大体2ヶ月に一度くらい、「かぶりつき欲」に突き動かされる事がある。
「かぶりつき欲」は、身近にあるものにかぶりつきたくなる衝動であり、多くは食欲と連動する。
例外があるとすれば、「相方」くらいだろう。
しかし、毎回相方にかぶりついていたのでは、「かぶりつき過ぎによる破局」という非常に微妙な結末を迎えてしまう事も考えられなくは無いので、多くは「ハンバーガー」がその欲望の捌け口となるのだ。
昨日のこと。
突如として私の中に「かぶりつき欲」が噴出した。
あいにく、相方は近くにいなかったので、「ハンバーガーを食べないと、なんかヤバイ」という状態に陥ってしまったのである。
事は急を要する。
あふれ出る衝動を抱えての車の運転は、メールを打ちながらの運転くらい危ういものである。
本来ならここで救急車を呼ぶべきであったかもしれないが、救急車に乗って、「ドライブスルーに行っとくれ。」といっても、その要求は入れられない可能性が高いどころか、かえってそのまま問答無用でER(緊急治療室)に運ばれ、改造手術を施される可能性も否定出来なかったので、衝動を抱えたまま自前の車でウチから片道30分の某有名道化師軽食店に赴く事にした。
「かぶりつき欲」の発露は、もっとも原始的、直情的なものであり、欲望を抱えたものを興奮させずにはおかない。
かふりつく瞬間を夢想しては、思考は弾み、、顔は紅潮し、鼻息は荒くなり、目は焦点が怪しくなる。
車で急ぐ道程にも、足はいつもより10km/h分深めにアクセルを踏み込んでいるというのに、胃腸は「ハンバーガーを早く!」「ハンバーガーを寄越せ!」となり、さかんにグウグウ抗議の声を上げる。
それにつられて唾液腺は早くもその活動を始め、鼻はそこにあるはずも無いポテトの匂いを空気中から合成し始める。
体のあちこちが、「かぶりつき欲」から派生した「ハンバーガー衝動」をキッカケに、不協和音を掻き鳴らし始めるのである。
ここで、我が肉体における結束のなんと脆い事かという事を痛感させられる。
さて、ハンバーガーである。
ハンバーガーと言えば、ポテトとコーラは付きものである。
ハンバーガー・ポテト・コーラの織り成すトライアングルパワーである。
意味は分からない。
食べる前には、必ず匂いが先に来る。
匂いそれのみで言うならば、主役はどちらかと言うとポテトに軍配が上がる。
やはり、剥き身でバサリと置いてあるからである。
立ち上るポテトの芳香は、唾液腺だけでは飽き足らず、涙腺まで緩めてしまう。
とりあえず、一本を口に放り込む。
薄くて芳ばしい表皮の内に、ホコホコとしたジャガイモが口の中にばらまかれる。
「あふ、あふ。」と言いながら、手はすでに次の一本をつまみ出している。
あふあふ、つまみ。
あふ、つまみ。
一度食べ出すと、シャクシャクシャクシャクと手の往復が止まらなくなる。
思考も停止する。
瞳孔も開きっぱなしだ。
うっかり、悟りすら開いてしまいそうになる。
しかし、「ポテトを食べて悟りを開いちゃった。」という話は聞いた事が無い。
何故なら、ほぼ全ての人が、やがて、ポテトの口いっぱいに頬張りすぎて、嚥下がままならないことに気付くからである。
「ふんがっくく・・!」
となり、コーラに手を伸ばす事になる。
誰もが、常人の域から脱する事は出来ないのである。
ヂウヂウとコーラでノドに詰まったポテトを洗い流し、ポテトとコーラの融合を祝福し、感動しながらも、目は次の獲物を捕らえている。
ハンバーガーである。
自分が、「かぶりつき欲」に突き動かされてここまで来た事を忘れてはいなかったのである。
悟りなど開いている場合ではないのだ。
ハンバーガーを手に取り、内容物の名称がプリントされた紙の包装を開いてゆく。
ここでやっとハンバーガーの香りが鼻腔を刺激し、
「ああ、やっぱしお前が主役だったんだ。」
と、納得させられてしまう。
しっかと下あごを固定し、上あごを限界まで上げる。
普通の食物は、大体が下あごを開いて咀嚼に入るのに対し、ハンバーガーは上あごを動かして歯牙にかける。
それは、体の司令塔である「脳」が、自身の座を動かしてまでも迎え入れたいという、無意識の歓迎なのである。
脳震盪の危険まで厭わない、献身を見せるのである。
そして、ついにかぶりつく。
パンと、肉と、チーズと、レタスと、その間のケチャップが混ざり、それと同時に、かぶりつけた歓喜と、期待通りの味に対する悦楽と、口に入れすぎた事への後悔がない交ぜとなり、口腔を満たすのである。
一噛みごとに、歓喜、悦楽、後悔。
歓喜、悦楽、後悔。
と繰り返すのである。
「・・ふむ・・・!」
という、声にならない声が鼻からこぼれ落ち、ハンバーガーを持つ手は震える。
ウマキモチイイ。
そう。ハンバーガーは、「美味しい」と同時に「キモチイイ」のである。
「ウマキモチイイ」のだ。
コーラがはキモチよく、ポテトが悟りの一歩手前まで誘うように。
こうして、またひとつ、欲望は満たされた。
普段の大豆主体の食生活を思い切り踏み外し、ベトベトでギタギタの油を心ゆくまで堪能した。
完食したあと、「ぶふう・・。脂っこい。もう、しばらくは食べなくていいな。」
と、ひとりごち、ハンバーガーにしばしの別れを告げる。
2ヵ月後、また「かぶりつき欲」が頭をもたげるその時まで。