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リラックスは紅茶で決まり。

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私の場合、緊張した脳みそを優しくトロかすのは紅茶です。
非常にありきたりなんですが。

と、何故いきなりお茶の話かと言うと、今週の「トラックバック野郎」のお題が「リラックス野郎この指止まれ!」だったのです。

まあ、私の場合、緊張している時の方が極端に少ないのですがね。


もともとお茶が好きで、緑茶に入れ込んだ事もあるし、ほうじ茶もありました。
しかし、最近はずっと紅茶ですね。

茶葉から淹れるってのも興味あるんですけど、いちいちお湯を沸かさないといけなかったりするらしいので、主に鉄瓶で沸かしたお湯を魔法瓶に入れて、リプトンのイエローラベルの三角ティーパックを使って淹れております。

砂糖、ミルク、レモンなどは入れません。
直球ストレートです。
コレが美味い。


好きだ好きだ言う割に、こだわりが無くてすみません。


ちなみに、喫茶店などでお願いする時は、アッサムが一番好きだったりします。

何しろ、私は「K・K・K(紅茶党極右過激派)」ですから。

紅茶バンザイ。

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油断をするな。

野生の動物たる者、いついかなる時も油断する事無く、「常時戦場」の意識をもって備えなければならない。

それが、野生の掟だ。


ウチの庭を歩いていると、私の目の前に猫が横たわっていた。

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この猫は、ウチに30匹くらいいる猫のうちの1匹だ。
飼っているわけではなく、勝手に居ついている、いわゆる「外猫」なのだ。
つまり、野生として生きなければならない宿命を背負った猫ということになる。

そういう厳しくも悲しい、イバラの道を往く一匹の獣なのだ。

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その野獣を眺めていると、向こうから姉が歩いてきた。


野獣を相挟んで対峙する姉と弟。
雨上がりの蒸し蒸しとした空気が肌にまとわりつく。


「姉さんよ。」

「なんだい、弟よ。」

「これを見てどう思う?この弛緩しきった緊張の微塵も感じられない緩みきった肉塊を。」

「ああ、あまりの締まりの無さに、嫌悪感を通り越して憎悪・・いや、吐き気さえこみ上げて来るさ。」

「そうだろう?そこでどうだろう。この、ただれ、堕落した小動物に、野生の厳しさを思い出すキッカケを与えてやるというのは。」

「得たり、得たり。弟よ、それは妙案だ。」


姉と弟は決意した。

「超絶合体!天・地・人!!」
という、いかにも今思いついた掛け声とともに、間、髪を入れず、理性の殻を破った二匹の獣は、奇声を発しながら、その野生を忘れた肉塊に殺到する。

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「!?」

一瞬にして四肢の自由を奪われ、組み敷かれる猫。

「この、醜く肥え太ったドラえもんめ!」

「四次元ポケットはどこだ!どこに隠した!」

などと散々に罵声を浴びせかけられながら腹を揉みしだかれる憐れな猫。

最後には、

「美味しくなあれ、美味しくなあれ。」

と、品質向上の祈願までされる。
(※猫肉は食べておりません。)

そんな、愛猫家が鼻白むどころか白眼さえ剥くような陵辱の宴が展開され、ある者は目を覆い、ある者は「アホな姉弟だ・・」と頭を抱え、ある猫は腹を揉まれながら「ゴロゴロ・・」とウットリしている。

5分程、その狼藉は続いたが、

「さ、仕事しなきゃ。」

「ああ、私も塗装の途中だったんだ。」

という捨て台詞とともに、二人の暴徒は去って行った。

全身を揉みに揉まれた野生の獣はその場に倒れ動かなかったが、果たして野生を取り戻せたかどうかは定かではない。

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ロマンのためなら死ねる。

ウチで使っているコーヒーの豆を仕入れるお店があるんだけど、そこのお店のマスターのロマンチストっぷりときたら脱帽モノである。


ある日の事。
私はコーヒー豆を買いにそのお店までクルマを飛ばした。
そのお店のある街は、以前私が住んでいたところなので、いつもコーヒー豆を用意してもらいながら、カウンター越しにしばらくこの街の近況やら、世間話をするというのが通例になっている。

その日は、たまたまタバコの話になった。

「マスターはタバコ吸うんですか?」
「吸うねえ。体に悪いから、止めようと思ってるんだけど。」
「やっぱ、禁煙はツライんでしょうね。」
「いや?やめようと思えばいつでも止められるんですよ。」
「じゃあ、なんで止めないんです?」
「うん。それなんだよ。俺さあ。例えば、拳銃で撃たれたり、まあ、事故でもいいや。もう、死ぬ!って状況になったとするじゃない?」

・・・喫茶店のマスターが、どうやったら拳銃で撃たれるというのだろう。
当然の突っ込みを入れようかと思ったが、その隙を与えずにマスターは話を続ける。

「そうしたらさ。その場にいる人に頼んで、『最後の一服』がやりたくてねえ。

『最後の一服』というのは、つまりこれだ。

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少し遠い目をしながら、本気なのかネタなのか判断の難しい真面目な表情でマスターは語る。


「男だったらさ、やっぱし『最後の一服』に憧れるよねえ?」

・・同意を求められても困る。

「まあ、そうですね。上手くすると、血管が収縮して止血になるかも知れませんしね。」

「ははは!かもねえ。・・だからさ。いざその時になって、むせたらカッコつかないでしょう。だからタバコを止めないでいるんだね。」


ははあ、なるほど。
こういう理由でタバコを止めない人もいるのか。
大変勉強になった。


果たして、マスターが拳銃で撃たれるような天文学的確率のトラブルに恵まれて致命傷を負いながらも意識があり、なおかつタバコとライターの持ち合わせがあって、その上そこが「禁煙スペース」でなく、負傷者にタバコを吸わせると言う法律的に非常に微妙と思われる行為もかえりみずに喫煙に協力してくれる人間が近くにいるという条件を満たせるのかが気になるが、そういうロマンのために日々喫煙を続けるマスターは、真のロマンチストであると感動すら覚えるのであった。

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万が一という事もある。

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ちょっと前の話なんだけど、23時半頃、コンビニに立ち寄った。

買い物もあったのだけど、ついでに小用も足しておこうとトイレに向かった。
そこのコンビニのトイレの前は軽食などが食べられるイスとテーブルが置いてあって、よく中高生がたむろしてうるさかったりする所なのだけど、その日はオッチャンが座っていた。

何気なくそのオッチャンを見ると、なんとスイカを果物ナイフで切ってシャリシャリ食べている。
どう考えてもこのコンビニではスイカは置いていないので、恐らく持ち込みだろうと思うのだけど、とにかくザクザク切って、シャリッシャリ食べている。

近づいてくる私に気付いたのか、こっちを振り向いたのだが、こういう物騒なご時世で、深夜のコンビニで、帽子を目深にかぶって片手にナイフを持っているその姿は、理屈ヌキに不気味で怖い。

たとえスイカを食べていてもだ。


さりげなく視線が交わらないようにツイッとかわし、なるべく気配を消して、なおかつ全身の注意をそのオッチャンに向けながらトイレに入る。

用を足しながら、また要らん想像が頭の中を駆け巡り、

「もし、トイレから出た時に襲われたらどうしよう・・」
とか、

「トイレから出たら、あのオッチャンが強盗に及んでいたらどうしよう・・」

「相方が店内にいる。襲われないだろうか・・。」
とか考え、万一の時のために、いつか本で読んだ「ナイフを持つ暴漢に襲われた時の対処法」を反芻していた。

①相手の利き腕(ナイフを持っているほうの手)と逆方向に回る。

②腕に布を巻き、それでナイフの斬撃、刺突をいなす。

③腰溜めにナイフを持つ(よーするにヤクザさんのドス持ち)敵に対しては、対処法がないのでとにかく逃げる。

などなど。

よし・・シミュレート完了。
実際には絶対に上手く出来るわけないんだけど、対処法を知っていて、心構えが出来ていれば大分違うとも書いてあったので、この際あの本を信じるしかないだろうと意を決してトイレを出る。


カチャリ。


相変わらずシャリシャリスイカを食べているオッチャン。

すごく美味そうに。
しかし、なぜか右手にはナイフを持ったままである。

・・・やっぱし怖いよ、この人・・!
と心の中で半泣きになりながらも、努めて視線を合わせず、それでも注意を怠らないようにしつつ、足早に店を出た。


多分、オッチャンにそういうつもりは無いんだろうけど、店に商品以外のものを持ち込む事といい、刃物を出す事と言い、一体何を考えているのだろうか・・と思ったし、ああいう人もたまにいるから、コンビニで働く人って大変だし、怖いだろうなあ・・と思った。


しかし、ああいうスリルはカンベン願いたいものである。

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週刊ココログガイドに載る。

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ある日のこと。
いつものように、朝食を終えて紅茶をすすりながらパソコンに向かい、メールチェックをしていた。

メール友達とか、キャッシングの広告とか(私はこういうところでお金を借りた事がないんだけど、なんでこんなに沢山入ってくるのかなあ・・借りないよ?間違っても。)のメールがドコドコ入ってくる中に、ココログ事務局という差出人のメールが入ってきていた。

ココログ事務局???

ココログ利用者への告知だったら、「ニフティ株式会社」で来るはずだし、どうもそういうものではないっぽい。
大体にして「事務局」という響きに、何故か焦りを感じてしまった。
「局」が付くと、「当局」というイメージに直結してしまって(どういう思考回路だよ・・)、私の頭の中では、「当局からの出頭命令」??

