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サッカーの求人・・

求人誌をつらつら見ていたら、「サッカースクール講師」という求人があった。

しかも、

未経験者大歓迎!!って・・・。


・・・ホントにいいのか・・・?

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トール・トーラー・トーレスト!

最近の若いアンちゃんは背が高い。
むしろ高すぎる。

巨人症なんじゃないの?と思うほど高いのだ。
ちょっと異様に見えるくらい。

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黄金週間どこ吹く風よ

今日は「みどりの日」。
人によってはゴールデンウィークの初日だぜヤホーーーイ!!
という方もおられることでしょう。
海へ山へ行楽へ行かれる人、お友達や恋人、家族と旅行に出る人、ウチでのんびり読書する人など、おそらく楽しみにされている方の割合が高いのではないでしょうか。


さて、ワタクシ。
今年のゴールデンウィークは、一体何日休みが取れるのやらと、カレンダーと睨めっこしながら計算してみました。

カチャカチャ、チーン!

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男女の友情は成立するけど・・

男女の間に、友情は成立するようだけど、する人としない人がいると思う。


「幼馴染」であったり、「元同級生」であったり。
極端な話、部屋で二人きりでエロビデオを観ていても、そういう気にならない関係ですな。
そのまんま「友達」という関係。

私は男なので、こっち側からの視点でしか意見を述べられないのですが、

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ごくまれに競馬をやる。

そう。
「飲まない・打たない・買わない」が信条のワタクシも、極稀に競馬をすることもあるのです。

意外にも「競馬」とワタクシはちょっとだけ縁がありまして、

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恐怖の強風が強襲!

鳥取の陶器市で、突風が吹いてテントなどが吹き飛ばされて品物の陶器が割れまくったとか。

私もやきもの作りの端くれとして、とても他人事とは思えないニュースなのです。

やはり、自分の作った焼き物というのは、例え失敗作でも割るのがしのびないもので、割れたりすると悲しい気持ちになります。

恐らく、どんな物でも作った物には魂の一部が移るからでしょうね。

それにしても、陶器というものは割れてしまえばどうにも使い様の無いモノです。
乾燥の段階なら粘土に戻して使えますが、「素焼き」以降のものは捨てて、何百年もかけて風化するのを待つしかないのです。

そういった意味でも、今回のこのニュースは肝を潰されるような感覚を受けました。

使われずに割れてしまった陶器は可哀相だったなあ・・。

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もっと「出力」を。

「学力低下は大した問題ではない」に関してたろー。さんからコメントを頂きまして、私もさらに考える所があったので書いておきたいと思います。

「学力」とともに、「描力」「書力」「想力」「作力」「創力」「文力」「農力」「和力」(全部僕の造語ですw)…みたいなのも、全部並んで大事だと思うんです。
「学力」だけが、際立って問題にされすぎなんですよね。
(すべての事柄の基礎、という意味での「学力」ならそれで問題ないんですけど、”偏差値”うんぬんで評価されるような、狭い意味での「学力」という意味です)

そのとおりです。
つまり、今、評価されているのは「入力」の能力であって、「出力」全般の能力ももっと評価されるべきということではないでしょうか。

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マンガ原作のドラマについて

いつも思うのだけど、マンガ原作のTVドラマって、大抵面白くない。

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連続ドラマ

略して連ドラ。

ほぼ日刊イトイ新聞の中の「GOOD or BAD」(すみません、題名うろ覚えです。)の中で、「連続ドラマというものについて、あなたのイメージは?」という質問があり、私は「BAD」と答えました。

何故か。
連続ドラマって、連続で見ないといけないからです。
当たり前だよね。

でも、必ず見るのを忘れる。
忘れていなくても、見るのが面倒。

自室で、「とりあえずテレビをつける」と言う習慣があまり無い所為かも知れないけれど、気が付くとドラマが終わって40分後だったりする。

一回でも見逃すと、途端に「観る気」がしおしおと萎えてしまって、結局それまでになってしまう。

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逆鱗

逆鱗の語源とは。

「龍」という想像上の生き物がいる。
その龍のウロコは、アゴの下の部分だけ他のウロコと逆に流れているんだそうな。
そんで、その逆向きのウロコ(逆鱗)に触れられると大変な勢いで怒るそうだ、

そこから来たのが「逆鱗に触れる」ってことなんだって。


ところで、私は生来ヒゲが薄くて、放っておいてもイラストの様にしか伸びてこない。
そこにきて不精者なので、伸ばしっぱなしにしている事もあるのだが、たまに身内にこう突っ込まれる事がある。

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こうしてアゴの下の事に触れられて怒るのは、きっと私が辰年生まれで、文字通りその「逆鱗に触れてしまった」事が原因であろうと思われる。

「カビ」ってゆうな、「カビ」って。

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学力の低下は大した問題ではない。

これまた、前のココログからのもの。
これを書いたとき、世間では「ゆとり教育」とか、「学校5日制」などの導入で、学生の学力低下が問題になっていた。
でも、使いようの無い学問で振り分けられるのっておかしくないか?という疑問を抱いたわけです。

ウチは一家のほとんどがモノ作りの人で、5人いる私の兄弟も、

長女:染織、編み物
長男:社長、営業
次女:和裁師
三女:木工家具職人
次男(私):陶芸、石窯ピザ屋

といった具合に、それぞれ手に職を持って暮らしているため、自然とこういう考え方になると言うワケだ。
確かに、今のご時世、役人や大企業に勤めた方がいくらか楽だけど、そんじょそこらに無い技をもって、それを頼みに暮らすというのも、またアリなんじゃないか?と思い書きました。

では、興味のある方はどうぞ。

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パチンコの害悪。

実は私、以前にもココログをやっておりまして、その時に書いた記事で、良くも悪くも非常に反響の大きかったものを復活させて、載せたいと思います。

時期的に混乱するような所は省きましたが、大体原文のまま載せておきます。

この記事は、今、表立って問題にはなっていない(出来ない)「パチンコの害悪」について書いたものです。

この記事を読んで、多少なりともこの問題について皆様に考えて頂ければ幸いです。


なお、この話になると必ず「パチンコで負けまくったから、その腹いせだろう」というコメントが出てくるとは思いますが、私は一応「負け組」から「勝ち組」になり、その上で虚しくなってヤメた、言わば両方の立場を見た人間として書いております。

それと、この記事は私がパチンコをヤメて間もない頃の記事ですので、台のスペックなどの説明で、もしかしたら現在と違うところがあるかもしれませんが、今の台のことは分からないし、興味も無いのでそのまま載せます。

では、興味のある方は本文をどうぞ。

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借りないから。

どう言うワケか知らないけれど、近頃消費者金融のメール広告がバンバン入ってくる。
街のカンバンも殆ど金貸し。
雑誌の広告も金貸し。
テレビのCMも、ゴールデンタイムにバーンと金貸し。

そんなに私、お金に困っているように見えマスカー??

まあ、確かに富裕層とは決して言えませんがね。
でも、サラ金でお金を借りるほどは困っていませんよ。
我ながら笑っちゃう程の、つつましい生活を送っていますので。
どうしてもと言うなら、ある時払いの催促ナシと言う条件で借りてあげてもいいですが。
うははは。

しかし、ネットでもそうだけど、街を歩いていても今の時代、なんと金貸しの多い事か。
有名無名、合法非合法関わらず、大なり小なり雨後の筍のようにニョキニョキ出ていますね。

その気になれば、その辺ですぐにお金が用立ててもらえるという、見様によっては大変異様なお国柄だと思います。
世界中見渡しても、これほど金貸しと賭博場の多い国はそう無いのではないでしょうか。

あれだけ多いという事は、それだけ借りる人も多いという事ですから、それもまた深刻な問題だと思いますね。
それと、大口スポンサーだからといって、分かっていてそれを公表しないマスコミもね。

金貸しってのは、「お金でお金を生む」業種ですから、いくらこういうところが景気よくてもどうしようもないと思いますよ。
何も生まないのですから。

ああ、多重債務者は生むか。
何の足しにもならんけど。

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地震雲・・か?

