、ここでの諦めは敗北を意味する。
と私に悟らせた。

そして気づいた。
もはや、ことはMD云々ではとどまらず、「ラジカセと私」、いや、「機械と人」との真剣勝負となっていたのだ。

肝心なところを英語で表記するこの忌々しい非国民的機械を、打ち負かしてやることが私の矜持となるのだ。
そう決意を固めた瞬間だった。

「・・EDIT・・?」

今まで、鉄壁を誇っていたラジカセの防御に、わずかだが確かなスキを見た気がした。
すぐさま、そこを突く私。

すると、液晶画面にはメニューらしきものが出現した。

「あ!」

おずおずと、メニューをめくってゆくと、液晶画面には

「オール イレース」

の文字が浮かんでいるではないか。

「おおおおおおおおおおお!!!???」

思わず雄たけびを上げる私。
立ち上がり、両手を挙げてガッツポーズを作った。

私は、MDラジカセに勝ったのだ。
説明書ナシで勝ったのだった。
 

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機械の操作を頼まれて、見事その期待に答えられた時の得意さは、男子の本懐ではないだろうか。

「お礼」と、姉からもらったポテトチップスを小脇に抱え、軽い足取りで夜道を歩く私を、夜空の月が煌々と照らしていた。

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袋とじとの遭遇

週刊誌をパラパラと流し読んでいると、巻末においてかなりの確率で遭遇するもの。
それがいわゆる「袋とじ」というヤツである。

いつものことながら、この「袋とじ」というものの扱いには、ほとほと手を焼かされるのだ。
 

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「袋とじ」というものは、その存在自体が非常に恥ずかしいものである。

その内部を見るという事は、眺めていても自然と目に入ってくる「受動的」なグラビアとは違い、自らが時間と手間ひまをかけて、内部の閲覧を求める「能動的」な手順を要求されるからだ。

つまり、袋とじに手をかけるという行為は、それそのものが「劣情」の肯定ということであり、一切言い訳が許されない境地への片道切符を手にするという覚悟が必要となる。
 
 
 
袋とじというものは、非常に厄介なシロモノである。

「見られない」ということが、多大な付加価値を生むからである。
袋とじの真髄は、「もったいぶり」であると言っていい。

足を踏み入れるかどうかは、表紙と背表紙で決まる。
そこに、

「とりあえず開ける」

という安易な選択肢は到底持てない。
何故ならば、自身もかなりのリスクを背負うのだから、そこは慎重に慎重を重ね、万全で臨みたいと思うからである。

表紙などから、まったく好みが合わない場合、

「とりあえず眺める。」

という選択肢が出てこないのも、「袋とじ」の特徴のひとつではないだろうか。

「スルー可。」

という潔さがある。

だがしかし、直感的に「見てみたい!」と感じてしまった時(つまり、自分好みだった時)。
これが困る。

まず、人の気配を察知するのに困る。

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袋とじというものは、飽くまでもグラビアの延長であるから、「専門誌」とは根本的な相違がある。
つまり、しかるべき場所で見る必要性が無いのだ。

「眺める」のが正しいと作法であり、一人である必要が無いのだ。

かと言って、袋とじを開けているところというのは、絶対に他人に見て欲しくないところである。
もし、逆の立場、すなわち、他人が袋とじを懸命に開けているところに出くわしたとしたら、私だって気まずい。

きっと、

「あ、すみません。」

と言って立ち去らざるを得なくなるだろう。

だから大人のマナーとして、

「袋とじ開封の儀」

は単独で、なおかつ周囲に気を配りながらしめやかに執り行うというのが正しい。
 
 
 
さて、いよいよ開封である。
ここで問題となってくるのは、道具の選択だろう。
ペーパーナイフなどが手元にあれば何の問題もないが、大抵の場合無いことが予想される。

それに、ペーパーナイフというものは、どこか「紳士の持ち物」然とした雰囲気がある。
紳士には、袋とじなどに関与しない人生を歩んで欲しいし、ペーパーナイフにも袋とじなどを切らないナイフ生を送って欲しい。


ついでに言うと、ハサミもあまり良くないような気がする。
使ってみると、意外に切り口がギザギザになってしまうケースが多い。

「ナントカとハサミは使いよう」

というので、もしかしたら使い方が悪いだけなのかもしれないが。
 
 
 
やはり、週刊誌の袋とじと言えば、カードによるカットが一般的ではないだろうか。
名刺や、会員証などのカードが良い。

テレカが最も使いやすいとは思うが、携帯電話が普及しきった昨今、懐にテレフォンカードを常備しているのは、私くらいなものではないか。

名刺を使用する場合、その名刺の持ち主に悪いような気もするが、きっと自分の名刺もどこかで袋とじ開封に遣われているに違いないと思えば罪悪感もかなり薄れるはずである。
 

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袋とじというものは、この切っている時間が実は一番楽しいと思う。


秘匿されているものを暴くという期待感がある。
背徳的な行為に及んでいるという興奮もある。

ピリピリと慎重に事を進め、やがて袋とじは完全に開かれる。

そして、価値を失う。
 
 
 
袋とじは、袋とじであるからこそ価値がある。
開封する動機となった表紙と背表紙も、秘匿されている部分があったからこそ光っていたことに気づいてしまう。

開いてしまえばただのグラビアなのだから、それはいたしかたない事だと言える。
 
 
 
袋とじというものは、大抵が開けてみるとがっかりする。
そして、最初から開いていると、それ以上にがっかりするものである。
 
 
 
袋とじというものは、「開けない事」に楽しみの本質があるような気がする。

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只今、絶不調につき・・。

「のほほん系極楽トンボ」

と呼ばれ続けて29年のこの私だが、このところ、生涯初めてと言っていいくらいの絶不調に見舞われている。
考えは鬱々として、やることなすこと上手くいかず、身が入らない。

何かがおかしいの自分でも分かるのだけれど、なにがおかしいのか分からないという状況が、いよいよ落ち込みを激しくしている。
 
 
 
昨日のこと。

私は街に用事があってクルマを出した。
金曜日の夕暮れは、日が長くなったとはいえ薄暗くて寒く、所用を片付けているうちに、いつの間にか満月がプカリと浮かんできている。

仕事帰りと学校帰りを満載した帰り道の地下鉄で、

(あ、そうだ。)

突然思いついて相方に連絡する。
時間帯がちょうど良かった。
相方も今、帰り道だという。

いつも地下鉄からバスに乗り継いで帰宅する相方と待ち合わせをして、相方のウチまでクルマで送ることにした。
 
 
 
駅の有料駐車場から車を出して、夕飯を一緒に食べて相方の自宅近くまで来た時だった。
いつもの走り慣れた坂道。

こないだの事もあるので、自分でも十分注意しているつもりだった。

しかし、一瞬。
気を抜いたのだろう。

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左前タイヤに衝撃が走った。

「え?え?何??今の!?」

驚く相方。
即座に原因を理解し、呆然とする私。
この衝撃を知っている。

「・・・嘘だろ・・また、縁石にタイヤぶつけちゃったよ・・・。」

ほどなくして徐々に激しくなる車内の振動。

「あああ・・・またパンクだあ~・・・。」

なんという事であろうか。
こないだの深夜の男闘呼祭りからほんの1週間で、再び同じタイヤをやっつけてしまったのである。
しかも、今度は相方を乗せている時にである。

自分としては、最悪のタイミング。
あってはならないこと。
さまざまなショックがのしかかってきた。

とりあえず、割に交通量の多いこの場でのタイヤ交換は危険なので、路地に入る。

適当な場所を見つけて車を止めた。

「これが噂の『男闘呼祭り』かあ。初めてだから見てよ。」

一緒にクルマを降りる相方。

「あ~あ・・パンクだよ・・。」

ぺしゃんこになったタイヤを触って、
笑うしかない私。

失意はあまりに大きい。
もともと、免許を取ってから10年。
無事故無違反で、かなり慎重な運転を自負していた。

しかし、ここに来て連続での自損事故。
自分に対する不信、不安、不甲斐なさ、そして不注意にため息ばかりつく私。

皮肉なことに、こないだ修理に出した時に穿いていった夏タイヤが後部に積みっぱなしになっていて、スペアタイヤを出さずに済んだ。

苦笑いを浮かべながら黙々とタイヤ交換を始める私。
相方は、携帯電話のライトで手元を照らしながら、

「おー、『生・男闘呼祭り』だ。」

「手際がいいねえ。」

「ブログのネタが出来て良かったじゃない。」

などと、努めて明るく振舞い、励ましてくれる。
この女性はいつも、いざと言う時に果てしなく優しい。

タイヤ交換をしているところを通りかかった自転車の男子高校生数人が、こちらをみて笑って去っていく。
それを見た相方は立ち上がり、

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と、叱りつけた。
思わず笑ってしまう私。
この女性は、ここぞと言う時にやけに勇ましい。

「まあ、でも、タイヤのパンクだけで済んで良かったよ。きっと、悪いモノを全部このタイヤが持ってってくれたんだね。」
と言われ、どん底の私はつい、

「・・そうかなあ・・?」
と答えてしまう。

「なんでそこで疑うかなあ!そう思っときなよ!!」

私もしっかり叱られた。
そのあとに、

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などと言ってくるものだから、胸や目頭が灼けるように熱くなる。
 
 
 
10分ほどでタイヤ交換は終了した。
タイヤ交換スキルの向上が、作業時間の短縮化に如実に現れていることに、複雑な心持ちになる。

相方は別れぎわ、

「ほんとおおおおおおおおに、気をつけて帰るんだよ!」

と、念に念を重ねて帰っていった。
私は、しっかりと言い含められた子供のように、小刻みにうなづき、

「ほんとおおおおおおおおに」気をつけて帰ったのだった。
 
 
 