という傍から見ると非常に滑稽で無理めな連想をしてしまったのだ。
(でも、ホントにしたのだから仕方が無い)


反射的に謝罪のメールの文章を考えながら、恐る恐る件名を見てみると・・

「ココログご紹介のお知らせ」

となっていた。

ココログの紹介??
あ!まさか!?

メールを開封してみる。


「言戯」管理者様
あなたのココログを「週刊ココログガイド」で紹介させて頂きます。


ななななんと。
あの週刊ココログガイドに載せるですと??

他にいくらでも立派なサイト、ためになるサイトがあると言うのに。
よりによって私の拙いブログを公式ページで紹介するとおっしゃるのですか。
ニフティさんも思い切ったことをするものだ・・。

と、変に感心しながらも、なんだか自分の書いたものが少しだけ認められたような気がして、すごく嬉しかった。

まあ、それでも、もしかしたら巧妙なイタズラかも知れないと思ってごく身内にしか話さなかったのですがね。

掲載予定日に、ドキドキしながら週刊ココログガイドを開いてみると、確かに紹介されていました。

嬉しいやら恥かしいやら。

紹介文も、

若き陶芸家、そんちょさん(または「寿」さん)による日記風エッセイ。短歌やイラストを駆使し、ユーモラスながらも芯の通った文章が読ませます。

ではー!!(?)
「若き陶芸家」って書かれると、スゲエカッコイイ!
ホントは陶芸だけではとても食っていけなくて、石窯ピザ焼いたりしてなんとか生き長らえているのに!(笑)
しかし、私の書くものって、「日記風エッセイ」だったのか・・。

初めて知った。


まあ、とにかく、せっかく紹介していただいたのですから、これからも無理せず、ゆるゆると描いてゆきます。
ニフティと紹介記事を書いてくださったスタッフの方、そして、毎日見てくださっている物好きな皆様、ひたすら感謝。です。

ありがとうございます。

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ハリーポッターよりも驚いたのは

私は映画が好きなのです。

どのくらい好きかというと、映画館には観に行かず、DVDが出るのを待って、しかもかなり気が向いた時に借りてきて、「観るのめんどくせえなあ・・。」とブツブツ文句言いながら寝転がって観て、映画が終わってスタッフロールになったらさっさと消して、「ああ・・疲れた。でも面白かった。」というくらい好きなのです。

全体には非常に「嫌いなんじゃないか?」という雰囲気が付きまといますが、最終的に「でも面白かった。」と言っている以上「好き」なのです。

んで、映画館には滅多に行かないこの私が、昨日はどう言うワケか劇場に足を運んでしまいました。
「ハリーポッター~アズカバンの囚人」を観るためです。

前作、前々作はDVDで観たのですがね。
姉が「一緒に行かない?」と誘ってくれたので、じゃあ、行こうかな・・とノコノコついていったわけなのです。

会場に入って、映画の前にCMやら注意事項やらが上映されているんですけど、その時点で

「・・音、デカイなあ・・」

と思っていたのですが。

これから上映される映画の予告編に入って、また一段と音が大きくなった。

「うひい~・・これは・・カンベンして欲しいなあ~」

早くも泣き言を漏らす私。


本編開始直前。
画面に「5.1chドルビーサラウンド」と写るや否や

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明らかに私の鼓膜を壊しに来ているとしか思えない大音響。
空気中を疾る音の振動に押し潰されそうな感覚。
「うるさい」を通り越して「痛い」と思うほどの音波に撃ち付けられた。

きっと、会場に入っているほかの人もこの大音響に驚いているに違いない・・と、それとなく周りを見てみたが、みんな涼しい顔で鑑賞している。
うそ!?
変な汗が出ているのは俺だけ!?
あんた達、絶対おかしいよ!
と、心の中で理不尽な非難を浴びせ掛けてやった。

しかしこれから、約2時間コレを聞くのか・・と思うと暗澹たる気分になったが、いざ本編が始まると内容が面白くてそれどころでなくなったのが今考えると悔しい。

まあ、ハーマイオニーの叫び声だけがマンドレイクのそれに聞こえるほどだったが、良しとしよう。


映画が終わって、会場を出てきたら売店があり、そこにハリーポッターグッズが並べられていた。
良く観ると、売り物ではないと思うのだけど「ホウキ」が並べてあった。

すかさず姉に

「姉さんよ。ホウキ売ってるぞ。アレ買ったら飛べるんでねえかな。」
と言ったら、

「ああ、じゃあトシさんそれで帰って。わたし車で帰るから。」
と言われた。


・・・

あまりにもヒドイ姉の一言に酷く傷つき、ホグワーツに入学出来なかったわが身を恨んだ事は言うまでも無い。

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照れる。

いつものように石窯と厨房と工房を走り回るお昼時。

ピザの注文や何かで厨房と石窯の間を走り回っている私をニコニコして見ている家族連れの方がいて、「ピザ焼いてるのがそんなに楽しいんかなあ?」と思っていたのだが。

その家族連れのお客さんがショップの方で買い物されている時に、少しだけ話をする機会を得てようやくその理由がわかった。

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ああー!
このブログを見ている方だったのね!

なんと、この日常の些細な事をやたら大袈裟に描くこのページを楽しみにしてくださっているという奇特(失礼!)な方たちだったのである。


結構、「HP見てます~!」と言ってくださる方は多いのだけど、そのたびにちょっと照れてしまう。
何故なら、結構赤裸々な事を書いているから。(笑)

しかし、実際に会う人にお褒めの言葉を頂くのはとても嬉しく、描く気が湧くというものだ。

これからも頑張らずに、時間のある時に無理せず適当に書き綴っていこうと心に固く誓ったそんちょであった。

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姉にも見合い話が・・

昨日、ウチの母(60歳既婚5人の子アリ)に「見合い話」を持ちかけてきた会社が、再び電話をかけてきた。
しかも、今度は姉のウチにである。


ピリリリリリリ!ピリリリリリリリ!


姉のウチの電話が鳴る。
受話器を取った。

「こんにちは!私、●●●の者ですが、今日は●●●さん(姉の名前)に出会いの場をご紹介させて頂こうとお電話したんですよー!」

「え?私、結婚してますけど。」

ここで謎なのは、このお見合いパーティーを主宰する会社は、何故、既婚者にしか電話をかけてこないのかという事である。

「え??・・・あ、あの、●●●さんの御宅に独身の方はいらっしゃいませんか?」

「はあ。いますよ。」

「あ!では、そちらの方に代わっていただいてよろしいでしょうか?」

「ええ。構いませんけど、それって年齢制限とかは無いんですか?」

「ありません!(断言)」

「・・ならいいのですけど、ウチの独身者は

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「し、失礼しましたー!」

ブツッ。
ツー、ツー、ツー、


「だって。あたし、なんか変な事言ったかなあ?」

そう語る姉よ。
あなたが天然でやっているという事は分かっているのだが。

あまりにグッジョブ。

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母に見合い話が。

ポロロロロロ・・ポロロロロロ・・

電話がかかってきた。
母屋の方で電話を取った兄が、厨房にいる母に内線を繋いでくる。

「お母さん、イワブチさんって知ってる?女の人。」
「イワブチさんなら2人知ってるけど、女の人?」

とにかく電話を繋いだ。


しばらく話をしていたのだが、どうも様子がおかしい。

「はい。はい。・・・はい?」

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?????

なぬ?
なんだ?今の受け答えは??

ニヤニヤしながら電話を切る母。


「なんだったの?今の電話。」
と聞くと


「私に『お見合いしませんか』だって!ほれ、結婚相談所とかそういうのあるべや!」
「はあ?なんで母ちゃんに?」
「知らない!向こうもびっくりして『すみませんでした~!』だって!あははははは!!」

笑う母。

あははははは。
思わずつられて笑ってしまったが、どうして母に結婚相談所から電話が来たのだろうか?
もしかしたら、何かのアンケートにまた「(残り)26歳」とか書いたんじゃなかろうか。
「しない」とは言い切れない人だけにちょっと慄然としたが、本人に覚えは無いらしい。

まあ、また悪い虫が騒ぎ出して
「どれ、んで一度お見合いしてみっか!」
とノリノリにならなかっただけマシだという事にしておこう。


・・しかし、なんでまた60も過ぎた母にそういう話がきたのだろうか・・?
永遠の謎ではある。

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空には星、庭にはホタル。

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ウチの庭には普通にホタルが出る。

一年のうちで、たった1週間程なんだけど、その一週間が、どうやら一昨日あたりから始まったらしい。

庭のせせらぎに黄色に少しだけミドリを混ぜたような光が、儚げにただよい、空に浮かぶ満点の星とあいまって、とても幻想的な光景を見せてくれる。

とても、目の前でホタルの乱交が行われているとは思えないほど綺麗。


・・・


あ、いけね。
また台無しにしちゃった。

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彼女の資質

彼女(以下「相方」と呼ぶ)がチャレンジャーだという事は、以前にも書いた

無意識に、過去の経験や、人や本の情報を聞いたり見たりしてモノを選ぶ私は、そんな相方の生き方に興味があって仕方がなくて、ついこないだも前と同じように

「何か、飲み物を買おう。」

という事で、コンビニに立ち寄った。


相方はいつものように

①新製品とか、あまり他では見かけないもので、
②今まで飲んだことが無くて、
③変わったキャッチフレーズのモノ

を物色している。

私は興味津々で、並んで様子を見ている。

そして彼女は選んだ。
「微炭酸●●●」
※敢えて商品名は隠します。


・・また、変わったものを・・

・・・ふむ?いや待て。

これは、割と美味そうだな。
「ありそうでなかった取り合わせの飲み物」だ。

思わず興味を引かれ、手に持っていた「レモンウォーター(安定)」を棚に戻し、相方と同じモノを手に取る。

「これは、美味そうでね?」

「でしょー。微炭酸で、●●●だよー?ミネラルも入ってるよ。」
いや、ミネラルはいいんだけど・・。


さっそく、会計を済ませ、クルマに乗って飲んでみる。

プシ!