そういやあ、昨日。
夜中に地響きがした。
「ンゴゴゴゴゴゴ・・・!」という地獄の釜がそのフタを開けたような(注:私は「地獄の釜が開いた音は聞いたことがありません。飽くまでも想像ですので、実際に地獄のフタが開いた音を聞いたことがあり、この擬音と違う場合には、コメントやトラックバックでお知らせください。)音がしばらく鳴り響いていた。

パソコンでほぼ日刊イトイ新聞を読んでいた私は、イスから飛び上がって掃き出しを開け、外を見たが何も無かった。
もしかしたら地震が来るかもしれない・・と、しばらく警戒していたが、それも無かった。

そんで、結局すぐに忘れてしまったのだが・・

翌日(今日)の3時頃、兄が空を見ていた。
私は「何、ボーっとしくさってるの?アホ兄ちゃん。」と聞いた。
何故かケツにケリを喰らった。
何故だろう?
視線の先には不自然に横一線に連なった雲が引かれている。

「これ、地震雲かもしんねえぞ・・」と兄。
昨日の謎の地響きとあいまって、一層不気味に見える。

東北は地震の多いところで、私は小さい頃に宮城県沖地震も経験しているし、こないだも震度5強の地震三連発もあったところだ。
地震には慣れっこと言えなくも無い。
それでもやはり地震は怖い。

大きいのが来ない事を祈る。

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あの頃バイクに乗っていた。

4年前くらいになるか・・
私はある日突然「バイクに乗りたい!」と思った。
思ったので、その日のうちに教習所に入り、2週間後に免許を取得(普通自動2輪だが)。
ひと月後にバイクを購入した。

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↑これがそのバイク。GSX400インパルスという。

バイクを購入した販売店は、妙な店で、納車予定日になっても連絡が来ない。
夕方になっても来ないので、こちらから連絡してみたら、
「バイクは来ているのですが、メットが来ていないので何日か待ってください。」とのこと。

・・・

まあ、もしかしたら、バイクの業界では普通の事なのかも知れないけど、普通、納車日は最低限守るし、万一トラブっても連絡ぐらい寄越すのが常識じゃないのか?と思った。
別に謝罪も悪びれる様子も無かったから、バイク業者はそんなモンなんだろうとわざと悪意を持って納得することにした。

んで、数ヶ月乗っていたら、突然その店が潰れた。
と言うより、オイル交換してもらおうと行ったら無くなってた。(笑)

まあ、あれじゃあ潰れるだろうなあ・・。
と思いつつ、点検整備をしてもらう店を探した。

バイクの雑誌に、
「バイクを買うときに、一番重要なのは店選びだ!」
と書かれていたのが非常に身に染みた。

乗ってみて分かったんだけど、バイクというのは非常にお金がかかる。
故障も多いし、盗難の危険性も高い。
走っていて非常に気持ちはいいんだけど、そこに至るまでの道のりがハンパじゃなく大変なのだ。
買ったバイクが400ccだったから、税金もかかるし。

それと感じたのは、日本の場合、そんなに大きいバイクは要らないということ。
好きな人は乗ればいいけど、私はもともと「足」としか見ていないので、税金のかからない250ccかそこらのバイクで充分だなという考え方になった。

そんなわけで、売った。
どっちにしても、もうバイクに乗っている場合ではなくなったからだ。

これからは、もうしばらく乗れないと思うので、歳くって爺さんになったら、125ccくらいのバイクを乗り回したいと思います。

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陶板付破れ玉並花入

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陶板付破れ玉並花入

変形一輪挿しを拵えた。
正確には2本挿せるので2輪挿しなんだけど。
なんとなく「いっちん」で書いた「和」の字が微妙な感じに。
イメージとしては、「ふたりでくるまる」だったので。

透明の釉薬を掛けたのだけど、濃度が濃すぎてテラが出すぎた。
薄目にして御本手を出せば、もう少し面白いモノになったハズだが・・。

まあ、次回に。

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諦めた。

「人間、諦めが肝心」。

と言う言葉。

この言葉って、実はすごく前向きな言葉なんじゃなかろうか?
と思った。

諦めるというのは、「物事を放棄する」という事ではなく、「期待をしない」という諦めだとすれば、なるほど諦めって素敵なものだと納得できる。

期待ってものは、希望的観測だったり、時には自己満足のための欲求だったりするわけで、それっていうのは期待をかけられる方にとっても負担だし、かける方にとってもいらぬ不満を生む原因となる。


期待して裏切られたというのは、単なるエゴなんでね。
始めから、何も期待せず、自分の出来る事をただただ淡々とやれば良い。
そう考えたら、なんだかちょっとだけ気が楽になった。

「人間、諦めが肝心」。

諦めって、素敵。

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リセットくらいいいだろう。

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リセットでやり直してもいいだろう せめてゲームの中くらいなら

~寿~

 *

別に、屈辱と後悔にまみれた人生と言うワケではありません。
それどころか、結構恵まれた方だと思っております。

まあ、どうしたって人生リセットは効きませんから、せめてゲームくらい気持ちよく遊びたいですね。

というか、ゲーム。
昔は割とよくやりましたが、最近はとんとしなくなりました。
ゲームに充てる時間が無くなったというのが主だった理由ですが、近頃はもう何もしたくない時に、それでも何となく手持ち無沙汰で古いゲームを引っ張り出し、プレイするというのがパターンとして多いです。

古いゲームと言うと、「ブシドーブレード」とか、「ウイニングイレブン6FE」とかです。
ゲームを楽しむというより、気分を逸らすための小道具ですね。

その程度の付き合いが丁度いいのかも知れません。

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竜馬が死んじゃった・・。

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たった今「竜馬がゆく(司馬遼太郎著)」を読み終えた。

大政奉還を成し遂げ、新政府の骨子を作り上げて、近江屋の二階で陸援隊隊長、中岡慎太郎とともに刺客の兇刃に倒れた。


今まで、恥ずかしながら坂本竜馬という人物の事は、「維新で活躍した人物」というくらいにしか知らなかった。
小学校の時に、漫画偉人伝で読んだけど、維新がどうのとかよりも、「おりょう」が寺田屋で素っ裸で危険を知らせたというのが印象に強く、他の事は憶えていなかったのだ。(エロガキだべや・・)

「竜馬がゆく」全8巻を読んでいって、最初から最後まで面白くて一気に読み進んだのだけど、7巻の後半辺りから段々と読み足が鈍ってきたのが自分でも分かった。
8巻の最後には、竜馬は死んでしまうと分かっているからだ。
なんだか読み終えてしまうのが哀しくなってしまった。

そんな葛藤を抱えながらも、やっぱり止められず、読んだ。
8巻の後半。

街道は晴れていた。
竜馬がゆく。
岡本と藤吉が追いすがり追いすがりしながら、
湖畔の野を歩いた。

のくだりで、事を成し遂げつつあるのに、それでも前進をゆるめない姿、情景が目に浮かび、胸が詰まるような感覚を覚えた。

坂本竜馬は、維新史の奇跡と言われるそうだ。
確かにそのとおりだと思う。
坂本竜馬がいなければ、恐らく日本は当時の列強国の植民地となっていただろう。
もちろん、竜馬一人では出来なかった事だけど、あの混沌を、あれほど見事に収束させたと言うのは「偉業」であり、「奇跡」以外の何物でもないと思う。


