当たりクジのゆくえ
新年の清々とした空気が、船形連峰の稜線をくっきりと映し出した朝のこと。
知り合いのマッサージ師であるスギヤマさんが、新年の挨拶に訪れた。
その時、ウチにいた私と母は揃ってスギヤマさんを迎え入れ、囲炉裏を囲みながら、
「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願い致します。」
の挨拶を交し合った。
熱いお茶の入った湯飲みを両手で包んだまま、二つ三つの世間話もそこそこに、スギヤマさんはニコニコしながら、懐から数枚の紙の束を差し出してきた。
よくよく見てみると、その紙の束は年末ジャンボ宝くじの抽選券で、それと一緒に新聞の当選番号発表欄の切り抜きが添えられていた。
「・・・宝くじですねえ。」
私は見たまんまのややマヌケな解説をした。
スギヤマさんはニヤニヤ笑っている。
母は、その様子を見てピンときたのか、驚きと期待の入り混じった顔で尋ねた。
「当たったの!?」
スギヤマさんは、ニヤリと笑って
「100万円。」
とだけ言ったのである。
わあああああ~!!!
おおおお~~~~!!!
感動と驚きと祝福で歓声が上がり、囲炉裏の周りには新雪の照り返しのようなまばゆい雰囲気が満ちた。
「すごいですね!オレ、実物の当たり札って見たことないんです。見せてもらっていいですか?」
と聞くと、
「どうぞどうぞ。」
と言って、スギヤマさんは快く手渡してくれた。
お礼を言いながら当たり札と新聞の切り抜きを受け取り、番号の確認に入る私。
母は我が事のように喜び、はしゃぎながら、スギヤマさんと話をしている。
どれどれ・・エート、100万円は、3等賞か。
当選番号は・・
組下一桁6組 122948
・・だな。
もう一方の手に持っている当たり札を見る。
36組・・・ああ、下一桁6組ね。
1・・2・・2・・ふんふん、合ってる合ってる。
9・・おお・・
4・・・うわあ・・・。
0!・・・・・うひゃあああ~~!!!
生涯初めて、高額当選の当たりクジを目の当たりにして感激する私。
「やりましたね!スギヤマさん!!」
と言おうとして、ふと違和感に気付いた。
・・・んんんんんんんん!?
もう一度、よく番号を照らし合わせてみる。
3等賞100万円:下一桁6組 122948
これが当たり番号だ。
目の前の札には・・・
36組・・・これは良いんだよな?
122・・・合ってるよな。
94・・・0。
・・・えええ????
私は何度も何度も確認した。
したのだが、やはり
当選番号は
122948であり、目の前の札は
122940なのである。
私は2枚の紙切れを手に持ちながら途方に暮れてしまった。
このクジは、ハズれている。
しかし、スギヤマさんのあの喜びようは、間違いなく当たった者のそれであり、ということは、スギヤマさんはこの事実を知らないという事も十分に考えられるのである。
考えてみれば、スギヤマさんはあまり目が良くない。
このよく似た番号を見て喜び、早とちりしているという事も十分に考えられた。
私は、この残酷な事実を伝えなければならなくなった境遇を人知れず呪った。
如何に、伝えるべきか・・。
悩みに悩んだ。
そんな私の窮地を知る由もない母は、無邪気に
「スギヤマさん、こないだも1万円当たったでしょ!?もうそろそろ来ると思ったのよねえ。」
と、相変わらずはしゃいでいる。
内心、
(バカバカ!そういうこと言うな・・!)
と、理不尽に責める私。
スギヤマさんは嬉しそうに相槌を打っている。
私は泣きたくなった。
どう言おうが、この状況に水をさし、スギヤマさんに相当の心的負担があることだけは間違いないからである。
明るい室内に、私の周りだけ青黒い苦悩の磁場が歪んでいる。
「我、関せず」といった風に白い湯気をポポポポと噴出している囲炉裏にかけられた鉄瓶が忌々しい。
そうしているうちに、いつまでも札を持っている私に気付いた母が、
「どれ、貸してみ。番号見てみっから!」
と言って、札を取り上げた。
(ああ、万事休す・・!)