今、私は人生絶不調の真っ只中。
考えは鬱々として、やることなすことことごとく上手くいかず、身が入らない。

しかし、素晴らしい相方と、心配し、支えてくれる周囲の人々のおかげでなんとか小さな災厄で済んでいるのだと思う。

「ほんとおおおおおおおおに」

ありがとうございます。

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不吉なるグッジョブ。

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コートを抜けると、そこはノースリーブ、ミニスカートだった。
 
 
 
密封されていたコートの下から肌の露出の多い服装が出てくると、その場の雰囲気は一瞬にして変わる。

バリリッ!という耳に聞こえぬ雷鳴が轟き、視線を集中させる磁場が発生する。

「あ、いかん!!」

と思いながらも、しっかり目を奪われてしまう。
カップをクチに運んだまま、空中で静止させてしまう。

男のサガの悲しさをあざ笑うかのようなグッジョブ。
冬場のグッジョブの中でも、もはや犯罪スレスレのグッジョブ。
威力業務妨害とも言える、問答無用のアイキャッチ。

それが、コートの下のミニスカート(大抵スリット入り)&ノースリーブである。
 
 
 
コート下ミニ&ノースリーブは悔しい。
そこに視線を固定してしまった自分に対して悔しくなる。

何故ならば、コート下ミニ&ノーは、明らかに「演出」の色あいが濃いからである。
「まんまとハマった」感が拭えない。

理性の殻で包み込んで取り澄ましていた自分が、うっかり「オス」の部分を漏らし見せてしまったことが恥ずかしくなる。

「はっ!」

として、慌てて視線を逸らし、横目で周囲の雰囲気を探ると、やはり何人かは
コート下ミニ&ノーの磁力に、視線を釘付けられている。

いよいよ募る

「やられた感」。

そして、まとめてなぎ倒されたような

「十把一絡(じゅっぱひとからげ)感」。

悔しさから、努めて逸らす視線の抵抗むなしく、気がつけば眼球は露出された素肌に食い込んで離れない。
何らかの「術」にかかった事は明白。

「目を覚ませい・・・!!!」

と、ペンで太ももを突き刺したくなる衝動に駆られる。
しかし、その行動自体あまり意味が無いことに気づき、振りかぶった手を危うく戻す。

「オス」の自分と、「理性」の自分が、激しくも静かに葛藤をする。

さっきまで和やかな雰囲気だったはずの店内は、一人の女性客が発した磁場によって、微小ながらも確実に色合いを変え、男性客の心に不穏な影を落とすのだ。

葛藤に疲れ、

「なんて事をしてくれた。平穏な時間を返してくれ!」

という恨めしさまで感じてしまうのだ。
 
 
 
コート下のミニ&ノースリーブはグッジョブである。
グッジョブが過ぎて、「不吉」とも言えるグッジョブである。

稀にしか見られないからか、淫靡感が強いからか、
それを見た後は、ロクなことが起きない気さえしてくる。
 
 
 
しかし、

「じゃあ、やめます。」

と言われると、

「いや、早まるな。」

と答えてしまうところがまた、悔しい。

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無知は罪。

「知らなかった」では、済まされないのが大人の世界。

己の無知が招いた不利益は、「責任」として粛々と受け入れなければならないのだ。
 
 
 
つい先日のこと。

私は、仕事が休みで特に予定も無かったので、久しぶりに街中を散策することにした。

山から降りて有料駐車場にクルマを停め、地下鉄に揺られること約10分。
私のウォーキングシューズは、クルマの排気ガスと人々の雑踏が渦巻く仙台のアスファルトを踏みしめていた。

何のアテも無く歩くというのもアレなので、とりあえず目標を決めることにする。

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(そうだ。相方の新しい職場を見に行こう。)

すぐさまそう思いついた。

(これから、クルマで迎えに来ることもあるかも知れないし、場所は知っておいた方がいいよな。)

我ながら名案だと思った。

以前、相方から大まかな場所は話しに聞いていた。
ここからだと少し離れてはいるが、散歩するには丁度良い距離である。

私は意気揚々と歩き出した。
 
 
 
しばらく歩いて、相方の職場近辺にたどり着く。
しかし、詳しい場所までは聞いていなかったので、そこからがさっぱり分からなかった。

(どうしたものか・・)

と少し思案する。
周囲を眺めると、数人単位のグループで飲食店に入ってゆく人ばかりである。
おそらく今はお昼時なのだろう。

(お昼休み時間なら、電話しても問題ないかもしれない・・)

そう思いつき、時間を調べるために近くのコンビニに入った。
私は時計を持つ習慣が無い。

コンビニの時計は、12時10分を指している。

(お、丁度良い。)

「時計代」として飴を買い、店の近くにあった電話ボックスに滑り込んだ。

場所を教えてもらうのだから、10円ではすぐに切れてしまうだろう。
そう考え、私は100円玉を公衆電話に投入した。

公衆電話に100円を投入するというのは、非常に勇気のいることである。
もし、話しが思いのほか早く終わった場合、なんとも言えず損した気分になるからだ。

しかし、今回に限って、その心配は無い。
場所を詳しく教えてもらうのだ。
100円でも短いくらいかも知れない。

つまり、必要に迫られて100円を投入するのだ。
裏づけがあるのだ。

そう、自分を納得させた。

「トルルルルルルルル・・・」

受話器からは、コール音が聞こえてくる。

(突然「近くに来た」と言って、迷惑がられないだろうか・・)

ぼんやりとそんなことを考えていると、

「ブツッ」

という接続音が鳴った。

私はニッコリしながら、

「あ、サチ?あのさー・・」

と切り出す。
すると、受話器の向こうから・・

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というアナウンスが流れ、それとほぼ同時に

ガシャ!プーー!

私の100円が飲み込まれてゆく音がした。

「・・・・・・・。」

あまりに予想外の展開に、一瞬呆然とする私。

(落ち着け・・。)

自分に言い聞かせ、現状の把握に努める。

(今、繋がっているのは留守番電話サービスだろ・・?)

(つまり、こちらから一方通行のメッセージになるだろ・・?)

(「場所が聞きたい」と入れたところで、あっちからは連絡のしようがないよなあ・・)

(「どこかで待ってる」と言っても、向こうの都合が分からない以上、それは出来ないし・・)

「・・・・・・・・・・。」

考えを巡らせるほど、打つ手ナシ。
将棋でいうところの、「詰み」である。

無言で静かに受話器を置き、うなだれる私。

うかつであった。
公衆電話から、留守番電話サービスに繋がっても、課金の対象になることを知らなかった。

結局、なんの意味も無く飲み込まれた100円。
 
幼い頃、公衆電話に100円を入れると、通話分以外はおつりとして戻ってくると信じて、虎の子の100円を失った忌まわしい記憶がよみがえってきた。
 
 
 
「知らなかった」では、済まされないのが大人の世界。

まさに、

「無知は”詰み”」

であると思い知らされたことは言うまでもない。

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いけ好かない!

自動改札ほど、居丈高な機械もそうないのではないか。

そもそも、改札の迅速化、円滑化を目的に作られたものなのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが、自動改札は常に

「とにかく速く!」

と、万人に等しく要求している。
 
普段、あまり切符とゆかりの少ない生活をしている私のような人間にとって、あの傲慢極まりない自動改札と関わりを持つことは、常に不安や緊張を強いられることなのである。

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      自動改札は、とにかくせっかち極まりない。 佇まいが、まずせっかちである。

まっすぐ歩かないと通り抜けられない機構は、加速を奨励し、減速を許さない雰囲気がある。

準備運動がわりに小さな深呼吸をひとつ。
勇気ひとつを友にして、自動改札に近づく。

すると、突然

「ピンポ~ン♪」

という音と同時に

「バコン!」

という不穏な音がする。
見ると、左斜め前方でオバチャンが自動改札機に通過を拒否されていた。
小さなダルマのようなオバチャンは、不貞腐れながら少し後退し、券を入れなおす。
その後ろでは早くも渋滞が発生し、ある者は迷惑顔で歩みを止め、ある者はさっさと見限って隣の改札へ流れてゆく。

自動改札での失敗は、日常の

「小さな、あってはならない事」

のひとつに数えられる。

 
ゲートに遮断され、人の流れを滞らせる行為は、一瞬にしてその人の全人格を否定し、

「要領が悪く、不器用な人間」

というレッテルを深々と刻み込んでしまうのだ。
 
 
 
オバチャンは不貞腐れることで自分に非が無いことを主張しているが、自動改札には言い訳も開き直りも通用しない。
ただ機械的に(そりゃ、機械だからね。)、出口付近に小さなゲートを出し、行く手をふさぐ。

改札通過時に、何らかの不手際で自動改札の逆鱗に触れた時。
突如として出現するあの小さなゲートには、

「通すまじ。」

という問答無用の威圧感がある。

「ピンポ~ン♪」

という物腰柔らかな音が、意味不明の大音量も手伝って、陰湿な頑固さを演出しているような気がしてならない。

その気になれば蹴り開けることだって飛び越えることだって難しいことではないはずなのに、どういうわけか人はあの小さなげートには逆らえないのである。

それはおそらく、自動改札の根拠の知れない高慢さから来る「威光暗示」のようなものだと思われる。
 
 
 