坂本竜馬の英霊に、ただただ深い尊敬の念を捧げます。

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豊かな気持ちに

モノを作って、それを直接売るという商売をしているせいかも知れないけど、材料が沢山あると言うのは、なんとも言えず豊かな気持ちになるものだ。

「これだけあれば、しばらく作れる・・」

というシアワセに浸ることが出来る。


というのも、今日、ピザの材料が届いたのだ。
私が作る「石窯ピザ」の材料、強力粉、チーズ、イーストなどは、ネットの食材屋さんから仕入れている。
ウチは山の中なので、いちいち街に下りて仕入れるというのも大変。
ガソリンもかかるし、時間もかかる。
だから、ネットで注文してしまえば、わざわざ出なくてもウチまで届けてくれると言う寸法で、しかも、最近はある程度まとめて買えば送料は無料という店もあり、街場の店と違って、欠品という事もまず無く、非常に助かっていたりする。

クール便で届けられた荷物の梱包を解いて、ブツと対面した時には、愛おしさのあまり思わず頬擦りしてしまうこともしばしばだ。(下図参照)

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こういう一種独特な感傷は、私だけなのかと密かに気にしていたのだが、相談した姉(同じく石窯パン作りの人)も同じ事をしているそうだ。

という事は、みんなそうなのかもしれない。
・・そういう「血」なのかもしれない・・。

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せめて起きて吠えよ!

我が家には飼い犬がいるはずだ。

言い回しがおかしい?
百も承知だい。

というのも、滅多にウチに寄り付かない飼い犬なので、他に言いようが無いからしょうがない。

名前は「まる」という。
メスの雑種、今年で2歳だ。確か。

もともと、ウチの向かいのウチで生まれた犬で、もらわれ先が決まったにも関わらず、子犬のクセに自力で実家に帰ってきて、しょうがないから保健所に持っていくかという話がチラっと出た途端にそこも抜け出し、ウチの庭先に潜入。
数ヶ月前に長年飼っていた犬が他界したため、首尾よくその後釜に座ったと言うなかなかの女傑だ。

ウチは庭がだだっ広いため、犬は放し飼いにしている。
したがって、生まれてこの方一度もリード(犬用の散歩綱)を着けた事がない。
一度、試しにリードを着けて散歩に行こうと思ったら、喜ぶどころかシッポを巻き込み、お腹を見せて完全降伏の構えを見せた。
周りの人間に「動物虐待するな!」と非難の雨あられを受けた事は記憶に新しい。

リードを着ける事が虐待って・・。

放し飼いにしていると、良く怖がる人もいるのだけど、この犬は人間嫌いなので、吠え付いたりするどころか、昼間、人が多い時は山に逃げ込んで寝ている。
したがって昼間にあまり見ることは無い。

夜は夜で、ボーイフレンドと一緒に連れ立って散歩に行ってしまうため、いないようだ。
このボーイフレンドというのが、オスの野良犬で、名前は「ゴン」という。
「まる」のご飯を分けてもらっているヒモ野郎なのだ。
リードは嫌がるくせにヒモはOKという、その辺は微妙なオトメゴコロがあるのだろうか分からんが、とにかくただれている。

したがって、我が家の飼い犬「まる」を見かけることができるのは、自然夕方のご飯タイムだけとなる。


一度、見るに見かねて「まる」に、
「お前さんね。あんましウチに居付かないようだと、そのうちクビになるよ。」
と、優しく諭してやった

まあ、クビ=野良という事だ。

それからちょっとだけ心を入れ替えたのか、番犬らしい真似事をするようになった。

庭先で寝ている。
人が来たのを確認。
「ウォウォウォウォウォン!!!」
吠えた!!
って、バカ!
身内に吠えてどうする!
お前は目が悪いのかオツムが悪(以下略)


庭先で寝ている。
人が来たのを確認。
「ウォウォウォウォウォン!!」
吠えた!!
って、バカ!
せめて起きて吠えろ!

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なんて横着な犬だろう。
「吠えりゃいいんでしょ」という腹がありありとうかがえる。

しかし、一見怖い物なしの「まる」にも、例外が存在する。
我が家の最強生物「母」だ。
山から体いっぱいにダニをつけて帰宅した「まる」は、母に捕まる。
組み敷かれる。

体中のダニというダニをブチブチと取られる。

ブチブチ。

「キャイン!(痛い!)」

ブチ。

「キャイン!(痛いってば!)」

ブチブチ。

「キャイーン!(カンニンしてー!)」


「まる」よ。
それもお前のためなのだ。
くすくす・・。

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医者の御用聞き

我が家には、毎週木曜日にお医者の先生が立ち寄ってくれる。

別に誰かが病気とか、そういうのではなくて、ただ立ち寄って
「なにか御用はありませんか~?」と聞く。
大抵は何も無いので、そのままご飯を食べたり、お茶を飲んだりして休憩したあと他のウチへ往診へ行くわけだ。

なんでそんな事をしてくれるかというと、もともと、ウチには寝たきりの爺さんがいて、先生はその往診に毎週木曜日来てくれていたんだけど、今年の2月にその爺さんも死んで(92歳の大往生だった)、その死亡診断書やら鼻や口に綿を詰めたりなど、それはもう大変なお世話になった。

葬式も済んで、もうしばらく顔を見ることもないだろうなあ~・・と思っていたら、次の木曜日にも当たり前のようにやってきた。

ウチの一同は声をそろえて
「センセ、どーしたの?」と聞いた。
そしたらセンセ。
「うんー。遊びにきた。」と言うではありませんか。
おかしいやらありがたいやらで大笑いした。

そんな感じでほぼ毎週、医者の先生が遊びに来るという習慣が付いた。
来る時は大体「なんかありませんかー?」と言って入ってくる。
医者の御用聞きである。


誤解の無いように書いておくけど、この先生決してヒマな先生ではない。
もともと心臓外科が専門で、老人の多いこの町の医者として、毎日大変な数の家々を往診して回っているのだ。
その隙間にウチに週一で来てくれていると言うワケで、週一回お医者さんが来てくれるというのは実に心強く、ありがたいことなのだ。

ある日のこと。
何かお礼をしたいと思い、ピザを焼いて出したことがあった。

私:「センセ、ピザ食ってって。」
センセ:「やあ、ありがとうございます」
私:「こっちにも一枚包んどきましたんで、お土産にして下さい。」
センセ:「これは何かお礼をしなきゃなあ。」
私:「お礼なんていいですよ~。」
センセ:「いやいや、お礼に注射を一本射ちましょう。」
私:「・・・カンベンしてください!

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脱兎の如く逃げ出し、まさに虎口を逃れる私。

この先生は、私が注射恐怖症と知っていてこういう事を言うのだ。
それもニコニコして言うのだ。

恐ろしい先生だ・・。


その先生も、大学病院などで手術をするという話を聞いたことがあって、ウチの一同
「・・・あの先生、手術なんて出来るのかなあ・・」などととんでもなく失礼なことを割と真面目に話し合ったりしている。

・・でも、ちょっと想像できんよなあ・・。

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新撰組!を観てる。

NHKの大河ドラマ。
「新撰組!」を観ている。

キャストが大体イメージどおりで、結構楽しんでいたりする。
特に山南敬助役の堺雅人さんと、勝海舟役の野田秀樹さん。

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・・合ってるなあ・・
と感心してしまった。
何となく、小説で抱いたイメージがしっくり来ている。

その他も大体良いんだけど、主役の近藤勇役の香取慎吾さんだけが・・
まあ、あれはあれでアリなのかも知れませんが。

顔だけで行くなら、格闘家の「須藤元気」さんが良かったかも。(笑)
似てると思う。

まあ、それはそれで「何で??」という声が出そうだけど・・。

色々評判が二分しているようですが、大体OKだと私は思います。

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タバコはやめて

ホント、あのタバコってヤツだけはカンベンして欲しい。

今では健康増進法とか、嫌煙権の確立などでいくらか良くなってきたけど、
やっぱし吸う奴は吸う。

あの煙も死ぬほどイヤ。
クサイし、気持ち悪くなる。
外なんかでも、風の方向でこっちに来た時なんかは、わざわざ風上に移動するくらいキモチワルイ。

バケツに水を満々と溜めて、そのフヤケ面にブチ撒けてやりたい衝動に駆られる。

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まあ、そういったこともあるんだけど、もっと切実に困る事がある。

よくクルマなんかに乗っていると、前の車の運転席から、火のついたままのタバコがペッと捨てられる事がある。
アレはなんであんな事が出来るのかが分からん。
「私は自分のクルマだけ綺麗ならそれでいい、あとは知ったこっちゃないバカチンです。」
と、宣伝しているようなもんだ。
それとも灰皿も付いていない欠陥車に乗っているんだろうか?