「お!開けた時の泡が綺麗だよ!」
「あー、ホントだー。」

予想外な演出に、否が応にも期待は高まる。

ごく、ごく、ごく・・


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・・・

・・・

別れ話が出てもおかしくないほどの気まずい沈黙が車内に充満する。


「・・私、強要したわけじゃないからね。」
私の視線に非難の色を見たのか、相方はそう釘を刺した。

「・・いや、分かってるけど、これは目眩がするほど不味いな。」
「んだね。」
「ジュースのクセに、ノンアルコールビールみたいな味がするのはなんでだろう?」
「・・・ミネラル?」
ミネラルかい。
「なにか、こう、ハッキリした味が来る前に終わっちまうような味だよな。」
「そうだねえ。どっかで100%オレンジジュース買って割ろうか?」
「いいねえ。俺はコレ2:コーラ8くらいで割るわ。」

などという暴言まで飛び出すほどの検討会が行われた。
結局、今までありそうでなかった取り合わせは、やってもしょうがない取り合わせだったという事であり、おそらくメーカーもシャレで出したのであろう(そんなわけないのだが)ジュースであるという事が分かった。

150円損した気分にはなったが、いい機会なので相方に、なんで毎回違う物を買うのか、その理由を聞いてみた。
答えはこうだった。

「とりあえず、新製品には興味があるし、誰かに聞かれた時に『これは美味しいですよ。』とか言えるでしょ。その、『先に知ってる』のがいいの。」

という事だった。

ああ、なるほど。
それでひとつ分かった事があった。

相方は、実に色んな事を体験して知っている。
そして、それを惜しげも無く教えてくれる。
勿論、自分の好奇心もあるのだろうが、そうやって知らず知らずのうちに情報を貯めこんで、気前良くそれを人に教えることで「情報をおごっている」のだ。

この「情報をおごる」というのは、以前、「日刊イトイ新聞」で読んだことなんだけどね。
「情報をおごる人」というのは、「情報をおごられやすい人」という事で、結果的に情報を集める最適な手段という事を書いてあった。
「情報」が、「情けに報いる」と書いているんだから、それは実に的を射ていると思うんだ。

多分、相方は自分の持って生まれた(あるいは経験から身に付けた)そういう「能力」に気付いていないと思うけど、実はそれは大変得がたい能力であり、彼女の不思議な人徳のひとつなんだろうな~という事が分かった。

別にノロけているわけではないけど、好きな人の尊敬すべきところを見つけるって、とっても嬉しい事だよな。
と、思った。

おしまい。

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鼻の脂が・・!

ついこの間、薬局にブラリと入る機会があり、そこで毛穴スッキリパックを見かけた。

あのペリペリ~っとはがすと、鼻の毛穴に詰まっている脂がミリミリと取れ、

「おおお!」

と驚けると評判のアレだ。


前々から、一度やってみたいものだという願望があったのだけど、男はそんな事するものではないという日本男児的な訳の分からない矜持みたいなものが邪魔をして、手が伸びなかった。
それに、そんな小細工しなくても十分男前なので別にいいかと思っていたのもあるのだが。(ウソです。ごめんなさい。)

しかし、興味あるものは一度試してみるべし。と、まるで万引きでもするかのようにコソコソと手にとり、レジに運んだ。

買った!
うへへ。
買ったぜ。

まるで初めてエロ本を買ったときのような安堵感と達成感と充実感。

さっそくウチに帰り、試してみる。


鼻を水で濡らして~。
フィルムから剥がして~。

ペタ。

・・・


(3分経過)
なんか、いづい。(東北弁で鬱陶しいとかそういう意味。)

(7分経過)
確か、説明書には10分から15分とか書いてあったな・・。
なんか、涼しいような熱いような感じがしてきた。

(9分経過)
ああ・・なんか、ヤな感じ。
なんだろうか、この圧迫感は。

・・・もう、いいだろう。
いいよな。

辛抱たまらず、剥がす事を決意。

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はがががが!

ツラの皮がコレ以上なく伸びている感じがする。

みりみりみり・・プチン。

取れた~!
これが、産みの苦しみと言うヤツかあ!(絶対違う。)

ふふふ・・
一体、どれだけの脂がこの膜の上に屹立しているのだろう・・

どきどきどき・・

いざ!


・・・

あれ。

全然取れてない。

んなアホな。


もしかして、時間が早かったのか?
やっぱし、説明書どおりにしないといけなかったのか。(当たり前だ)

うう・・。
なんだよ。

さすがに二回連続で張り付けて剥がすと、取れてはいけないものまで取れてしまいそうな気がするので少し間を置いてからもう一度チャレンジする事にする。

私の鼻の脂がゴッソリ取れるのは一体いつになるのだろうか・・。

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取材される。

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それは、朝に突然告げられた。
「今日、ラジオが取材に来るよ。」

「・・・ああ、そう。」

なんでも、昨日の夕方くらいに「明日、ラジオカーでそちらにお邪魔してもよろしいでしょうか?」という旨の電話があったらしくて、それを承諾したらしいのだ。
前日の夕方というのが否応無い感じがして面白いと思った。

ちなみにそのラジオは、「東北放送(TBC)」という放送局から、主に仙台を中心に流されているAMの番組で、私も車や仕事中などによく聞いているからなじみは深かったりする。

題名は、「漢太のウキウキラジオ」という。

そんなこんなで、お昼チョイ過ぎ頃に、そのラジオカーはやってきた。
我が家は山々に囲まれているため、今時携帯電話の電波も通じない。
ある意味、今時貴重な立地にあるのだ。
だから、スタッフの人方は、ラジオカーから電波を送るのに随分と苦労しているようだった。

そんな様子を、家族全員ニヤニヤしながら眺めている。

「ふふ・・果たして送れるかしら?電波を。」

と言わんばかりの態度で見守っている。
しかし、程なくかろうじて電波を送れるポイントを見つけられてしまった。
家族全員、内心「チッ・・」という舌打ちをしたことは言うまでもない。

別に、ラジオのスタッフさんに恨みがあるわけではなく、ただ、トラブルが好きなだけなのだ。
そこだけは誤解しないでいただきたい。

生放送なので、事前にある程度のおおまかな段取りを説明される。
どうやらそれぞれのやっている仕事を自分で紹介していって、「家族全員職人一家」というテーマで行くらしい。
当然、私には

「次男のトシです。陶芸と石窯ピザやってます。」

というセリフが当てがわれたわけなんだけど、またここで要らんドス黒い欲望が頭をもたげてきた。

「次男の●●●です。●●●●、●●●で、●●●●!なんつって~!トロピロプ~~!」

ああ・・・!言いたい!放送禁止用語!!

取材にはまったく緊張しないくせに、そちらの想像から生まれるスリルが脳の中にドーパミンやらアドレナリンやらを噴出させ、体温が上がり、鼓動は早くなり、ついでに鼻息も荒くなってきてしまった。

まさに、このラジオの生殺与奪権は、我が手中にあると言っても過言ではない。
ドキドキドキ・・・。
イクか?
イッちゃうか・・?

そんな極めて危険な思想を持っている異分子がいるとも知らず、ラジオは生放送を始めた。

リポーターのかわのめえりこさんの第一声は、

「皆さん、同じ顔をしていますねえ~!」
(上図参照)

やはりそう来ましたか。

そう。
ウチは、兄弟全員母系の顔をしている。
歳を重ねるほどに顔が似てきて、なるほど良く似た塩基配列が施されているのだろうと容易に予想できるほどなのである。

良く似た表現に、
「判で押したような顔」

と言った人もいたが、それは別の話。


その「よく言われる事」から、生放送が始まったわけだが、ここでまた我が家特有の世界が発動する。

全員が「我こそは」と言わんばかりにウケを狙いにゆくのだ。
実は今まで何度かテレビやラジオの取材を受けているため、取材慣れしているというのもあるのだが、生来の無駄で不利益なサービス精神、いや、本能が、本日一番のウケを我が物にしようと骨肉の争いを引き起こさせるのである。


その結果。
今回は兄が一番のウケをかっさらっていってしまった。

家族全員、内心

「チイッ!奴に持っていかれたぜ!」
「何、マグレさ、運のいい奴!」
「アイツ、最近調子コイてるよな!」

と思っていたかどうかは定かではないが、まあ、とにかく無事に生放送は終わったわけなのだった。


しかし、いつも思うのは生放送で喋るアナウンサーって凄いなあ・・という事。
だって、今、自分が喋った事が何千、何万と言う人が聞くわけだから。
やり直しも聞かないし、大変なプレッシャーだろうなあ~と思う。