そんな事をぼんやり考えている私もまた人の流れに押し流され、容赦なく自動改札に押し込まれてゆく。
前に並ぶ人々は、澱みなく切符や定期を滑り込ませる。

減速する人はいない。
かなりレベルの高い時間帯なのか、皆、颯爽と通り抜けてゆく。

否が応にも高まる緊張。
 
一つ前の妙齢の女性も、なんなく通り抜けた。
香水の甘い香りが鼻腔をくすぐる。

ついに私の番。

まず、腰を引き、前のめりの姿勢に移行する。
これは、切符が認識される前に、下半身がセンサーに引っかかるのを防ぐためである。

自動改札のセンサーがどの辺から感知するのか判然としない事への防衛策だ。

切符は私の手から自動改札機にひったくられ、1メートルほど先からぶっきらぼうに出てきた。
切符の扱いも偉そうなくせに、手元の電光掲示板には

「アリガトウゴザイマシタ」

という字が浮かび上がっている。
その白々しさが憎々しい。

手元に出てきた切符を、今度はこちらがひったくる。
ここで注意しないと、取り損ねて慌てて戻ることになってしまう。

そうすると、後から来た人と目が合って、とても恥ずかしい思いをすることになる。

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自動改札は、どのような失敗をしても

「トロくさく」

見えてしまうので、注意が必要だ。
「迅速」が当たり前で、「停滞」は犯罪なのだ。
 
 
 
焦燥と疑念と理不尽への憤りを抱えながらも、
なんとか無事に自動改札を通過できた。

一方的に突きつけられた威圧でも、無事に達成すると心地よい安堵感に包まれてしまう。

「颯爽とした自分」

を発見してしまう。

私は確かに、自動改札に勝ったのだ。
 
 
 
少し振り返って自動改札に勝ち誇った視線を送ってみたが、自動改札は一顧だにせず黙々と人から券をもぎ取っている。

今、感じたはずの勝利が、しおしおとしぼんでゆくのを感じた。
 
 
 
自動改札は、居丈高である。

非常に悔しいことではあるが、我々一般市民に出来ることは、ヤツ(自動改札)のご機嫌を損ねないように、迅速に通り抜けるように全身全霊を傾けることだけなのである。

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特盛りの悪夢再び。

外食がニガテだ。

何故ならば、私は小食な上に、極端に食べるのが遅いからである。

外食というものの多くは人と会ってするものであり、その初歩的なマナーとして

「食べる速さを相手に合わせ、料理を残さない。」

というものがある。
その両方に不安を持つ身としては、外食は常にプレッシャーとの戦いでもあるのだ。
 
 
 
つい先日のこと。

私と相方は、とあるレストランで昼食を共にしていた。

席について、すぐに差し出されたメニューを見ながら、食べたいものを検討する。
数分ののち、私はその店オススメのランチセットを頼むことにし、相方はグラタンを選択した。

注文する際、ランチセットを注文した私に、店員さんはこんなことを言った。

「ランチセットは、ちょっとボリュームがありますけどよろしいですか?」

(ボリューム・・)
その不吉な言葉に一瞬怯む私。

(ボリュームがあるのか・・しかし、ここで違うものにしたら、『ボリューム』という言葉に臆したことを気取られるだろう。それだけは避けたい・・ええい、ままよ!)

捨て身ともいえる覚悟を内に秘め、

「ええ、構いませんよ。」

澄まして答えたのだった。

一瞬、以前の『特盛カツ丼事件』が頭をよぎったが、もう発注は済み、ウェイトレスのお姉さんは厨房に消えた。

後戻りは出来ない。

かくして、私の中に外食(フードファイト)開始のゴングが高らかに鳴り響いたのだった。
 
 
 
ランチセットは、数種類のパン(サンドイッチ含む)に、サラダ、スープなどが付く。
パンは切ったり、さっと焼きを入れるだけなので、発注からものの数分と経たずして、数枚バケットに入れられて運ばれてきた。

しかし、相方のグラタンはじっくりと焼かなければ成立しない料理である。
当然、発注から到着までは相当の時間を要することになった。

先に運ばれてきたパンを二人で分けながら、次々に到着する料理を食べる私。
相方のグラタンが運ばれてきたのは、約8分後のことであった。

その時点で、こちらはすでに割り当ての3分の1を食べ終えている。
かなりのリードがある状況と言ってよかった。

遅食癖のある私にとって、かなりの追い風である。

(これは、行ける・・!)

内心、ガッツポーズをする。

相方は、到着したグラタンを愛しそうに眺め、スプーンで丹念に掬い取り、ゆっくり口に運ぶ。
その様子を見て、私はいよいよ食べるスピードを速めた。

別に急ぐでもなく、淡々とグラタンを食べる相方。
かなり急いでパンを噛みちぎり、サラダを掻きこみ、スープの中のアサリの処理にイラ立つ私。

それなのに、私が持っていたはずの圧倒的優位は、どんどん縮小し、詰められてゆく。

(ばばば、馬鹿な??)

いっそう、焦りとプレッシャーが募る。

パン、スープ、サラダをどうにかやっつけて、一息つく。
相方は、グラタンの残り3分の1を名残惜しそうに突き崩していた。

私の相手は、最後の強敵ベーグルサンド。
コレがまた異様にデカイ。

胃袋は、私の慌しくもおびただしい咀嚼回数の甲斐もなく、ゆったりとした蠕動運動でなかなか十二指腸方面への業務受け渡しがはかどらず、大渋滞の様相を呈している。

つまり、すでに満腹なのである。

(しかし、残してはいけない・・。)

額にじんわりと汗をかきながら、ベーグルサンドに取りかかる私。
自分を懸命に励ましながら、どうにか3分の1ベーグルを処理する。

相方は、そんなこちらの様子に気づき、残りわずかのグラタンをスプーンに乗せながら、こう尋ねてきた。

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(自分的にトップスピードで食べてたんです!!!でも、食べるのが遅いんです!!!胃も小さいんです!!!申し訳ありません!!!)

内心号泣する私。
手には、2分の1ベーグル(ハーフベーグル)がずっしりと鎮座している。

その様子を見ていたのだろう。
そして、予想していたのだろう。

先ほどのウェイトレスのお姉さんが歩み寄ってきて、こう提案したのである。

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脳裏に、試合終了のゴングが聞こえたような気がした。
選手(私)が危険な状態にあると判断したレフェリー(店員さん)ストップによるTKOであった。

「特盛りカツ丼」の悪夢再び。
私のフードファイトは、2度目の敗戦の憂き目を見たのだった。
 
 
 
 
食後、うなだれつつ紅茶をすすりながら、

「もう、二度と見栄は張るまい・・。」

と、一人心に誓ったことは言うまでもない。

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「言戯」、共同通信社に取材される。

数日前のこと。
 
パソコンで文書を作っていると、

「フィンフォン♪」

というメール着信音がしたのに気づいた。

さっそく最小化していたメールソフトを呼び出してみる。
すると、受信トレイにポツンと

「取材のお願い」

という題名が書き込まれていた。

(取材??なんだべ?)

少し訝しく思いながらも開封すると、そこにはこんな文面が記されていたのである。

~~~~~~~~~~
突然のメールで失礼します。 私は、共同通信という報道機関の記者で、現在、ウェブログについて取材しております。 爆発的に増加しているブログですが、まだ「何のことかよくわからない」という方も少なくないようです。 そこで、遅ればせながら、ブログとは何か、なぜ人気を集めているのか、といった素朴な疑問にこたえるような新聞記事を準備しております(2月末に全国の加盟新聞社に配信させていただく予定です)。

寿さまの「言戯」のことは、宝島社の「このブログがすごい!」で知り、とても楽しく読ませていただきました。
つきましては、寿さまがなぜブログを始め、続けていらっしゃるのかという点を中心に、お電話でも結構ですので、お話をうかがえませんでしょうか。

~~~~~~~~~~

・・・

(・・・取材だってよ。)

パソコンの前で、頬杖をつきながらアゴを揉み、目の前の文章をゆっくり咀嚼する私。
 
 
 
 
数分が経過して、初めて事の重大さに気づいた。

「取材!!?共同通信社!!?」

エライ事である。

よくよくメールを読むと、社団法人「共同通信社」は、内外の新聞社や放送局などにニュースを配信している非営利団体で、海外の出来事を伝える新聞記事の冒頭に【ニューヨーク18日共同】のような略号(クレジットと言うらしい)が付いたものが共同通信の記事なのだという。

つまり、新聞の地方欄以外の記事は、ほとんどがこの「共同通信社」の記事だということらしいのだ。

私も始めて知ったことだった。

つまり、要するに、かいつまんで言うと、

「『言戯』、雑誌掲載の次は、新聞記事に進出!!」

という事である。

パソコンチェアーを蹴って立ち上がり、姿見に映った自分に向かって

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と叫び、腹の底から湧き出てくるワクワクを大笑いで昇華させる私。

この感動を、相方と分かち合わねば!
と、さっそく電話をかける。

数コールの後、

「・・あい。」

出る相方。

「サチ、聞いてくれよ!俺、共同通信社から取材の申し込みされちゃったよ!」
興奮を抑えきれずにまくし立てる。

相方はすぐさま・・

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ドロップ・ザ・冷や水。

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(ちょっとは驚いたりとか、そういうリアクション取ろうよ・・。)
一気に脱力したことは言うまでもなかった。
 
 
 