私は瞑目し、拝むような手で鼻を隠した。
眉間には2本の縦ジワ。
「下一桁6組の~?」
「122・・・うふふ。」
堪えきれずに笑みをもらす母。
「・・・・・。」
当然、予想された沈黙。
母も気付いたらしい。
困惑の磁場が発生し、背景が歪んだのが見えた。
母は何かを確かめるかのように、チラとこちらを見る。
私は目で応える。
一瞬の沈黙。
気まずさは空気より重い。
足元からそれが忍び寄ってくるのが感じられた。
「かくなる上は・・」
意を決して、しかしおずおずと、私は口を開いた。
「あのう・・・スギヤマさん・・・その宝くじ・・・」
「あははははははははははははははは!!!!」
突然、スギヤマさんが笑い始めた。
呆気にとられる私と母。
ひとしきり、可笑しそうに笑ったあとこう言った。
「ねえ~!惜しいでしょう?私、目が悪いものだから、最初『8』が『0』に見えちゃって、飛び上がって喜んで大騒ぎしたのよ~!」
「あっははははははははは!!!な~んだ!そうだったのお~!?」
笑いながら応える母。
「あんまり悔しいから、せめて皆さんに祝ってもらおうと思って、持ってきたの!」
途端に部屋の中は「惜しくも大魚を逸した者」と、「それを使ってかつがれた者」の笑い声で、和やかな雰囲気に戻ったのだった。
私は一緒に笑いながらも、
と思った事は言うまでもない。
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コメント
ヒーーーーーーーーーッ、
スリルとサスペンスでしたああああ。
ドッキドキしながら読みましたよぉぉぉ。
私ならシッコもらしてしまいそうですぅぅ。(おいっ)
投稿: じゅじゅ | 2005/01/14 13:32
私もドキドキしました!「スギヤマさん!かわいそう」って思っちゃいました!
ちなみに昔は、目の悪いじいちゃんの宝くじを見るのは私の役目で、その都度「当たってないよ」って言うの心苦しかったです。
投稿: おおたま | 2005/01/14 14:25
いや~~んっドキドキしましたわ~。
投稿: mariko mam | 2005/01/14 14:25
当たってたら凄かったですね。
いやー、惜しいw
しかしスギヤマさん、宝くじ当たらなくて悔しかったら夕暮れの空に向かって【馬鹿やろうーー!】と叫ぶのが基本です。
投稿: るるが | 2005/01/14 16:57
最高!
めちゃくちゃドキドキしました。
ふるえました。
投稿: tatsu | 2005/01/14 17:56
もしかして連番であと10枚買ってれば当たってた?
投稿: oddman | 2005/01/14 20:40
>じゅじゅさん
シッコって・・!(笑)
>おおたまさん
>「当たってないよ」って言うの心苦しかったです。
相手が落胆すると分かっている事を伝えるって言うのは、とてもエネルギーを使いますよね。
>mariko mamさん
私もドッキドキでした。
>るるがさん
「夕日に向かってバッキャローーー!」
ああ・・スッキリ。
>tatsuさん
数字を確かめると言うのは、ドキドキしますよねえ。
>oddmanさん
どうも、一番近かったものを持ってきたようです。
「惜しかった札」というのもそうそう見られるものではありませんので(自分が宝くじなど買わないと言うのもありますが)、眼福でした。
投稿: そんちょ | 2005/01/14 22:22
そんちょさんこんばんは♪
伝えるだけ偉いですよ!
きっと私なら言わないで
「よかったですねぇ~…」
と引きつり笑してたでしょうw
言わなくて後悔するんですけどね…
投稿: davi | 2005/01/14 23:30
>daviさん
いや、私も目が悪いので、
「あ、私も見間違えてました。」
というオチで片付けようかと思ったのですが、そうは行きませんでしたよ・・。
投稿: そんちょ | 2005/01/21 20:33