生放送というと、すぐに禁止用語を言いたくてムラムラするような私には到底無理な職業でしょうな。

あ、そう言えば禁止用語、言わなかったなあ。
千載一遇のチャンスだったのに。

なんつって。
言わない言わない。
大人だもん。

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台風が好きだ。

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実に不謹慎極まりないことなのだが。
地震やカミナリ、台風など、
身の危険を感じない程度の天変地異が起こった時に、はしゃいでしまう癖がある。

一昨日来た台風も、だんだんと強くなってくる風と雨を、ワクワクしながら見ていたのだが、私の住む東北地方は、いつも勢力がすっかり弱くなった台風しか来ないので、そのスリルが楽しめずにいる。

いや、台風で深刻な被害のある地方からみると非常に呑気な意見で申し訳ないのだが、別に荒れる海を観に防波堤まで行って波にさらわれるような楽しみ方まではしないのでカンベン願いたい。

その代わり、東北地方は結構デカイ地震が多いから、それで「おあいこ」というものだろう。


んで、台風。
台風が来て、暴風雨になると、車に乗って出かけたくなる衝動に駆られる。
用も無いのにその辺をそぞろ歩いて、車と言うカプセルの中から自然の猛威を鑑賞して、ひたすら感動したり、わざわざ外に出てビュービュー吹き付ける風や、バチバチ当たる雨粒に大笑いしながら自販機でジュースを買い、クルマに戻って「すげー!すげー!」などはしゃいでみたりするわけだ。

つまり、台風プレイをする変態なのだ。

自己申告だよ。

変態宣言。

♪お前を嫁にもらう前に言っておきたいことがある
かなり引かれる話もするが
俺の奇癖をきいておけ

と言った感じですよ。


なにか問題がありますか?

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眠い時は動かない。

私が机に向かって微動だにしない時は、仕事の姿勢のまま寝ているんだ!気をつけろ!
~ナガイヒデカズ風~

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仕事中、突然睡魔に襲われた時、私は抗う事無く寝ます。
それも、突っ伏したり、イスに寄りかかったりせずに、そのままの姿勢で。

5分程寝て、また何事も無かったかのように仕事を続けます。


周りに人もいますが、私が寝ていることに気付く人はまずいませんな。
ほほほ。

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(笑)の使いどころ

「笑う」というのは、人間くらいしか使わない(えない?)素晴らしいものだと思うのですよ。

「うれしい」とか、
「おかしい」とか、
「おもしろい」とか、
そういう正方向のエネルギーを分かりやすく表現して、それらを他の人と分かち合う事も出来るという、とても便利で貴重なものだと思うのです。

しかし、ひとつ使い方を誤ると、一個前のネタで触れた「苦笑」や、「嘲笑」、「冷笑」などのそこはかとない「負のエネルギー」を無差別放射する凶器ともなり得るものでもあります。

本人にその気は無くても、相手の取り方ひとつで誤解が生じ、ついには取り返しのつかない事態に発展してしまう事も珍しくはありません。

そこは「夏への扉」さんの方に書かれているとおり、何かを勘違いしていたり感情の表現が下手すぎたりという事から来る事もあるのですがね。
特に若い子に多いのですが、感情の表現が出来ない人。
異常に疲れている感じというか、自分に見切りをつけてしまっている感じの人。
大丈夫か?と心配には・・ならない。

「なんじゃ、コイツ、どっか壊れてんな。」

と思うだけですが。


まあ、そこ行くと私なんかは

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と言った感じに、薫風が吹き荒ぶほどの怒涛の爽やかスマイルを会う人遭う人逢う人に無差別乱射しておりますので、誤解を生じさせる暇さえ与えないのですがね。

しかし、「夏への扉」さんのトラックバックの題名「ドラえもんが高枝切ばさみを出した夢をみた。」が、内容と全然関係無いという事に一抹の不安を覚えるのですが。


そして、A.T.K.T.さんでも書かれているネット世界での

(笑)、
(苦笑)、
(爆)、

の乱発の是非。

確かにそうなんですよね。(笑)
使いどころが難しい。(苦笑)
読み手次第ですからね。(爆)

大体にして(笑)だけで感情を表現しようとするから誤解が生じやすいのであって、もっと分かりやすく表現すべきではないかと思うのですよ。
思いを他人に伝える時に、労を惜しんではいけませんものね。

つまり、こうです。

笑いって難しいですね(笑)

ね?
誤解しようがありません。

私は、この(笑)リンクが、必ずやアスキーアート、顔文字の次に「来る。」と踏んでいます。

まあ、来ないとは思いますが。
来たらヤダなあ・・。

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苦笑癖・・。

「喋り方」というものは、百人百様あるものだけど、こないだ、かなりレアな「癖」を持つ人に遭遇した。

郵便局の「ゆうぱっく」という宅配サービスで、集荷をお願いした時の事。

電話してから、1時間ほどして、若い兄ちゃん(と言っても私と同じくらいだが)が、郵便局の軽ワンボックスカーに乗ってやってきて、量りやら書類やらを満載した黄色いカゴを携えて降りてきた。

「あ。ども~!集荷ですよね?お世話様です~。」
と、にこやかに挨拶をしたら、

ちょっと伏せ目がちに、唇を片方微妙に歪ませて、
「あ、ども。まいどありがとうございます(苦笑)。」
と、挨拶を返された。


・・・

(苦笑)された??
なんか、俺、変な事言ったか?

思い当たるフシがない。

「・・あ、荷物、コレです。」

「はい。お邪魔します(苦笑)。」


また(苦笑)。

なんだろうね、コイツは。
腹立つな!

と、思いつつ、それでも飽くまで顔はにこやかに対応していたのだが。

「これ、中身はなんですか?(苦笑)

「割れ物です。」

「割れ物・・と。(苦笑)

あ。
そうか。

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この人、「癖」なんだ。
やっと分かった。

実は、身内にも「冷笑癖」がいるんだけど、それは感情の抑えが効かないから出るもので、それとは違って、この人の場合、おそらく自分なりに精一杯愛想を良くしているつもりなんだけど、上手く出来ていないんだろう。

結果として、相手に与える印象は、正反対どころか最悪なんだけど。
でも、そう考えればそんなに腹も立たなくなった。

こうやって他人を理解して、受け入れるって、素晴らしい事だよな。
こんなに清清しい気持ちになれるなら、これからもこうやって生きてゆこう

と、心の中に雪融けの清水が流れ行くような、新たな生命のの芽吹きを見るような、人として、一皮剥けたような感覚を覚える私。

そうこうしている間に、この不器用なお兄さんは引き上げてゆく。


「じゃ、よろしくお願いします。」

「はい。確かにお預かりしました。ありがとうございました(苦笑)。」


ムカ!!
いや、やっぱり生理的に腹立つわ。コイツ。

にゃろう、客商売なら、もっと愛想良くしやがれバカチン!


ああ、いけねえ。
全然、剥けてなかった。

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腹巻王~ハラマキング~

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皆さん、ハラマキ、着けてますか?

ハラマキ。

私は、冬は終日、夏は寝るときだけ装着しています。


私が、ハラマキ愛好者、いわゆるハラマキストになり、ハラマキの素晴らしさを伝えるべく、「ハラマキング牧師」を僭称するに至ったのは、以前、こっぴどく胃を壊した事(単なる急性胃炎でしたが、生涯初めての内臓疾患だった。)がキッカケでした。

約1ヶ月ほど、殆ど何も食べられずに痩せ衰えてゆく私を思って、当時メール友達だった今の相方が、

「これを着けて養生してな。」

と、送ってよこしてくれ、それを着けたのがハラマキとの出会いであり、現・相方に対する感情が、友情が愛情に変わった瞬間だったのかもしれませんし、そうじゃなかったような気もします。


・・まあ、とにかく。


ハラマキは素晴らしいのですよ。
冷えが大敵の腸などをしっかり保温し、おなかを適度に締め付けて内臓の働きを助け、胃下垂などを防止し、食べ過ぎまで防いでくれ、女性の場合、くびれを強調してハラマキナイスバディを演出してみたり、男性の場合、逆三角形の逞しい体を実現したり出来るのですよ。

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ご覧のように、微々たる変化かも知れませんが、確かに効果はあるのです。


一見、良い事尽くめのハラマキですが、欠点もあります。

見た目がオッサン臭くなる。
脱着時の姿がかなりマヌケっぽい。
お風呂に入る時に、うっかりハラマキだけ脱ぎ忘れて、全裸にハラマキという異常事態を引き起こす。

などです。

特に3つ目の全裸にハラマキというのは、全身が脱力するほどマヌケなので、注意が必要です。

しかし、それらの些細なデメリットを差し引いても、ハラマキは献身的に貴方を助ける、第二の伴侶となってくれることでしょう。

まだ、ハラマキに出会ったことが無い、またはハラマキに対する恥かしさが拭えないという方は、思い切って一度着けてみてください。

必ずや、素晴らしきハラマキ世界に気付くはずです。

さあ、こっち来いよ!