そして今日。
共同通信社のH記者から約1時間。
電話によるインタビューを受けた。
H記者の温和な語り口のおかげで、なんとか緊張せずに話す私。

さすがH記者は大人の男ね、リードがとっても上手・・。
(※さすがに新聞記者の方は聞き上手だなあ・・。)
と、妙なところで感心しきりであった。

インタビューの内容は、来週以降に発行される(はずの)新聞紙面で確認していただくとして、おそらく絶対記事にはならないであろうネタをひとつ。

「言戯」の最近の記事で、H記者がもっとも面白いと思ったのが「カキピー問題」だったそうである。

「私も、ピーナツはそんなに好きではないのですが、柿の種にはピーナツが入っていないとダメだと思うんですよ。」

と、カキピーに対する熱い気持ちを語ってくださった。
残念ながらカキとピーのH記者的黄金率までは聞き出せなかったが、自分と共通の嗜好を持つ人と語り合えたのは非常に楽しいひと時でした。

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偉大なる目覚まし時計

目覚まし時計は、篤実、断行のモノである。

時間に対する妥協の無さから、誠実な時計柄も偲ばれる。
普段は寡黙なのに、言うべき時にはハッキリと、大きすぎるくらいの声で意見を述べてくれる。
(意見がワンパターンなのがタマにキズではある。)

目覚まし時計の一喝に、「はっ!」とさせられた人はきっと多いはずである。
特に朝方に多いはずである。
 
 
 
目覚まし時計は偉大である。

極めて専門色の強い職務を担っている。
主な業務内容は、

「設定された時間にけたたましい音を出して睡眠中の顧客を威嚇し、目覚めのキッカケを作る。」

というもの。

人を脅かすことを生業にする者というのは、大抵、非日常、非合法の中に身を置くものが多いが、目覚まし時計は合法かつもっとも生活に根ざした恐喝者である。

時間に追われる現代人の朝には、目覚まし時計は欠かせない。
しかし、あれほど頼られ、依存されているにも関わらず、目覚まし時計は不遇を囲っている。

睡眠を妨げるものとして、常に煙たがられ、憎まれてさえいる。

感謝されることはあまりない。
それどころか、多くの場合、職務を遂行した途端に頭を叩かれる。

考えてもみて欲しい。

もし、自分が、

「明日、6時に起こしてね。」

と言われ、時間通りに起こしたとしよう。
その時に、

「うるさい!」

と、頭を叩かれたらどんな気持ちだろう?
あまりの理不尽に、きっと泣き崩れるはずである。
もしくは、濡らした布を睡眠中である対象の顔に乗せる事だろう。
(危険なので、良い子はマネしないでね★)

しかし、目覚まし時計はそんな理不尽に対する不平不満などおくびにも出さず、それどころか

「さあ、ここを叩きなさい。」

と言わんばかりの「叩き場所」まで自ずから用意しているのだ。

これほどまでに懐の深いものが、他にあるだろうか?
 
目覚まし時計は、毎日のように、そんな重責を背負いながら文句も言わず「憎まれ役」を担っているのだ。
 
 
 
 
我々は、日頃、もっと目覚まし時計に感謝すべきである。
目覚まし時計メーカーも、

「アラームが鳴ってから、ボタンを押すと止まる。」

などという、理不尽で失礼千万な行為を肯定するような機構を作ってはいけない。
これからの目覚まし時計は、設定時刻にアラームが鳴った際、

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と言わないと止まらないというシステムを作るべきだと思う。
「朝一番に感謝する」というのは、きっとすがすがしい目覚めになるに違いない。

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知的仕草コンプレックス

「巻き舌」というものは、生まれながらに出来る人と出来ない人がいるそうだ。

出来ない人は、どんなに練習しても出来ないという。
つまり、そういう人のDNAの塩基配列の中には、「巻き舌遺伝子」が組み込まれなかったという事になるのである。

「巻き舌遺伝子」とともに、霊長類であるヒトのDNAの中には、

「ペン回し遺伝子」

というものも存在しているような気がしてならない。

ペン回しというのは、利き腕の指先に持ったペンを、さりげなくバトンのように回す技術のことである。

語るも悲しいことなのだが、どうも私のDNAには「ペン回し遺伝子」が組み込まれなかったようなのだ。

その証拠に、「ペン回し」が出来ない。
 
 
 
「ペン回し」というものは、永遠の憧れである。
何故ならば、ペン回しは知的な仕草の代表格だからだ。

巧みに指先でペンを操る人間は、およそ3割増しで賢そうに見える。
いや、実際に賢いに違いない。
ペン回しというのは、何か書き物をしている時や、手を休めて考え込む時に自然発生的に繰り出されるものである。

指と脳は直結しているということからも、脳から情報を引き出す時の

「ロード中表示」

脳に情報を書き込む時の

「セーブ中表示」

を分かりやすく視覚化したのが、すなわちペン回しの正体なのだと思う。
(何故、視覚化するのかは分からないが)

だから、より多く「セーブ」、「ロード」した人ほどペン回しが上手いという道理になるわけであり、それだけ脳をよく使うということだから、

「ペン回しの上手い人」=「頭の良い人」

という事になるのである。

 
 
ペン回しにはさまざまな技がある。
簡単にクルッと1回転させる技もあれば、すべての指を経由してホームポジションに戻るというものも存在する。

ペン回しの技の豊富さは、外部と脳の間で行き来している情報の大きさに比例しているはずである。
複雑で膨大な量の情報を処理するためには、並みのペン回しでは対処できないからだと考えられる。

つまり、ペン回しにもクラスが存在するという事なのだ。

最高峰をハードディスククラスとし、次いでDVDクラス、一般的なCDクラス、回せることは回せるが、よくペンを落としてしまうフロッピーディスククラスなど。

私のようにペン回しの出来ない人種は、一般にメモ帳クラスとされる。

図書館に行くと、CD、DVDクラスの若人がゴロゴロいて、それを眺めるのも司書さん鑑賞と並んで、図書館での小さな楽しみの一つとなっている。

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ペン回しはカッコいい。

私の「ペン回しコンプレックス」は、学生の頃から始まっている。
授業中、隣の席の女子が、頬杖をつきながら右手でペン回しをしている様を見ていると、危うく恋に落ちてしまいそうになるくらい見とれてしまったものだった。

そういう事にしか脳を使わない人間には、そもそも「ペン回し遺伝子」を持つ資格がないのかも知れない。

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潜水艦的なグッジョブ。

何故、ニット(毛糸モノ)のマフラーと帽子を装備した妙齢の女性というのは、あんなにも可愛く見えてしまうのだろうか。
 
駐車場でたまたますれ違った女性の後姿をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えていた。
 

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ニットのマフラーと帽子は、グッジョブである。

少し大きめの太めの毛糸で編みこまれたものが好ましい。
しかも、結び方もかさばるほどいい。
あのモコモコっぷりが、愛玩性を増幅させる。

薄手のマフラーも、知的な感じがしていいのだが、ちょっとそっけない感じがする。

髪の長い女性の、帽子からいったん外に出て、再びマフラーに収束される「たわみ」もまたポイントが高い。
ニットの似合う女性には、つややかな黒髪であって欲しい。
 
女性のマフラーというのは、どうしてあんなにもいい香りがするのだろうか。
マフラーに鼻を押し付けて香りを楽しんでいると、確実に己の脳細胞が溶解してゆくのが分かる。

分かっていながら、

「それでもいい・・」

という、廃退的な気分にさえなってしまう。
その香りには、強い安堵性が認められ、いっそ、枕カバーにしたくなるくらいの依存性も確認されている。

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    ニットマフラーと帽子のコンビネーションはグッジョブである。

それは、敢えて冬に穿くミニスカートと対を成すグッジョブと言っていい。

ミニスカートは、

「出さなくていいものを意地で出す。」

という健気さがグッジョブなのであり、そこには

「見せるためなら妥協せず。」

という不退転の決意、攻撃性がヒシヒシと伝わってくる。
戦うために海上に浮かぶ鉄塊、戦艦のような覚悟さえ感じる。
 
 
 
それに対してニットマフラー、帽子は、

「大げさなほど防御する。」

という開き直りが見て取れる。
外部の情報を読み取る器官(目、鼻、耳)だけを潜望鏡のように残し、大半を分厚い毛糸のベールの内に隠してしまう。

そこには、たおやかさを肯定し、自分を守るしなやかさとしたたかさが見える。

「専守、防衛に妥協許さず。」

という強固な意志が存在しているのだ。

つまり、ニットで身を固める女性は、

「潜水艦的な魅力」

があると言える。
 
 
 
ニットのマフラー、帽子はグッジョブである。

出来るなら、その取り合わせは厚手のズボンで完結して欲しい。

ミニスカートと合わせるのはいかがなものか。
一見、戦艦と潜水艦の混合編成による「無敵艦隊」に見えなくも無いが、捨て身の攻撃性と、専守防衛は互いに相容れることなくぶつかり合い、ちぐはぐさを出してしまう気がする。
 
 
 
「グッジョブ×グッジョブ」は、必ずしも「スゴイグッジョブ」ではなく、
時として「矛盾」をはらんでしまうのだ。

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変わらない悩み

相方と一緒に、食事やお茶をしながら会話を楽しんでいる時。

話の内容がだんだんと盛り上がってくると、たまに私の中の「スイッチ」が入ってしまう事がある。

その「スイッチ」がONになると、自分の中の世界が「ぐわー!」と広がり、脳内と現実とを行き来しながら展開する私のひとり舞台が始まるのである。


相方は、付き合い始めた頃はとても戸惑ったそうだが、最近ではもう慣れたもので、「ON状態」を確認するや、

「ああ、また来たな。」

とばかりにお茶をすすりながらその様子をぼんやり見ている。


ひたすら膨張を続ける自分内部の話を相方に投げかけ続けている私。
興が乗ってくるにしたがって、だんだんと大きくなる身振り。

そのうちに・・

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必然的に起こる、粗相の大惨事。
「はっ!」と、我に返る私。

相方は、
「ほら、やった!」
と言った感じでテーブルを拭きはじめる。

「・・ごめんなさい。」

シュンとする私。

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誤ってお茶をひっくり返すなんて事は誰にでもあることだが、その直接の原因が、小学校の頃からちっとも変わらない自分自身に対して、とても不安を覚えることがある。

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私のじゃありませんから!

