音の暴力
知り合いのお店がライブを開催する事になり、チケット購入をお願いされたことからこの話は始まる。
「ボサノバ」と呼ばれるジャンルの音楽コンサートとのこと。
私は音楽には明るくないが、「ボサノバ」と聞いてオノ・リサさんを連想した。
ラジオで何度か聴いたことがある。
あの落ち着いた雰囲気で、静かなギターの音色に乗せて呟くように歌うイメージが、私は好ましく思っていた。
そういう音楽を目の前で、しかも生で聴けるのだ。
さぞキモチイイ時間が過ごせるに違いない。
私は快諾し、チケットを二枚購入した。
もちろん、もう一枚は相方(恋人)の分である。
当日。
我々が到着した時には、すでにマイクにアンプにスピーカーなどの音響設備が用意済みで、いつもは品物が並んでいるスペースは綺麗に片付けられ、数十脚のパイプイスが整然と並んで、その半分ほどを聴衆が埋めていた。
シンガーのオッチャンはざわめくお客さんたちに背を向けて、チューニングやら機械をいじるやらしている。
私は相方に、
「本格的な設備だねえ・・。楽しみだ。」
と話し掛ける。
相方は
「そうだね。私、ボサノバを生で聴くのは初めてだよ。」
と、かなり嬉しそうであった。
やがて開演時間が少し過ぎた頃。
会場の9割ほどが埋まった。
それを見計らって、店主のオバチャンが照明を調整し、即席のステージを作ってどうやらライブが始まった。
シンガーのオッチャンは、まず挨拶から入る。
「今日は●●●●●のライブにおこしいただき誠にありがとうございました今日はですね東北地方のライブということで覚悟はしていたのですが予想以上に寒いのでおどろいています私は全国を回って歌うシンガーソングライターでして・・」
句読点を付け忘れているわけでなく、何しろ早口で、しかもボソボソと喋るので何を言っているのかがイマイチ分からない。
これは、いわゆるMCというヤツだと思うのだけれど、伏し目でマイクに向かって語りかけるその姿は、「独り言をつぶやいているのを、こちらが勝手に聞いている」といった感じの雰囲気であった。
相方が私にささやきかける。
「ねえ、トシさん。ボサノバのコンサートだったよねえ・・?」
「・・うん。でも、シンガーソングライター宣言されてしまったね。」
二人の間に一抹の不安がよぎる。
ともあれ、
「では、とりあえず聞いてあげてください。」
という微妙な切り返しで、演奏は開始されたのである。
私は、今まであまり「ライブ」と言うものを見た事が無かったため、目の前でギターを演奏されるという事自体がとても新鮮で、しかもこのオッチャン、ギターは上手だった。
敢えてオリジナルの曲にはあまり言及しない方向で話を進めるが、
「常日頃つけている個人的な日記に、音をつけただけ」
という感じの歌で、「何かを伝えたい」、「何かを感じて欲しい」というテーマがまったく見られない歌であった。
偉そうな事を言っているが、本当に誰が聞いてもそうとしか言えない音楽だったのだ。
早くも帰りたくなる私。
しかし、知り合いの主催だけに、それは許されない。
会場のテンションも、目に見えて下がり続けている。
何曲か自慰行為とも呼べるオリジナル曲を聴かせたシンガーソングライターのオッチャンは、有名な曲のカバーも歌ってくれた。
というより、曲目の半分以上がカバー曲だった。
それも、有名な名曲ばかりである。
オリジナルはアレだったので、まあ、カバーが聴ければいいかと思いつつ、同時に
「ボサノバだったんじゃないの??」
という疑問も捨てきれなかったのだが、ワケのわからないオリジナルを聴かされるよりかは知っている曲を聴いた方がずっと良い。
このオッチャンはギターは上手いのだ。
歌もそこそこ上手い。
会場に集った他のお客さんも、オッチャンが
「井上陽水の『少年時代』を歌います。」
と言ったとき、一様に安堵の吐息を漏らしたほどであった。
何しろ、名曲である。
名曲というのは、普通に歌えば名曲だけに「キモチイイ部分」が必ずあるのだ。
逆に、大半の人間が「キモチイイ」と感じるから、それは名曲と言える。
・・はずなのだがしかし。
このオッチャンは、その名曲の歌いまわしに独自のアレンジというか、「個性的なグルーブ(ゆらぎ)」というのだろうか・・そういったモノを混入したのである。
普通に歌えば聴けるものを、わざわざややこしく、旋律を無視して歌うオッチャン。
例えるなら、名料理人が作ったご馳走をみんなで食べようという時に、それを運んできたウェイターが「コレかけると美味いよ。」と、勝手に妙な味の調味料をまんべんなくかけ、それを目の前にドスンと置かれたような感じであった。
会場で聴き入っている者は歌っている本人だけという、異様な雰囲気に包まれたのである。
その後も、「花」とか、「お嫁においで」とか、「ハッピークリスマス」とか、「上を向いて歩こう」、「見上げてごらん夜の星を」などの名曲を次々にキモチワルイアレンジで聴かせてゆくオッチャン。
確かに、他人の曲をそのまま歌うのは芸が無いと言えるだろうが、何もそこまで崩さずとも・・と言わざるを得ないような代物であった。
そしてその合間に自らのオリジナルをねじ込んでいったのである。