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挑戦し続ける女

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彼女は挑戦し続ける。
そう、永遠のチャレンジャーなのだ。


こないだのジンジャーエールもそうなのだが、相方は、必ずと言っていいほど明らかにヤバそうなものに敢えて手を出す。

ヤバそうなものというのは、非合法なものとか、体を悪くしそうなものとかではなく、明らかに見た目、商品名などから「これはダメだろう。」と思われるものに、惹かれるようなのだ。

こないだも、飲み物を買おうという事になり、コンビニに立ち寄った。

私は、無難にミネラルウォーターを選択。
相方は、「脂肪の燃焼がどうのこうのの、レモンがどうだらすたたらの」ジュースと、「にがりがどうの」という謎の飲み物とで悩んでいた。

明らかに、どっちに転んでもヤバい。


そして、結局その2択の中でも、悪い結果が予想される方をチョイスした。
恐らく、これからおこるであろう「過ち」は、止めるのが相方の務めであるから、一応止める。

「タナ(仮名)さ、それは止めた方がいいと思う。」
「なんでー?意外に美味いかも知らんやんかー。」
「いや、絶対後悔する。」
「まー、いいじゃないスか。」

制止空しく、それをレジに持ってゆく。
そして、案の定、上図のようになった。


ほぼ毎回、その「ヤバいブツ」を少し飲ませてもらうのだが、確かにドキドキするほど不味いモノが多い。

「・・これは無理だろう。」
というものでも、キチンと完食、完飲するのは、さすがに元・名古屋人と言ったところだが、何故、毎回そんなハイリスク・ローリターンの賭けをするのだろうか。
それは、「一期一会」を楽しんでいるのかも知れないし、「好奇心」が抑えられないのかもしれないし、明らかにマイナーなまま消えてゆく物への「理解しようという心」なのかも知れないし、こないだのジンジャーエールのように、「意外と美味しかったモノ」を発見した時の喜びが好きなのかも知れない。

なにしろ、「変わったもの好き」であることは間違いない。
「変わった、物好き」かも知れない。


・・・ん?

・・・変わったもの好き?

・・・もしかして、私と付き合っているのも、「変わったもの好き」だからか・・!?

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プレゼントの中身

プレゼントは「欲しがっているもの」ではなく、「あげたいもの」をよく考えて、選びたい。

以前、仲間内の方から「パジャマ」を頂いた。
別に、誕生日でもなんでもなかったのにどうしてだろう?と思っていたら、
「以前、夜にお邪魔した時、ジャージを着て『これがパジャマです』って言ってたでしょ?それじゃ体に良くないからこれを着て。」
と言われ、密かにかなり感動した事があった。

他人からプレゼントをもらうと言うのは、実に嬉しい事だ。
モノ云々よりも、その人が心や時間を割いてくれた物というのは、その気持ちが嬉しいものなんだな。

でも、最近の風潮なのかなんか知らないけど、

プレゼントは欲しい物をもらうというのが「常識」になりつつあるみたいだ。

たとえば、相手の望む好きなものを買ってあげたり、
もらう側が、「●●●が欲しい」と言ってしまったり。
あげる側が「何が欲しい?」と聞いてしまったり。


・・それって、どうなんだろう?

キレイ事かもしれないけど、プレゼントってのは、主役が「気持ち」で、「モノ」はそれを分かり易くしたに過ぎなかったんじゃないだろか。

欲しいものだけ買ってってのは、単なる「おねだり」ではなかろうか。

欲しい物をくれと言うのは、あげる側に、「気持ちはいいから、モノだけちょうだい」と言っているのと同じではないだろうか。

あげるモノを聞いてしまうのは、「相手について考える事の放棄」ではないだろうか。


いつから、プレゼントと言うのは
「おねだりする権利」になってしまったのだろう。

確かに、贈り物ってむつかしい。
相手のことをよく考え、思いやって観察し、自分の身の丈に合った物を選ぶと言うのは、実に大変だ。
でも、それだけに尊いものであると思う。

だからこそ、「欲しいもの」ではなく、「あげたいもの」を選ぶべきではないのかなあ・・と。

思う。

違うかなあ。

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親父の「ありがとう」

ニフティのココログページで、「ありがと。blog」ってえのをやっていて、それのお題が「お父さんからのありがとう」だかだった。

「お父さんへの」ってのは割かしよくあるけど、、「お父さんからの」ってのは意外と無いもんで、たまたまそのテーマが、最近あった出来事に見事に合致したので、書いておこうと思ったわけだ。

他のウチの父親というものはよく知らないけど、ウチの親父さんは、まずもって「ありがとう」などという事は言わない。

28年親子やっているけど、「ありがとう」などと言われたことはとんと記憶に無い。
それは、ただ単に自分が親不孝者だったからかも知れないし、感謝されるほどの才覚が無かっただけかも知れない。

もしかすると、

・・いや、これは無いと思うのだが、

ひょっとすると、

照れて言えないだけかもしれないのだが。


まあ、その辺は分からない。


しかし、こないだこんな事があった。


ウチの陶芸の工房では、主に私と親父さんが陶器作りをしている。
親父さんがちょっと用事があって、クルマで出かけていたのを何となく見送って、自分の仕事をこなしていたら、ふと親父さんの作りかけの品物があるのを見かけた。

その日は天気も良くて、風も乾いていたので、陶器の乾燥も早かったのだ。
作りかけのその品物は、取っ手を付けないといけない物で、母体が乾燥しすぎると、後からくっつけても取れてしまうため、すぐに出来ない場合は乾燥度合いを合わせるために濡れタオルなどをかけておくのが常識となっているのだけど、たまたまそれを忘れていってしまったようだった。

そいで、こりゃあいかんと言うので何気なくタオルを濡らして、品物にかけておいた。
別になんて事の無い事なので、それっきり忘れていたのだけど、親父さんが帰宅してきて、厨房でピザを作っていた私のところへドカドカと入ってきて、いつものムスリとした表情で

「トシ!(名前の一部)タオルかけてくれたのな!」

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と、言い捨てて、プイと工房に取って返していった。

その場に居合わせた姉二人、母、そして私も、しばし呆然としていた。

一同
「・・・」

「・・今、父ちゃん『ありがとう』ってゆったよな・・。」
「うん。ゆった。」
「めずらしい~っつか、初めてでね?」
「んだかも。」
「もしかして、俺、5人兄弟の中で初めて父ちゃんに『ありがとう』って言われたんでねえかな。」
「多分、そうだよ。すごいねえ。」
「すごいよなあ。すげえ、俺。(笑)」

一同、またしばしの沈黙のあと

「・・・父ちゃん、大丈夫か・・?」


家族がみんな不吉な予感を感じるほどの珍事だった。

ウチは商売をしているので、お客さんとか、友人とか、知り合い、他人なんかに対する親父さんの「ありがとう」はしょっちゅう聞いてるし、見ている。
でも、肉親とかには滅多に言わない。

それは何となく分かる気がする。
肉親とか、付き合いが長かったり、近かったりするほど、意外と「ありがとう」は忘れがちになってしまうものだ。
感謝の気持ちが無いとかではなく(まあ、「当然だろ」と思ってしまう事もあってしまうのだけど)、何となく、言うのがわざとらしく思えてしまうのかも知れない。

特に、普段言わないような人は、照れくさいし、言いづらいだろう。
言われる方も、「ありがとう」と言われてみると、なんともこそばゆく、照れくさいものではある。

それが、普段言わない人に言われたなら尚更だ。

それでも、やっぱり「ありがとう」は必要だなあと再確認した。

有難う。

「あり難い」。

あり難い事をしてくれて、感謝していますという事だ。

ありがとう。
良い言葉じゃないか。

これはむしろ、近ければ近いほど必要な言葉だと思う。

ありがとう。
足りてますか?
ありがとう。

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うどん屋にて

近所に、うどん屋さんが出来たらしい。
その情報を聞きつけ、簡単なメニューを書いたチラシも入手、昨日、相方と連れ立って潜入する事に成功した。

いや、ただ入店しただけなんだけど。


店に入ると、たまたま宮城のローカル番組の取材が行われていて、店員さんもすこし興奮気味に

「いま、取材が入っておりまして、少しバタバタすると思うのですけど、よろしいですか?」

と聞いてくれた。

構わない旨を告げて席に案内されたのだが、もし、インタビューされた時、どう答えたものかという事に思いを巡らせていたのは言うまでも無い。

「感動しました!」
とか、
「泣けました!」
とか、
「ブラピ最高!」
とか言えばいいのだろうか。

相方に相談してみたら、

「ブラピなんだ。」

という、どちらとも付かない反応を頂いた。


メニューは、自分の中でほぼ確定していた。

梅ワカメうどん。

妊婦さん並にサッパリしたもの好きな私は、これを頼もうと心に決めていた。

だって、梅とワカメだよ。
間違いなく毛根にも優しいハズだ。

メニューが来て、店員さんが色々説明してくれる。

懸命に説明してくれる店員さんには悪いが、私の中ではすでに梅ワカメが確定しているのだ。
何を迷う事があろう。

店員さんが一通り説明を終えたのを見計らって、
発注の機会を見た。

いざ!

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バカな!