先日。

相方が5年ほど前に購入した腕時計の電池が切れたというので、私の買い物のついでに家電屋さんへ行き、電池交換を依頼した時のこと。

その家電屋さんは二階へ向かうエスカレーターの真正面に時計売り場がある。

我々はエスカレータでゆっくりと昇り、そのまままっすぐ時計売り場カウンターへ向かった。

カウンターにはオッチャン店員が客待ち顔でたたずんでいて、近づいてきた我々に、目いっぱいの愛想をもって接してくれた。

相方は、バッグから針の止まった時計を取り出して、

「あ、すみません。この時計、こちらで電池交換していただけますか?」

と差し出す。

その時計は、女性が着けるにはかなり大きくてゴツイもので、どちらかというと、「男性モノ」といった感じがしっくり来る見てくれだった。

後から聞いた話では、

「ぱっと見のデザインと、見やすさで選んだらコレになった。」

という。
 
 
 
とにかく、店員のオッチャンはそのゴツイ時計を手に取り、裏面などを見て、メーカーなどを尋ねていた。
その様子を、相方のすぐ横で聞き流しながら、シューウィンドーの中に並ぶ高そうな時計を眺めている私。

腕時計をする習慣が無いので、時計にはとんと縁が無いが、見るのは好きだ。

ふと気が付くと、相方と話していたはずのオッチャン店員さんが、いつの間にか私に向かって話している。

自分は直接関係ないのだが、

「我関せず」

という態度も取れず、何故か慌てて話を聞く小心者の私。

よくよく話を聞くと、どうやら相方の時計メーカーの電池交換は諸事情から困難なことだと言う。
 
(ふ~ん・・そうなんだあ。残念だなあ・・。)
と、ぼんやり話を聞いている私。

相方のことだし、連れとしても残念である。 
 
 
その様子が伝わったのか、いよいよ主に私に向かってその「諸事情」を説明するオッチャン。

内心、

(いや、俺に説明されても・・その時計とは、こっちも今日が初対面ですから。)

と思いつつ、とりあえず相槌を返す。

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    相槌を返しつつ考えていたのだが。

(もしかして・・。)

(この時計、実は俺のだと思ってないか?)

まあ、客観的に見れば、どちらかと言うと私の持ち物と言った方がしっくり来る風貌の時計ではある。

だとすると・・

(もしかして、俺、「自分の時計の電池交換依頼を彼女《もしくはカミさん》にお願いしてる男」だと思われてないか???)

という想像がむくむくと頭をもたげてきたのである。

(いやいや、いくらなんでもそこまで情けなくはないぞ。)
勝手に気を悪くする私。

オッチャンは、相変わらず私に向かって諸事情を力説している。
 
 
 
 
結局、相方の腕時計は

「メーカーに送って、電池交換してもらった方が良い。」

という結論に達した。
時計を返してもらって、我々は時計コーナーを後にしたのだった。

相方は、

「送んなきゃならんのかあ・・。面倒だなあ・・。」

とボヤいている。
私もすぐ横で、

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と釈然としない気持ちを抱えていたのであった。

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相方のお仕事

相方の、新しい仕事が決まった。
 
 
 
不況の向かい風どころか、大嵐が吹き荒れる宮城県。
絶対零度の景気温度を見せるこの地方都市で、仕事を決めたというのはとても大変なことだ。
 
 
 
もともと、相方は「職業校正士」である。
前職も校正士だったため、その経験を生かすべく校正の仕事を探していたのだが、このたび縁あって校正士の仕事が見つかり、首尾よく就くことがかなったのだった。


校正士というのは、言うまでもなく印刷物の誤字脱字、用法の違いや写真のチェックなどなど、とにかく刷られたものの最終チェックをする仕事で、もし、発行されたものに間違いがあれば、とんでもない事態になってしまうという、かなり責任重大な仕事である。

スポーツで例えるなら、サッカーのゴールキーパーみたいなものだと思う。
得点はしないが、失点をゼロに抑えることで、チームの勝利に貢献する。

一度、相方に勧められて、校正テストみたいなものをやってみたことがあるのだけれど、散々な結果に終わった。
なにしろ、自分で書く文章だって用法の違いや、使い方のおかしいところがしょっちゅうあるのに、他人の文章なんて直せるはずがない。

「こんなこと、仕事でやってるって、スゲエ!」

と、本気で尊敬してしまったものであった。
 
 
 
そんな校正士の相方は、普段の生活の中でも、知らず知らず校正して回っている。

ある日のこと。
相方とエレベーターに乗っていると、相方が一点を凝視したまま動かなくなった。
異変に気づいた私は、

「どしたの?」

と聞いた。
すると相方は、エレベーター内に貼られた案内板を指差して、

「これ、間違ってる。」

と、つぶやいた。

そのプラスチックの板には、こう書かれている。

~infomation~

「・・・・。」
(インフォメーション。・・・なんか違うのか?)

何が違うのかさっぱり分からなかった。
自慢じゃないが、私は日本語さえ怪しいのだ。
英語に至ってはさっぱりである。


「”r”が抜けてるのよ!!!」

イラつきを抑えきれない相方は、そう小さく叫ぶとコブシを震わせて、その違和感に耐えていた。
私は一瞬、ぼへーっと文字を眺めた後、ようやく気づいて、

「え!あ、ああ!そうだ!『information』だよな!うむ!間違ってる・・!」

と、ややわざとらしく一緒にコブシを震わせたのだった。
 

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さらに先日。
とあるお店屋さんに入った時のこと。

店内では、「美濃焼き陶器フェア」
が催されていた。

ワゴンに乗せられた陶器の上には、手書きのポップが貼り付けられており、そこには堂々とこんな字が書きなぐられていたのである。

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さすがにこれほど分かりやすい誤字には私もすぐ気づき、相方が怒るのではないかとハラハラして様子を窺っていたのだが、相方は何事も無かったかのように歩いている。

(あれ?反応しない?)

いぶかる私。
無表情で歩く相方。

(なんだ、サチでも見逃すことがあるのか。)

内心そう思いつつ、敢えて指摘もせずに並んで歩いていった。
 
 
 
店から離れて数メートル。

相方が、気づかれぬよう小さくつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。

 
 

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誤字脱字を許さない

「静かなる炎のゴールキーパー・サチ」。

新しい職場でも、スーパーセーブを連発し、観衆を魅了して欲しいと願わずにはいられない。

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14年後のバレンタインデー・・。

昨夜はバレンタインデー。

「恋する夜」だった。
 
 
 
相方と逢う約束をしていた私は、山から降りてクルマで約20分の距離にある相方のウチへ向かった。

住宅地の一角にクルマを停める。
すると、ちょうど向こうから相方が歩いてくるのが見えた。

凍った路面で滑らないように、慎重に歩いてくる。
私は運転席から、その様子を眺めていた。

外の冷たい空気と一緒に、相方がクルマに乗り込む。
相方は、ドアを閉めるが早いか、バッグの一番上に準備してあった包みを取り出し、突き出してきた。
言わずもがなのチョコレートである。

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「え?あ、ありがと。」

ちょっと困ったような笑みを浮かべながら、両手で受け取る私。
そのあまりに早くてそっけない展開に、少し驚き、そして

(そんな、もののついでみたいに渡さなくたって・・)
と、内心ちょっとだけがっかりしていた。

その様子を鋭く察した相方。
すぐさま

「なんだ?今の渡し方が気に入らなかったのか?」
と聞いてくる。

(あ、イカン。読まれた。)

私は、考えていることが素直に顔に出てしまう。
ポーカー向きではない。

少し焦りながら、

「え?いやいやいや。そんなことないよ。嬉しい。」
と応えた。
 
 
相方は、妙なところで妥協を許さない女性である。

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とブツブツこぼしながら、私の手から渡したばかりの包みを「さっ」と取り上げた。

(な、なんだ?どうした??)