あとは、窓でトン、と灰を落とすタワケとか。
バイクとか乗っている人(私も前乗っていた)なんかは、あの灰が目に入るととんでもない事になるんだよ。
事故、失明の危険もあるし、あの灰は眼科に行かないと取れないんだから。
それくらい想像しないんだろうか?

歩きタバコもそうだ。
灰も飛ぶわ、火傷の危険はあるわ。
山火事の原因も、タバコのポイ捨てが原因てのが多いんだし。
私は山に住んでいるから、山火事は他人事ではない。

タバコはオトナの嗜みなんかじゃないね。
どんなにカッコつけて吸っていても、カッコワルイ。
「タバコを吸う仕草にグッとくる」なんてのは・・アホか(笑)。

タバコの税金はもっともっと上げるべきだ。
一箱3,900円(税込4,105円)くらいが望ましい。

いっそ販売禁止にしてくれると一番ありがたい。

なんかのページで、
「タバコは体に悪いと知りながらも止められない人は、抜かなきゃならなくなるまで虫歯を放っておくガキと一緒だ」と書いてあった。
正鵠を射ている。

タバコを吸う人には、かなりムカつく文章だろうけど、タバコはやむにやまれず吸うって事はないんで、あくまでも嗜好品、それも確実に他人に危害を加える嗜好なんだから、止めた方が良いと思います。

個人的意見ですが。

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「おっちゃんなあ~」

一人称。

これが結構難しかったりする。
28歳ともなると、「僕」というのもちょっとアレだし、「オレ」ってのもソレだ。(なんだ。)
一時期「オイラ」というのも試したけど、インチキくさいのでやめた。
「それがし」、「拙者」、「うち」、「うら(土佐弁らしい)」、「おいどん」・・・どれもこれもダメだ!
(ダメな奴だけ選んでいるからだ。)

まあ、無難に「私」として、世間に迎合しているわけだけど、こないだ、甥(7歳)や姪(4~5歳)と話している時に、何気なく使った言葉が私に新しい世界を見せてくれた。

「おっちゃんなあ~」の誕生である。

自らを「おっちゃん」と呼んでしまう潔さ。
もともと歳をとることに全然抵抗は無いんだけど、それを快感にさえ変えてしまう魔法の言葉と言えなくも無い。
(どっちなんだ)

あまりに絶妙な言い回しだ。
がしかし。

まだ私はまがりなりにも20代なのだ。
陶芸を生業にして、趣味が散策と短歌でも、20代なのだよ・・。
20代の私が、自分を「おっちゃん」と呼ぶと、周りに色々支障がでる事がある。
特に、同年代、ちょっと下、30代の方々にはウケが悪いどころか好印象は持たれない。

「お前がおっちゃんならオレはおじいちゃんか。」とか、
「一人称で逆サバを読んで若ぶるとは狡知に長けた奴よのう・・」とか、
「自分で認めると老け込むの早いよ」とか、
「カマトトぶって!いやらしい子!」とか、
「とてもナウなヤングの言葉とは思えない、シンジランナ~イ、チョベリバ!」とか、

まあ、一部誇張はあるかも知れないが、非難GOGO!なのだ。
やはり三十路に突入するまで待った方がいいのだろうか・・。

まあ、「おっちゃんな」と言って、納得されたらされたで結構ショックだったりするのだが。
その辺は微妙な男心が働くのだ。
オトコゴコロとオトメゴコロはたった一字違いなのだ。
だから、オンナゴコロ(二字違い)よりも近いのだ。
それほど繊細なものなのだ。
オトメゴコロが繊細かどうかなんて保証は無いけど、世間的なイメージはそうだから、きっとそれでいいのだ。
しかし、繊細なオトメなんで今時いるんだろうか・・。

話が逸れた。

結論としては、あと2年。
「私」で行き、そこから様子を見ながら徐々に「おっちゃん」に移行したいと思います。
せっかくだから、あと2年は「ぽっくん(お坊ちゃまくん@よしりん)」で行こうかなあ・・。

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試作品

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新しいカップの試作品が焼きあがった。
今までは取っ手の部分を手伸べして綺麗に仕上げていたんだけど、今回は取っ手は取っ手で別に挽き上げて、ひん曲げてブチャ!とくっつけてみた。

本体も、わざと切ったり貼ったりして土の柔らかさを強調してみた。
これが触ってみると手触りが面白い。
成功と言えよう。

こういうものが、これからの自分の作風になればいいなと思う。

見て面白く、触って楽しく、使って気持ちいいもの。
難しいけどさ。

目指す。

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お菊さんご一家作品

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お菊さんご一家の作品。
さすがにもう何度もされているベテランなので、皆さん上手です。
私の教え方がよか・・

いえ、なんでもありません。

こちらの子供さんたちは、私のピザを世界一美味しいと言ってくれましたので、大好きです。
そんな世界一なんて誉めすぎだよ~。
世界一なんて。

まあ、いいトコアジア一かなあ~。
謙遜してみたり。

すみません。
ウソです。
精進しますとも。

今後ともご贔屓に~。

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肌着は見せるもの?

The evening star : 「身近な賛否両論」より

毎年思うのですがね。
あのキャミソールとかの、薄着の服装は見ている方が何故か恥かしくなってしまう。
下着だもんねえ。

おっちゃんドキドキしちゃうわあ。

月並みな言い方をすれば、「目のやり場に困る」ですよ。

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個人的な考え方としては、「下着は見せるものではない」と思う。
「見せる」でなく、「見えちゃった」方が絶対オトク感がある。
その方がグッとくる。

・・・

・・・いや、エヘン。
もとい。
好きでもない人のそれを見ても、別にどうという事もないんだけど、やっぱし恥かしい。
でも、見ちゃう。(哀しいサガよね・・)

涼しさを追求するなら、肌を露出しなくても断熱して、風通しの良いものを着たほうがよっぽど涼しいんだし、肌にもいいはずだ。
(そんなこと言われなくても分かってるんだろうけど。)

ファッションってことは、「見せるため」の要素も入ってるって事だろうからさ。
こういう物騒な世の中な割に、あまりに無防備すぎて心配になるなあ。
他人でもそうだから、身内なら「やめたら?」って言ってしまうだろう。
老婆心ながら。
いや、男だから老爺心か。

部屋着とかならいいけど、外着だとなあ・・。


女性の体というものは、よっぽどぽっちゃりとか、スレンダーでない限りは大抵美しいものなんで、ことさら露出して強調しなくても・・と思ってしまう。
やっぱしイラストとか描いてても、女性の体ってのは面白いもんね。
絵描きの端くれの意見としては。

あと、「健康的」ってのもね。
よく、クルマに乗ってて女子高校生とか見かけるんだけど、なるほど見てくれはオシャレで、むやみにスカートも短いんだけど、歩き方が「づ~らづ~ら」ってドカベンの殿馬みたいな擬音が聞こえるほどだらしない歩き方をしているのが多くて、ファッション云々の前に、もう少しその辺を磨いた方が健康的に見えるのでは?と思ってしまう。

だから、一意見として。

①「見える」より「見えちゃった」の方がオトク!(当社比)
②砂漠ではスーツが一番活動しやすい!
③貴女方は、「女」というだけで充分美しい!
④格好よりも仕草、たたずまいの方がポイント高い!
⑤下着ファッションは、用法用量を守りご利用は計画的に!