絶妙の呼吸で「オススメメニュー」をねじ込まれてしまった。
私の中のサッパリしていて、それでいて毛根に優しいであろう梅ワカメうどんは、一瞬にして、辛さが自慢の角煮カレーうどんに改ざんされてしまったのだ。

きっと、サッパリはしていないし、その刺激は毛根にも厳しいことは想像に難くない。

別に、毛根に不安を抱えているわけではないのでいいのだけど、梅ワカメを失った悲しみは、私の心の中に嗚咽を満たすには十分過ぎた。

努めて顔には出さぬようにしていたが、相方が一言

「気を落とすな。」

と言ってくれたので、なんとか立ち直った。

角煮カレーうどんは、なるほど美味かった。
さすがオススメメニューだ。
少々辛いのがアレだけど、うどんも美味しいし、角煮もやらかい。
やはり、カレーには豚肉だよな。

食べているうちに、どうやら取材が終わったらしく、
「お騒がせしたお詫びに」と、
店内の全員に
ジュニタオルが贈呈された。

ジュニ。
あの可愛げのないキャラクターが不敵に笑っている。

おもむろに、カレーの辛さで噴出したこの汗を拭って、とめどなく流れ出るこのハナミズをなすって、汚してやろうかというドス黒い衝動が突き上げたが、横にいるつぶらな瞳のウシと思しきキャラクターに癒されることに成功し、許してやった。

そうさ、梅ワカメくらいいつでも食える。


店を出る時に、粗品をもらった。

醤油差し入りの醤油。

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・・・

今まで、色んな粗品をもらったが、さすがに「醤油差し入り醤油」などという大胆不敵な粗品は初めてだった。
クルマに置く所がないので、缶ホルダーに入れておいたのだが、クルマの缶ホルダーに鎮座する醤油差しというのはなかなかに風流だという事が分かった。

事情を知らない人がそれを見たら、

「ジュース代わりに醤油を飲むんだ・・」
とか、
「江戸っ子なんだな・・」
とか思われることは疑いの余地なく、新たなる憂いを催させるには十分だった。


ああ・・それにしても、梅ワカメ。
きっと、いつの日か。

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もっとも「死」に近い時

もっとも「死」に近づいたのは、おそらく中学生の時分に起こした交通事故だと思う。

「おれ、しぬかも・・」

と、冗談や誇張ヌキに思ったのは、後にも先にもあの時くらいなものだろうなあ。

なんで突然そんな事を言い出したかというと、ココログの「トラックバック野郎」のお題が「人生最大のピンチ」だったからなのね。

人生にピンチはつきもの。
「死」というものに、身を掠めた事のあるひとはたくさんいるだろう。
私なんかは、生来臆病者で、無意識に危機を未然に回避する能力を少しだけ備えているので、この時のように余程油断していない限りは滅多にそういう事が無い。


さて、その「今のところ」人生最大のピンチはこうして到来した。

中学3年の私は、受験中だというのに、毎朝新聞配達に精を出していた。
いつものように新聞配達を終えた朝6時半。
自宅の近所の長くて急な坂道を、両手放しで、颯爽と降っていた。

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クルマどおりのほとんど無い道で、朝も早い。、
しかも左右の道路には「止まれ」の標識もある。
「クルマなど来るわけが無いし、向こうが止まってあたりまえだ。」
と多寡をくくり、真性アホな私はシワの足りない脳みそで考えながら、気分良く走っていた。

坂道が終わりかけ、どれ、そろそろこぎ出そうかと思った瞬間、

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進行方向から、真横キッチリ90度に「こち亀」の両さんのように弾き飛ばされた私。

図らずも、クルマ相手に捨て身の奇襲を食らわしてしまった。
いや、ものの道理から行くと、一時停止をしなかったということは、クルマが自転車の私に意外な一撃をお見舞いしたという事か。

まあ、とにかくぶつかったのである。

私の方の被害は、まず7~8メートル吹き飛ばされ、自転車は前輪部分が中破。
背中を強打し、息が出来ずに少し血を吐いたため、この時初めて
「ああ、死ぬかも。」
と思ったわけだ。
んで、結局肩甲骨に少しヒビが入ったのと、背中に大きなもの、肘に打撲が出来たくらいなものだった。
肘の打撲は、おそらく無意識に「後ろ受身」を取ったときのものじゃないかと思う。
小学校の時、柔道をやっていたのが役に立った。

車の方は、フロントガラス小破、ドアミラー大破、ボンネット小破。
ドライバーは無事。

まあ、クルマVS自転車としてはまずまずの戦果と言えるが、やはり当たり負けの感は拭えない。


警察が来て、事故の検分が行われたんだけど、もし、両手放ししていなかったら、頭を打って、相当大怪我になっただろうと言われた。
まあ、勿論同時に両手放しするなどもってのほかと叱られたが。

しかし、今考えると、たとえ手を放していなくても、ぶつかったのは間違いなくぶつかったんだし、悪癖とは言えそれで命が助かったのは、実に運がいいと言えると思う。

勿論、あれ以来両手放しはする事はなかったけどね。

皆さんも、自転車で坂道を駆け下りる時は、注意しましょう。

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金縛り癖

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妙な癖がある。

「よく金縛りに見舞われる」というものだ。

金縛りをしょっちゅうやっているから分かるのだけど、あれは霊的なものとかは一切無くて、ただ単に脳は起きているけど、体が寝ている状態に起きる現象だ。

だから、たまにふと目覚めて、気持ちよくまどろんでいる。
ちょっとだけ寝返りを打とうとか、伸びをしようかと思うと、体が動かない。

ああ・・まただ・・。
と、金縛りに遭っている自分に気付く。

こうなると、どうにかして体に刺激を与え、脳と四肢を繋げなければならないのだけど、ちょっとやそっとでは繋がらない。
しかも、呼吸が寝ているときの最低限のもののままだから、足りなくて息苦しくなってくる。

大声を出してみたり、遮二無二体を動かしてみるけど、「うーー・・、うーー・・」というかすれ声と、ヒクヒクとかすかに動く手ごたえしか感じられない。

なんともいえない不快感と拘束感。

また寝てしまえばいいと考えた事もあるけど、その状況になると、もう、脳は完全に起きてしまっているので寝られない。
しばらくその状況と格闘しているうちに、ようやく繋がって

「プハーーーー!!はあ!はあ!」と呼吸できるようになる。
これがあると、本当に朝からグッタリする。

しかし、これだけではまだ終わらない。

しばらくそのまま休んでいると、またトロトロとまどろんでくる。
ああ・・イカンと思いつつ、つい寝てしまうと、またその「金縛り状態」になってしまうのだ。

それを3~4回繰り返し、心身ともにグッタリして目覚める朝は、まさに最悪だ・・。

今日の朝もこれがあって、参ってしまった。

この奇癖は、中学校の頃からの付き合いだけど、カンベンして欲しいものである。

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思ってしまってすみません。

知り合いに、造園会社の社長さんがおりまして、その方が矢野さんという有名な人と組んで作った庭が、イギリスでかなり歴史のある庭の品評会「チェルシーフラワーショー」で、Silver Gilt、City Garden部門のベストガーデン賞を受賞したらしいのです。

まずはおめでとうございま~す。

パチパチパチ。
(ひとり万雷の拍手)


して、
こないだその社長さんが遊びに来て下さいまして、受賞した庭の写真を見せてくださったのです。

なるほど、これは素人目に見ても素晴らしいお庭で、さすがだなあ~とひたすら感心したのですが、ある一点に目が止まってしまったのです。

庭の後ろの方にある壁に書いてある文字。

「風」。

すぐに分かったのですがね。

書き方が。

いえ、ちょっと崩して書いてあったもので。

いえね。
素晴らしい「書」だと思うのですよ。

・・・

・・・ここだけの話。


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と読んじゃいましたすみません!!!!


いえ、すぐに
「あ、風か!」
と気付きましたから!

日本語って難しいですね。
いやまったく。

とにかく、おめでとうございました~。

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どっかに行ってる。

私の数ある欠点の中でも、もっとも深刻で、手におえないものが

「人の話を聞かない」

というものだろう。


いや、正しくは「聞こえなくなる」と言ったほうが良いかもしれない。


人間、何かに集中している時というものは、人の話が聞こえなくなる事はよくある。

でも、それは大体徐々に物事に没頭していって、いつの間にか・・という事が多いと思うんだけど、私の場合、突然自分の内側に向かって「集中」してしまうらしい。

身内はそれを「どっかに行ってる」状態と呼んで、最近では放って置かれることが多い。

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↑「どっかに行ってる」状態。 この間はいわゆる低覚状態にあり、聴覚、嗅覚、味覚などは遮断される。 物は見えているが、脳にぼんやりと映像が映し出されるだけ。

この「どっかに行ってる」の性質の悪いところは、いつ来るか分からない、割としょっちゅう来るという事。

人と面と向かって話している最中でも「来る」事がある。
最近では少なくなったが。

この悪癖は直したいのだけど、何しろいつ「来る」のか、「来ているのか」も分からないので、手の施しようがない。
非常に困っていたりするのです。


ああ、困った。

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もっそい楽しそう。

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「辞めればいいべや。」
と、言ってやりたくなるほどつまらなそうに、不貞腐れて働く人はゴマンと見かけるけれど、昨日立ち寄ったレストランの店員さんは、「何がそんなに楽しいのですか?」とお尋ねしたくなるほど楽しげに、生き生きと働く人揃いの店だった。

いいお店なので名前を出しちゃうが、仙台は泉区、紫山というところにある「キャスロン」というお店だ。

ここは、紅茶がとても美味いのでお気に入りのお店のひとつなのです。
客層は、大学が近いと言うこともあり、女性が中心。
男一人でブラっと入るのはちょっとツライかも知れませんな。

して、ここの出す物はどれも丁寧な作りなのだけど、中でもスゴイのは「ジンジャーエール」だ。
店員さんが、訊きもしないのに

「ウチのはショウガを絞って、ハチミツと炭酸水で割っていますので、ショウガがニガテな人にはちょっとツライと思いますけど、好きな人にはたまらない味なんですよ~!」

と教えてくれた。
その喋り方が実に楽しそうで、わざとらしくなくていい。
非常にいい。

本当にあの店で働くの楽しくて仕方ないんだろうなあ~。
得がたい雰囲気だよなあ~。

感心を通り越して、ちょっと感動した。

相方が頼んだもので、一口飲ましてもらったんだけど。

ぎゃふん。

と言うほどスゴイ味だった。

ショウガの絞り汁に、炭酸水とハチミツを入れたような味だ。
当たり前か。

まずショウガがガツンと来て、追い討ちに炭酸がシュワー!と来て、最後に甘味がモワっとくる。
よく見ると、グラスの底にスライスしたショウガが沈んでいる。
対面に座っていても、ショウガの香りが届いてくるくらいだから、どれだけスゴイショウガかという事はお分かり頂けると思う。