小学生(低学年)の作文を歌にしたようなオリジナル曲と、変わり果てた名曲たちがズルズルと吐き出され、ただ座ってそれらに打ちのめされる聴衆。
まさに「音の暴力」、「歌の拷問」と言っても決して過言ではない空気が、さらに痛かった。
胃のあたりがムカムカとしてきているのは、先ほど休憩時間に出されたコーヒーのせいばかりではないだろう。
本当に体調不良を訴えて帰りたくなる私。
しかし、知り合いの主催。
途中退場はやはり許されない。
私は泣きたくなると同時に責任を感じていた。
まさかこういう事になると予想だにしなかったとは言え、誘ったのは私なのである。
相方は学生時代から楽器をたしなみ、今でもバンドに入って演奏しているほど、音楽にうるさいお人なのだ。
こんなものを聴かせてしまったら、さぞかし不快指数が上がっていることだろう。
私は、それとなく隣に座る相方を見た。
普通に聴いている。
もしかすると、音楽的に非常に高度で、私のような素人だけが分かっていないのだろうか・・と思った。
がしかし、視線を下げるとそこには
この災難に人知れず、無表情に耐え忍んでいる相方の姿があったのである。
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
かくして、ノンストップで冷めつづける会場の空気をよそに、一人盛り上がるオッチャンのステージは終わった。
結局、十数曲あった歌のうち、ボサノバと思しき歌は2曲しかなく、しかもそのボサノバもしっかりと独自のアレンジが施されており、聞くに堪えないものであった。
このステージに、アンコールの声が無かったことは言うまでもない。
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コメント
なんか、ホント、そんなこともありますよ・・・。
お二人に「お疲れ様」と言いたい・・・。
投稿: めめんともりりん。 | 2004/12/10 10:10
初めまして・・・。
相方さんの手にされていたのは・・・・スチール缶でしょうか?
投稿: goko | 2004/12/10 11:47
初めまして。いつもロムらせて頂いてました。
今回はあまりの惨状(…)と、最終コマ相方様の男前っぷりに書き込みせずにいられませんでした。
格好良いですお姉さん!実は密かに憧れなのです。
管理人様お疲れ様でした…。
投稿: qu_ma | 2004/12/10 12:16
お疲れ様でした…。
今やってるバンドのライブを春にやるんですが、こうはならないようにしたいもんです…。
投稿: たい | 2004/12/10 13:38
私も春に演奏会をやるにあたり、こうならないように気をつけたいと思いました。
ちなみに私がへこませてるのは紙コップです。
知らないうちに力が入ってました。ええ。
投稿: 相方 | 2004/12/10 15:33
>めめんともりりん。さん
ありがとうございます。
久々に、ツライ時間を過ごしました。
>gokoさん
gokoさん、はじめまして~。
あれは、あ、相方がお答えしているのでそちらを・・。
これからもよろしくお願い致します。
>qu_maさん
相方の男前っぷりは、惚れます。
私がかなり女々しいので、丁度いいのかもしれません。
>たいさん
いや、ああいうのは逆になかなか稀少なケースではないかと思うのですが・・。
>相方
その様子を見て、オレはブルブル震えていたよ・・。
投稿: そんちょ | 2004/12/10 16:00
相方さん、知らないうちに紙コップをへこませてるなんて、格好良いです。
このライブは酷いですね………
お二人とも、おつかれさまです。(&ご愁傷様)
投稿: るるが | 2004/12/10 16:53
わたくしも、結婚するまではバンドのボーカリストとして、ステージに上がっていたこともあり、
かなりイメージできた内容でした。
なんて気持の悪いアレンジだろうのイラストは最高です♪
投稿: mariko mam | 2004/12/10 17:00
私もレギュラーでライブバーで歌う事があるので、
こうならない様に、頑張ります。
何だか人の事の様な気がせず、ドキドキしながら
読ませていただきました。
やっぱり、お客さんはシビアですよね・・・。
投稿: fanshen | 2004/12/10 19:31
暴力には暴力で対抗しても怒られやしないかと。
というかその知り合いは………
いや、何でもないです。ご苦労様でした(笑)
投稿: ゆう | 2004/12/10 23:34
>るるがさん
カッコイイだろうか・・怖いと・・いや、なんでもない。
>mariko mamさん
本当に気持ち悪かったのです・・。
>fanshenさん
いや、でもアレだけスゴイのはそう無いと思いますよ。
fanshenさんのステージなら是非一度見てみたいものです。
>ゆうさん
やはり、ツカツカとステージに歩み寄り、オデコのあたりを掌底で「どーん!」とやるべきでしたか・・。
「どーん!」
投稿: そんちょ | 2004/12/11 09:01