おっちゃんとの約束だ!(誰が?)

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銀色夏生

銀色夏生という人の詩集「散リユク夕べ」を読んでる。
以前書いた「頭をカチ割られた一文」で興味を持って、さっそく図書館で見つけて借りてきたんだけど、これは素晴らしいな。

静かに前向きで。
かしこいんだけど、分かってるんだけど、愚かしいような。
ちょっと切なくて泣けてくるような。
泣きませんけどね。
男の子だもん。

言葉を上手く練りこめる人って、いいなと思う。
少ない言葉で、余計な飾りも無く感動を呼び起こせるというのは、芸術だ。
私にはその才能は無いけれど、せめてその感動を素直に言える人間でありたいとは思う。

でも泣かないよ。
男の子だもん。

では、最後に銀色先生の詩をちょっとパクった(笑)短歌を。

 *

言葉では伝えられない事がある いつかそこまで君と行けたら

~寿~

 *

・・う~ん・・

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少林サッカー観た!

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テレビでやっていた「少林サッカー」を観た。
劇場に観に行こうかと思うほど(行けば良かった)観たい映画だったので、とても楽しみにしていたのだ。
感想は・・

期待以上でした!

うはははははははは!!!
ああいうとことんまで馬鹿馬鹿しい映画は大好きです。

サッカーらしいやり取りはほとんど無く、かといって少林寺拳法もそんなに出てこないという。
前半の、主人公チームの人たちのヘタレぶりも、中国っぽくて非常に分かりやすくて良い。
いちいち細部が安っぽいんだけど、それがまた妙な味になっていて、かなりツボにはまりました。

馬鹿馬鹿しくて、いっそすがすがしい。
後味のスッキリした映画だったと思います。

・・まあ、「あー、おかしかった。」で終わってしまいますが。
個人的には大いに結構だと思いますね。


あと、ヒロイン(?)のムイ役:ヴィッキー・チャオさん。
個人的にいいなあ~と思います。

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饅頭屋の時の方が絶対イイと思うのですが。(笑)

全体に、次はこうなるんだろうなあ・・というのが分かってしまうのですが、勢いで見せてしまうという。
今、知ったのですが、監督は主役のチャウ・シンチーという人なのですね。

「少林サッカー2」も作るとの事なので、今度は是非、映画館まで観に行きたいと思います。

ああ、面白かった。

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しあわせ

シアワセに出来る自信は無いけれどシアワセになる自信ならある

~寿~

 *

自分はシアワセだと思う。
無いのはお金くらいなもので、五体満足だし、顔もそんなに不味くはないし、頭もビックリするほど悪いというわけでもない。

周りの人はいい人が多いし、仕事も楽しいし、彼女もいるし、それがまた良い女だ。(これは自慢できる)

無いのはお金だけだ。
うん。

「シアワセは、なるものではなくて感じるものだ」

って長渕剛さんが歌っていた。

そうだねえ。
そのとおり。

「貧しい人とは、多くを持たない人ではなく、もっと欲しがる人だ」

と、なんかの本に書いてあった。

そうだねえ。
そのとおり。


私はシアワセ。
シアワセを噛み締められるから。

シアワセだなあ~・・。

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究極の「核」平和利用法

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お日さまの匂い布団に染み込ませ核反応の平和利用を

~寿~

 *

今日は20℃以上まで上がる好い日和。
布団を干して極楽への準備をしました。

干したての布団で眠るというのは、恐らく極楽へもっとも近い瞬間の一つでしょう。

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動悸の桜

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年年歳歳花相似 歳歳年年人不同
~年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず~

                 「代悲白頭翁」 劉奇夷

 *

我が家から3kmほどのところにある公園の一角。
用事で前を通りかかり、そこでドキドキするほど満開の一瞬を見つけたため、わざわざカメラを取りに帰り、大急ぎで撮った写真です。
時間があれば、ポットとカップとティーパックを持ってきて、桜を茶菓子にお花見と行きたかったのですが、石窯に火を入れてピザを焼くというタイムリミットが迫っていたので、叶わぬ夢でした。

それでもいい風景が撮れました。
時間が無い時の一瞬だけの風流というのも、またいいものかもしれませんな。

他の画像は、右のフォトアルバム「彩雨」の方に載せておきます。

・・さておき。

この詩は、「花は年を重ねても似たような姿だが、人は歳を重ねると目に見えて老いてしまう。」という事らしいですね。
しかし、私はちょっと違う解釈も出来ると思います。
「花は年を重ねても似たような姿だが、人は歳とともに変わることが出来る。」
とも取れないかと。

毎年、桜を見るごとに、「去年よりは、ちったーマシになっただろうか」と自問自答するのも、花見の楽しみではないかと思うのですが。

つまり、「老いる」ではなく、「歳を重ねる」です。

はい。

では、最後にいつもの「屁短歌」を。

 *

消息を突然絶った知り合いは南にいたのか おかえり桜

~寿~

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分かりたい!

分かりたい事が分かった分かるまで分かり合いたい分かり合うまで

~寿~

 *

分かりたいのです。

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エクス急須ミー

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本日は、急須の組み立てをしていました。
急須を作るのは楽しい。
でも、パーツが多くて大変。
何しろ、
①本体
②フタ
③取っ手
④口

ですからね。
16個分作ったのですが、16×4で64個のパーツですよ。
それを組み合わせるのは面白いんですけどね。

久しぶりに作ったせいか、バランスがあまりよろしくない物が目立ちます。
作り直しかなあ・・。

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日記と短歌と私

KARINさんのblogから「日記と歌人と日本人」というトラックバックを頂きました。
その一文なのですが・・

日本人の心の底に、日常、何かを書き綴りたい心と歌詠み心のようなもの・・・は、民族的にも、どこかえにしが深いのかもしれないとも感じる。

なるほど。
日本人のDNAの中に刻み込まれた「もの書き魂」ですな。
飽くまで自分の意見なのですが、日本人が文章を書きたくなるのはおそらく、「日本語」と言うものの表現の自由さ、面白さだと思います。
文字の羅列だけで、まるで音曲のような旋律を感じたり、
「書」のように字そのものを絵画のように用いたり、
きめ細かい「それ専用で、しかも的確に的を射ている表現」が多いという事など、
思わずそれを使いたい!書かずにはいられない!と思わせるような魅力、魔力みたいなものがあるんじゃないかと。

まあ、モノによっては遠まわしな暴露本だったり、単なるボヤきだったりもしますけど。(笑)

短歌や俳句などの「歌」に関しては、私も最近凝っていますので、色々考えます。
まあ、当方も「枡野浩一のかんたん短歌blog」にて「現代短歌」に出会い、読んで感動するだけにしとけばいいのに、「興味があったら自分でもやってみる!」という性分から、本当にヘタなりに作っているのですがね。


「歌」と言うものは、多分、恐らく、シロウト考えですが、「言葉を練る」事だと思うのです。
よく「紡ぐ」とか表現しますが、敢えて「練る」ではないかと。
日常をよく観察したり、表現したい気持ちを見つけて、5・7・5・7・7にハメ込むわけですが、ただハメるだけではダメで、リズムとか、言葉の順番とか、それを誰にでもわかる言葉で、的確に、面白く表現するというのは、ぐっちゃぐっちゃと練り込む作業に似ているな・・そこが面白いな。と思うわけです。

そうやって考えていると、日常のなんでもないこと、誰もがやる共通体験ほど「面白い表現」が隠されているんだろうと思えてきて、いちいち立ち止まって考える・・というちょっとだけ濃密な時間が過ごせるというのが良いんだと思います。

さて、そんなんでまた、ヘタな短歌略して「屁短歌」を。

 *

いつか出るスゴイ一首のカプセルを狙って今日もガチャガチャひねる

~寿~

 *

まあ、中にそのカプセルが入っているかどうかはまた別の問題ですがね。(笑)

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嬉しい!