対処に困る私をよそに、相方は一瞬うつむくように下を向き、「ぱっ」と顔を上げた。

その瞬間・・
 
 
 
  
 
 
 
 

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「ええ~~~~~~!?」

瞠目し、固まる私。
その手のひらに、再び置かれる小さな包み。

「これでいいか?」

ニヤニヤしながらそう言って、さっさとシートに身を沈め、しっかりとベルトを締める相方。
そして、前を指差し、
 
「ほら、行くぞ。」

と、指示を出す。
私は脱力しつつも、もらった包みを傍らに置き、

「・・はい。」

という返事とともにドライブレンジに入れたのだった。

クルマはゆっくりと動き始めた。

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14年前のバレンタインデー。

今日はバレンタインデー。

恋する日。
 
 
 
14年前の今日。
中学校3年生だった私も、しっかりと「恋する日」の真っ只中にいた。

2月14日の学校というものは、男子の期待と不安、女子のタイミングを計る空気とが入り混じり、なんとも気恥ずかしい雰囲気に満ちている。

私は、当時からそういう雰囲気が大の苦手だった。

なんだか恥ずかしくて、居心地が悪い気がして、
なるべく女子に近づかないようにし、努めて意識しないように振る舞い(その時点で意識しまくっているのだが・・可愛いなあ。)、下校時間が来ると、部活もそこそこにさっさと帰宅してしまった。

チョコレートを期待していなかったわけでは決してない。
その当時、私には好きな女の子がいて、なんとなく、向こうもこちらを好いてくれているような雰囲気があった。

正直。

その女の子からのチョコレートを、かなり期待していたし、

「多分、もらえるんじゃないかな・・」

という算段もあったのである。
(非常にいやらしい話ですが)

しかし、15歳の頃からそうなのだけれど、私は

「その人(女性)が、好きであればあるほど、避ける。」

という非常に厄介な「逆走癖」を持っていて、その時も一日その女の子を避け、逃げ回っていたのだった。
 
 
 
そんな風だから、もちろん学校では一個もチョコレートをもらえるわけもなく、手ぶらでの帰宅とあいなった。

自分のベッドの上に寝転びながら、天井を見つめてため息をつく。

(はあ・・結局もらえなかったなあ。話していればもらえたのかなあ・・)

などと、一人グジグジといじけている。
自分で避けておきながら、勝手な言い分である。
それが分かっていて、でも今さらどうにも出来ず、ひたすらムカムカ、グジグジしていた。

その時であった。
 
 
 
「トシ~~!!」

母の呼ぶ声がした。

「はあい!何~~!!?」

返事を返す。

「ちょっと、おいで!!」

(なんだ?俺、なんかしたっけ?)

体操着のズボンをズリ上げながら、母のもとへ向かった。

「なに?」

尋ねると、母はニヤリと笑って、グイッと親指を玄関に向けた。

「来てるよ。」

「?」

わけが分からず、玄関に目を向けると、

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当時好きだった女の子が、少し顔を赤らめながら立っていたのである。

「あ!!!!」

2月14日に、自宅にわざわざ来てくれる用事はほかには無い。
私は喜悦を通り越して、すっかり狼狽し、緊張する体をなんとか立て直して、その女の子とともに外に出た。

その娘はカバンから綺麗に包装された箱を取り出し、

「はい、これあげる。」

と手渡してくれた。

「あ、う、うん。」

顔がみるみる紅潮し、何故か足がカクカク震える。
しかし、そんなところは見られたくない。
(バレバレだが)

私は必死に平静を装うべく努力した。

「あ、あ、ありがとね。いやあ・・なんか悪いねえ。」

「あ、ううん。学校で渡そうと思ったんだけど、なかなか会わなかったから。」

(避けてたからなあ・・)
内心、猛省する私。

「あ、そうだったんだ。ごめんごめん。」

「あ、いいよいいよ。」

ははは・・・
という小さな笑いの後、沈黙が降りる。

冬だというのに、やけに太陽がまぶしく、乾いたアスファルトが白い。
道路の向こうで近所の子供がじっとこちらを見ている。

私はいよいよ照れてしまって、どういうわけか右手を差し出した。
握手を求めたのである。

それが何故なのかは自分でも分からなかった。

「あ、うん。」

がっちりと握手を交わす二人。
その女の子の手はとても柔らかくて、あったかかった。
 

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「じゃあ、また明日ね。」

といって、その女の子は帰っていった。
私は、もらったチョコレートと、その女の子を交互に見て、人知れず喜びを噛み締めていたのだった。

背後では、母がニヤニヤとその様子を盗み見ていた。
 
 
 
14年後の今日はバレンタインデー。

「恋する日」。

あの時の女の子と、今夜、逢う約束をしている。

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カキピー問題。

柿の種とピーナッツの間には、いわゆる「カキピー格差」というものが常に横たわっている。

ご存知のとおり、「カキピー」という名称は、

『柿の種とピーナッツはいついかなる時も同等である。』

という前提のもとに成立している関係であり、そのバランスが崩れると、さまざまな面において不均衡、不平等、不平不満、不義、不和、不協和音、不貞、不合理、不条理、不機嫌、不思議、などが発生することになる。
 
 
 
カキピーに対する考えというものは、十人十色、千差万別。
誰が正しいという事はない。

「カキピーは、平等たるべきだ」

などと世間的な目を気にして標榜し、物分りのいい、「分別あるカキピー人」を気取る私だが、その実、根底には

「カキ尊ピー卑」

の考えがおそらく魂の部分にまで侵食し、根付いている。

そう。
この際だから告白するが、
実は、私はカキピーのピーは、カキの引き立て役に過ぎないと思っている。
非常に恥ずべきことではあるが、私はピーに対してそういった偏見、蔑視をもって接している。

カキピーの袋から、無作為に抽出したカキとピーの数をいちいち確認し、手のひらの「カキピー比率」を調べ、ピーの占める割合が高いと認識するや、わざわざピーを袋に戻すという行為にまで及んでしまうのだ。

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逆に、カキの割合が高い時には、

「しょーがねーなー。」

とつぶやきながらもニンマリして、あおるよう、口に放り込んでいる。
私には、そういういやらしい一面が確かに存在する。

かといって、ピーが不要かというと、決してそんな事はない。
「柿の種」だけを食べたのでは辛いし、たちまち飽きてしまうだろう。

「飽くまでも、ピーあってのカキではあるが、積極的にお付き合いしたいのはカキであり、ピーは押さえである。」

というスタンスなのである。
ピーに対しては、「利用」という目的意識しか持っていないのだ。

だから、最終局面、必然的にとり残されるピー達に、忌々しささえ禁じ得ずにいたのだ。

その事に気づいた私は、小袋のカキピーを持ったまま、口腔内にあるしっかり4:1の比率のカキピーをぼりぼりと噛み砕きながら愕然としてしまった。

私は、これまでピーに対してなんという仕打ちを続けてきたのだろう。
カキピーとして生まれ、一生の伴侶として共に歩んできたカキばかりがもてはやされ、取り残され、持て余される立場のピーの心情を想像すら出来なかった。

そういった深い自責の念に苛まれたのだった。
 

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約10分後。 
自責の念と、カキとピーを一緒くたに食べ続けていたのだが、最終的にはやはり袋にはピーばかりが残されていた。
反省はしてみたものの、長年染み付いた「カキピー比率」というものは、そう簡単に矯正は出来ないものらしい。

こういった事態を招かぬためにも、そろそろカキピーメーカーも、個人個人の「カキピー比率」に合わせたカキピーを作るべきではなかろうか・・・と、思った。
 
 
 
もし、実現したならば、私は「カキ4:ピー1タイプ」のカキピーを購入します。

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リアルお約束体質。

「道端に落ちているバナナの皮を踏んづけて転倒。」

するような、非常にベタでお約束な行動を、

「まったく狙わず」「リアルに」

やってのけてしまうのが、何を隠そう、この私なのだ。
 
 
 
昨日のこと。
ちょっとした不注意からクルマのタイヤを修理不能なほどやっつけてしまった私は、新しいタイヤを取り寄せてもらい、ついでに装着してもらうべく、いつもお世話になっている知り合いの中古車屋さんまでトコトコと走った。
 
 
 
30分ほど走り、無事に中古車屋さんに到着。

その中古車屋さんには整備工場もある。
私はいつものように、事務所へ歩みを進めながら顔は工場の方に向け、工員の皆さんと軽い挨拶をしていた。

その時である。
 
 

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      看板の鉄柱に、見事にヒット。 図らずも、鉄柱に熱い抱擁をかませてしまった。

「あいでー!」

思わず声を上げる私。

その様子を呆然と眺めている工員の皆さん。
人の声が途絶えた工場には、スピーカーから流れるFMラジオの音だけがこだましている。

「・・・・」

なんとなく。
沈黙とともに、鉄柱から離れられない私。

おそらく。

(今のはウケ狙いなのか?それともナチュラルなのか・・・?)

判断に困っている工員の皆さん。

 
鉄柱をさすりながら、

(ウケ狙いだとしてもアレだし、リアルにぶつかったなんてのも恥ずかしいし・・。)

途方にくれる私は、

(何事も無かったことにしよう。)

という判断をくだし、工場の方向を見ないように事務所へ向かったのだった。

♪羞恥~ひとつ~を~友にして~・・・。

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どん底気分で出張男闘呼祭り!

このところ、さまざまな方面でさまざまなことが重なり、根っこが「東北楽天主義(東北はいらない)」の私も、すっかり意気消沈。

脳内で「とほほ・・の詩」ばかり紡ぎあげていた。

 
 
昨夜のこと。

心のオアシス、相方との逢瀬を終え、とぼとぼと家路をなぞる帰り道。
山越えの坂道を路面の氷に注意しながら時速40kmのオデッセイ君は駆け上っていた。

向こうから、下りの車が駆け下りてくる。
山中の狭い1本道。

私は、目いっぱい左に寄せて、その車をパスしようとした。
その時である。
 
 
 

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左の前輪付近から、発砲のような音がして、その直後、

バタバタバタバタバタバタ!!

