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懐柔願望。

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男子たるもの、一度は懐柔されてみたいものだ。

薄暗い密室で、明らかに小間使いと思しき男から菓子箱を差し出されて、

「こちら、お口汚しではございますが・・。」

黄色い布の中には数百枚の福沢諭吉さんが白けた目でこちらを見ている。

「ほう、これは結構なお菓子ですな。ウチのが喜ぶだろうて。」

「ええ、ええ、そうでしょうとも。それでは何とぞ、ひとつよしなに・・。」

「うむ?なんのことやら分からんが・・ほっほ・・冗談じゃ。万事任せておけい。」

「先生もお人が悪い。」

「なに、お前の主人には負けるわ。ふっほっほっほっほ・・」

「ひっひっひっひ・・・」

という、非常にありがちなやり取りをやってみたいのだ。


誤解の無いように言っておくが、「収賄願望」ではなく、「懐柔願望」であり、別に権力や特殊能力に対してお金が欲しいわけではない。

いや、もちろんお金は欲しいが、それに見合う権力も特殊能力も持ち合わせていないので、おそらく生涯のうちに、懐柔されるという栄誉に恵まれる機会は巡ってこないであろうという半ば諦めからの憧憬の念であり、もし、まかり間違って懐柔されようものなら、きっとビビって逃げてしまうであろうし、どちらにしても縁の無いものなのであり、だからこその「懐柔願望」なのである。


ちなみに、私は家族内で口ゲンカになった場合、そこに居合わせた人間に、

「ちょっと。200円やるから味方になって。」

と、敵前堂々懐柔を試み、

「200円?安いな。なめてんのか。」

と返されて余計に敵を増やします。


やはり懐柔は使わない、使われない方がいいのかも知れないと思い始めている今日この頃である。

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