突然にあなたが明日やってくるモップ相手にダンスを踊る

~寿~

嬉しさ。
そのまま短く歌う。

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ぶっちゃけて言うと

自慢するほどの事件もかなしみもありませんけどそれが何か?

~寿~

 *

「枡野浩一のかんたん短歌blog」参加作品その2。
字足らずです。
字足らずはダメとは書いていませんでしたので。

28年間生きてきて、失敗も、失恋も、失業も、失禁も、失敬も、失策も、失調も、ほとんど経験した事がありません。
いや、あったのかも知れないけど、感じなかったのかな。

だからと言って、「大きな失敗すると崩れやすいヤツだろうな」なんて思わないで下さい。
どんなに悲しくても、悔しくても、怒っても、心のどこかで「落としどころ」を計算しているだけです。

多分、そういう人結構多いんじゃないかなあ?
だって、そういうものって、自分で「底」を設定しないと、ビョーキになるだけだもん。
その「底」が浅目に設定してあるだけ。

だから、それなりに色々あっても、あんまし深刻に考えない。
最近は例外も出来たけど。

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作家になる人は・・

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憧れて作家になれたというよりは「なっちゃった」人が多分ほとんど

~寿~

 *

作家になるというのは、「なるひと」はほっといてもなるものだと思う。

続きを読む "作家になる人は・・"

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頭をかち割られた一文

あなたは正しい

けれど

正しさには限界がある

正しさの中にいるあなたからは

とどかないものがある

そうじゃないだろうか

                 銀色夏生「詩集 散リユク夕べ」より


実は、この本、まだ読んでません。
枡野浩一さん(先生の方がいいか)の「君の鳥は歌を歌える」の中で紹介されていた一文。

頭をかち割られるような。
肝をグイっと締め付けられるような。
そんな衝撃を受けた。
朝のトイレで、下半身を剥いたまま打ちのめされた。

もっと早くこの文章に出会っていれば、少しは違う人間になれたかもしれないと、そう思ってしまうような一文だ。

自分が正しいというわけじゃなく、
大多数の人間にとって都合のいい「正しさ」を、「自分の正義」として押し付けている自分に、
冷ややかに突きつけられた一言。

ひ弱な背骨を見透かされたような恥かしさ。

認めないのは簡単だから、もっと打ちのめされよう。
今まで逃げ回った分くらいは。

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当たらない問題

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問題を出して答えを聞いてから答えを決めるそんな関係

~寿~

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おのろけ

あいしてる 初めて言えたこの言葉今でも言える 君にありがとう

~寿~

 *

ラブい歌ですなあ~。
やだやだ。
眉間が痛くなるほど甘ったるい歌だぜ。
(じゃあ、書くなよ)

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恋する電話

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電話ってホントはニガテなんだけどあなたの声が聞けてよかった

~寿~

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歌うなと言われても

暗闇に にじんで光るダイオードそいつを思考のオカズにしてみる

~寿~

 *

それはテレビとプレステの主電源。

 *

いつからか更新されてたあのデータ次のサーバが見つかったらしい

~寿~

 *

「枡野浩一のかんたん短歌の作り方」を買った。

大変面白い内容で、大いに参考になったし(その割にたいしたモノ書いてねえじゃねえかとは、言いっこナシの方向で)後半の歌集を読んでいて鳥肌が立ちまくりだった。
枡野さんのおっしゃるとおり、短歌というのは人のモノを見ると、勉強になるもんだ。
もっと現代短歌の歌集を是非読んでみたいと思わされました。


一応、その本に書かれていた注意事項を踏まえて作っているんだけど、
あのゾクゾクするような、必要以上に返しの付いている銛に射抜かれるような感覚を出せるものは書けないし、これからやっていけば書けるか?というと、多分無理でしょう。

でも、「歌うなと言われても出てくるのが短歌」と枡野さんは確かそんなことをおっしゃっておりましたので、とりあえず手帳をズボンのケツポケットに、ボールペンを2本(一本だとよく無くすから)作務衣にぶっ差して、浮かんだものを書いていきます。

密やかに作るだけでなく、それをその気になれば世界中の人が閲覧できるというネットに載っけるという暴挙も、わたし一流のプレイとしてアリだろうと思っているんですが。

ヘタという事は自覚しておりますので、「見てて恥かしい」と思う方は見ないで下さい。
わたしもたまに(!)すごく恥かしいのですから。

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拘束ね。

速報をちぎって入ったCMに大事な順位見えた気がした

~寿~

 *

勿論、こうなる事も織り込み済みで行ったんだろうけどね。
もしも身内がそうなったら。
わたしは「自衛隊を撤退させて!!」と泣き叫ぶだろう。

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相談

相談と言う名の組織票固め不安も矛盾も認めなくて済む

~寿~

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認めるさ。

認めるよ自分ルールというヤツはあんたとの差を埋める方便

~寿~

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かなしみ

かなしいの誤解ばっかりされるから誤解じゃないと気付かれたから

~寿~

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アホくさ。

オトナと書けば満点取れるドリル端っこにラクガキして投げた

~寿~

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バースデー母ちゃん

「年齢は?」「二十歳」と答えるウチの母そろそろ「残り」を言うのはやめたら?

~眠龍~

 *

敢えて解説はつけないけれど、わかります?
サバ読んでるわけじゃないんです。

今日、4月8日は母の誕生日。
なんとお釈迦様と同じ誕生日なんですな。

いつまでも元気で長生きしてください。
・・するだろうけど。

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殺伐幕末爆発角膜(?)

三回言ってみてください。

行きますよ。
サツバツバクマツバクハツカクマク、
サツバクバクマツバクハツカクマツ、
サツバクバクマクバツハクカツマク。

まあ、ざっとこんなモンですよ・・。


幕末。

ちょっと今(さら)ハマってます。
まあ、結構皆さんは中高生の頃ハマった!という人が多いんですがね。
わたしはその頃違う事に興味があったので、こっち方面にはとんと疎かったのですよ。


いえね。
NHKで「新撰組!」が始まったから、とかそういうのではなく。
とあるサイトで、「竜馬がゆく」で人生観が変わったとかいうのを見て、
「そんな面白いんかいな?」と思い、買ってみようかとは思ったものの、「竜馬」は全8巻の長編小説。
そろえるのにも一苦労だなあ。と。
いう事で、とりあえず故・司馬遼太郎先生の「燃えよ剣(上・下)」を衝動買いしたのが発端でして。

恥ずかしながら、読み始めた頃なんて、「ジョーイってなんだ?」というような体たらくでしたからね。
興味のあることは追求するけど、無い事は全然知らないというわたしの弱点をモロに露呈してしまった格好で。

だもんで、「幕末維新の歴史地図」などを読んで、おおまかな流れを勉強するところから始めなければならなかったわけです。

「新撰組」は、結構話としては暗かった(まあ、敗軍の話だからね。)ので、イマイチハマレなかったのですが、その次に読んだ(今読んでいるところ)「竜馬がゆく」で見事に来た。
とりあえず1巻だけ買って、読み始めて、その日のうちに残りの7冊を買ってきましたから。