という音とともに車内に細かい振動が伝わり始めた。

(・・・パンクだ・・・。)

目いっぱい左に寄せたつもりが、ほんの少し寄せすぎて、路肩の縁石に引っ掛けてしまったのだった。
すぐに止めようと思ったが、回りは山の中、しかも急な坂、路面は凍っている。

もう少し走ったところに、やや平坦なところがあったはずだと、足をくじいたオデッセイ君を慰め、励ましながらバタバタ走った。
 
 

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山道を抜けた緩やかな坂道。
明るい街灯を見つけ、そこに車を停止させる。

左の前タイヤは側面が抉り取られ、大穴が空いて完全に空気が抜けている。

「はあ~りゃりゃ・・・・。」

ため息。

しばらく、蹲踞(そんきょ)の姿勢でタイヤを見つめていた。

冬の空には星がまたたき、刺し込み始めた空気が少し痛い。
周囲はシンと静まりかえり、オデッセイ君のハザードの音だけが

「カッチ、カッチ、(痛えよう)」

とつぶやいているようだった。
 
 
ため息をひとつついて、後部ハッチを開け、スペアタイヤとジャッキ一式を取り出した。

夜更けの出張男闘呼祭りは、しめやかに開幕したのである。
 

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ボルトを緩めて、ジャッキアップして、

(悪い時ってのは、本当に悪いことが重なるなあ・・)

手だけは黙々と作業をこなし、頭は違うことを考えている。
まるで他人事のようだ。

(サチを乗せている時でなくて良かった・・ラッキーだ。)

ボルトを外して、タイヤを外し・・・

(そういやあ、雪は降ってないなあ・・ラッキーだ。)

スペアタイヤをはめ込む。

(お、このスペアタイヤ、未使用だ。ラッキーだ。)

何故か前向きな思考ばかりが浮かんでくる。
人間、マイナスの考えばかりしていると、そのうちに飽きて、プラス思考を欲するようになるのかも知れない。
 
 
ギッギッギ!

L字スパナを足で押し込み、ボルトがしっかり止まっているのを確認する。
 
左の前タイヤに、細いスペアタイヤがはめ込まれた。
ほかの3本はぶっといスタッドレス。
この一本だけ、妙に弱弱しく見えて面白い。

まるで、作業が終わるのを待っていたかのように、空からチラチラと雪がこぼれ始めた。

(・・・・ラッキーだ。)

私は、へごへごになったタイヤと、ジャッキ一式を車に放り込んで、家路についた。
 
 
 
明日は、晴れるといいなあ~
・・と思いながら。

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肝心なところで・・・。

昨日のこと。

昼間の雪が地吹雪にさらされて、路面をテラテラ輝かせている夜道を、私は相方とお茶を楽しむべくクルマを走らせていた。

相方のウチの前でいつものように待っていると、ほどなくして相方がバムン!と乗り込んできた。

「こんばんは。寒いねえ~。」

相方はいつものように切り出す。

「んだねえ~。路面も・・・」

(あれ?)

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相方の異変に気づく私。

明らかに髪を切っている。
しかも、かなり短くしたようだ。
おそらく、10cmほど切ったのではないか。
十分に「バッサリ判定」を出してもいいくらいの切りっぷりである。

思えば、髪を短くした相方を見たのは中学校の時以来である。
だからか、少し若返ったような印象さえ受けた。
それに、意外なほどに丸顔に見えて、見た目の印象も丸くなり、

「良いふくよかさ」

が発揮されている。
 
私は、出来るだけ感じたままを言葉にしようと思ったのだが・・・

(ちょっと待て。)

脳みそのどこかから、ストップの声がかかる。

(ここは、チャンスだ。言葉を尽くして、慎重に行け。)

と、コーチ(誰?)からの指示が飛んできた。

(うむ。それもそうだ。)
私は、脳内で
「言葉選択検討会」
を開く。

もし、

「若返ったようだね。」
と言ったなら・・・

「ってことは、今まで老けて見えてたってことか?」
と返されることは必定。
 
 
「顔が丸く見えるね。」
と言うと、

「やっぱし、ちょっと太ったかなあ・・・」
と言われるかもしれない。
(相方はその辺を気にしている。)
 
 
では、
「よく似合ってる」
はどうか。

いや、それでは感想がそこで終わってしまう可能性がある。
後からその理由を述べても、取ってつけたようではないか?

出来るだけ、何故そう思うのか、その理由を全部列挙したのち、

「だから、よく似合うと思う。」

という結論に持っていきたい。
 
しかし、言葉や単語がまた、一斉に出てきてしまって、頭の中でグジャグジャになり、まとまらない。
出来ることなら、文章に書いてまとめたい・・・

なんなら絵も入れよう。
って、それじゃあ、ブログだよ。

などと、葛藤が脳内で弾け、飛び交っている間にも、秒単位だが確実に、固まったままの時間は過ぎる。
車内には静寂が居座っている。
 

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(どうしよう、どうしよう・・)
混乱と焦燥が足元の方からじわじわと忍び上がってくる。

(「慎重に」)
というコーチ(だから、誰?)からの指示は、その時点で吹っ飛んでいる。

(とにかく、何かを言わなくちゃ!)
という場当たり的な結論に達し、ついに出た一言が・・・
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 

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なんのひねりも抑揚もない一言であった。
相方は軽く落胆し、

「そのまんまじゃない・・!」

「リアクション薄いなあ・・。」

「感想を言いなさいよ・・!」

などとブツブツ言っている。

私はいよいよ焦って、

「いやいやいや、よく似合ってる。なんかホラ、顔が丸く見えて、ふくよかな感じが・・・いやあの、わか、わか・・」

結果的に、支離滅裂。
最悪の感想となってしまった。
 
 
「分かったから。ホラ、行こう。」
微笑みながら、前方を指差す相方。

「・・・ハイ・・・。」
気持ちと比例して、肩を落とす私。

クルマは、路面の細かい氷粒を踏み砕きながら発進する。
 
 
 
いつもそうなのだけれど、私は肝心なところで口下手である。

今日ほど、それが恨めしいと思ったことは無かった。

とほほ・・・。

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目線の恥じらい

喫茶店などで、相方とお茶を飲んでいる時。

相方は、よく対面の私にちょっかいを出してくる。
それは、額を指でグリグリしたり、鼻をつまんだり、アゴをつまんだり。

そこには、世間一般で言う、

「公衆の面前での、ささやかなイチャイチャ」

が展開されるのだ。
 
 
 
普段、クール極まりない相方がそういう事をするというのが意外で楽しいのだけれど、その時、私にはもうひとつの楽しみがある。

それは、「ささやかなイチャイチャ」をしている時。

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と、相方は必ず周囲の視線を気にするのである。

イチャイチャする自分と、それを客観的に見ている自分が、心の中、葛藤を起こしているのだろう。

その仕草がいかにも相方らしくて、可笑しい。

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多分、ラッキーの無駄遣い。

今日は一応休みの日だというのに、ほぼ一日中パソコン仕事で終わってしまった。

ほとんどどこにも行かなかったわけだから、良いことも悪いことも無く、仕事ははかどったけれど、なんだか損したような、釈然としない一日だったのだが・・・。

先ほど、何気なく小銭入れの中を覗いてみたら・・

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なんと、小銭の合計が「777円」でした!!

これが、今日一日の中で、おそらく一番のラッキーであり、これで、今日の帳尻が合ったのか・・・と思うと、

余計に釈然としない。

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コビンちゃん

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相方が、

「心の向くままに作った。」

という編みぐるみを預かった。
 
 
 
名前は「コビンちゃん」
カタチが「小瓶」のようだから・・と、相方の母が命名。
(そのまんまである)

ちなみに、コビンちゃんの後ろには短い尻尾が生えていて、ぺたりと座った姿が妙に可愛らしい。
手に持つと、踊らせたくなるという不思議な魅力を持った「コビンちゃん」。
見つめていると、心が和む「コビンちゃん」。
全身から、甘い香りのする「コビンちゃん」。

月並みな言い方なのだけれど、癒される。

コビンちゃんには、是非とも部屋に鎮座して、微笑みかけていてもらいたいと思う。
29歳にして、編みぐるみに心を許す私って、どうなんだろう・・・?

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報復の連鎖

ここにも何度か書いているのだけれど、相方は私のわき腹を突くのが大好きで、いつも欲しいまま突き倒されては夜毎枕を涙で濡らしている。

しかし、私も男の(かなり)端くれである。

いつまでも泣き寝入りしているというのはいかがなものかと、ついに報復手段を考案し、それを実行に移したのだった。

それが、
 
 
 
「アゴつかみ」
 
 
 
である。

普通に会話を交わしている時などに、突然、何の前触れもなく手を伸ばし、人差し指と親指を中心としてアゴをつかむのである。

そのあまりに意外な行動に、相方は眉間にシワを寄せたまま黙然としている。

私は何故だか知らないけれど

「勝った!」

という達成感に、胸が躍ったのであった。
 

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  しかし。

その後、私の抵抗手段「アゴつかみ」は、相方に軽々とかわされるようになり、逆に相方にアゴをつかまれる日々を送っている。

とどのつまり、私のささやかな抵抗は、相方の技を増やしたに過ぎなかったのである。

合掌。

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コウガンカレー

山はひどい雪だけれど、街にはさんさんと太陽が光を落としている。
ところどころに積もった雪のまぶしさをいなしながら、知り合いのマスターが営む喫茶店まで、コーヒー豆を買いに行った。
 