かなり、相当クセがある味だけど、最終的に「美味い」の方に転がると言うのが面白い。


店を出るとき、レジにて
「ジンジャーエール、どうでした?」と殊更に訊いてくるところをみると、あれはかなり賛否両論あるのだろう。

私も、水でノドを冷やしながら飲むジュースと言う物を初めて見た。

店員さんの話によると、冬にはホットも出すらしい。
なるほど、あれを飲んだら、風邪には良いだろう。
ノドの病原菌を滅殺出来る事ウケアイだ。

キャスロン、恐るべし。

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店屋にて

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とあるファーストフードの店で食事していた時のこと。
右手側にどうにも気になる人がいた。

食事は終わっているのに席を立つ事も無く、ただただ黙々とクロスワードに取り組んでいる。
私が食事を始めた時からそれはもう始まっていて、約20分後食べ終わってもまだ続き、連れとちょっと話をして席を立った30分後までもまだまだ終わる雰囲気は無かった。

賑やかな店内で、その空間だけ時間が止まっているかのような、ある種の緊張感がみなぎっている。
むしろ、ファーストフード店でハンバーガーを食べているこっちが場違いなんじゃないかと思わせるほどの自然さがそこにあった。

果たしていつまで続くのだろうかと、観察していたかったが、用も無いのに店屋にいるのは心苦しいという、生来の貧乏性がそれを許さず、その店を後にしたのだが。


割と、喫茶店などでコーヒーを飲みながら本を読んだり、携帯をいじったりする人はよく見かけるけど、中には宿題をやっている学生さんとか、書類を広げるサラリーマン、突っ伏して軽く寝てみるお嬢さんなど、まるで自宅や職場にいるように振舞う人もいる。

決して悪いと言っているわけではなく、私は性分としてそれが出来ないので、ちょっと羨ましい。

だって、お茶とか食事が終わったら、自分がそこにいる意味が無くなるわけですから。
出される一杯のお茶なり、一膳の食事なりが、そこにいるための意義なのであり、それが無くなった時のなんともいえない「宙ぶらりん感」が、なんともいえない居心地の悪さを催させるわけなのです。

やがてそれは「罪悪感」にさえ姿を変えて、自身の精神を苛んでくるわけですよ。

「ああ・・早く出なきゃ。」と。
「長居してすみません。」と。
「いや、むしろ生まれてきてすみません。」と。


ウソですが。


まあ、多少寛ぐのは当然だし、食べてすぐ「行くぞ~」と言うのもなんなんですがね。
食べた後の「寛ぎタイム」というのは人それぞれ。
私はだいたい長くて10分くらいですが、それが異様に長い人もいるのですね。

面白いものです。

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恐ろしい子・・!

「怖い物知らず」というものはいるものだ。
それは、ウチの母だけかと思ったが、案外他にもいた。
私の相方(彼女)である。

今、宮城県美術館に、「マルモッタン美術館展」というものが来ていて、私でも知っているクロード・モネとか、ドガとか、ルノワールとか、ベルト・モリゾとかのいわゆる「印象派」と呼ばれる著名な画家の絵があるというので、ちょっくら見に行ってみた。

丁度、街場に用事があって、是非見たいというので、相方と一緒に観に行く事にしたのだ。

さっそく会場に入り、絵を鑑賞する。


ほほー。
なるほど。

のっけから素晴らしいものばかり。

思わず、

「この人、上手いねえ。」
と、世界的に著名なドガの絵を評価する私。
「いや、世界的な画家だから。相手は。」
と、当然突っ込まれたりとか、

「この絵、ちょっとこのスペースが足らんよな。描き足してやろうか。丁度、今ボールペン持ってるし。」
「ああ、どうぞどうぞ。」
とか、コソコソと傍若無人なことを言いながら観て歩いた。

一点一点、ねぶるように観てゆく。
あそこが上手い、ここがドキリとする、
なるほど、こうやって絵を観るのは非常に楽しいものだ。

さすがに、世界的に貴重な絵ばかりなので、警備も厳重で、学芸員と思しきおねえさんも随所にいる。


ある絵の前で、また上記のようにコソコソと話していると、
相方が突然、
「ここがさ」

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と、指をさした。
本人は勿論触るつもりなど無く、ただ「ここが・・」と指しただけだったのだが、結構その距離がギリギリだったので、私もちょっとドキッとしたし、近くにいた学芸員のおねえさんも驚いて、身構えたくらいだった。

相方は何事も無かったかのように次の作品に行ったので、

ああ、本人は気付いていないようだな。
と、思っていたのだが、

しばらく観ていって、今度は違う学芸員さんがいるところで
ふたたび

「ここがさー」
と言いながら

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「!!」

思わず身を乗り出す学芸員さん。

しかし、ギリギリで触らず、

「触らない、触らない、大人だもん。」

と言い捨てながら、何事も無かったかのように次の作品に行ってしまった。
呆然と立ち尽くす学芸員さん。

以前、同じセリフをとあるパン屋さんの店先で、並べてあったメロンパンの前で
「メロンパンてさー、見ると押したくなるよねえ。」
「そうか?じゃあ、押しなよ。」
「押さない、押さない、大人だもん」
というやり取りが走馬灯のように思い出されて、もしかしたら、この人にとっては世界的名画も、メロンパンも同じなのではないかと、

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と、戦慄が走った。

それから、しばらく我々に学芸員さんたちの熱い視線が注がれたのは言うまでも無い。

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変らしい。

動物を飼った事の無い人は、動物に話し掛ける人の行動が理解できない事があるそうだ。

そして、最近そういう人が増えているという。


家庭の事情とか、アレルギーとか、不潔だとか、糞がクサイ、声がうるさい、などなどの理由で、結局動物と触れ合う事の無いまま大人になってしまう。

そういう人が自分の子供を持つと、その子供とどうやって接していいか分からない・・という現象が起きるらしいんだな。

つまり、「育てられた」ことはあるけど、「育てた」ことが無いんだから、当然といえば当然だ。

ペットと、人間の子供は違う。

というのは、それこそ違うんじゃないかと思う。
勿論、人間の子供の方が遥かに時間、労力、費用もかかるけど、犬猫などの動物も、糞尿の処理はしないといけないし、散歩も要る、猫なんてしょっちゅう吐くから、それも拭いて回らないといけない。
そうやって少しずつ「自分の時間を分け与えて、育てる」という事を自然と学ぶのではないかと思うのだ。

だから、飼った事の無い人を見ていると、明らかに考え方の根っこが違うなあ・・と思わされるときが少なからずある。


ちょっと話が逸れた。


動物に話し掛けると言えば、私はメチャメチャ話し掛ける。

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顔見知りのヤツなら、時候の挨拶、天気の話、世間話などなど。
初めてみるヤツには、まず名前と、どこからきたのかを尋ねる。

外出先などで犬猫を見つけたら、飼い主がそばにいても犬や猫に直接名前を尋ねてしまう。
「お前さん、何て名前だい?」
と訊くと、大体飼い主の人が笑って
「○○です。(笑)」と答えてくれる。
人懐こいヤツなんかは、すぐにひっくり返して腹を揉み始めるので、飼っている人からも恐らく

「変なヤツ・・」

と思われていることだろう。


動物とは、会話が成立する。
こっちは人間の言葉で話し掛け、向こうは喋れないので仕草を見てこちらがアテレコしてやるわけだけど、大体考えている事は分かる。

・・・

そうか。
犬猫に対して話し掛けて、自分でそれに返している姿は、確かに異様と言えば異様だ。

ちょっと分かった気がする。

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居合斬り!

ウチと親しいお付き合いのある和尚様のお寺の「開基七周年記念祝賀会」に、会場をお貸しました。

その流派では、真剣による居合を用いて邪を祓う「居合奉納」というものがありまして、和尚様のご好意で、ウチの庭でもその儀式を奉納していただいたのです。


天気はよく晴れ、梅雨間近とも思わせない、カラリとした風が吹き抜ける石庭にて。
山々に、和尚様の説明が朗々とこだました。

4人の若い弟子の方々と共に、「九字の印」を結ぶ。

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「臨!兵!闘!者!皆!陣!裂!在!前!」

※「九字の印」についての詳しい説明はこちらにあります。


何度も何度も、この印を繰り返し、いよいよ「穏形流秘剣」居合の奉納となる。


黒い胴着に、ピンピンの茶髪という印象的ないでたちのお兄さんが進み出る。

ドシッと腰を落し、鯉口を「くん」と切った刹那、

「いやああああーーーーー!!!!」

という裂帛の気迫、

鞘から白刃が抜き放たれ、

日の光にきらきらと照らされながら、

「ピュン!」

「ピュル!」

という、独特の風切り音と共に中空を舞う。

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袈裟、逆袈裟、摺り上げなど、秘術の粋を凝らし、流麗な曲線を描く。

腰が低い位置で水平を保ちつつ、その磐石の土台の上に振るわれる剣。

儀式にはなってしまったものの、
人殺しのために練磨され、洗練されていった無駄の無い体術。
その独特の美しさに目を奪われた。


鞘に白刃を納め、一礼する。
80人を超える人々から惜しみない拍手が送られた。


居合というものは初めて見たけれども、素晴らしいものだった。
あれだけ厳かな空気というものは、そうそう経験できるものではないだろう。

イイモン見た~・・。

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コーヒーウンバ!!(?)