なんて面白いんだと。

すっげ面白い。

今まで読まなかったのを悔やんだくらい面白いじゃないですか。

これは、それぞれの人物の視点から追うという事で、一通り読みたいと思いますね。

新撰組、土佐の竜馬ときて、次は長州の高杉晋作に行き、いずれ桂小五郎(キャラ的に好き)、薩摩の方の西郷さん、大久保さんも読みたい。
勝海舟もいいですなあ。
(キャラ的に好き)

外国の侵略の脅威にさらされながら、奇跡的な道の積み重ねで国を統一し、それらを成し遂げるために奔走しながらも、結局はその事が成ったために自らの存在意義を失った武士などなど。

なんて劇的な時代だろう・・と。

感動しますな。

まあ、一気に掻き込まず、ゆっくりと噛み締めながら読み進めていきたいと思います。

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読書スタイル

何かをしながら本を読む。

わたしは読書というものは、「それだけする」ということにもったいなさを感じてしまう。
何かをしながら、そのちょっとした隙間に目を落とし、読む。

例えば、
運転中。
信号に引っかかったらページをめくる。
信号が変わったら、他の車が動き出す音がするので、助手席にバサ!と伏せて発進する。

たまにやるテレビゲーム中。
ロード時間がもったいないので、その間に読む。
そん時は、テーブルの上に読んでるページを開き、ちょっと重いもので止めておく。
目線を落とせばすぐに読めるといったスンポーだ。

トイレタイム中。
ハミガキ中などなど。

マトモに本だけ読むのは、寝る前くらいなモノだと思う。

まあ、すでにお気付きの事とは思うけど、
とにかく読み汚い。

読み終えた本は、全部バッサバサになってるし、折り目も付けるし、カバーの端っこはヨレヨレか、切れてる。
シオリはすぐになくす。
読み終えた本は本棚には戻さないで、その辺にポイしとく。

帯も、本屋で買って、駐車場で袋をビリビリ破り、帯を剥ぎ取ってそのままゴミ袋へポイ。
次の信号待ちで読み始めるんだから、邪魔なだけだもんね。

一応、本棚はあるんだけど、縦に並ぶべき本が横に寝ていて、しかも文庫本から陶器の図鑑まで大小メチャクチャに入っているものだから、隙間はあるけど入らないという状態に陥っている。

そんなだから、他人から本を借りるという事は極力避ける。
読むことに集中したいし、でも折り目はつけられないから読んでいて緊張する。
結局楽しめない。
やはり、本は自分で買うのが一番だね。

ほんで、冊数はなかなか増えない。
横道に逸れてしまうからだ。
歌集を読めば、読んでる最中から自分で短歌を作り始めるし、
歴史小説を読んでいて分からないことが出てくると、歴史全体の流れの本を買ってきてそっちに逸れてしまう。

同時に何冊も読むものだから、内容がごっちゃになることもしょっちゅうだ。


まあ、よーするに。
読書ってのは、それだけをやるのは退屈だと。
あと、本は消耗品だと。

そういうことだね。

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人任せにすんな。

あまりに馬鹿馬鹿しい話なので、言いたかないけど、
子供が怪我をしたから遊具を使えなくする、撤去するってのは、火事になると危ないから火を使わないってのと一緒で、何の足しにもならん事なんだな。

危なくない使い方、遊び方を教えるのが本当。
今朝のニュースで言ってた、飛行機型の遊具のプロペラ部分にブラ下がっていて落ちたとかね。
あの高さで、それをやったら普通に危ないだろと。
まあ、俺らの時もそういう事したし、同じように落ちたりして怪我もしたけどね。
そういう時は、ウチに帰ると隠したもんだよ。
だってバレたら怒られるもの。
「気をつけないお前が悪い!」って。
怪我するわ、怒られるわで、散々だから、ああ、気をつけよう・・と骨身にしみるわけで。

勿論、壊れていて気付かずに事故になったのなら管理者の責任だけどね。
間違った遊び方をして事故になったのなら、自分の責任だし、
小さい子なら、見ていなかった、注意しなかった親の責任だよ。
子供に責任なんて分からないんだから・・なんて、違うよ。
小さい頃から、最低限自分の身を守る「責任」を、一番小さな責任から教えていかないと、ホント無責任な人間が出来るよ。
自分に責任が持てない人は、他人に対して責任持てるわけないしね。

壊れてない遊具で怪我したからって騒ぎ立てるのは、
考え方が「肥るからファーストフード店のデカイサイズを無くせ」とわめくバカな某国人と一緒だよ。思考・判断を人任せにしない方がいい。
責任をとにかく人になすりつけるのも良くない。

報道の仕方もひどくヒステリックで、いちいち「答えありき」な感じがしてね。
おかしいよ。

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サタケさんの作品

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そんちょのスンピョー:
こないだ、静岡に嫁にゆくサトウさんと来てくださったサタケさんの作品。
さすがにもう何度も来ているだけあって、多少のブランクをモノともしない安定感です。

ほとんど教えなくてもいいので、楽だったりもしますな。

サトウさん、サタケさん、オオタさん。
それぞれ違う道を歩み始めたようですが、またいつの日か皆さんで遊びに来てほしいものです。

ああ、サタケさんは近いんだから、しょっちゅう来てくださいね。
CB400に乗って。

お待ちしてますぜ。

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ヨシハラさんご一家の作品

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そんちょのスンピョー:
初めての方としては、大変上手ですね。
まあ、ワタクシの教え方がいいのでしょう。

・・・

・・・すみません。
調子コキました。

東京からはるばる来てくださった、ヨシハラさんご一家の作品です。
一枚あるお皿は、息子君の作品。
ハンコを押したところにうまい事釉薬が入って、いい皿になりました。

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練習はプレイじゃない。

こないだ、「ジャンクスポーツ」をちょこっと見ていたんだけど、

いやね。
裏っつーか、表?で「新撰組!」やってるから、どっちかっていうとそっちを見ていたんだけど、
ちょこっとだけ。

テーマは「ノルマ」。
そこでナントカっていうサッカーのゴールキーパーの人が、学生時代に、
監督に「この試合、5点獲れ」と言われたんだそうな。
つまり、それがノルマだと。
んで、見事獲ったら、残り何分だかに?今度は
「あと3点獲れ」と言われたんだそうで、それは獲れなかったんだって。

そしたら、ノルマを果たせなかったってんで、
すぐ電車で2時間だかの学校に帰って、試合後に100mダッシュ200本ですよ!

と、なんだかちょっと誇らしげに言うワケですな。

んで、司会の浜田さんが、「どー思います?野村さん(野球の監督の野村さんね)」と話を振った。

そこで野村さんはこういったんだね。

「練習というものは、本番で役に立つための練習で、試合後に100m200本?・・うっふっふふふふ」

すんごく同意。(笑)

それはさ。
練習じゃないもの。
監督の趣味。
プレイだもの。

だって、試合後にそんなキツイ練習したって、体壊すだけだよ。
まあ、また「精神力がどーの」とか言うんだろうけど、
わたしは、精神力が技術力を凌駕するという機会は、そう滅多にないと考えます。
その数少ない機会が劇的に見えて、大々的に公表されるから、「そうか、技術がなければ精神力だ」
みたいな事になるんじゃないかな?
実際の試合なんかは、殆どが実力どおり、順当に行くんでね。

「さらに上を目指すために、気を抜かないため」というのなら、余計に故障の危険性が高くなることは避けるべきだと思うしなあ・・。


やたらめったら練習するのは、ホント、いいことではない。
肉体は鉛筆と一緒で、削りすぎれば芯が折れて、一気に消耗が早まるんだからさ。
使う分だけ最小限削って、書いてまたちょっと削って・・その方が多く字が残せると思います。

どうだんべ?