その日、喫茶店はお休みだったのだけれど、たまたまマスターが店の掃除に来ているところで、電源の落ちた自動ドアに顔をねじ込んで

「マスター!おはようございます。豆、いいスか?」

と告げる。
マスターはカウンターの奥からヒョコヒョコ出てきて、

「ああ~、はいはい。いいよ。」

と、コーヒー豆の支度をしてくれた。
 
 
マスターは趣味が多彩な人で、バイクや車の話をしているうちに、風邪の話になった。

「ここ何日かねえ、鼻水がひどくて。風邪だろうとは思うんですけど、花粉症じゃないといいなと思ってねえ。」
マスターは笑ってそう言った。

「ああ~。今の時期だと、風邪か花粉症かインフルエンザですからね。その3択だったら、風邪だといいですね。」

答える私。

うはははははは。
と笑い合う。


するとマスターは、何かを思い出したように店の奥から半球型のタッパーを取り出してきた。
中には、茶色いペースト状のものが入っている。

「カレー、あげたことあったっけ?」

マスターが聞く。

「カレー・・ですか?いえ、無いスね。」

マスターは、カウンターにゴトリとタッパーを置くと、腕組みをして話を続ける。

「私ね、実は趣味でカレーを作っているんですよ。」

「え!てえと、あの、香辛料とか混ぜ合わせて作る?」

「そそそ。それでねえ、ここ2~3日の風邪を治すために、『風邪に効くカレー』を作ったんですよ。」

「へえ~!『風邪に効くカレー』ですか。辛そうですね。」

「う~ん・・・辛くはないと思うんだけどねえ。」

なぜか、店の天井に視線を漂わせるマスター。

「『と思う』?食べてないんですか?」

「いや、食べましたよ。実際、風邪も治りましたからねえ。」

「おお、そりゃあスゴイですね。」

「ただ・・」

「ただ?」

マスターは、お店で使っている白いビニール袋にタッパーを包みながら言った。

「風邪で、鼻がつまっていたもんだから、味が分からなくてねえ。」

「ああ!なるほど。確かに鼻が効かないと分かりませんわな!」

うははははははは!

再び笑い合う二人。
 
 

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と、コーヒー豆とともに渡してくれたのである。
自分で味の分からないカレーを、人に食べてもらうなんて、なんて度胸のいい人だろうかと、妙なところで感心する私。

その雰囲気を察したのか、マスターはこう付け加える。

「いや、まあ、分量なんかはいつもどおりに入れたはずなんで、たぶん大丈夫ですよ。それとね・・」

「それと?」

「抗ガン作用のある野菜ベスト5って知ってます?」

いきなりガンに話が飛ぶ。
さすがにこちらも戸惑いを禁じえない。

「ええ?ガンって、あの腫瘍のガンですか?」

「そうそう。こないだNHKでやっていたんですけどねえ。1位がにんにく、2位がなんと、キャベツなんですよ。意外でしょう?私もね、まさかキャベツが入っているとは・・」

「???」

話の意図がつかめない私をよそに、マスターは抗ガン作用のある野菜ベスト5を列挙し、最後に力強くこう言い放った。

「それも、全部入ってます!!」

「な、なるほど。ということは、風邪とガンに効くという事ですね。つまり、『抗ガンカレー』ですね!」

「そうそう。『抗ガンカレー』!紅顔の美中年が作っているから、『紅顔カレー!』」

どこかで聞いたようなことを口走るマスター。
どうも、このオジサンからは同じニオイを感じる。

私は思わず、

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と言おうとしてやめた。
たぶん、マスターも言おうとしてやめたと思う。
 
 
 
カレーは、ウチに帰って早速昼ごはんに食べてみたのですが、感想は

「甘くてニガいカレー」

でした。
なかなかにユニークな味で、体には良さそうでした。

「妙薬口に苦・・・なんとやら」と言うし。

マスター、大変ごちそうさまでした。

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兄は変わったか?

つい先日のこと。

私は兄の車に姉と同乗して、買い物をするべく国道沿いの酒屋に車を乗りつけた。

酒屋での買い物は一人で十分だと、姉は店内へ消えてゆく。
私と兄は二人で、駐車場に停めた車の中、姉の帰りを待っていた。
 
 
明るいグレーの空からは、抱えきれない雪の粒が2つ3つこぼれ落ちていて、雪かきがなされた駐車場には、あちこち雪の山が出来ている。

そのふもとには、雪解け間もないアスファルトの黒と、乾燥した白とがブチ模様を作っていた。
 
 
 
その時である。

我々の乗る車の前に、頭から突っ込んで駐車していた車がバックで発車し始めたのを、私はぼんやりと眺めていた。

スルスルと、こちらに向かって後退してくる車。

(ここらで止めて、切り返すんだろうな・・)

という私の予想をよそに、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。

(あれ・・?おいおい、それ以上は危ないだろう??)

お構いなしに接近。
ついには、後ろのバンパーがボンネットで見えなくなった。

「おいおいおい!」

たまらず声を出す私。
携帯電話をいじっていた兄が、その異変に気づいて前を向いた、

次の瞬間。
 
 
 

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車内に軽い衝撃が走った。
接触事故である。

「うおあ!何ぶつけてんのや!?コイツ!!」

怒る兄。
車内は、先ほどまでの気だるさが嘘のように非日常の雰囲気に包まれ、兄の手は早くも事故処理をすべくドアに手がかかっている。

(事故かあ~・・面倒だなあ。)
内心ボヤく私。

しかし、その時。
あろうことか、ぶつけた車はまるで何事も無かったかのように切り返して発進。
駐車場を出ようとしたのである。
 
 
俗に言う

「当て逃げ」

が眼前で展開されたのだ。

車内が、兄を中心に非日常から非常事態へと転回する。

「待てゴルァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

プーーーーーー!!!

兄の眼は立ち去ろうとする車をガッチリ捕らえ、右手はクラクションを押し込んでいる。
少し低めのクラクションの音が、微妙に緊張感に欠けて可笑しい。

左手は的確にギアをドライブレンジにぶち込み、サイドブレーキを外して追走体勢を作り上げた。
きたるべき急発進に向けて、私も首を固め、シートに体をうずめる。

当て逃げ車は、その様子を見て逃走を諦めたらしい。
すぐに取って返し、すぐ横に静かに停止した。

赤ら顔のオッチャンが降りてくる。
その様子を見て、逃走は無いと判断し、兄は車を飛び出した。
私もぶつけられたところの様子を見るために一緒に降りた。

兄は降りるなり

「アンタ、ガッツリぶつけといて、何、知らん顔で行こうとしてんの!」

と詰め寄る。
オッチャンは平身低頭、ひたすらに

「すみません!すみません!」

と繰り返している。
そして、

「気づかなかったんです・・」

と、お決まりの言い訳をした。
車に乗っている人間ならお分かりだろうが、車が何かにぶつかった時。
気づかないということはありえない。

どんな小さな接触でも、車内には結構な衝撃が走るものなのだ。

(しかし、やっぱし人間、こういう事言うんだなあ・・)
と、妙なところで感心する私。

「気づかねえわけねえべ!!!ダメだ~!逃げたら!みっともねえことすんな!ホレ、車のナンバーと、住所と電話番号書いて!あと、免許証出して!」

さすがに、20年近く車に乗っていると、事故処理も手馴れたものである。

手馴れすぎていて、

「ゴネられるかも知れない・・。」

という危惧を抱いたのか、オッチャンは

「警察を呼びましょうか?」

と言ってきたほどだった。

もちろん、ゴネるつもりなどまったく無いのだが。
 
 
 
とりあえず、兄は相手の連絡先をテキパキと押さえた。
私が意外だなと感じたのは、兄が思ったよりも怒り狂わなかったことだった。
一昔前の兄ならば、いろんな意味でエライことになっただろう。

(兄も、丸くなったんだ・・)

と、妙にしみじみしながら破損箇所を検分する。
幸い、こちらの車には傷も何も無く、むしろ相手の車のほうが塗装がはげていた。

結局、こちらには被害ナシということで、事故にはしないことで話がついた。
 
 
 
帰り道。
私は思わず兄にたずねた。

「兄さんよ、今回、あんまし怒らなかったねえ。丸くなったんか?」

すると兄はアハハハと笑ってこう言った。

「いやあ、地元だからさあ。どんなカタチでウチのお客さんと繋がるか分かんねえべ?怒るより先に、そっちの計算が立っちゃったんだな。」

「・・・」

兄は丸くなったのではなく、計算高くなったのだった。

(なるほど・・)

と、深く納得したことは言うまでもない。

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グッジョブ・ポンポコ

先日、相方とお好み焼きを囲んで

「鉄板コミュニケーション」

を深めていた時のことである。
 
 
その店で働く店員さんは、店内でかけ声をかける際、語尾に

「ポンポコポ~ン」

と付けるのが暗黙の決まりとなっているようで、初めて入店した時には、相方と存分に困惑したものであった。
 
 
 
しかし、その日の

「ぽんぽこぽ~ん」

は一味違っていた。
 
 
 
それは、
店員さんのほとんどが女性だったということである。

いつもなら、男性店員の

「ポンポコポ~ン・・。」

という、恥じらいからか、努めてかもし出される抑揚の無さが演出するぎこちなさに、聞いているこちらもなんだか居たたまれない気持ちになってしまうのであるが、その日は女性が全員、元気良く、そして愛想よく、

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と声をかけ合っていたのである。
 
 
 
正直。

これは可愛いと思わざるを得ませんでした。
グッジョブを禁じえませんでした。
許されるなら、録音して着信ボイスにしたいほどでした。
(携帯電話持ってませんが。)
 
 
 
まさに

グッジョブ・ポンポコ。

開き直った

「ポンポコポ~ン」

は非常にグッジョブであると言える。
(ただし、妙齢の女性に限る。)

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ちょっと忙しくて・・。

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数日前より、私の営んでいるネットショップが忙しいことになっておりまして、ちょっと更新が滞っております。

なるべく時間を作って更新しますので、お待ちくださいませ~。

「言戯」管理人:寿

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