以前にも書いたと思うけど、私はコーヒーがニガテです。

飲むのはもっぱら紅茶。
紅茶という、優雅で典雅な雰囲気をかもし出す佇まい、口の中が清々とする飲み口から比べると、コーヒーの真っ黒くてトゲトゲしい飲み口、いかにも体に悪そうな液体は、まさに無粋な泥水と呼ぶにふさわしいでしょう。

※筆者は、「紅茶党・極右過激派(略称K・K・K)」に所属しておりますので、少々行き過ぎた表現があります。
ご了承ください。
なお、「紅茶党・極右過激派(K・K・K)公式ホームページはこちらからどうぞ。


さておき、

昨日、彼女とご飯を食べに行った帰り、喫茶店に立ち寄った。
いつものように紅茶を頼もうと思ったのだけど、なんとなく。

しばらく飲んでいないから、もしかしたら美味しく感じられるようになっているかも。

と、考えてしまった。
こういうのを一般的に「魔が刺した」というのだろうか・・。

そしてつい・・

「私も(彼女と)同じのを。」

と、言ってしまった。


程なく来たコーヒー。

さっそく、ブラックで飲んでみる。

ずずー。

・・・


脳天にガツンとくる。
胃が焼け付き、早くもボコボコと抗議の沸騰を始めた。
額からは、変な汗が出始める。

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「無理すんな。」

という彼女の言葉に、自尊心をくすぐられたが、目の前の泥水を屈服させる方が急務であった。

「いやあ、ちょっぴりニガイね。」

砂糖投入。

さーー。

まだちょっとだけ見栄を張って、半分だけ投入。
(そのさじ加減は微妙なオトコゴコロ。)

ずずーー。

・・・


すぐさま残り半分も投入。

ささーーー。
とんとん。
ぺしぺし。
(一粒でも多く入れたい心境。いやむしろ、砂糖の袋を、コーヒーの中でゆすぎたい心境。)


ずずーー。

・・・

ミルクに手を伸ばす。

ミルク投入。

たーーーー。
ぽんぽん。
ふんふん。
(一滴でも多く入れたい心境。いやむしろ、ミルクの容器をコーヒーの中でゆすぎたい心境。)


ずずーー。

・・・


二つ目のミルクに手を・・・

いやまて。
最後の理性と言う名の見えない手が、私のミルクに伸ばした手をガシリと掴んだ。

そこまでしたら、ミルク入りコーヒーではなくて、コーヒー入りミルクになる。
つまり、コーヒー牛乳だ。

それだけは阻止しなければならない・・・!

対面の彼女に気取られぬよう、伸ばした手を不自然に下ろす。

「無理すんな。」
しっかり気取られたが、あえて無視する。

ずずーー。
(甘い物があれば、良かったなあ・・)
ずずーーー。
(水、もらおうかなあ・・)


などと考えつつも、会話で紛らわしながらなんとか全部飲むことに成功。
額には玉の汗、目にはうっすらと涙が滲んでいた。

しかしながら、もっそい達成感。

おそらく、あの時、あの店内で一番達成感を感じた男は自分だったはずだ。

やったよ、やったよ母さん、遠く空の上から見ていてくれたかい。
(※母は健在です。なお、マザコンでもありません。)


さて、そろそろ行こうか。
という事になり、彼女がポツリと言った。

「今日のコーヒー、異様に苦かったねえ。新製品だって言ってたけど。量も多かったし。」


・・・なにーーーーーー!!!

いつもブラックで飲む人間でさえ「ニガイ」というものに、俺はチャレンジしていたのか!!!


こうして、また一段とコーヒーが苦手になったのは言うまでも無い。

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パペマペですか・・?

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こないだ、クルマで街を走っていたときのこと。
ちょっと寂れめの大きなショッピングモールの前にある、信号のある交差点で、歩行者用信号の青を待つ二人の女性が視界の端をかすめた。

ああ、信号待ちしとるなあ~・・と視線を前に移そうとしたその時。

再びそのふたりの女性に目が釘付けとなった。


頭に着ぐるみ(かぶりぐるみ?)を装着している!!?

・・・ええ~~~~??
しかも、ウシとカエル?
パペットマペットですか??


はじめは、何かのキャンペーンかと思ったが、下はどう見ても普通の格好。
あきらかに彼女らは、装飾のひとつとして「かぶりもの」を選択しているのだ。
「今日は日差しが強いから、カエルかぶって行くわ。あなたは合わせてウシ君にしなさいな。」といった感じだ。
佇まいが自然だ。
むしろ「被りものがそんなに珍しいの?」言わんばかりの態度だ。

しかし、ここで「アイツらバッカじゃねえの?」とか、「若いっていいわねえ」とひとくくりにしてしまうのは思考停止の極地であり、非常にもったいない事だと思う。

そこで、被りものの普段使いについて考えてみた。

まず、直射日光は避けられるだろうが、通気性は恐らく悪い。
ムレムレだろう。
「つば」も付いていないので、日光を避ける効果は皆無。
帽子としての効果はまったくもって期待できない。

異様な格好をする自分に目を向けさせる、いわゆるアイキャッチ効果は、なるほどそれなりに期待できるだろう。
しかし、なんのために?

いやまて、対外的な効果とか、理由とかメリットを考えている事がそもそもの間違いなのかも知れないぞ。
「何となく楽しいから。」
「かわいいから。(それを着けている自分も含めて)」
ということなのかも知れない。

ひどく感覚的な愉悦がそこにあるとしたら、全てにツジツマがあるじゃないか。

たとえばハイヒールだ。
私は男なので、履いたこともないのだけど、足は疲れる、指は変形する、メリットといえば「足が長く見える」、「ふくらはぎが締まる」ということで、「足を保護する」、「歩行を助ける」という本来の靴の役割を完全に無視しているにも関わらず認知されているではないか。
だとすれば、「可愛さ」だけを追求する被りモノの存在だって、「ちょっと変わった帽子」として認知されて然るべきであろう。

私の知っているところでは、着ぐるみ、被りものの類は、デパートの屋上、駐車場などでしかその存在を許されなかったものだが、世は移ろい、いつからか被りものは市民権を獲得し、やや独創的、異端的なファッションとして文化の一部に着床したのだろうかとも考えられる。

つまり、今年は被りモノが「来る」!!!

ということなのかもしれない。

「来て」たまるか。

ともいえるが。


まあ、面白いからいいと思います。
他人なら。

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そうとは限らない

必ずしも。
本のカバーが、内容と一致するとは限らない。


最近、「三国志」の小説にハマり込み、その勢いで「蒼天航路」という週刊モーニング連載の三国志の漫画を、BOOK●FFという古本屋さんにて1~2巻、2冊購入した。

以前から読もう読もうと思っていたマンガだけに、自然と心が弾む。

パラパラ。
面白いなあ。
ウフフ。

すごいなあ。
アハハ。

期待通り面白いなあ。
1巻も、いいところで終わったし、2巻に行きますか。
イッちゃいますか。

ウフアハ。

紅茶を一杯飲んで、2巻を手にとり、ゆっくりとページをめくる。

へえ、一巻と出だしが一緒だよ。
これはアレかな?
カラーだし、大まかなあらすじというか、そういうものなのかな?
丁寧な作りだなあ。

ふーん。

内容がどこかで読んだ事あるような気がするけど、気のせいかな。


・・・
(5ページ目)

・・・?
(8ページ目)

・・・????
(13ページ目)


なに??


なんで内容が1巻と寸分違わず一致するのだ??????


なんでなんでなんで???


ままま、まさか間違えて1巻を2冊買った???

表紙を見る。


「蒼天航路~2~」。

・・・2巻・・・だよなあ。


じゃあ・・じゃあ・・

まさか。


震える手でカバーをそっと外す。

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「おっごあああああ~~~~!!!!!」


俺か!?
俺が悪いのか!???

内容を確認しなかった俺が悪いのかああ!!!


否!!

BOOK●FFがワルイ!!

誰が何と言おうとワルーーーイ!!!!

それにレジにいた昔「学校に行こう!」の「ビーラップハイスクール」に出ていた「夏木マリオ」似のイヤな(「に」ではない)丁寧さの店員もワルイ!!

つまり「坊主憎けりゃ今朝まで憎い」ということであり、お坊様くらい徳のある方だと、どんなに憎くても次の日の朝までという事ですか?

訊いてどうする。


別にな。

そんな数百円のことで怒っている訳ではないのだよ。

問題は、そこに行くまでのガソリン代をどうしてくれるんだと言う話なのですよ!!
(※こちらも数百円の話です。)


勿論、今度近くに言った時にでも事情を話して交換してもらいますがね。

それにしても、一体どういうわけでカバーがすりかわったのだろうか・・。
そちらの方が気になって仕方が無い。

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短くとも「いのち」

小筆は死んでしまいました。

今朝、5時半頃だったそうです。
昨日あたりからガクっと食欲がなくなり、立つ事も出来なくなったので、「ああ、これはもうダメだな・・」と思ってはいたのですが。

ちょっと今日は朝から切ない。

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