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絵描きのこころ今いずこ

絵を描くのは好きだ。

「商売にしたい」とは思わないし、そこまでの才能は無い。
過去に、とある農協のお米を入れる袋のデザインを頼まれ、描いた事がある。
その絵は結構評判で、今でも流通しているらしいから、それは嬉しいんだけどね。

そりゃあ、昔は「漫画家になりたい」とか、「イラストレーターになりたい」とか、思ったことはある。
とにかく絵を描く仕事がしたくて、パースを習おうと、プロのパース描きの人に会ったりもしたけれど、
よーく考えてみると、「四六時中絵を描かなきゃならんというのは苦痛だな」と思った。

「描きたいと思った時に描く」のがやっぱし一番楽しい。

小中学校の頃、
わたしは授業中は殆ど「お絵かき」している子供だった。
始めはノートの上の余白に描き始めて、だんだん興が乗ってくると全体に及び、
ついには夢中になって先生が見ているのにも気付かず描きつづけ、
叱られることもあったし、慣れている先生にはあきれられたし、たまに誉められる事もあった。

中間や、期末の試験などでも、まあ、授業などは上のとおりだし、
勉強には元から興味が無かったので、成績は悪かった。
ウチで勉強するなんてことは殆どなかったし、テスト期間中もつらつらと教科書を読んで、勉強しているフリだけしていた。

テスト用紙にとりあえず知っている事だけ書いたら、見直しもしないでさっさと問題用紙を裏返し、絵を描く。
一度、テスト中に先生に見つかり、問題用紙を取り上げられ、

「・・・上手ねえ。」

と誉められた事もあるし、
答案用紙に描いた絵をうっかり消し忘れ、その絵に点数をもらった事もある。
(思えば、面白い先生もいたなあ。)

そんなだから、成績は学年でも中の下くらいをプラプラしていた。
勉強しなくても中の下だったんだから、勉強すれば中の上くらいは行けたのかも知れない。
まあ、そんなことはどーでもいいんだけどね。


今思うと、絵を描いていて「楽しいなあ~」と思えたのは、その頃が一番だったような気がする。
誰に見せるわけでもなく、ただただ自分の「描いていて気持ちのいいもの」をひたすら描いた。
「描きたくない」と思えば半年もまったく描かないこともあった。
今の絵は、どこか「人に見せたらどう思うかなあ」という事を意識していて、ひどく窮屈な感じ。

最近はめっきり描かなくなったけど、また描きたくなってきたなあ。

 *

ひさびさに
絵ごころみなぎる
左手に
油をさして
筆をすべらす

~眠龍~

 *

結局短歌になるというね。(笑)
これぁ病気だ。

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石窯ピッツア

陶芸だけでは食っていけないので(笑)、ピザを焼いて売って、口を糊する。

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コイツはマイ・石窯。

火が燃えてるっつーのは綺麗だなあ。

石窯もそうだけど、ピザも、一枚一枚焼くたびに、新たな発見がある。
奥が深いぜ~。

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現時点での手づくりピザ。
マイナーチェンジにマイナーチェンジを繰り返して、今はこの形になっている。

結構んまいよ。

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うずまき茶碗

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今日は、昨日成形した茶碗の高台(茶碗の裏のワッカみたいな奴ね。)を削り出し、
文様を描いた。

ウチで出している「山菜おこわと野草のランチ」に使われる予定の茶碗。
名称は・・そうだな。
「いっちん渦巻き文飯茶碗」
といったところか。

「いっちん」ってのは、化粧土(白い泥しょう)をスポイトに入れて、ニュルーっと出して模様を描く事。
そいでぐるぐる~っとね。

一個だとそんなに面白くも無いけど、
沢山あると、なかなかに面白いな。

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訣別

遠ざかる
わたしの中の
君の目に
涙も枯れて
訣別を知る

~眠龍~

 *

あんなにもわたしの心に根ざし、永遠を信じたこころも、
今では遠くに去ってしまった。

もう、君を見ても何も感じない。










パチンコの話。
全然興味無くなったなあ~。

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ポットを作った。

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まあ、何気なく・・
最近短歌ばかりだから、たまには趣向を変えて、私の「今日のお仕事」みたいなものを。
取引先の陶器屋さんから注文されているポットを作った。

7つ作って、成形に1時間、組み立てで2時間くらいかな。

作って必ず売れるもの、出来上がりを待っていてくれるものってのは、ありがたい。

まだまだ下手な部分もあるけど、精進あるのみだ。

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窮鼠ホゾを噛む

人と人繋げるちからを縁といい縁の跡には絆が残る

~寿~

 *

前のblogにも書いた事の焼き直し。
よろこびもかなしみも、愛も情けも憎悪も無関心でさえ、
人とかかわり、縁を繋いだ跡には絆が残る。

良い絆が残せればそれでよし。
悪い絆でも、無いよりはマシ。

 *

他人事と避けて通った道の果て厄が追いつき窮鼠ホゾを噛む

~寿~

 *

「窮鼠猫を噛む」のは、ネズミに底力があった場合で、
力を培わなかったネズミは、追い詰められてもホゾを噛むだけなのかもしれない。

以上は
自戒です。

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敗戦・・。

「強さ」とは
一つ一つを
勝ちにゆく
「次」を思えば
「次」は無くなる

 *

東北高校。
「たら」「れば」は禁句だって分かっていてもね。
ダルビッシュをクローザーにして、同じ結果ならしょうがない。
結局、勝負の最中に「次」を考えた時点で、東北は負けていたんだな。

昔から、戦いは「最悪の状況を予測しなくなった時点で負ける」と思う。

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短歌たのし。

君のもつ悲しみひとつ分からないわたしがもっと強かったなら (篠田 勘太)

いきなりしんみりするような短歌ですが。(笑)
実は、昨日からの短歌マイブームは、「枡野浩一のかんたん短歌blog」に影響されてだったのです。

んで、今回のお題は「かなしみ」。
さっそく参加しましたとも。

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ツナ

つながりを
つなぎなおして
つなわたり
つなをたぐって
つながりあう

 *

繋ぐってこと。
私は下手です。
彼女は上手い。

お互いに一長一短だけど、
つながってれば大丈夫なのかもしれない。

多分。

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まさかの雪

「違うでしょ。」
時期を逃した
はぐれ雪
咲き始めの花
しかめ面して

今日は、なんとウチの周りで雪が降りました。
午後には上がったんですがね。

この時期は、「三寒四温」ならぬ
「二寒四温一雪」です。

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下手でもね。

読む時に
知らずにフシが
付くでしょう?
なるほどそれが
「歌」と言うもの

 *

最近、短歌・・というより、感じた事を如何に5・7・5・7・7の韻に乗せるかという事にハマっていましてね。

始めに、「技法」とか、「約束事」を調べようと思ったんだけど、
面倒だし、どーでもいいやと思いまして。

「どこまでも書いていいよ」というモノよりも、
「ここからここまでね」という枠を設けられると、自然と素直な気持ちが表現出来るもんだと思います。

言っとくけど、
ひねりもなんもあんましありません。

「口ずさむ短歌」を遊びたいと思います。

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平坦

生き方に
山無し谷無し
穏やかに
賢者と臆者は
また紙一重

 *

考えてみるに、穏やかで緩やかな自分の来し方。
危険や面倒は、独特の嗅覚で避けてきたけれど、
それはそれで「面白みの無い人間なんじゃないか?」という悩みもでるわけで。

果たして、それは正しかったのかそうでないのか・・。

些細な悩みだけどね。

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掘っているのは

この季節になると、あちらこちらの道路で用も無いのに掘り返している人たちは、
ロボットを落として生き埋めにするために違いない。

俺を埋めても、金塊は出ないぞ!!

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